*見えるものと見えたもの

「ハアイ」

「なんでここに!?」

 明るく手を振るスーザンに驚いて声をあげた。

「決まってるでしょ、敵を叩くためよ」

「それだけか」

 スーザンはエメラルドの瞳を見つめ、観念したように苦笑いを浮かべる。

「もちろん、あなたの力も見定めるためよ。解るでしょ」

 当然のような顔をして肩をすくめベリルに挑戦的な目を向けた。その表情から少し緊張している事が窺える。

 この傭兵に隠しきれるものなど、なに一つとして無いことを充分に理解しているとはいえ、見透かすような目にはやはり緊張は拭えない。

「期待している」

 彼女の態度にさして反応を示さず無表情に応え、他の仲間と打ち合わせをするために遠ざかった。

「──はぁ~」

 えもいわれぬ威圧感から解放されたスーザンは深い溜息を漏らす。もちろんベリルは威圧していた訳じゃない。

「ああ、恐かった」

「恐い?」

 ダグラスはスーザンの言葉に口の端を吊り上げる。

「後ろめたいことでもあるの?」

「嫌な子ね」

 そんな彼女に鼻で笑って続けた。

「あなたは要請外の人だから、ベリルと俺を含めて全部で五十三人だね」

「そうね」

「諜報員てどんな動きするのか楽しみだよ」

「見ている暇なんてあるのかしらね」

 ちくりと刺して離れていく背中を見つめ、ダグラスは苦笑いで頭をかいた。

 ──十数分後、ベリルは空き地を借りてそこに仲間を集めた。簡易テントが張られ、折りたたみのテーブルが置かれている。

 そこに、ノートパソコンと引き延ばした数枚の衛星写真が乗せられた。ベリルは仲間たちを一瞥し、落ち着いた事を確認すると口を開く。

「集まってくれて感謝する。経験を重ねた者たちを集めてはいるが油断無きよう、無駄な傷つけ合いも私は望まない。速やかに指示に従い、行動するように」

 その言葉に皆が一斉にひと声を上げる。ベリルは小さく頷き、テーブルの上の衛星写真に目を移して続けた。

「足下を気にする必要があまり無い場所だが高い障害物が多い。トラップには気をつけろ」

 言って、カトの上空を映している写真の一角に指を当てる。そしてもう一枚の写真を取り出した。前にいる傭兵たちはそれに身を乗り出し地図を見やる。

 サン・ディエゴアルトから北にあるカノという町にシャイニー・ブレイドの本拠地がある。さほど大きくは無い町だ。

 映っているのは広い敷地にある溶接工場らしく、上空写真からでも稼働を止めてかなり経っている事が窺えた。

「廃工場とは奴らも考えたもんだな」

 ワイトが感心するように発した。

「地下組織の常套じょうとう手段だろ? なんで今までここが見つけられなかったんだ」

 細く一重の草色の瞳と赤毛が印象的な、四十代近く見える顔つきのヨアヒムがベリルに怪訝な表情を向ける。

「ここは悪ガキどものたむろ場所のようでね。それに騙されていたらしい」

「そいつらも仲間だったって訳か」

 ヨアヒムは、なるほどと納得した。町の郊外にある廃工場は人がほとんど訪れる事が無く、少年たちのたむろ場所となっていた。

 しかし、それは表向きの姿でその少年たちも組織の一員だったのだ。

 時にCIAは国益となるものなら意図的に見ない振りを決め込むが、今回は彼ら自身が探していた組織だ。秘密裏にエクアドルとも協力はしていたとは思われる。

 しかし、町の警察との癒着がある場合において正しい捜査や情報を得ることは難しい。とりわけ、そういった組織は賄賂が横行する地域に根城を構える事が当然とも言えた。

 そういう事もあり、捜し出すにはそれなりの苦労がある。

「何人くらいだと思う」とオルソン。

「建物の大きさから推測しておよそ七十名」

「多いな……」

 ワイトが小さく舌打ちした。双方、それなりの損傷を覚悟しなくてはならない数だ。

「今回はどういった戦法をとる」

「白昼戦となる」

 オルソンの質問に答えたベリルを一同は凝視した。

「夜戦じゃないのか?」

 ワイトの問いかけはもっともだ。暗闇に紛れて相手を叩く方が効率が良い。しかしベリルは昼間の戦闘を計画した。

 いくら相手が犯罪組織だといっても戦闘に慣れている訳じゃない。それとは逆に、こちらは夜戦にも長けている傭兵の集団だ。暗視ゴーグルを使い、速やかに遂行する事が可能である。さすがに皆は首をかしげた。

