9 『あんな事良いな、出来たら良いな』
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「さて……どうすれば良いんだろうか?」
本日の業務時間が終わり、幸一は職員用休憩室の椅子に座って、頭を抱えていた。
幸一は、アニメやマンガとか、そっち方面に詳しい方では無い。中学生の頃まではゲームをプレイしていたが、高校生から徐々に疎遠になっていき、大学に入ってからは完全にゲームやマンガは卒業した。それでも時々は、少年ジャンプといった週刊誌をパラ読みするぐらいだ。
それに加え、どうやってアニメのキャラクターの使用許可が取れるのか、そこら辺の知識もノウハウも無かった。幸一は、事の重大さと大変さに気付いたのである。
まず何をするべきか?
何をしたら良いのか?
そこで躓いていたのである。
場所を変えて気分転換を図れば、良いアイディアが思い付くのではと、タバコの匂いが染み付いた休憩室(またの名を喫煙室)にやってきていた。
企画書を書いている時は、それは小学生の夏休みのスケジュール表と一緒。『あんな事良いな、出来たら良いな』と希望を口にするのは容易く、実行することは難しいものである。
ふと、稲尾市長のお言葉を思い出す。
『ああ、高野くん。君の企画案は少し特殊ですから、出来ることなら、そういった事に詳しい方に助言を求めると良いと思います』
「なるほどな……。稲尾市長、こういう事を見越して……」
幸一は素人である。素人は調べることで何とか出来ることは多々あるが、専門的なことになると、それは専門家に任せて置いた方がスムーズに行くことも多々ある。
現にキャラクターの使用許可をどうやって取れば良いのかが解らないのである。直接、キャラクターを取り扱っている所に連絡すれば良いのだが、どこに連絡すれば良いのかも解らない。
出版社のサイトには、そういった記述を見つけることは出来なかった。
「やっぱり、どっかに仲介して貰わないといけないのかな……。だけど、そういったコネを持っている所も解らないし……そもそも、どのキャラクターが使えば良いのかも……」
稲尾が言った課題も引っかかっていた。
「出来る限り可能で、伊河市の独自のもの。か……」
キャラクターの使用許可が取れたとしても、何も伊河市と関係無いキャラクターが伊河市の町興しとして出てくることに違和感がある。その事に、幸一は薄々と気付き始めていた。
アニメキャラクターを使用している他の市町村は、そのキャラクターが登場するアニメの舞台だからといった縁があり、そのキャラクターを使用する理由が生まれる。
しかし、伊河市はそういったアニメやマンガの舞台となっている作品は無い。
パッと思い付いたことが、これほどまで苦しめられるとは夢にも思わなかった。
「マンガやアニメに詳しいのは……」
そう独り言を呟きながら、おもむろに自分の携帯電話を取り出して、電話帳を開いた。
幸一の頭の中に、妹……美幸のことが浮かんでいたが、故人に頼ることなんて出来ない。それとは別に、アニメなどに詳しい人物に思い当たりがあった。携帯電話のディスプレイにその人物の名…『伊東志郎』という名前と電話番号が表示されていた。
伊東志郎という人物は、幸一の小学生の頃からの知り合いだ。その頃は、よくゲームを一緒にして遊んだ仲だった。志郎はゲームやアニメが好きで中学生になっても、よくその手の話しをよくしていた。
だが、中学の頃に違うクラスや部活に入ったり、決定的なのは高校が別々になったことから自然にと、二人の関係は疎遠となっていった。
中学卒業以来、音沙汰が無かった志郎と、今年の正月に偶然再会して、携帯番号の交換をしていた。なんでも志郎は、現在東京の方でアニメ関係の仕事に携わっているとのことだった。言うならば、この手の玄人だろうと幸一は考えた。
しかし、幸一は志郎に電話をかけようにも躊躇っていた。
それは妹に声優というものを教えた張本人であり、妹が死んだ遠因でもあるからだ。と、心の隅で引っかかっていた。
だけど妹が亡くなった直接の原因は、志郎の所為では無い……。そもそも不運を人の所為にしたって、何にもならない。志郎は関係無いのだ。
幸一は軽く「フゥ~」息を吐き、そっと携帯電話の発信ボタンを押した。コール音が鳴る。何度も鳴る。しかし電話に出ない。
「仕事中なのかな……」
また改めてかけ直そうかと思った矢先、
「だ、誰……だ?」
通話が繋がり、酷く弱々しく寝惚けたような声が返ってきた。
「あ、伊東志郎の携帯ですか? 俺だよ、高野幸一だよ」
「……あ、ああ。な、なんだ……高野か……。久しぶりだな……何か、用か?」
「久しぶり。ああ、ちょっと相談が有ってだな……。所でなんだ、えらく眠たそうだな」
「ああ……ちょっとデスマでな。二日間徹夜で、さっきまで仕事だった…んだよ……」
「で、ですま?」
聞き慣れない言葉が気になったものの、
「そ、それは悪いことをしたな」
「そう思うのなら、わ、悪いが、後でまたかけてくれ。今はただ、安らかに眠らせてくれ……」
「ああ、すまん。だったら、また後で……夜の八時ぐらいにかけ直すよ」
「そう…してくれ……」
最後の力を振り絞ったような声で、通話が切れてしまった。
「二日間徹夜? アニメ関係の仕事って、結構ハードなんだな……」
志郎……というよりアニメの仕事が、どんなものか知らないので首を傾げてしまう。
さて、これからどうするかと考えたが、話しを聞かないことには物事を進めない。なので、
「今日は、俺も帰るか……。晩飯を食った後にでも電話するかな」
これから行う作業が全部流れてしまったので、真っ直ぐに家に帰ることにした。
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