間奏

 西暦二〇三〇年 六月三日 午後十九時三十分。


 千葉VR統合管理施設B棟。

 十数名の研究員が慌ただしく動く中、中央の巨大VRモニターを見上げる一人の老人がいた。


「……状況は?」


 後ろで腕を組んだ老人は、隣に立つ若い女性研究員に尋ねた。


「はっ。すでに1鯖ファースト・サーバーから5鯖フィフス・サーバーの上位ランカーが半数以上ログインしたようです。1鯖では男性プレイヤーを除いた百名のうち、百位から七十位までの三十人が全てログインしており、2鯖では――」


 緊張した面持ちで答える女性に、老人は笑顔を向けながら、


「ああ、すまんすまん。ワシが訊きたいのはそんなゴミどもの話ではなく、各サーバーのジ・エンド達最終ランキング第1位のことじゃ」

「……え、あ。すみません! ええと、2鯖から4鯖までの第1位は全員ログインしている……ようです。1鯖の第1位は、ま、まだ未確認です。申し訳ございません!」

「よいよい。1鯖の第1位ファースト・エンドについてはよ~く知っているから大丈夫じゃよ。それより肝心の5鯖の第1位と第2位、第3位はどうなんじゃ? ん?」

「は、はい……! え、あの……それが、まだ確認が、」


 B棟の最高責任者であるこの老人の得体の知れない威圧感に、女性は唇をわなわなと震わせている。

 ……ま、無理もないか。


「確認が……どうしたんじゃ?」

「ひ、ひぇ……!」


 あーあ。過呼吸寸前じゃないの。

 ――しょうがないなぁ。


「5鯖は第3位を除いて第1位、第2位ともにとっくにダイブしてるよ。3位はワケありだから多分今日はダイブしないんじゃないかなぁ」


 私がこめかみに人差し指をあてつつ答えると、老人はゾッとするような笑顔をこちらへ向けた。


「おお。よく知っているなぁ……そうか。お前さんも5鯖で遊んでいたもんなぁ。どれどれそんな暗がりにいないでこっちへおいで。このワシに可愛い顔を見せてごらんよ」


 ……気持ち悪い。


「いえ。私よりも、あの娘を優先するべきだと思いますが」


 そう言って入口を指差す私に、


「ほうほう。アレが来るのが『解る』とは。さすがはワシの可愛い孫娘じゃのう。立派な孫娘をもってワシも鼻が高いわい」

「……ありがとうございます、おじい様」


 私が一歩退いたと同時に、入口のセキュリティー解除の電子音が室内に響き渡る。

 とは言っても、MROの起動から間もないこともあってか、様々なノイズが飛び交っているわけで。

 私以外はそんな些細な音、聞こえていないみたいだね。


「所長、ワースト・エラー失敗作を連れてきました」


 所長と呼ばれた老人は笑顔のまま私からワースト・エラーへと視線を移した。


「おお、よく来てくれたのぅ。シックス六番目


 シックス……ねぇ。とんだ性格の悪さだね、まったく。

 その名で彼女を呼ぶなんてひどいものだ。


「……私はもうシックスじゃないって散々言い聞か調整されたわ。はっきり言えばいいじゃない。私は最低最悪の失敗作なんでしょ? そういう言葉遊びに付き合っている暇はないと思うのだけれど」

「ひっひっひ。元気そうで何よりじゃのう……。肌も白く美しいままじゃ。ああ――このなめらかな黒髪も、綺麗に濁ったこの赤い瞳も……。何と素晴らしいワシのワースト・エラー失敗作……」


 ワースト。長い黒髪の少女は虚ろな目で老人を見上げた。

 全てを諦めたような暗く淀んだ赤い瞳。不自然にまで白い肌。

 黒いセーラー服に身を包んだ彼女はやけに長い黒マントを羽織りなおすと、


「……そこにネズミが紛れ込んでいるみたい」


 ぐにゃりと首だけ動かしてこちらを向くワーストに、私は慌てて後ずさった。

 これだけ陰に隠れているっていうのに、さすがはシックス六番目だっただけあるなぁ。

 可愛らしいアノ・・面影はもう無いけど。


「心配せんでも虫の一匹もおらんよ。さて、ワースト・エラー……名残惜しいがそろそろおねんねの時間じゃよ」

「解っているわ……」


 薄いシーツ一枚だけの硬いベッドに横たわるワースト。

 彼女は旧型――BEO2のVRゴーグルを装着すると口を真一文字に結んだ。

 

「それじゃあ殺さない程度にジ・エンド最終ランキング第1位達と遊んでやりなさい。『絶望の魔法少女デスパレート』としてな……」

「…………」


 BEO、BEO2の段階は……『シックス計画』は無事に結末を迎えることに成功した。

 ようやくこれで、パパ念願の――『セブンス計画』が始まる。

 私は酷く醜い所長と呼ばれたソレ・・を一瞥して棒キャンディを取り出した。


「せいぜい利用させてもらうよ。パパとの約束のために、ね……」


 そっと、緩やかにキャンディを口へと運ぶ。

 ああ。なんて美味しいんだろう……。

 あの娘のような絶望よりも深く、誰かさんのような希望なんてものよりも甘ったるい。


「……さて。そろそろ私も帰ってダイブしなくちゃ。待っててね――ウェザー・キングランキング外

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る