「理由はいくつかある。夜戦ならば確かにこちらが有利だ。しかし正式な攻撃ではない以上、表立った守りが出来ない」

「──そうか」

 ヨアヒムの声のあと、全員が苦い顔をした。エクアドル政府にとって大きな犯罪組織は間違いなく邪魔な存在だが、ベリルたちに協力的ともいえなかった。

 加えて、ベリルたちがアメリカ政府と連携している事も影響しているといえなくもない。本来なら工場の周囲に警官を配置していてもおかしくはないのにそれを一切、行っていない。

 それはつまり銃撃戦を許可し、多少の損害は不問とするが政府は公然的な関与はしないという暗黙のルールを突きつけられているということだ。

 夜間の銃撃戦は視野が狭くなる。市街地での戦闘で戦地との区切りを設けられない状態では、周辺住民に大きな危険が及ぶ可能性がある。

「ある程度、避難を呼びかけるつもりだが難しいだろう」

 ベリルの表情も硬い。敵はすでに、こちらと全面対決の姿勢で構えている。激しい戦いになる事は必至だ。

「思ったんだが、なんでここで? もっとデカイ場所で数を集めればいいだろうに」

 ヨアヒムが疑問を口にした。相手にとっては自分の場かもしれないが、本拠地で戦闘を行えばそのあとは拠点を移動せざるを得なくなる。

「オープナーがいる事に気がついたのだろう。ここで我々を叩き、移動するつもりだ」

 オープナーとは監視者の事だ。監視だけを専門に行う会社がいくつか存在し、俗称としてそう呼ばれている。

 簡単に言えば監視して欲しい対象をその会社に依頼し、監視で得た情報を依頼主に提供するというものである。

 いま移動すればオープナーもついてくる。彼らを引き離すには戦闘を行い、ドサクサに紛れて離れることだ。

 ベリルは組織が再び潜る事を阻むためにも、あえてオープナーをつけた。

 追い詰められた組織は広大な敷地内に建てられた施設、工場や倉庫、それらを利用して戦いを挑んでくるだろう。

 戦闘には長けているが、土地勘のないこちらにはその部分において多少の不利となる。

「さて、問題だ」

 ベリルは工場の敷地上空写真を持ち上げてみんなに示す。

「どこから攻めると効率が良いだろう」

「南からだ」

「西からだろ?」

「違うって! 北からだよ」

 一斉に声が上がった。口々に写真を指さして答えていく。ベリルは、ひと通りの意見を聞き写真をテーブルに戻す。

「まず重要なのは西だ」

 それに、西と答えた数人がガッツポーズをとった。敷地の周りにはぐるりと黒く塗られた鉄柵が張られているが、すでにあちこちが破れていてそこからの侵入が可能である。

 工場内に入る門は西と南に一つずつあり、出入りするのは主に西の門だと調べが付いている。よって、西門の左側には警備員が常駐する小さなプレハブがある。

 そのすぐ先に警備員たちが寝泊まりする警備棟があり、その奥に第一倉庫がある。溶接工場は東に位置しており、南には巨大なタンクが二つある。熱を冷ます真水を入れていたものだろう。

 外からでは工場内の詳細を窺い知る事は出来ない。ベリルが西と答えたのには単なる入り口だからではなく、ちゃんとした理由があった。

 一番の問題は西にある警備棟と監視塔だからだ。

「見取り図を見て推測していたが、先に監視させていた仲間からの映像で判断した」

 ノートパソコンを開き、何枚かの画像を示した。

 監視塔にある小さな黒い物体、それは──

「監視カメラか」とオルソン。

「さすがにここにまでダミーを置く訳にはいかんようでね」

 設置されているカメラの幾つかはダミーだということは調べがついている。これが本物ならば侵入は難しい。遠方からカメラを破壊したとしても、その瞬間に攻撃することがバレてしまう。

