42 「昨日放送された宇宙姉妹に出てきたキャラクターは」

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 伊河市観光課――美湯が非公開になってから三週間が経過し、湯乃花祭りが開催されるまで一週間を切っていた。


 そのお陰で、祭りなどの問い合わせや対応に観光課は普段より仕事量が増えており、観光課内はバタバタと騒がしかった。


 相も変わらず忙しいにも関わらず、仕事の合間を縫って、幸一たちは美湯を公開するための取り組みを行なっており、ある程度の資料が集まれば、幸一は村井の前に立ち陳情していた。


「村井課長、美湯の再公開を、まだ行ってはいけないのですか?」


「何を言っている。まだ、あれからそんなに日が経っていないし、ほとぼりが冷めてはいないだろう」


「ですが、市民から公開を求めるメールなどの問い合わせが来ていますし、安部さんたちの企業からの署名も……」


「問い合わせが有ったとしても、十も満たないだろう。それに署名の方も百人未満。こんなんで陳情に来られても、訴求力なんて雀の涙だよ」


「そうですが……。でも、求められていることには違いは無いではないですか。それに、声の方だって、別に気にすることではないという意見も……」


「それが、まだ教育委員会の……。えっと、誰だったか……。まあ、そういった連中がまだ目を光らせているんだぞ。ヘタに公開したらまた何かを言われるか。よほどの理由が無いと、説得は出来ないよ」


「ですが……」


「もう良いから仕事に戻りなさい。湯乃花祭りで普段よりも忙しいんだ。こんなことに手を回している時間があるのなら、他の事に回すんだ」


「……はい、解りました」


 そう力無く答え、幸一は肩を落として自分の席に戻っていく。席に着くと薫が小さな声で呼びかけてきた。


「やっぱり、駄目だったんですか?」


 静かに頷く幸一。


「あれから三週間……。そろそろ良いと思ったんだけど……。取り付く島も無かったよ」


「一応、再開を望む声とか、安部さんたちが頑張ってくれているのに……」


 幸一たちはあれこれと努力するものの、不健全なイメージを覆すことは難しく、村井たち年長たちを説得出来なかった。

 また公開して、何かしらのトラブルが起きたりしたら、面目は完全に丸つぶれだからだ。

 様々な理由が絡み合い、一向に公開への兆しは見えなかった。


 幸一が肩をガックリ落としていると観光課の電話が鳴り出し、薫がさっとワンコール以内で受話器を取った。


「はい、伊河市観光課です。……えっ、マスコットキャラクター……ああ、美湯のことですね。大変申し訳ありませんが、諸事情で公開を中止しているんです。はい……。 えっ、公開ですか? まだ、未定でして……あ、はい。私たちの方も再公開に向けて努力を行っておりまして……ええ。はい、すみません。お電話、ありがとうございました」


 相手の電話が切れたことを確認してから、薫は受話器を丁寧に置くと共に幸一が訊ねた。


「美湯について?」


「はい。こんな風に、美湯ちゃんを求めている人達がいるのに。たった、声優さんが少しエッチなお仕事をしていただけで非公開しなきゃいけないなん……」


 薫は途中で禁則事項を発言したことに気付き、思わず両手で口を塞いだ。


「……すみません。高野さん」


「いや、良いよ。彼女が、どんな仕事をしていたとしても、美湯の声とは関係無いんだ」


 幸一は自分が到達した吹っ切れた答えを述べていると、また電話が鳴り出す。

 今度は幸一が受話器を取った。


「はい、伊河市観光課でございます」


『すみません。昨日放送された宇宙姉妹に出てきたキャラクターは、美湯がモデルらしいんですけど、本当ですか?』


「へっ?」


 聞き慣れない言葉と内容に、思わず疑問な声を漏らしてしまった。


「あ、失礼いたしました。えっと……宇宙姉妹ですか?」


 幸一の知識の中に、それに該当する情報は無かった。


「大変申し訳ありません。ちょっと……宇宙、姉妹というのを私は存じないことなのですが……。それが、伊河市のマスコットキャラクターの美湯と、何か関係することなのでしょうか?」


『えっ、知らないんですか。あ、いえ。宇宙姉妹というアニメがあるんですが、そのアニメの昨日の放送で、前にここで公開していた美湯というキャラクターにすごく似ているキャラクターが登場したんですよ。そのキャラクターをパクったとか話題になっていて、もしかしたら、それが原因で、公開を取りやめているのかなと、真意を知りたくて……』


 話し相手の内容に、幸一は実像を掴めないでいた。


 だが、ポイントになるのは、宇宙姉妹というアニメがあり、そのアニメに美湯に似たキャラクターが登場した。


 ただ、それだけで電話をかけて、わざわざ訊ねることなのかと、幸一はより首を傾げてしまった。


「すみません。こちらの方で事情を把握しておりませんが、その宇宙姉妹、というアニメに美湯に似たキャラクターが登場したからといって、公開を取りやめているという訳ではありません。恐らく偶然だと思いますが……」


