教会



**************

 「クリス !クリス!」


 部屋の扉前で、キリカが悲鳴に近い声で叫ぶ。


 取り乱したキリカを、ダッチェスが力任せに押さえつける。


 「クリス…どうしよう…私のせいだ…!」


 ダッチェスに体を預けるようにして、キリカは泣き崩れてしまう。


 俺は瀕死のクリスをつれ、何とか仲間と合流することが出来た。


 すぐに、リフレが回復魔法をかけたが予想以上に傷は深く治り難いもので治療は難航している。


 「どうだ?」


 ドアを開け治療に専念するリフレに声をかける。


 「峠は越えたよ、完全に治癒するには時間かかるけど」


 一体何があったのさ? そんな目でリフレが俺を見た。


 今は言えない…合流する前、微かに意識を取り戻したクリスに釘を刺されたからだ。


 そして、クリスに頼まれるまま俺はフェアリア・ノースの『扉』を破壊した。


 これで奴らは、リーフベルの扉からはここへは来られないがそこまでする必要があるのは何故だ?


 むしろ、奴がここに来るなら古文書を取り返せるきかいが増えるというのに?


 それにしても、奴の顔…何でキリカに瓜二つなんだ?


 「ねぇ、ギャロ…さっきから思ってたんだけど」


 リフレが頬を赤く染め何か言いたげにじもじしている。


 「なんだ?」


 「何でフルチンなの?」


 ボクは別に良いけどさっと、リフレは真っ赤な顔のまま俯いた。


**************


「駄目です…!」


 リリィが扉に手を当て、眉間に皺を寄せる。


 「向こう側の扉が壊されたのね…無茶するわ~」


 様子を見ていたフルフットが、ため息をつきながら呟いた。


 「くっそ!」


 やっと、姉さんに会えると思ったのに!


 憤りを隠せない僕の肩に、真っ赤なマニキュアの手がそっと置かれる。


 「もう、ここからじゃ無理よ~今日の所はキャンプに戻んなさい」

 「ふざけ___」


 肩に置かれた手を振りほどこうと体に力を入れると同時に、僕の膝がガクンと崩れ落ちその拍子にバランスを失った体をフルフットの逞しい胸板が受け止める。


 「んまぁ! 積極的ぬぇん★」

 「だっ!! ちが__」


 野太い腕が、僕の頭を抱え込むように抱き寄せその厚ぼったい唇が耳の傍に寄せられる!


 「三分の一ってとこかしら?」

 「!?」

 「体力なんて、そこの精霊ちゃんが何とかするんでしょうけど消費した命は元には戻らないわよ?」


 何で知ってるんだ!

 いや、どこまで知ってるんだ…?

 姉さんの事やギャロウェイ…それだけじゃない! このスキンヘッドの変質者はあまりに_____。


 「知りすぎてる?」

 「!!」


 不適に微笑むフルフットに、僕は薄ら寒いものを感じ身を硬くする。


 「とにかく、今は休養なさい~そしたらコレ返したげるわん★」


 ぴらりとめくった胸板とピチピチの黒いボディコンドレスから覗くのは一冊のノート。


 やられた!!

 コイツ古文書を___。


 「明日の夜、キャンプ西の教会にいらっしゃい…坊やの知りたいこと何でも教えて ア ゲ ル ★」

 

 ぶちゅ♡


 首筋に生暖かさとグチュリと濡れた感触。


 「うぎゃぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!!!」


 「てめ! ヒガに何すんだ!!」


 悲鳴を聞き、ガイルが慌てて変質者から僕をもぎ取るように救助する。


 「大丈夫ですか!? ご主人様!!」


 だいじょばねぇ…が、気色悪さとは対照的に少しだけ体が軽くなったような…。


 振り返ると、アタシ先に戻るわね~と言い残しフルフットはまるで空間に溶けるように緑色の闇に姿を消した。







 

 ずかずかとガイルが、宿の階段を僕を肩に担ぎ上げたまま昇る。


 僕と云えば、まるで干された布団のようにガイルの肩に引っかかっりながら眼下を通り過ぎる階段の数を数えていた。


 旧リーフベルから此処まで、どんなに抗議してもガイルは僕を地面に降ろそうとしない。


 完全無視だ。


 確かに足にキていたのは認めるが、もう14歳にもなろうというのに担ぎ上げられるのは何とも恥ずかしい…せめて肩を貸す程度にして欲しい!


 そんな僕の側を周囲の警戒をしながら黒い翼をはためかせリリィが旋回し時折、心配そうに僕の顔を覗き込んではすまなそうな顔をうかべる。


 「申し訳ありません…私のために!」


 泣き出しそうな紫の瞳が僕を映す。


 …まあ、精霊の国フェアリア・ノース向うという当初の目的が無くなったとは云え、精霊契約を完成させる事ができたのは不幸中の幸いだったといえる。

 これで、姉さんに関する情報もリリィを通せば今まで以上に手に入るだろうし契約時にダウンロードされた記憶だって閲覧することが可能になるだろう。


 それに___。


 「そうだ、リリィ聞きたいこと____!!!」


 僕の質問は、ガイルに部屋に投げ込まれる事で中断された。


 体が空中を中途半端に回転して「どすん」と固めのダブルベットに背中から叩きつけられる!


