第21話

 どういうことですの……倒したはずですわ!

 巨大狼の赤い体力ゲージが黒い体力ゲージへと変わったとき、わたくしはお二人の背中に向かって、


「ど、ど、どうしましょう! むい、みやか……っ!」


 と。叫んだのですが――あら?

 なんだか周りの雰囲気がおかしいですわ。まるで色が抜け落ちたように白黒の世界が広がっていますの……。

 むいもみやかも固まったまま動きませんわ!


「いっひっひーっ。いくら呼んでも無駄なわけよ」


 困惑しているわたくしの目の前にヘンテコなお子さんが現れましたの。

 小学生低学年……いえ、もしかしたら幼稚園児くらいのお歳なのでしょうか。

 左側だけ緑と赤のヘアピンで留め、ちっちゃな耳を覗かせているセミロングの黒髪に、深緑色の気だるげな瞳。

 そんなやる気のなさそうな垂れ目に反して、意地悪そうな笑みを浮かべた彼女は、


「悪いけどさー。今はゼッちゃんタイムなわけ! いわゆる時間停止中ってなわけよ~」

「停止中……? 貴女のお名前、ゼッちゃんと言いますの?」

「そだよー。絶望の『ぜっ』ちゃんなんだよー。いっひ、それにしても君たち強いよね~、特にそこの金髪貧乳は中々な強さなわけよ! 総合『S』級はありそうだね~」

「……そりゃあ、フィフス・サーバーの第2位ですから当然ですわ。それより、どうしてわたくしだけ動けますの?」

「いっひひ。君とお話したかったからに決まってるわけよ! そこの赤髪は論外としても、君はなんか違う気がするんだよなぁ~。ズバリ! なんか……力を隠してない?」


 この娘、一体何者ですの……?

 彼女はフリフリの黒いドレスを(ゴスロリって言いましたっけ?)着ていたのですが、そのお尻部分からニョキっと尻尾が生えてきましたの。

 悪魔のような尻尾に驚いていますと、


「ま、いいや。今からご主人様に会いに行くところなわけ! ちょっとゼッちゃんのウォーミングアップに付き合ってもらおっかなって!」

「待ってくださいまし! なんのことかよくわかりませんの……貴女いったい何がしたいんですの?」

「うーんとね~。君さ~赤髪と金髪だけが頑張ってさ、自分はなにも出来てないな、あ~悔しいなあって心のどこかで思ったよねぇ~」

「べ、別にそんなこと思っていませんの……」

「はいはーい。ま、そういう黒い『絶望』のかけらに誘われたわけよ。だから……ちょっとは活躍の機会を与えようとしたわけ!」


 八重歯を見せながら楽しそうに笑う彼女の背中から大きな黒い翼が出現しましたわ!

 ひょええ。ま、まるで悪魔のようですわね……って、まさか本当に!?


「……んじゃ、最後の仕上げするからあとはそこの妖精に訊いて欲しいわけ。MROの情報だけならよく知ってるかわいそーなヤツだからさぁ」


 その子はバッサバッサと翼をはためかせて狼のもとまで飛ぶと、「よしよ~し。やられちゃったね~」と撫でつつ、


「いっひっひー。君の『絶望』……吸っちゃうぞ?」


 鼻頭にチュッとキスをしましたわ。

 その途端、ぐらりと周りが歪んだかと思いましたら、色が徐々に戻ってきましたの。


「……!? な、なによこれぇええ、倒したのになんで生き返ってんのよっ!」

「わわわっ。どうしよう! むいとみやかちゃんのSPが0なのに……もう戦えないよっ」


 お二人が動き出しましたわ。それに、あの悪魔っ娘も消えていますの。

 よくわからない展開にボケーッとしていましたら、


「ママのSPいっぱいあるですぅ。『後方』から『歌姫』にしやがれですよぅ?」


 妖精さんがわたくしのほっぺをぷにぷに指でつつきましたの。

 『歌姫』って、あの三番目の隊列のことですの? そう訊ねようとしたとき、それまで明るかった洞窟が突然真っ暗になりましたわ。


「な、なに? いきなり暗くなったわよ……」

「ななよちゃん、あ、あ、危ないからむいの後ろに下がってて!」


 声を震わせて怯える二人。

 目の前に一瞬だけサブリミナルのように『3』という数字が現れましたの……ま、待ってくださいまし。

 背景が――傷だらけのわたくしの姿? 次の『2』という数字のバックにはむいの倒れた姿。

 同じように『1』の数字でみやかの呆然と立ち尽くす背中が現れ……そして、洞窟内にまるで劇場が開演するときのような無機質なブザー音が響き渡りましたの。


『★ No.3 緊急クエスト【暴走のウェアウルフから逃れろ!】――開始!』


「名前が変わってる……暴走のウェアウルフぅ!?」

「あ、あんなボス、BEO2にいなかったよ! それにあの黒い体力ゲージ、さっきの二倍くらいある……」

「もう相手にするだけの銃弾もSPも残ってないのに……っ」

「みやかちゃん! ミラコンには『逃れろ』って書いてあるから、とりあえず逃げ切ればいいんだと思う!」

「このあたしが逃げるですって!? ……ちっきしょう!」


 いかつい金色の狼から、まるで子どもが描いたラクガキのような、可愛らしく――そしておぞましくも見える姿へと変化したウェアウルフ。

 オオカミ男ウェアウルフよろしく、のっそりと立ち上がり遠吠えを放つその巨体を見上げて、わたくし決心しましたの。


「妖精さん……。その『歌姫』というものを教えてくださいまし!」


 どういうものかは分かりませんが、まだSPが残っているわたくししかやれませんの……!

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