『あ、そうなんですか。問題が無ければ、それでいいです。お忙しいところ失礼しました』


 訊きたいことを聞けたからなのか、一方的に電話を切られた。幸一は受話器を持ちつつ、


「……なんだったんだ、今の電話?」


 思わず、心の中で秘めていた言葉が口からこぼれた。そして横で先ほどのやり取りに耳を立てていた薫が、ある事に気付く。


「高野先輩、よろしいですか。問い合わせのメールで、おかしいのが来ているんですよ」


「おかしい?」


「さっき、高野先輩が電話対応していた時に言っていた、その宇宙姉妹についての関連なんです。似たようなメールが数件届いているんですよ」


「宇宙姉妹……。さっきの電話で聞いた限りでは、アニメとか言っていたけど……」


 ここで考察するより、まずは宇宙姉妹のことを調べようとすると、平岡が話しかけてきた。


「き、昨日放送された、宇宙姉妹に、美湯に似たキャラクターが登場したんだよ。ほら、これ」


 そう言い、幸一たちを招き自身のディスプレイを見るように促す。


 そこには動画サイトが表示されており、平岡は動画プレーヤーのスクロールバーを動かすと、確かに美湯に似たキャラクターが映しだされた。


「こ、これは……?」


「ぼ、僕も、昨日観ていたんだけど、ビックリしたよ。いわゆるゲスト的なキャラクターなんだけど……」


「どうして、すぐに教えてくれなかったんですか?」


「い、いや……。こういった、どこか似ているキャラクターが登場するなんて、たまにあることなんだよ」


 背後でマジマジと観ていた薫が呟く。


「確かに、美湯ちゃんに似ていますけど……。完全にそっくりかと、言われたら違いますよね?」


「ま、まぁね。ただ、所々似ているし……。それに、美湯が公開停止されているのも、ある意味、盛り上がりの拍車をかけている、かも知れないね」


「どういうことですか、平岡さん?」


 平岡はブラウザーのブックマークから、あるサイト名をクリックして、そのサイトを表示させる。


 それは通称まとめサイトと呼ばれる所で、ある掲示板にて書き込みされていたものがまとめられていた。宇宙姉妹の放送中に書かれていたスレや画像などが羅列されており、その中に美湯の画像が掲載されていた。


 宇宙姉妹に出てきたキャラクターと美湯の絵が比較されていたり、現在、美湯の特設サイトが公開停止になっていることも触れていた。


 その公開停止になった原因が、美湯のキャラクターがパクったからではないかと邪推されていた。


「と、まぁ……そんな訳だよ」


「そんな……。パクりだなんて……」


 新たな問題に思わず頭を抱える幸一。


「多分、ぐ、偶然だと思うよ。それに、こっち(美湯)のが先に公開していたし、パクりとされるのはあっち(宇宙姉妹)の方だけど……。美湯を今、公開停止しているから変な噂が立っているんだね」


「そ、そうなんですか……」


 と言っても、キャラクターデザインの野原風花がキャラクターをパクる……いわゆる盗用したのではないかと疑いは晴れないでいた。


 問題が大きくなる前に、野原風花に確認を取ろうとしたが、その疑いはすぐに無いことが解った。


「んっ? 新しい情報が、書き込まれている。えーと……」


 そこには、宇宙姉妹の監督を務めている長原始という人のツイートが貼られていた。


『八話いかがでしたでしょうか? 変な盛り上がりがありますが。正確に言えば、こちらがインスピレーションを受けました。まあ、あそこまで似てしまったのは……(;^_^A 何か問題があれば菓子折りを持って謝罪に馳せ参じます』


 その内容から、宇宙姉妹に登場した美湯似のキャラクターは、美湯を参考にしたということだと判断できる。その他のツイートにも、間接的ではあるが美湯について触れていた。


『えっ、あのサイトが見れなくなっているの!? も、もしかして、私の責任!? 本当に菓子折りを持って謝罪に行かなければ…ヽ(゜○゜ ;ヽ)三(ノ; ゜□゜)ノ』


『あ、放送前から見れなくなっていたんですね? そうなんですか』


『なぜ見れなくなったのは、私にもわかりません。ちょっと、そこらの事情が詳しい、S・I君に訊いてみます』


 一通りツイートを流し読んだ所で、幸一は書き込まれていたワードから、「もしかして……」と瞬間的にある人物が関与もしくは何かを知っているのではと直感した。


「ごめん。ちょっと確認してくることがあるから、ちょっと離席するよ」


 一旦その場を離れて、携帯電話を取り出しながら、いつものの休憩室へと向かっていた。

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