 「ごほっ!」

 「ちょっと! ご主人様に何しって!? きゃあ!??」


 叫び声に顔を上げると、ガイルが机の上にあった陶器のシュガーポッドの中にリリィを強引に押し込みガッチリ蓋を閉めていた。


 「ちょっと! 出しなさいよ! どうゆうつもり!! ねえ!!」


 シュガーポッドの中で、砂糖まみれになっているであろうリリィの抗議を黙殺したガイルは喧しいとばかりに椅子に掛けてあったタオルでポッドをグルグル巻きにし放置する。


 「…!! …!!」


 リリィの声は、聞き取れない程に抑えられた。


 ガイルは洗面台へ向うと、もう一枚のタオルを手にベットに座る僕の所へ近づく。

 

 ギシっとベットが軋んだ。


 窓から緑色の満月が部屋を不気味に照らす中、ガイルの瞳が猫の目の様に光っている。


 「動くな」


 べちゃっと首筋に絞り切れていないタオルが押し付けられた。


 「ガイ___」

 「オレ、怒ってんだからな」


 ガイルが低く唸り、僕の首を力任せに拭く。


 あまりに力を入れてくるので、タオルで皮が摩れて痛いしおまけに上手く絞れていない為首筋から肩まで水びたしだ。

 上半身はブラジャーしか身に着けていない僕としては、早く服を着させて欲しいと言う思いがこみ上げる。


 「おい! もう良いって! 痛いんだよ、首の皮剥けるって!」


 僕の抗議に、ガイルは手を止める。


 暗い部屋の中で、ガイルの光る目がじっと無言で僕を見つめる…なんだかちょっと恐い。


 「…とにかく明かりつけようぜ、何も見えない」


 すると、ボッと言う音がして部屋にあったランプやら蝋燭やらに次々と灯がともった。

 やっと部屋が明るくなってガイルの表情が見える。


 …ああ、なるほど…。


 そこには、眉間に皺を寄せ明らかにご機嫌斜めのけも耳が僕を睨みつけていた。

 その様子から、置いていかれたことを相当根にもっていると見受けられる。


 「あー…怒ってるよな?」


 沈黙と言う名の肯定。


 「とりあえず、ゴメン」


 沈黙。


 「反省してるって!」


 沈黙。


 「ほら! ここら辺魔物とかもいないし、大丈夫かなって」


 沈黙の中に怒り。


 …段々このやり取りもイライラしてきた。


 いい加減、全てをぶちまけたくなるが古文書を持っているのが僕だとばれるのはまだ早い…せめて姉さんと合流するまでは。


 はぁ…首筋がヒリヒリする、ぜってー赤くなってるなこりゃ。


 「ヒガ、お前の体は脆い」


 沈黙を守っていたガイルがぼそりと言う。


 「それに、戦闘とかは全然ダメだし魔力も気力も備わってなくて挙句少しでも暗いと何も見えなくなる」


 はぁ?

 お前ら人外と一緒にすんなよな…喧嘩売ってんのかよ…?


 「けど、お前は姉上と兄上の暴走を止めてクルメイラを救って洞窟でも助けてくれた…オレにはあんな事出来ない! だからヒガはオレなんかよりずっと強いんだと思う…でも!」


 ガシッっとガイルは僕の手を掴んだ!


 「オレ! 今は、姉上や兄上のように強くは無いけど! 必ず強くなるから! だから…もう置いてったりしなでくれ…」


 ガイルが、真剣な眼差しで僕の目を見る。


 「お…おう…わかった」


 気迫に飲まれ思わす答えた僕の言葉に、ガイルが嬉しそうに微笑んだ。

 なんだか、無邪気な子供を誑かしているようで物凄い罪悪感がこみあげる。


 「…なぁ、ガイル…なんか欲しい物とか無いか?」


 なんの脈絡も無い僕の提案に、ガイルが戸惑った顔をした。


 「ホシイモノ…?」


 ギギッと握る腕に力が入る。


 「ヒガの物でもいいのか?」

 「?……何でもいいよ僕が持ってるものでも…」


 置いてったお詫びもあるし…って、とりあえず、握っている僕の手を離してくれないかな?


 さっきから指がビキビキいってんだよ!






 一夜明けて、僕等は朝食にありつくため炊き出しの列に並んでいた。

 復興は順調に進んでいるが、まだ食料の配給が必要な状態に代わりは無い。

 屋根付きの宿屋を提供されているとは言え、そこまで食料は回ってこないので朝夕は難民キャンプの住民たちと列へ並ぶ。


 「~♪」


 昨日と打って変わってガイルは上機嫌だ。


 「そんなに気に入ったのか、ソレ?」


 ガイルは、僕のGパン『エドウィン506』を着用している。


 昨日の晩、何か欲しいか訊ねた僕にガイルは顔を真っ赤にして「ソレがいい…」とGパンを指差した。

 思ったより似合っているが、今まで着用していたズボンとは違いGパン生地は固く股下も短い為ガイルの短い尻尾が丸出しになる。

 風呂場で見たときは濡れていたせいで情けなく見えたもんだが…こうして改めて見ると髪と同じオレンジ色の毛がくるりと巻いた尻尾に密集して生えているのでまるでチアリーダーが持ってるポンポンみたいになって可愛らしい。

 それにしても、あんなに恥じていた尻尾を何の躊躇もなく人目に曝すなんて大した進歩じゃないか…Gパン効果?


