エルフ領リーフベル



**************


 あれ?

 今日って何月何日だっけ?

 この世界に来てから何日くらいたったのかな?


 もともと日にちとか時間などに無頓着な私は、朝起きると切斗に何月何日何曜日かを聞くのが日課だった。


 ぼんやりした頭で辺りを見回す。


 すっかり見慣れた宿屋の部屋。


 何故だろう?

 

 在り得ないのに今にもあのドアから切斗が入ってきて『遅刻するぞ!』て、怒鳴り込んで…そんな訳ない…よね。


 私は、いつもの様に顔を洗い剣と鎧を装備した。


 腰に下げた小さな袋には、バッテリー切れのスマホ。


 ふふ…よく家に忘れて切斗に『携帯しないと意味ねーだろ!!』って怒られたっけ…。

 袋からスマホを取り出すと、誕生日に切斗から貰った合格祈願のミニストラップがチリンと揺れた。


 姉さん頑張るから…出来るだけ早く帰るから。


 待っててね切斗。


 私はスマホを袋に戻して、部屋の扉を開けた。


**************


 此処、国境にある『関所』と呼ばれる場所に隣接する酒場『メタケイサン』は商業都市クルメイラ経由でエルフ領に入る旅人達でにぎわっている。

 カウンターではやれ売り上げはどうだったとか、仕入れはどうしたなど商売人と思われる旅人やファミリー席には新婚旅行の帰り道だというカップルや家族連れなども多い。

 そんな活気あふれる店内の窓際からも離れた少々薄暗ささえ感じる一角に僕とガイル、机をはさんで万太郎が座っていた。


 もう、かれこれ小一時間ほど万太郎の小言が続き僕とガイルはいい加減うんざりしていた。


 「______全く肝が冷えましたぞ!!」

 「あーもう!!  同じこと何回も言うなよ!」


  しつこい小言に、ガイルはうんざりだと机に突っ伏した。


  「ガイル様! 話は終わっておりませんぞ!!」

 「うえ~」


 それにしても意外だな…万太郎ってガイルの命令ばかり聞いてるだけかと思ったが、けっこう言うときは言うんだな…。


 「ヒガ殿も! 土地勘が無かったとは言え、幾ら近道だからとカランカ洞窟など! その才覚があればあそこがどれ程危険な場所であったかお分かりになったでしょうに!!!」


 危険?


 そんなもの百も承知だったけどね?


 「ごめん…まさかあんな事になると思わなくて…」


 「…われば、宜しいのです…わかれば…」


 子供らしい反省したような表情を作って見せると、万太郎は少し言い過ぎたと罰の悪そうな表情になる。


 はは…ちょろいな。


 それにしても、万太郎は一体どうやって僕らに追いついたんだろう?

 多少の危険があると知った上で、僕は最短距離のカランカ洞窟を選んだしミケランジェロだっていたのに…?


 「万太郎、どうやって僕らに追いつたの? もっと近道があったの?」


 そう聞く僕に、万太郎は首をかしげた。


 「いいえ、拙者は通常通り『カッサリン峠』を越えてきたでござる」

 「はぁ!? カッサリン峠!?」


 カッサリン峠とは、カランカ洞窟が使えなくなった当初に商業都市クルメイラが金に物を言わせ山一つ切り開いて造った道であるが山を貫く洞窟とは違い山筋にそった幾重にも曲がりくねった道のりは通過するのにも丸一日を要する!


 …幾ら万太郎の足が人間なんかより速くても、こんなに早く僕らには追いつけない筈だ!


 「いやはや、この関所で丸二日もお二人を待つのは本当に生きた心地がしませなんだ…」


 は?

 何だって!?


 やれやれと頭を抱える万太郎に、僕は食って掛かる!


 「二日!? 待て! 僕らはつい半日前にクルメイラを出たばかりだぞ!!」

 「落ち着けよヒガ! 大方あのディアボロってヤツが何かしたんだろうぜ?」


 思わず立ち上がった僕に、万太郎もガイルも驚いたようだ。


 冗談じゃない!

