Ep.32 少年〜The Immature Boy〜

「……思ったより、人が集まってるな」


 アルバートが遠くの人混みを眺め、面倒そうに呟く。


「あれ? ここって確か……」

「何ていうか……いかにも、大企業の広告ブースって感じだね」


 雪とウィルが揃って首を傾げる。

 ――無理はない。普通、兵士が連れてこられるような場所ではないのだから。


「ディリス・オービタル社――今回の最大手スポンサー企業だ。今回は特にな」

「特に?」

「ああ。新兵器か何かを発表するらしいが……俺にも情報がない以上、普通の武装じゃねえハズだ」


 なるほどね、と納得した様子でウィルが頷く。

 だが、雪には全く状況が呑み込めていないようで、ずっと首を捻ったまま唸っている。


「あれ、どこか理解出来なかった?」

「どこか、っていうか全部ですよ。そもそも、ここに来た理由すらまだ私、分かってませんし」


 分かっていない、とは言ったものの、理解していないという訳ではない。

 正確に言うと、その状況を判断できる情報がないのだ。


「ええっと、だったら直接本人に聞いた方が早いかな。アルバート、説明できる?」

「チッ……不本意だが、仕方ねえ。一から説明してやるから一回で理解しろ」


 心の底から面倒そうに溜め息を吐くアルバート。

 ――しかし、そこまで露骨に嫌がらなくてもいいだろうに。


「で、取り敢えず何が聞きたい? 理由か? 何の?」

「えっと……じゃあ、アルバートさんが「俺にも情報がない」って言った理由を。普通、そんな情報なんて隊長クラスとないえ、兵士の手に入れることができる物じゃないでしょうし」

「そこからか。まあ、答えは簡単だな。『俺が社長の息子だから』だ」


 えっ、と小さな驚きの声が雪の口から漏れる。

 確かに、そう考えれば納得はいく。だが、そう考えることができるほど落ち着くまでが楽ではないのだ。


「……知らなかったんじゃ、その反応も無理ねえか」

「おーい、ユキちゃん大丈夫? 目があらぬ方向に向いてるけど」


 ぺち、とウィルに頬を軽く叩かれ、はっと我に帰る雪。


「あ、えと、あの……」

「えっと、まだ混乱してる? でもまあ、ビックリするのも当然かな」


 あはは、と笑いながら雪の頭をポンポンと叩くウィル。

 妙にテンションが高いような気もするが、アルバートの前だからだろうか。


「えー、アルバートさんが社長の子供で、それで情報が入ってくる、ってことでしょうか?」

「……分かってんじゃねえか」

「まあ、一応」


 チッ、と舌打ちしながら雪を見下ろすアルバート。

 ――もしかして、嫌われていたりするんだろうか?