 僕と云えば、ガイルにGパンを取られたのでガラリアから出発する際に貰った衣服を身に着けている。

 リュックの奥底に仕舞ってあった皮袋から出てきたのは、黒いナイロンに、ウール、ポリエステルの混合生地…五つボタンの詰襟を用いた共布上下の衣服。


 胸元には赤い刺繍のライオンを象った校章。


 そう、これは私立尚甲学園・中等部の学ラン…小山田の着ていたものだ。


 皮袋に学ランと一緒に入っていたガラリアが書いたつたない『ニホンンゴ』のメッセージカード、そこには『これは、あなたがきるのがふさわしい』と記されていた。

 幸い、僕と小山田は体格がほぼ同じ位なのでサイズはぴったりだ。


 すぐ前に並ぶふわふわの尻尾を眺めながら、僕の中に引きこもっているリリィに話しかけた。

 と、言っても声は使わず念じる事で会話する。


 『いい加減、機嫌直せよ…』

 『…』


 リリィは拗ねたように沈黙する…無理も無い。

 あの後、シュガーポッドに閉じ込めたリリィの事をうっかり忘れて朝まで放置した為へそを曲げてしまったのだ。

 だが、事は一刻を争う。

 拗ねた精霊の機嫌取りに付き合うほど僕は暇じゃない。


 『リリィ、僕は無駄が嫌いだ』

 『もっ、申し訳御座いません…!』

 

 僕の思念が伝わったのか、リリィが怯えているの分かる。


 『聞きたい事は山ほどあるけど、まずは姉さんの情報から聞こうか?』

 『はい、勇者様はフェアリア・ノースにて『精霊獣フェザー』を討伐し精霊石を手に入れられたと思われます』

 『精霊獣…精霊石?』


 疑問に対して、契約時にダウンロードされた情報が補足説明のように脳裏に浮かぶ。


 精霊獣とは、この世界に存在する7属性 火・水・雷・風・地・光・闇を司る獣。


 元は、世界の守護を担う役目であったが魔王の復活により発生した穢れを受け凶暴化してしまったらしい…。

 その精霊獣が持っているのが、精霊石でソレが彼らの力の源。

 姉さんは凶暴化した精霊獣を倒し、精霊石を手に入れその力で魔王を倒そうとしているわけだが…。


 『それで、姉さんは精霊獣を倒したの?』

 『既に三体目です! コレで、勇者様は 火・水・光 の精霊石を所持された事になります』

 『ソレは確かなんだな?』

 『はい! あの時、姉様の魂から直接取り出した情報なので間違いないかと…』


 ふうん、まあ上出来か…。

 後は、あの変態スキンヘッドおねぇから古文書さえ取り返せば…。


 『それと、後一つ』

 『何でしょう?』

 『僕と一緒に、この世界へ来たはずの小山田についてだ』


 リリィが沈黙した。


 『どうした?』


 僕の質問に、明らかに動揺しているのが伝わる。


 『…申し訳ありません…何のことでしょう?』


 今度は、僕が動揺する番だった!


 『…何って、あの時僕と一緒にいた奴だぞ!?』


 動揺を隠せない僕に、リリィがとまどう。


 『確かあの日…ご主人様と一緒にいらした? …ええ…覚えておりますが?』

 『だったら!』

 『ご主人様が、この世界へお渡りになった時…私は気を失っておりました…。 あの時、魔方陣が発動したのは一重に意思の力』

 『意思の力? 何だソレ? 火事場の馬鹿力って事か!?』

 『それは何とも…ただ言えることは…』


 リリィは言葉を詰まらせた。


 『構わない言え!』

 『…精霊契約をしていない者が、あの空間を無事通り抜ける事は出来ません…勇者でもない限り恐らくは死んでいるかと…』


 それは無い!

 少なくとも小山田は、生きて1000年前にたどり着いている。

 でなければ、古文書もこの制服も目の前にいるガイルも存在している事に説明がつかない!


 「ヒガ? どうした? 怖い顔して…美人が台無しだぞ?」


 振り返ったガイルが、聞き捨てならない事をいった気がしたが僕の耳には届かなかった。


 「…なんでもない」


 煮え切らない疑問が渦巻き、珍しく大盛りに盛られた炊き出しに喜ぶことも出来ず只栄養を取る為に口に流し込んだ。






 すっかり日が暮れ。


 僕は、フルフットとの約束通りキャンプ西の教会の前に立っていた。

 教会と言っても、今厄介になっている宿屋よりも小さい即席で作られた木造の粗末なもので入り口の扉に白い塗料で絵が描かれた十字架に似た模様が無ければそれとは気がつかない。


 「あの、ハゲここにいるのか?」


 僕のすぐ後ろにぴったりくっついてきたガイルが、不機嫌そうに耳をぴこぴこさせる…参ったな…古文書をガイルに見られるのはまずい。


 「ガイル、すまないが此処からは僕だけで行く」

 「なんで!? みすみす変態の餌食になりたいのかよ!??」


 ガイルが怪訝な表情をした。


 「大丈夫だから!」


 無駄だとは思ったが、僕は全力でダッシュした!