 それだけ姉さんに会うのが遅れたって事だぞ!?

 もう、一分一秒だって傍に姉さんが居ないなんて耐えられないんだ!!


 「取り合えず座れよ!」


 ガイルは僕の手を引いて座らせ、お茶のような飲み物の入ったコップを渡し呆然とする僕を尻目に万太郎と会話を続ける。


 「それにしても妙で御座った」

 「何が?」

 「ギャロウェイ様のご様子でございます」

 「そんなの、勇者のパーティーに加わってからずっとじゃん? あ"!!」


 重要なことを思い出したガイルは、僕の肩を掴んだ。


 「古文書! 兄上は古文書持ってたのに何でコッカスで飛ばしちゃったんだよ!!」


 …ちっ。


 馬鹿のくせに、妙な所で勘がいいな……どうする?


 「…いえ…あの判断は間違いでは御座いますまい」


 万太郎の意外な助け舟に僕は耳を疑った。


 「いくら某がギャロウェイ様の武術師範であっても、それは昔の事…先ほどは虚勢を張っては見ましたが今のあの方にはとても敵いませぬ…あのままではタダでは済まなかったでしょう」


 弟子の成長に目を細めながらも、何処か心配そうな万太郎は師と言うよりはまるで父親のように見えた。


 「…聡明なヒガ殿はもうお気づきとは思いますが、ギャロウェイ様は恐らく古文書を持っていないと思われます」


 !!


 「え! 本当かヒガ!??」


 まずい。


 まずい、まずい、まずい!!



 「ああ…たぶん…」


 僕はそう答えるしか出来ない…ここで下手な答え方をしたらソレこそばれてしまう!


 正直、万太郎を舐めてた! 


 こんなに早く気づくなんて!


 「そっか~それで兄上、いきなりヒガを殺そうとしたのか! 勘違いしたんだ! ヒガが古文書持ってるって!」


 ああ…どこまでもおめでたいヤツだ!

 お前の頭には綿でも詰まってんのか? 抱きしめてやりたくなるぜ!


 「…恐らく」


 万太郎のトカゲの目が、無感情に僕を見据える。


 走って逃げるか…いや…正直に話して理解を求め…無理だ!

 そんな事をすれば、古文書を取り上げられてしまうかもしれない…!


 「ギャロウェイ様も…いや、勇者側も預かり知らない所で大きな陰謀が動いているのでしょう」


 ん?


 「魔王が関っているって事か?」


 え?


 「ヒガどう思う?」


 こいつら馬鹿なのか?


 正に奇跡としか言えない勘違いによって…いや、こいつ等の中で僕が古文書を持っているかもしれないと言う選択肢は最初から存在しなかったのだろう。


 それだけ僕を信用していると言うことなんだと思うと、何んだか心臓がむず痒い。

 

 少しの沈黙の後、急になにか思い出したみたいに万太郎がガイルを見た。


 「時にガイル様、何かお忘れではないでしょうか?」

 「ん? 何が?」


 万太郎はため息を付くと、鎧の懐から茶色い封筒を三枚取り出しテーブルに置いた。


 「これが何だかお分かりでしょう?」

 「げ!」


 差し出されたソレを目の当たりにしたガイルは、急に明後日の方向を向く…なんだ?