「警備棟はその役目を果たしていると思っている」

「一番、敵が多いってことか」

 ワイトが小さく唸ってあごをさする。

「で、親分はどこにいると思ってるんだ? まさか工場内って言うんじゃ」

 ヨアヒムが別の質問を返した。

「そのまさかだよ」

 一同がどよめきたつ。本来なら、よほど戦闘に自身がない限り隠れているはずだ。であるのに、最も目立つ場所にいるとは普通ならば考えない。

「見た目に騙されてはいけない。人は影の部分を無意識に黒く塗りつぶしてしまうのだから」

「影の部分?」

 オルソンは目を眇め工場内の暗い部分をじっと見つめた。写真に映っている工場は五メートルほどから暗く影を作っていて、中の様子はまるで解らない。

 写真も前にある二つのタンクが邪魔をして小さな隙間から映っているだけだ。しばらく見つめていたオルソンはハッと気が付く。

「これは影じゃなく壁か!」

「上手く隠している」

 気が付いたオルソンを褒めるように発した。続いてヨアヒムが応える。

「この工場はどこから陽が差しても影なのか」

 前にあるタンクが工場内に陽を差し向ける事は無い。果たしてこのタンク、工場が建てられた当初からあったものなのか疑わしい。

「西の門がもっとも敵が多いだろう。二つのチームで幅広く突入する」

 ダグラスはその様子をじっと見つめ、わずかな事も見逃さないベリルを尊敬すると共に、彼のように自分もなれるのかと不安が募る。

 ベリルみたいな才能は自分に無い事くらい解っている。ベリルは自分のようになれだなんてひと言も言わない。

 自分に出来る事をやればそれで良いと言うだけだ。己の持てる力を可能な限り活かせるようにする事が大事なのだと。

 技術を盗むということは模倣することじゃない。いかに自分の力として吸収するかなんだ。時々それを忘れかける。

 ベリルは今も自分の限界を越えようとしている。それを見ていると、出来ることに限界は無いはずだ、自分から限界を認めちゃいけないんだと思える。

 自分に何が出来るのか、俺は何をしなければならないのか──それを見極めることが大事なんだ。

「ダグ」

「なに?」

「調整を手伝ってくれないか」

 手にしているヘッドセットを示す。今日はここで夜を明かし、早朝に最終確認をしてカトに向かう。決行は午前十時とした。

 他の仲間も寝る準備に入っていた。銃の手入れをしている者や、寝る前の軽い運動をしている者と皆、それぞれに時間を潰している。

 ダグラスは後部座席、ベリルは運転席で大量のヘッドセットの調整を行う。仲間が多いだけに調整作業にも時間がかかりダグラスはげんなりした。ベリルはそんなダグラスを一瞥して小さく笑う。

「ちまちました作業ねぇ」

 ピックアップトラックの中で作業をしているベリルたちを、スーザンが窓からのぞき込む。

「こういうところが大事なの」

 言い聞かせるように応えたダグラスにスーザンは苦笑いを浮かべ、なんの反応も示さずに作業を続けるベリルに目を移した。

「十個ずつに分けてるの? どうして?」

「チームごとに分けてるんだよ」

 ダグラスが代わりに応えるとスーザンが少しムッとしたような顔をした。ベリルの分析なんかさせてたまるもんかと、軽く睨み付けるスーザンにニコリと微笑む。

 彼女がベリルに近寄るのは、その能力を詳しく分析してそれを自分たちに活かせないかと考えているからだ。

 CIAは自国の利益優先で動く組織である。それが正義か悪かなど関係無い。本当はベリル自身を取り込みたいって感情が見え見えなんだよとダグラスは笑顔の下で攻撃的な念を送っていた。

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