 「いやいや! 無理っしょオオオオオッッッ!!」


 少し反応遅れてガイルが走___


 ダン!


 何かがぶつかる音に、振りかえるとガイルが何か見えない壁に阻まれるようにはじき飛ばされていた。


 「って~!! 何だよこれ!!!」


 強かにぶつけた額をさすりながら、ガイルは自分を弾き飛ばした元凶を探った。

 手で触れると小さな波紋が広がる。

 僕とガイルの間に、透明なそれでいて肉厚な壁のようなものがあるのが確認できた。


 「結界!?」


 くそっ! とガイルが叫び全力で結界を殴りつけたが、波紋が広がるだけでびくともしない。


 魔力で創られた結界は、広がる波紋でその全体像をみせた。


 教会をぐるりと囲み、上からの進入も許さないようドーム状になっているようだ。

 …こんな事まで出来るなんて、あのスキンヘッドおねぇ…ますます得体が知れない。





 僕は、真っ直ぐ教会の扉へ向った。

 後ろでガイルが、なにか叫んでいるようだがこの際無視しておこう。


 扉に手をかけると、押すより先にギィィィと嫌な音を立てて扉は開いた。


 入れって事か…。


 僕は、躊躇する事無く中に踏み込んだ。


 今日の月は慣れ親しんだ黄色い月。


 その明かりが窓から差込み教会の中は意外に明るかった。


 月の光に照らされて浮かび上がるのは、扉から正面に向って赤い絨毯がしかれ両サイドには信者の為の長椅子が7台ずつ、そして神父が説法する講壇の上には十字架らしき物が掲げられている。

 僕の知ってるキリスト系の教会とあまり変わらない…違いがあるとしたら、普段神父がいるべき講壇に変態スキンヘッドおねぇ__フルフット・フィンが居ることくらいだ。


 講壇に立つフルフットは、普段のきわどいドレスではなく白いローブに金の刺繍の入った厳かな衣装を身にまといいつものおねぇのオーラはすっかり影をひそめていた。

 まるで、この教会の神父と言っても遜色ないくらいに威厳を感じる。


 少しの沈黙の後、僕は話を切り出した。


 「約束通り、貴方の知っている事を聞かせて頂けますか? …フルフットさん?」

 「坊やは何を知りたいの?」


 普段と変わらないおねぇ口調に何だかほっとする。


 「全てです」

 「ふふ…欲張りね…」


 フルフットは苦笑した。


 「そうね…まずは改めて自己紹介しようかしら?」


 フルフットは、すっ…と浅く息を吸う。


 「私の名はフルフット・フィン・リーフベル、1000年前の勇者に同行した僧侶リーフベルの子孫にしてエルフ領リーフベルの大司教…以後お見知りおきを」


 ふわりとローブを揺らしフルフットは、僕にお辞儀した。


 「此方も改めて…僕の名前は比嘉切斗ひがきりと、そちらで勇者と呼ばれている比嘉霧香ひがきりかの弟です」

 「ふふ」

 「何か可笑しなことでも?」

 「いいえ…本題に入りましょうか…」

 

 さも愉快そうにフルフットは笑みを絶やさず、ローブの袖口からノートを取り出し僕に差し出しす。


 「まずは、約束通り古文書をお返しするわ」

 「……やけにあっさりしてますね?」


 古文書を受け取りながら視線が絡むが、フルフットの意図がいまいち読めない。


 「あーしが持っていても、読めないもの!」


 厳かな衣装を纏いながらクネクネ体を揺らす仕草は、普段の何倍も違和感を思える。

 まだ、いつものボディコン姿のほうが幾らかましに思えるほどに!


 「すぁ~てぇん…どこから話そうかしら?」

 「貴方と姉さんの関係は?」


 僕はすかさず質問をぶつけた!


 「勇者ちゃんが異世界からこっちに戻ってきた時からの付き合いよ、それに…勇者ちゃんのパーティーには息子が同行してるわ…」


 フルフットの顔が微かに曇る。


 息子と聞いて、どうやって? 

   おねぇの癖に結婚してたのか?


 など瞬時に様々な疑問が湧いたが取り合えず今はスルーしておく。


 『リーフベル』と言えば、クラスは僧侶。


 エルフの回復魔法に対する知識は、群を抜いている。

 更に、僧侶ならなおさら姉さんも安心だ…。

 だが、僕が本当に知りたいのはそんな事じゃない!