 僕は、テーブルに置かれた封筒を取りまじまじと見つめる。


 「何だこれ?」

 「これは関所を通るのに必要な『手形』で御座います」



 …ぷちっ。



 「ひぃ!」


 今度は、僕がガイルに小一時間ほど説教をする事になった。






 「…繰り返せ」


 酒場の床に正座したガイルを、旅人たちが物珍しそうに見つめている。


 「1:明日の準備は、寝る前に確認します。 2:見知らぬ場所に行く時は、一に確認・二に把握・三四が無くて五に…ごに…」


 「警戒だ! 馬鹿野郎!!」


 「ごめんよお!」


 すっかり耳をたたみ涙目のガイル。


 「まぁまぁヒガ殿、これからはそれがしも同行しますゆえ…」


 ……やはりか。

 当然と言えば当然だが。


 手形を届けるくらいなら、コッカスのような魔物に頼めば済むことだ、万太郎は僕らに同行する為にわざわざガイルが忘れた手形を自分で持ってきたのだ。

 今でこそ、奇跡的な勘違いで僕を疑っていないが万太郎は馬鹿では無い。

 そのうち、僕が古文書を持っている事に気が付くだろう。

 が、今回のようにいつギャロウェイが襲ってくるか分からない現状を考えれば多少のリスクがあっても万太郎の同行は心強い。


 どうせ、僕に拒否権は無いだろうし。



「そうなのか、これからよろ__」

「駄目だ!!」


 声の方に視線を移すと、先ほどまで涙目だったガイルが真剣な眼差しで万太郎を見上げている。


 意外だ。


 と、思ったのは僕だけではないらしい。


 万太郎は、まさかガイルの口からそんな言葉が出るとは思いもよらなかったのか正に驚愕と言った表情で口をぱくぱくさせている。


 呼吸止まってないか!?


 「お前は、クルメイラに帰るんだ!」


 ぴしゃりとしたガイルの言葉。


 「…っな、何故でございます…?」


 一瞬息をすることさえ忘れていた万太郎が、必死に口を開く。


 「今、姉上がどう言う状況か分かってるだろ?」


 ガラリア?

 何で、ここであの腐女子が出てくるんだ?


 「そっ…それは…!」

 「今の姉上にはお前が必要だ!」


 しかし…と、言葉を続け万太郎は下を向いたまま動かなくなった。


 状況が把握できないな…。


 「一体どうしたって言うんだ?」


 僕の言葉に、ガイルが重い口を開いた。


 「姉上さ、ギャロウェイ兄上から古文書を守る為にバーサーカーになっただろ?」

 「ああ」

 「バーサーカーがどういうものか、ヒガも知ってるよな?」


 無論知ってる。


 講義及び新聞の情報に加え、精霊契約の時ダウンロードされた極少ない閲覧可能な知識の中にもそれはあった。


 「バーサーカーの力は本人には制御出来ない…一度発動すれば其処に居る生物全てが絶えるまで止まらない…あの時二人が勇者不在の中で正気に戻ったのは奇跡に近い」


 僕の言葉に、ガイルは何処か悲しい目をした。


 「あの状況でバーサーカーになったと言う事は、姉上は…少なくともその瞬間オレや城の兵士だけじゃない! クルメイラの民の命よりも古文書を取ったんだ!」


 強く握られた拳に血がにじむ。


 「そんな事は無いで御座る!!」


 ガイルの言葉に、万太郎が声を荒げる!


 「少なくとも、兵士や民はそう思うだろうよ!」


 …そうか、民にしてみれば領主に裏切られたと感じても仕方が無い。


 「兵士にはかん口令を敷いたが、噂なんてあっという間に広がった! 今や子供でも何が在ったか知ってる!!」


 なんて事だ…今のガラリアには、兵士はおろか誰一人味方なんていないのか…。


 「こんな時だからこそ、お前が傍にいなくてどうするんだよ…」


 ガイルは万太郎に諭すように言う…だから、何でそこで万太郎?


 「…拙者のような者が傍にいても___」

 「いい加減にしろ! いつまで姉上を待たせるつもりだ!!」


 ん? これは…。


 「しかし、拙者は!」

 「お前が気にしているのは種族か! それとも地位か! もう何年も、引く手数多の隣国からの求婚を全て断ってずっとお前からの言葉を待っているんだぞ! これ以上…姉上に恥をかかせるな!!!」


 まさか、ガラリアと万太郎ってそういう関係?


