第五章・縁組

第十四話・歓び






「……──まあ、素敵ね!」

 そこは王城の一室。

 王妃フィローラは感嘆の声を上げた。

 彼女の傍らに立つ侍女三名も、顔を輝かせて一点を惚れ惚れとするように見つめる。

 彼女達の視線の先には一人、深緑しんりょく色の決して華やかとは言えないが気品に満ちあふれた作りのドレスに身を包んだリウィアスの姿があった。

 普段は首の後ろで弛ませ気味に一つに束ねるだけであった柔らかい髪は複雑に結い上げられ、その唇はべにで艶やかに色付いている。


 本日は、王弟シャルダン公爵と養子縁組を結ぶ日。


 リウィアスはフィローラの好意の許、こうして着飾っていた。

「……可笑しくはありませんか?」

 どこか不安げなリウィアスは、自身の容姿を自覚していない。自分がどれ程美しく、その美貌で男女問わず多くの者の心を奪って来たかを。

 美しいという基準を持たないため、仕方がないとも言えるが。

 フィローラは目許を優しく細めた。

「とても良く似合っているわ。生まれながらの貴人のようよ」

 普段は美しさの他に剛毅ごうきさを纏うリウィアス。だが今日は、その強さが少しばかり鳴りを潜め、僅かな儚さを醸し出している。

 王族の姫と言われても違和感がない程の美しさと高潔さがリウィアスから漂っていた。

「レセナートが見たら、確実に惚れ直すわね」

 ふふふ、と笑うフィローラに、リウィアスの身支度を担当した侍女らも一様に深く頷く。

 それにリウィアスは頬を染めた。

 フィローラはその様子に、満足げに頬を緩める。

 と、コンコンッ、と部屋の扉が叩かれた。

「皇太子殿下がお見えです」

「お通しして」

 フィローラの返事を合図に、扉は開かれた。

「リ……」

 開かれた扉を潜り現れたレセナートはリウィアスの名を呼ぼうとし、しかし母と侍女に囲まれたその姿を目にした瞬間言葉と共に固まった。

「……?どうしたの、レセナート?」

「あらあら」

 首を傾げたリウィアスと違って、フィローラと侍女は楽しげに笑んだ。

 目を反らす事なく固まるレセナートに、リウィアスは眉尻を下げた。

「……そんなに似合わない?」

 仕事柄休みなどはなく、常に洋袴を着用しているため、婦人物の服はほとんど着た事がない。

 そのためドレスという煌びやかな物を着ている今、リウィアスは何だか落ち着かなった。

 そんな中、レセナートは何も言葉を発さずに固まったまま。着慣れない物を着用した事による不安を抱えていたリウィアスは、更にそれを煽られた。

 声音に常にない不安があらわれ、それを感じ取ったレセナートが、はっとしたように慌てて口を開く。

「っ、違う!あまりにも似合い過ぎていて、その、何て言ったら良いか……」

 頬を赤らめながらの発言。

 釣られてリウィアスも頬を赤く染めた。

「ふふっ、わたくし達はもう行きましょうか」

 小声で侍女を促したフィローラは、静かに部屋を後にした。


 ぱたんっ、と扉が閉まり、部屋に二人きりとなった途端、レセナートは足早にリウィアスに近付きその身体を引き寄せた。

「……誰にも見せたくない」

「レセナート?」

「どうしよう……。閉じ込めて、俺以外の目には触れないようにしたい……」

 悩ましげな吐息と共に吐き出されたそれに、リウィアスは頬を更に熱くする。

 レセナートから発せられた言葉には決して冗談ではない音が宿り、それが内から発せられたものだと知れる。

「……ごめん。器の小さい男だよな」

 自嘲気味に小さく笑い、腕を緩めたレセナートの服を小さく握る。

 視線を下ろしたレセナートに、リウィアスは顔を上げた。

「……あのね?」

「ん?」

 首を傾げるレセナートに、頬を染め、恥ずかしそうにしながらもふわりと笑ったリウィアスは心を言葉に乗せる。

「レセナートから与えられるものは、譬えそれが『痛み』であっても『苦しみ』であっても『哀しみ』であっても、私にとっては『歓び』でしかないの。──だってそれはレセナートに出逢えたからこそ感じるものだもの」

「っ!」

 リウィアスの、あまりにも穏やかな笑みと共に発せられた言葉に、レセナートは息を詰めた。

「だから、真実レセナートがそうしたいならしてね?」

 それに、レセナートは衝動に任せて目の前にいる愛しい女の身体を掻きいだく。

「っ、好きだ、愛してる。どうか、どうか──未来永劫、俺と共にいてくれ……っ」

 感情のままに言葉を並べるレセナートの背に腕を廻したリウィアスは、その想いを受け止めた。

「はい」




「──皇太子殿下、リウィアス様。お時間でございます」

 扉が軽く叩かれ、外から控え目に声が掛かる。

 寄り添い、互いを抱き締めていた二人は、ゆっくりを身体を離した。

「……行くか」

「ええ」

 頷くリウィアスの額に、レセナートは唇を押し当てた。

 ゆっくりと顔を離すと、指で優しくリウィアスの唇に触れる。

「……本当はここにしたいけど、紅が落ちてしまうからな」

 ほんのりと頬を染めるリウィアスの耳許に口を寄せた。

「──後で、たくさんさせて」

 囁きに赤面したリウィアスは、しかし小さく頷いた。



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