 僕は意を決して訊ねた。


 「…『勇者』とは一体何ですか?」


 僕がこの世界に来て約2ヶ月近く経つが、その間『魔王』が原因とされる天変地異がリーフベルを含め2回ほどあったくらいで特に魔物の大群が国を制圧するでもなく民が虐殺された訳でもない。

 魔物との小競り合いが確かにあったが、それは昔ながらの縄張りにうっかり家やら畑やらを気付かず建てたなど明らかに此方側に非があるこの方が多いくらいだ。

 姉さんも、縄張りを取り返そうしたサイプロックスをうっかりフルボッコにしたくらいで…幸いサイプロックスは一命を取り留めたそうだが…。


 この世界で暮らしてみて言わせて貰うなら、異世界から勇者を呼び戻し『魔王』を討伐しなければならないほど困窮しているとは到底思えない。


 僕が言いたいことがフルフットにも伝わったのかいつに無く真剣な顔で口を開いたが、その口から答えを聞くことは出来なかった。




 「コプっ!」



 言葉とは程遠い音を出しながら、フルフットの口から大量の血がこぼれ胸から突き出した剣が白いローブを真っ赤に染めた。


 「なっ…!」


 何が起こってるんだ!?

 僕は只、目の前に突きつけられた事態を傍観することしか出来ない。

 ズルッと嫌な音がして、フルフットに刺さっていた剣が抜かれその体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


 後に残ったのは、血まみれの剣を持った若いエルフ…あれは確か______!


 『ご主人様!』


 呆然とする僕の脳裏にリリィの声が響き、ようやく現実に引き戻される!


 僕の胸の前に、小規模の魔方陣が現れ中からリリィが飛び出し小さな体で主を守ろうと立ちはだかった。


 「大丈夫ですか!?」

 「ああ、それよりも…」


 教壇で文字通り『血祭り』に上げられたおねぇは恐らく即死だろう…が、まだ諦めるのは早い!


 「リリィ、僕にいつもしている様にフルフットも巻戻せるか?」

 「出来ますが…!」


 リリィは言葉を濁す。


 「あれあれあれ~もしかして君たち、このジジィを助けようとか思ってんの?」


 若いエルフは、剣を振りにべったりついた血を軽るく振るう。

 やはり…コイツ…はじめに牢でガイルに切りかかったあのエルフだ。

 しかし、目の前にいるエルフにあの時のような恐怖心やおどおどした感じはしない…それどころか血に濡れた剣を眺め恍惚としている…同一人物だよな…?


 「お前は一体…?」


 エルフは僕の方をじっと見ると、こめかみに人差し指をあてまるで記憶を探るようなそぶりを見せる。


 「あーえーっと、『コイツ』と牢屋で会ってるんだっけ?」


 エルフは、まるで他人事のように呟く。


 「お前は、あのときのエルフじゃないのか?」


 僕の問いにエルフの表情は、ぱっと明るくなる。


 「いいね~察しのいい奴は好きだよ~!」


 ニコニコ笑いながら、奴は教壇を降り僕の方へ向ってきた。


 「何故、フルフットさんを? お前は何者だ?」

 「ん~どうせ君も殺しちゃうから、答える義理は無いんだけどさぁ…」


 爽やかな声で物騒な事を言うエルフは、さも楽しそうに狂気の笑みを浮べる。


 「アタシはアンバー・ルル・メイヤ、勇者キリカのパーティーで魔道士ね~、初めましてそしてサヨウナラ」


 アンバーと名乗ったエルフは、あっという間に迫り持っていた剣を僕に向って振り下ろした。


 ザシュ!


 間一髪、避けるのが間に合ったが剣は僕の肩を軽く切る!


 「んうぅ? やっぱ他人の体は勝手が違うな~」


 他人の体…? コイツ離れた所からこのエルフの体を操ってるのか?


 「も~動かないでよね~」


 軽い口調とは裏腹に、鋭い斬撃が繰り出され僕はそれをギリギリの所で避ける!


 ガイルとの武術訓練がこんな所で役に立つとはな…。


 「しぶといね~」


 アンバーは笑みを絶やさず、まるで僕をもてあそぶように剣を振るう。


 「っく! はぁ はぁ!」


 ついに僕は、壁際まで追い詰められしまった。

 おまけに体力も限界だ…全く、人外と比べても仕方ないとは言え埋められない身体能力の差に愕然とする!


 アンバーは剣を垂直に構え、僕の頭めがけて一気に突く!


 「!!!」


 思わず目を閉じたが、剣は僕の頭には刺さらず耳を掠めて背後の壁に刺さった。


 ちっ…耳の縁が裂け、大量の血が肩をぬらす。


 「あれぇ? ま~た外しちゃった~」


 もう一回~と、言いながら深々と壁に刺さった剣を引き抜きにかかる!


 この機会を逃す僕じゃない!


 僕は素早くアンバーの背後に回り、剣を抜こうと躍起になっている『彼』の股間を全力で蹴り上げた!


 スニーカー越しに、生暖かい感触が足の甲に伝わる。


 …許せ…。


 同じ男としてこんな事はしたくはなかったが、僕は此処で死ぬわけには行かないんだ!!