 …しかし…拙者とガラリア様では…と、俯いたままもじもじしながらブツブツとうわ言のように身分が違うだ何だと『大人な事情』を並べ始めた万太郎を見ているとだんだん苛々してきた。


 もう、答えなんて出ている癖に!


 「まだ、そんな事言ってんのか! なさけねぇ! 見損なったぞ!」


 怒鳴り散らすガイルに、押し黙る万太郎。


 「万太郎、この件については部外者の僕が言うのもなんだけど」


 僕が不意に声をかけたので、万太郎が驚いたように顔を上げる。


 「もし僕なら、大切な人が窮地に陥っているのにこんな所で子供の相手なんかしない」

 「ヒガ殿…」

 「相手が、どんなに拒絶しても傍にいて決して離れない」


 沈黙があたりを包む。


 贅沢なヤツだ、戻ればすぐに会える癖に。

 まあ僕は、姉さんと合流出来たらどんな事があっても絶対に離れないし離さないけどね。


 「ガラリア様とお前の問題だろ? 僕らを逃げ道に使うなよ」

 「ヒガの言う通りだ!」


 ガイルと僕の目に睨まれ、万太郎は少したじろぐ。


 「分かり申した…拙者、ガラリア様の元に帰還したします」


 万太郎は、僕に二人分の手形を渡すと席を立った。


 やっとか…この手の輩は結論が出ているのにも関らず誰かに背中を押されるまで行動に移そうともしない。


 僕には理解し難いタイプだ。


 パチパチパチ…。


 いつの間にか静まりかえっていた酒場に拍手が響く。


 気が付けば、酒場に居合わせた大勢の旅人が此方を見て拍手喝采する。

 ああ、そうだったガイルを説教した時点で大分注目されていたっけ?

 拍手は次第に大きくなっていく。

 うん、思い切り聞かれたな。


 「いいわ~種族を超えた愛! ロマンちっくぅ~」

 「いいぞー兄ちゃん! 早く彼女の所いってやんな!」

 「おめでとう!」

 「おめでとう!」

 「おめでとう!」

 「リア充爆発しろ!」


 そこにいた多種多様な種族の皆様から、さらに祝福の拍手が巻き起こる。


 「今度、会うときは『義兄上』と呼ぶときだからな!」


 「な…へ…?」


 ガイルに止めを刺された万太郎は、首から上を真っ赤にし勢い良く酒場を飛び出していった。







 結論から言おう。

 

 僕は、姉さんに合流することはできなかった。


 万太郎が走り去った後、僕とガイルは関所を無事通過しエルフ領へ入った。

 流石、『森の賢者』と言われるエルフが治める地とあって目の前には美しい森が広がる。

 しかも、森には魔物が侵入出来ないように結界が張り巡らされており安心安全。


 旅人達はいつしかこの森を『加護の森』と呼ぶようになったそうだ。


 ~エルフ領『加護の森』ガイドブックより~



 「リーフベルまではこの道を真っ直ぐでいいな…」


 先ほどの調教____教育的指導が効いたのか、ガイルは関所で手に入れたガイドブックとクルメイラから持参した地図を見比べ、僕といえばガイルに代わり不慣れながらもミケランジェロの手綱を握る。

 洞窟での事を思い返せば、僕も亀の手綱捌きを身につけるに越した事は無いからだ。


 「大丈夫か? 無理すんなよ?」

 「……」

 「おい!」

 「…五月蝿い……!」


 苛立っていた僕は、振り向きもせずガイルに答える。


 「勇者の事は、残念だったと思うけどさ___」


 「黙れ!!」


 「…ごめん」


 頼むから! 今の僕に、話しかけるな!

 手綱捌きが未熟で見てられないのは分かってるが、何かしておかないと今にも気が狂いそうなんだよ!