「もうこれで良いな? そろそろ始まりそうだ」

「えっ……まあ、分かりました」


 これ以上反論すると何を言われるか分からないと思い、口を噤む雪。

 だが、アルバートの目線はもう彼女に向いてはいない。

 ブースのステージ上――これから何かが起こる場所を、彼はじっと、見つめていた。


 * * * * *


 ――雪たちがオービタル社のブースに到着したのと、ほぼ同時刻。

 一人単独行動していたノエルも、そのすぐ近くまで来ていた。


「さあさあ、ついに到着っ! 間に合った!」


 誰もいないにも関わらず、未だ一人で喋っているノエル。

 とはいえ、これで素なのだから仕方が無い。本人に悪気はないのだ。


「えーっと、多分あと十分もしないうちに始まりそうだけど……一人もなんかアレだねぇ……」


 もの寂しそうにノエルが周囲を見渡す。

 だが、周囲に人はいても、知り合いはいない。というか、居ても人が多すぎて見えない。


「うーん、連絡誰かと取ればよかったかもなぁ。さすがに一人は暇すぎて――」


 ひょいとポケットから携帯端末を取り出していじり出すノエル。

 メールの画面を開き、誰でも良いからと電話帳を確認してみる。

 ――だが。


「あっ、誰の連絡先も入れてないんだっけ。普段は必要無いから聞いてないもんなー」


 自分の連絡先は伝えたものの、相手のを聞き忘れていたのである。

 さてどうしたものか、と珍しく首を捻って考え事をしてみるが、一向に案は浮かばない。


「…………ま、いっか。仕方ない。一人で楽しむとしますかねぇ」


 ぽん、と妙に納得した様子で一人で相槌を打つノエル。

 ――その時だった。


「あのー、ノエルさんっすよね? 元第八練隊の」


 唐突に、後ろから誰かに声をかけられた。

 誰かに話しかけられるなど身に覚えの無いノエルが怪しみながら振り向いてみる。

 だが、やはりそこにいたのは見たことのない少年だった。


「あ、やっぱそうっすね! 自分、機械化歩兵隊のカイって言う者っす! 初めましてっす!」


 少年がテンション最大といったような風で喋り出す。 


「機械化歩兵隊……あー、バッさんの。私に何か用かい?」

「いや、用ってほどのことも無いんすけど、有名人に会ったらテンション上がるじゃないっすか!」


 要は、単に知っている有名人に会ったからノリノリなだけのようだ。

 ぽかーん、といつもらしからぬ反応を見せるノエル。

 ――有名人を探していた彼女だったが、よもや自分の方が有名人になっているとは、さすがの本人も考えていなかったようだ。


「あ、えーっと。どう答えれば良いんだか分かんないんだけど」


 キャラに似合わず困惑するノエル。

 意外と、自分よりテンションの高い人間には弱いのかもしれない。


 そんなノエルたちを尻目に、ステージではもう、黒服の男性が舞台で何かを話し始めていた。


 * * * * *


「始まったな」


 アルバートが、ステージの方を見つめながら呟く。

 その目は睨んでいるようにも、はたまた呆れているようにも見える。


「始まった、って言ってもまだ司会者みたいな人が喋ってるだけですね」

「司会者みたい、じゃねえ。あいつはうちの重役だ」

「重役!?」


 驚いた様子でアルバートの方を向く雪。

 アルバートの雰囲気にも慣れてきたのか、だんだんと口調も軽くなっている気もする。


「……おい、口に気をつけろ」

「まあまあ、アルバート。僕らより若いんだから許してあげなよ」

「……こいつみたいな奴が、カイみてえな馬鹿になる。今にうちに更生させとけ」


 酷い言われようである。

 誰かもわからない人に例えられている分気持ちは楽なのだが、反面、その例えられた人物がよっぽど「ヤバい」人物かと思うと少し居心地が悪いのだ。


「カイさん、ってどんな人なんですか?」

「ユキちゃん、気になる? 君と同じ日本人なんだけど」

「名前からして多分そうかなーとは思いましたけど、本当に日本人なんですね」

「うん。まあ、正確に言えばハーフだけどね」


 ウィルがカイについて話し出した。

 出身、口調、雰囲気――全て、基本的には平均的な日本人の物と同じだったという。

 結局、ウィルが言うことで役に立ったのは、カイはアメリカと日本人のハーフの少年だ、ということだけだった。


「なんというか、よく想像出来ないんですけど」

「そうだろうね。僕も自分で説明するの難しいし。会ったほうが早いよ」

「会ってみたいですけど、会えますかね……」


 雪はアメリカに来てから、日本人に一度も出会っていない。

 日本人自体が兵士として質が決して高くはないというのもあるが、圧倒的日本人兵士の人数が少ないのだ。


「……あいつは来てるぞ。此処にな」


 話をしている二人を傍目に見ていたアルバートが不意に口を挟んだ。


「来てる、って、この会場にですか?」

「ああ。連絡は取れねえけどな。それより、そろそろ本題が始まりそうだ。出来れば黙っててくれ」

「あ、えーと……分かりました」


 渋々といった風に、雪が肩をすくめて黙り込む。

 暫くすると、ステージ上に巨大な箱のような物体が設置された。

 ――どうやら、中に何かが入っているらしい。


「さて、糞親父め……どう来るか……」


 アルバートは再度ステージを睨むように見つめると、また深い溜息を吐いた。

 まるで、何か予感があるかのように。

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