 僕は、魔女に体を乗っ取られた若いエルフの青年に心の中で土下座した。


 アンバーは股間を押さえたまま、前につんのめるように倒れていく!


 「~~~~~!! ~~~!!!」


 崩れるように倒れたアンバーからは、表情は伺い知れないが声にならない声を上げのたうちもがく様子が伺える。


 ふははは!

 これは男にしか分からない痛みだ!

 せいぜい苦しむがいい!!


 「~~ふっ…ふううぅう…!!」


 アンバーは、よろよろと壁をつたい体を起す。


 願わくば、エルフの青年に苦痛がありませんように…合掌。


 「ころ…す…!!」


 男子特有の痛みに顔を歪めながらアンバーが僕を睨む。

 女性であるアンバーにとって、普通に暮らしていればまず感じるこの無い痛みだろう。


 これに懲りて、男の体を乗っ取るなんて無粋な真似はやめること__


 「!?」


 次の瞬間、僕の眼前にアンバーが迫る?!


 僕に確認出来たのは、アンバーの口が微かに動いた…それだけ_____。


 「死ね!!」

 

 アンバーの剣が迫るのが、まるでスローモーションのように見える。


 しま___


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 剣が喉に触れようとした瞬間、床下を突き破って現れたオレンジ色の影がアンバーを弾き飛ばし衝撃でそのエルフの体は教会の扉を突き破って外へと弾き飛ばされていく!


 「ガイル!?」


 飛び出したガイルは、空中で一回転すると僕の側に着地した。


 「ふう…やっと入れたぜ!」


 やれやれと肩を回したガイルは、じろりと僕を睨み付ける。


 ああ、怒ってますよね?


 「…ごめん」

 「…謝る位なら二度とすんな! …って」


 ガイルが、僕の耳に触れる。


 「っ…!」

 「何で回復しないんだ? あの精霊どこ行ったよ!?」

 「フルフットさんが、刺された…リリィにはそっちに回ってもらってる」

 「は!? てか! そんな事したらお前がヤバイだろ!?」


 …自分の契約精霊を自分以外の者に使用を許可した場合、その間契約者はその恩恵を受ける事は出来ない。

 つまり今の僕は、怪我をしても即座に『巻き戻し』される事は無い。

 契約者ではないフルフットの巻き戻しには、ある程度時間が掛かる可能性は予想していたが…。


 「…僕は大丈夫だ、それより…」


 ガイルを見ると、体こそ無傷だが身に着けていた短めのローブがズタボロに破れ中に着ていたタンクトップが露になっている。


 「お前の方こそ、どうしたんだソレ?」

 「ああ、外見てみろ…」


 ガイルに促されるまま、破壊された扉から外を見る。


 「これは…!」


 そこにあったのは、人、人、人…屍累々とは正にこの事だと思えるくらいの大量のエルフ達が地面に横たわっていた。


 「…まさかお前、殺____」

 「違ぇよ!! 確かにいきなり襲われたけどさ! 全員無傷だって! マジで!」


 僕の冷ややかな視線に、ガイルは慌てて否定する。


 「急に結界が消えてさ、よっしゃ行ける! と思ったらいきなり正気を失ったキャンプの連中に襲われたんだよ!!」

 「…んで全員殺したと?」

 「違ぇーよ! 皆いきなり倒れたんだ! これでも、傷つけないように捌いてたんだ!」



 …消えた結界…倒れているエルフ達…まさか!



 アンバー・ルル・メイヤ。


 魔道士メイヤの子孫にして現勇者である姉さんのパーティー。


 勇者新聞でも彼女の常軌を失した『活躍』は時折記事を躍らせていた。


 己では手を下さず、敵同士を自滅させていく様は正に外道…見習う所が多いと同時に出来れば係わり合いにはなりたくない相手だった。


 僕の推測が正しければ、今までアンバーは外に倒れている数百人のエルフをコントロールしながら僕と戦っていた事になる…。


 そりゃ、剣の命中率も悪くなると言うものだ!


 僕は、破壊された扉から外へ飛びだした!


 「おい! ヒガ!」


 ガイルも続いて外へ出る。


 あたりを見回すが、先ほどガイルによってはじき出されたアンバーの姿がどこにも無い!


 「上だ!」


 ガイルの指差すほうに視線を向けると、教会の屋根の少し上に空中で静止するアンバーの姿を捕らえた。


 アンバーは両手を空に掲げ、恐らく呪文を唱えているのだろう微かに口が動いているのが見える。


 ギギギギギギギ!!


 月夜を裂くように、黒光りする何かが異様な音を立てながらアンバーの手の先に集まりやがて大きな球体になった!


 「おいおいおい! アイツこキャンプごと…」


 ガイルの予想は、大当たりだろう。


 アンバーはこのキャンプごと、『僕』を吹き飛ばすつもりだ!!