 少し前、関所を通過しようとした僕らに背後から酒場の主人が声をかけてきた。


 「ちょっと待ってくんな~!」


 偶然か、酒場の主人は万太郎と同じリザードマンだった。


 「オレ達に何かようか?」


 「お前さん、もしや狂戦士ギャロウェイ様のお身内じゃねーですかい?」


 「ああ、確かに狂戦士ギャロウェイはオレの兄上だけど?」


 少々息を弾ませた主人は、懐から取り出した手紙をガイルにわたした。


 「これは?」

 「勇者キリカ様から狂戦士ギャロウェイ様への伝言でごぜいやす」


 何!?


 「いや~良かった~急いでお渡しするように言われたんですが、待てど暮らせどギャロウェイ様は通りゃしねぇんで困ってやしんたんでさぁ~いや~肩の荷が下りました! それにしてもお顔がそっくりで、すぐ分かりましたよ!」


 「え? これ、オレに渡し__」

 「そんじゃ、あっしはこれで! これギャロウェイ様に渡して下せぇ!」


 そう言うと、主人は目にも留まらぬ速さで走り去ってしまった。


 「これどうしよ…って、ヒガ!!」


 僕はガイルから手紙を奪い取とり、封を破った。


 中に入っていた薄い皮の便箋に書かれていたのは、文字こそこの世界の物だが蛇ののたうち回ったような解読困難な芸術的筆跡。


 姉さん_____。


 干渉に浸るのもつかの間、僕は書かれている内容に頭が真っ白になった。


 フェアリア・ノース 

 キリカ


 一切の無駄を省き、用件のみを的確に記載した姉らしい一文。


つまるところ、既に勇者キリカはリーフベルから旅立っていたのだ。


 殆んどの荷物をカランカ洞窟で失っていた僕らは、物資補充の為取り合えずリーフベル…正確には崩落してしまった首都リーフベルの近くにある難民キャンプへと向うことにした。


 難民キャンプと言っても、その規模は大きくリーフベルと変わらない。


 リーフベルが崩落し行き場を失った住民たちは、周辺の都市や他国への移住をする者もいたが大半はこの地に留まりもう一度故郷を甦らせようと奮闘している。

 その為、商業都市クルメイラや周辺諸国からの商人や土建業などあらゆる業種が集い活気に溢れ始めているらしい。


 これには復興の強い意志を感じる。


 リーフベル復興新聞の記事を眺め僕は、息をついた。

 ちなみにリーフベル復興新聞の発行元は勇者新聞と同じだ。


 購読していたからだろうか?

 彼らも無事だった事が分かり、何だかほっとする。

 新聞の末尾には、復興に尽力した勇者キリカに対する感謝の記事でまとめられていた。


 それにしても、まだ古文書が手に入っていないのにどうして姉さんはギャロウェイを待たずに旅立ったんだろう?


 「なぁ、ヒガ? 今話しかけておk?」


 考え事をしていると、ガイルがおずおずと声をかけてきた。


 「なんだよ?」

 「…いや、洞窟での事なんだけど…あれって本気?」

 「は?」

 「いや、姉上達のこと気にかけてくれたからさ種族違いとか身分違いとかそういうの偏見無いんだなって…何言ってんだオレ…」


 ホント何言ってんだコイツ?


 確かに万太郎のことは、正直惜しい事をしたと思う。

 多少デメリットがあっても同行して貰うにこした事なかったのに、つい熱くなってあんな事を口走ってしまった。


 …もし、今ギャロウェイに攻撃されたらと思うと気が気ではないが僕は先程の言葉に後悔はしていないと言うかああいう手合いには苛々する。


 「僕は、無駄が嫌いだ、無駄な事をしている奴は死ねばいいと思う。 だから、自分の行動には一切の無駄は存在しない」

 「それって…」

 「僕はいつだって本気だ」


 目的の為にはね。


 ん?

 

 これってなんの話だ?