 クソ! と、呻きガイルがアンバーに炎を放つがアンバーに届く前に炎は障壁によって掻き消けされてしまった。


 アンバーの視線が、此方を見据える…詠唱が終わったようだ。


 「ふ~ん…アンタがギャロの弟くんね…手を出すなって言われるけど~まぁ…いっかぁ…」


 そう言うと、アンバーはまるでボールでも投げるように巨大な魔力の塊を放った。


 巨大いな魔力の塊が、ゆっくりと教会のみならずキャンプ全体を飲み込んでいく。


 爆発や炎上とは違う、球体に触れた物がまるで空間ごと抉り取られているように『その場から無くなった』。


 「み~んな、消えちゃえ~」


 まるで、無邪気な子供のようにアンバーがケタケタと笑う。


 「じょっ、冗談じゃねぇ…無茶苦茶だ!!」


 ガイルは僕だけでも守ろうと、迫り来る黒い球体に炎を乱射する。


 「まだか…リリィ…」


 この状況じゃ、色々間に合わない気もするが…。


 ガイルの奮闘虚しく、巨大な球体がすぐ近くまで迫ってきた!


 万事休すか_________!




 「守護者の盾:ガデアンシールド」



 空間に落ち着きあるテノールが響く。



 すると、教会を中心に放射線状の光の帯が広がり見事な幾何学模様へと仕上がった。


 「すげ…」


 ガイルから感歎の声が上がる…巨大だが恐らくこれは『魔方陣』。

 

 …難民キャンプとは言え東京ドーム5個分程の大きさのある面積をすっぽり覆ってしまおうと言うのか!



 発せられた光の帯はなおも広がり続けて、空を覆いつくす。



 ギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!



 それと同時に降下を続けていた球体が、急に何かに阻まれるように動きを止め鈍い音を発した!


 「ちょ…! ナニこれ~」


 ふざけた口調のままだが、流石のアンバーも驚いた様子だ。


 「おいたは、ソコまでよ!」


 殆んど崩壊した教会から現れたのは、真紅のローブを身に纏った一人のエルフ。


 「ご主人様!」


 そのエルフに続きリリィが、飛び出してきた。


 「あああ! ご主人様! こんなに怪我を!!」


 一直線に僕の元に飛んできたリリィが、今にも泣きそうな顔で裂けた耳に触れる。


  シュオォ!


 「!」


 一瞬にして傷が塞がった…今までのように耳鳴りに悩まされることも無い…これが本来の『精霊契約』なのか…。



 「なあ! おい! 何がどうなってんだ?」


 状況の把握が出来ていないのか、ガイルが僕の肩を掴みその様子を見たリリィが、不機嫌そうに眉をひそめる。


 「何? 獣人はこれだから頭悪いって言われんのよ!」

 「んだと! てめぇ!!」

 「獣臭い手でご主人様に触らないでよ!!」

 「臭くねーよ!! 黒焦げにすんぞ!」

 「やってごらんなさいよ! 短尾!!」

 「言ったな! てめぇぇぇ!!!」


 …なんだか面倒なことになったな。


 これだけでもかなり面倒くさいが、それ以上の問題を目の当たりにして僕はリリィにある問いかけをした。


 「…ところでリリィ、あいつ誰だよ?」


 ガイルと喧々囂々と言い争っていた、リリィの動きがとまり僕の指差す方を見ると小首をかしげて答える。


 「フルフット様ですが?」

 「うん…多分そうだとは思ったんだけどさ」


 この魔方陣を発動させ僕やキャンプを救ったであろう真紅のローブを纏ったエルフは、ダークグリーンの長い髪をなびかせ此方にウインクしながら投げキッスをしていた。

 僕の知るフルフットは、スキンヘッドに筋肉隆々とした見た目50代位の変態おねぇだが…今、正にセクシーアピールをしているのはどう見積もっても20代前半のモデルもビックリの美男子だ。


 「ちょっと~無視しないでよね!!」


 アンバーが、魔方陣に阻まれた自身の魔力を増幅させるべく再び呪文の詠唱を始める!


 

 「今日日の『おねぇ』をなめんじゃないわよ! 小娘!!!」


 アンバーの詠唱とほぼ同時に、地面に張り巡らされた魔法から眩しいほどの光が発せられた。


 僕は思わず目を閉じる。



 「ぐ! はじかれっ!」



 パキィィィィィィィィィィン!


 強大な黒い球体は、押し付けるアンバーとはじき返すフルフット魔力に挟まれまるでガラス細工の浮が割れるように消し飛んだ!


 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 爆発に巻き込まれたアンバーが地面に叩きつけられる。


 フルフットは、倒れるアンバーに近づくと髪の毛を鷲掴み自分の眼前に持ち上げた。


 「へ~裏切ったてホントだんたんだ~」


 このような、不利な状況にあってもアンバーの軽口は変わらない。


 「…確認も取らず背後からグサリなんて…相変わらずビッチねぇ~★ るーちゃん?」

 「殺れるなら、仕事の選り好み無いからアタシ?」

 

 うふふふ、おほほほと言った和やかな笑い声が響く。

 ひとしきり笑った後、フルフットは殺気を込めた鋭い視線をアンバーに向けた。


「私の治めるこの地と、甥の体を弄んだ罪…死を持って償ってもらいましょうか?」


 次に聞こえたのは、アンバーの叫び声だった。



 一言で言うならドン引き。



 始めこそ叫び声であったが、今はおよそ叫び声と表現して良いか分からない常軌を逸した『音』が発せられそれがもう小一時間ほど続いた。


 状況としては、髪の毛を鷲掴みにされたアンバーが目や耳・鼻・口と言った体中の穴と言う穴から止め処なく出血を続けている。

 かなりの苦痛を伴っているのは一目瞭然だ。


 「…なぁ」


 戦慄の光景に沈黙していた空気をガイルが破った。


 「あのさ…さっき、あいつの事『甥』って言ってたよな?」

 「ああ、そういえば…」

 「このままじゃ死ぬんじゃね?」

 「……」


 確かに、いくらアンバーの所業が許せないとは言え体は自分の甥の物だというのにあれじゃ…。


 「このままじゃ、体の持ち主が持たないかもしれませんね」


 リリィが、冷静に判断した。


 …それにしても、かなりの苦痛があるにも関らずアンバーはフルフットの甥の体から出て行く気配が無い。

 離れた場所からの遠隔操作だというなら、さっさと解除すればよいものを何か離れられない理由でもあるのか?


 「あ!?」


 ガイルが突然声を上げた。


 甥の体がフルフットの手から離れ地面に倒れているのが確認できたが、僕らの視線はその上に注がれる。

 そこには、半透明の人型のナニかが先ほどまでの甥と同じく髪を鷲掴まれまるで壊れた人形のように不規則にビクビクと動いている。



 「アンバー・ルル・メイヤ?」


 実際に本人? 魂? にお目に掛かるのは初めてだ。


 見た目は姉さんと同い年くらいか…ダークブラウンの髪が肩口までありウサギの耳を連想させる長い耳が力なくだらりと垂れ格好は僕の世界で言うところのロリータファッション…本来ならピンクを基調としたものだったのだろうが今は血で真っ赤にそまっている。


 「さあ~消される前に答えなさい、アンタに指示を出したのは誰?」

 「…」


 アンバーは、血まみれの顔でただ微笑む。


 「そう…たいしたものね…」


 フルフットが、更に言葉を続けようと口を開いた時だった!


 『戒めの鎖:ワニングチェーン』


 「!」


 突如、地面から複数の太い鎖が生えてきてあっと言う間にフルフットを拘束した!



 「っ!!」


 鎖はギリギリとフルフットを締め付ける。


 『見損なったよ! パパ!!』


 拘束されたフルフットの前に、やはり半透明だが小さなエルフの子供がアンバーを庇うように立っていた。


 「リフレ…!」


 リフレと呼ばれた少年は興奮したように捲し立てる!


 『ギャロに聞いて、信じたくなかったのに! …ルルをこんな目に遭わせるなんて!!』


 「ねぇ、リフレ? パパ、そのビッチに殺されかけたし…民間人も大勢迷惑を被ったのよ? フロルだって…」



 血反吐を吐きながら小刻みに震える甥を、フルフットはしれっと指差した。


 いや、そいつのダメージの大半はアンタが原因だろ!


 『ウソだ! ルルが、命令も無しにそんな事____!!』


 リフレはそう言い掛けて、言葉を詰まらせた。


 「そうね、誰に命令されたのかしらね?」


 色白のリフレの顔ががみるみる青ざめていく。


 「リフレ、アナタをパーティーに参加させたのは間違いでした…今すぐに戻ってらっしゃい!」


 ぴしゃりとした父の言葉に、リフレは強く首を振る。


 『いやだ! 戻らない…! パパ言うことなんか信用できない! …ゆ…勇者様はこんな事…!』


 じりじりと後ずさりしたリフレは、背に何かの気配を感じゆっくりと振り返えった。


 ディープグリーンに染まった瞳が、黒い生地に金色のボタンを捕らえ徐々に顔を上げていく。


 『そんな…君、誰さ…?』


 僕の顔を凝視したリフレは、表情を強張らせ腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。


 …僕と姉さんって、そんなに似てるのかな?


 ガキッ! バキッ!


 僕に気を取られたリフレの隙をついて、ガイルがフルフット巻きついた鎖を引きちぎる。


 「あら? ありがと子猫ちゃん★ 後でチューしたげる★」

 「いらねーよ!!」


 自分の背後で鎖の魔法が引き千切られたのに、今のリフレにはそんな背後の状況などもうどうでも良かった。



 『何なのさ…君…一体…ザザザザ…れ…ザザザ」


 リフレはパクパクと口を動かすも、肝心のところがまるでノイズが入ったように途切れる。


 「あんらぁ~ビッチの遠隔魔法が途切れてるのかしら?」


 ザザザザ…ザザ…


 ノイズは音声だけでなく、半透明の肖像にまで乱れを及ぼした。


 「うわ! 何だよアレ!?」


 ガイルが尻尾を膨らませ、気味悪いとばかりに身震いする。


 「姉さんに伝えろ、『必ず迎えに行く』ってな!」


 『ザザザザザザザザザザザ』


 僕の言葉はノイズに遮られたのか、リフレもアンバーもその場から掻き消えて行った。

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