 「__ガイル」

 「お? おい! 前見ろ前!」



 振り向こうとした僕をさえぎり、ガイルが慌てて前を指差す。



 森が終わり眼前にはまるで底なしのクレーターのような巨大な穴と、そこに隣接するにぎやかな街が見えた。




 エルフ領元リーフベル難民キャンプ。



 崩落した首都リーフベルのすぐ側に作られたキャンプで、難民たちが復興活動を続けている。

 僕とガイルは、ミケランジェロから降り僕が手綱を引いて歩いていた。

 難民キャンプと聞いていたので、さぞ重苦しい雰囲気だと思いきや…。


 「安いよ~! 安いよ~! 今ならガッパイの後頭部が250円!」

 「どいた! どいた!! 丸太が通るぞー!!」


 大変活気に満ち溢れている。


 至る所に出店が出ており、まるで建設ラッシュのようにあちこちで家や公共の建物が建築中だ。

 自分達の住み慣れた土地が崩落し、全てを失った筈のリーフベルの民は誰一人俯く事無く皆しっかり前を向いて自分に出来ることをしている…そんな感じだ…。


 それにしても、先ほどからすれ違う住民達がこっちを…僕を凝視してくるのは一体何故なんだ?


 「ガイル…」

 「ああ…さっきから此処の連中、ヒガの事見てる」


 ガイルの言葉に僕が少し身構えたときだった!


 「いひゃぁぁぁぁぁ!! 勇者ちゃん!!」


 突然野太い悲鳴が響き、背後から力強い腕が僕を羽交い絞めしにた!


 「うわ!」


 「何!? どうして髪を切ちゃったの~!! 何かあったんでしょ!? どうしたの!? アタシに相談してって言ったじゃない!!」


 マッチョな二の腕が、容赦なく僕を締め上げてくる!


 「っい…息が…!」

 「ひっ、ヒガに触るな!!」


 ガイルが、全力で右ストレートを放つ!


 ガッシ!


 「!!」


 ガイルの拳は、相手に当る事無く手首をつかまれ真っ赤な爪が皮膚に食い込んだ。


 「っく!」

 「あら~♪ いけない子猫ちゃ…あら!? ギャロちゃん…じゃないわねぇ?」


 ん~…と、呟くとそいつは僕の顔を覗き込んだ。


 目と目が合う。


 僕の顔をまじまじと見つめるのは、ボディビルダーのような鋼のボディをピチピチのドレスに押し込んだスキンヘッドのオネェだった。


 「あるぅぇ? あーた達、なにものよぉ~?」


 スキンヘッドのおネェ様が、野太い声で薄気味悪く裏声を使ってくる。


 「アンタこそ一体何もんだよ!」


 ガイルは強い。


 ドジで馬鹿だからたまに忘れかけるけど、十数メートルあるコモドンの首を一撃で刎ね飛ばしクルメイラでは不正を犯した犯罪者を取り締まっていた。


 そんな、ガイルの手加減無しの一撃をこのオネェはいとも簡単に防いでいる。


 「アタシはここの代表者みたいなもんよ♪」


 そう言うとオネェは、僕とガイルを解放した。


 「ごほっ! ごほっ! 大丈夫か? ガイル?」

 「……ああ」

 

 ガイルは、すぐさま後退しながら僕の前に立ち臨戦態勢に入る。


 「あらん~脅かしちゃってゴメンなすわぁい~♪ ボーヤ達が知り合いにそっくりだったのよん★」


 知り合い…そうだ、こいつ!


 「おい! アンタ、勇者を知っているのか!?」


 僕の問いに、オネェの尖った耳がピクリと動いた。


 「あらん? もしかしてホントに?」


 オネェは、僕らが後退して距離を取っていたにも関らず一瞬にして眼前まで間合いを詰めてくる!


 眼前まで迫ったオネェは、僕とガイルの顔を舐めるように見つめフーっと息を吹きかけ微笑む。


 咽返るような香水の匂いで吐きそうだ!


 「そっちのキュートな坊やは良く分からないけど…子猫ちゃんはもしかしなくてもギャロちゃんの身内ね?」

 「…」


 ガイルは、オネェの問いかけに一切答えなかった。


 「ふうん~♪ アタシ、あーた達を連行するわん★ 拒否権なしよん★」


 何!?


 「しまった!」


 と、ガイルが気づいた時には僕らの周りを武装したエルフが10人ほどで囲んでいた。



 姉さん、僕は人生で初めて牢屋と言う所に入れられたようです。


 ガシャン!


 鉄の扉は、無慈悲な音を立てて閉ざされた。


 レンガと鉄の柵で仕切られた牢屋は薄暗く肌寒い…床には藁が敷き詰められている。

 見張りと思われるエルフが数名配置されていることを除けば、何だか家畜小屋みたいなところだ。


 他にも牢があるようだが、ここからじゃ良く分からない。


 僕らの両手には、木製の手枷。


 手枷のあまりの重さに、僕は持ち上げる事が出来ずその場に座り込んでいた。


 「ガイル、はずせそうか?」

 「…いや…魔法がかかってる、たぶん牢屋の方にも…力ずくじゃ無理だ!」


 さっき、試したがガイルの魔法も駄目だった。


 「ふう…どうしたもんか」


 あのオネェに、事情を説明するか?


 勇者の弟だと言って信じてもらえるかどうか…いや、姉さんと僕を見間違えたんだ可能性はあるだろう。


 それにしても…。


 「ガイル、お前なんで狂戦士ギャロウェイの弟だって言わなかったんだ?」


 先程のガイルは明らかにおかしかった、酒場の主人にはあっさりと答えていたのにさっきは頑なに口を閉ざした。


 「それは__」


 ガチャ!


 急に牢の扉が開いた。


 「そこのお前! 出ろ!」


 剣と盾を構えた若いエルフの青年が此方に向かって怒鳴る。


 「僕?」

 「そうだ! フルフット様が直に取り調べになる!」

 「待って! ヒガをどこに___っわあ!!」


 エルフのほうに食ってかかろうとしたガイルが、突然バランスを崩し前のめりに倒れた。


 「ガイル!」


 エルフのほうを見ると、構えていた盾の中心が青く光った。


 木製の鍋の蓋のようなあまり大きくない盾だったが、良く見ればクルメイラでは見慣れない魔方陣が浮かび上がっている。


 「っふん!! くぅ~お、重い…!!」


 良かった!

 大したことは無い…どうやら、手枷が重くなって身動きが取れないようにされているだけだ。


 「大人しくしろ!」


 エルフは声を荒げた、明らかにテンパッテいる。


 こいつ、兵士と言うわけじゃないのか?


 兵士にしては、こいつはあまりに貧弱だし自分が優位に立っているにも関らずまるで落ち着きが無い。


 「てめぇ! ヒガに何かしてみろ! ぶっ殺すかんな!!」

 

 手枷の重量で身動きの取れないガイルが、牙をむき出しにして怒鳴る。


 「っひぃ! なっ、生意気な!!!!」


 エルフがガイルに歩み寄り、いきなり腰に下げていた剣を振り下ろした!


 「ガイル!」


 ガッ!


 間一髪_。

 振り下ろされた剣は、間に入った僕の肩に食い込んだ。


 ちっ…! 


 激しい衝撃と、焼けるような痛みに、僕は一瞬呼吸を忘れる…!


 …こいつ、正気か! いきなり斬り付けるなんて!!


 「ひぃ! ひぃぃぃぃ!」


 エルフは、情けない声を上げ乱暴に剣を引き抜いた。


 「っぐ!!」


 肩から大量の血が流れ、あっと言う間に藁を赤く染める。


 「わあああ! ヒガ!! 何で!!」

 「お前を…ここで死なす訳にはいかない…!」


 万太郎がいない今、ギャロウェイに対抗できる可能性があるのはガイルだけだ!


 ここで死なれては困る、それに僕には精霊契約の副産物としてコントロールは効かないが自分の肉体については巻き戻しが自動的に作動する。


 この程度では___。


 「ゆるさねぇ___」


 空気が張り詰めた。


 「ひいいいいい! なぁ、なぜ、立てる!!」


 ガイルは、魔法で重くなった手枷をはめているにも関らず立ち上がった。


 「てめぇは殺す!! 今すぐ殺す!!」


 バキャ!


 手枷がばらばらに砕け散っる。


 まさか…!


 エルフを睨みつけるガイルの瞳が、ガラリアやギャロウェイと同じ金色に変色した。

 そんな…ガイル…バーサーカーに!?


 牢屋の鉄格子が、突然燃え上がった!


 それだけじゃない、エルフの持っていた魔法陣の描かれた盾も燃え上がる!


 まずい!


 こんな所でガイルがバーサーカーになったら、誰にも止められない!!


 「はひっはひ…!」


 すっかり腰を抜かしたエルフにガイルがまるで獣のようなうなり声を上げ迫る。


 …もはや、今のガイルに理性は無い。


 「が…ガイル! 僕なら___」

 「あらん♪ なかなか面白い事になってるわぬぇん★」


 背後から野太い裏声がするも、振り向いた時には既に姿が無く__。


 「なっ…?」


 次の瞬間、ガイルの背後で拳をさするオネエの姿があった。


 「ごめんなすわぁいね~★ かなり全力で行かせてもらったわん★」


 そう、オネェが言い終わらない内にガイルは膝から崩れ落ちた。







 「あら~見事なもんねん★」



 オネェは、関心するように僕の肩の傷が『巻き戻される』のを見ていた。


 僕は、牢から出され即席で作られたテントのようなところに運ばれている。

 見たところ、薬や治療区具? のような物もあるのでもしかすると病院なのだろう。

 運ばれるなり、ローブを剥ぎ取られた僕は血まみれの上半身にブラジャーと言った姿で椅子に座らされていた。


 その血も、『巻き戻し』によって消えすっかり怪我をする以前に戻されていく。

 その姿に僕を運んだエルフ達が怯える中、あのオネェは平然と眺めている。


 「ふうん…魔力も気力も感じないのに精霊契約…しかも、こんな事が出来るなんて激レアじゃない?」


 オネェは、すっかり回復した僕の鎖骨から肩口までをその赤い爪でなぞりながらうっとりとした表彰を浮べる。


 僕の体にベタベタ触るな! 手が生暖かくてキモイんだよ!!


 「ガイルは?」

 「あの子猫ちゃんなら心配ないわん★ もう一度拘束して牢で寝ててもらうから…それよりも」


 オネェは赤い爪で僕の肩をなぞりながら、真っ赤な唇をぬらりとする。


 「アタシ、あーたの事が知りたいわ…ここへは何しに来たの?」


 デープグリーンの瞳が刺す様に僕を見た。


 ざわっと背筋から鳥肌が広がる…流石の僕にでも分かる、このオネェは危険だ。


 「僕らは、商業都市クルメイラ領主ガラリア・k・オヤマダの命を受けてある物を探している」


 今の僕に出来る事は、偽らない事だった。


 「クルメイラ…やっぱりあの子猫ちゃんはギャロちゃんの弟かしら?」


 オネェは少し考えるそぶりを見せ、また僕の顔をみた。


 「クルメイラの事は聞いてるわ、領主の館が消し飛んだんですって? しかも、領主みずからがバーサーカーになった所業とか…」

 「…」

 「そして、騒ぎを収めたのが見たことも無い種族の黒髪の少年だって事もね」


 もう、こんな所まで広まっているのか!

 この世界の情報網も、なかなか侮れないな…。


 「漆黒の髪、漆黒瞳、これ程の純度の高い黒は世界中どの種族を探してもお目にかかれないわ…そして、アタシはそんな人を一人しか知らない」


 肩をなぞる赤い爪が軽く食い込んだ。


 「坊やと勇者ちゃんとの関係は?」

 「勇者キリカは、僕の姉だ」


 僕は偽らず答えた。

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