第七話:入り乱れる思惑が

 機兵の改造は、工場北で作業中のアルカシードの近くで行われた。

 用意されたのは、実にアル好みの機兵である。

 白鎧ノルレスを参考に造ったはいいが、反応が過敏すぎて普通の乗り手では持て余す代物だという。

 アルカシードに一旦取り込まれた資源を流用しつつ、アルは機兵の内部で作業を続ける。


『後々の事を考えて、操縦周りはアルカシードと遜色ないくらいにしなくてはね。とはいえ、空間までは用意出来ないかな』


 装甲強度の問題についてはアルにもどうにも出来ない部分ではあった。

 王機兵ほどの装甲を造るには、アルカシードから相当量の資源を取り出さなくてはならず、アルカシードの保有する異空間には残念ながらまだそれ程の備蓄はない。

 王機兵が持つ異空間は、召喚魔術や転移魔術といった空間制御の一種である。

 粒子化した資源の保管に多くの容量が使われているが、最大の活用法は乗り手をはじめとした人命の安全確保にある。


『少し技術レベルは下がるけれど、乗り手の保護は転移タイプにしよう。場所はアルカシードの前に設定してっと』


 ぶつぶつと呟きながら、人間では不可能な速度で作業を続けるアル。

 アルカシードと同系統の操縦席を球形の金属で覆い、そこに魔術文字を刻み込む。極めて精緻な転移の魔術陣を刻み終えると、見た目には異様なオブジェとなった。

 装甲板を取り外した機兵の素体にそのオブジェを取り付け、人間で言う神経となる伝導体の撚り糸を繋いでいく。


『ふう、素体は完成と。それにしても、技術の遺失が激しいとはいえ、あまりに手抜きが多いと見るのは評価が辛いかな』


 改造――というよりは最早新しい機体の製造になってしまっているが――の為に用立てられた元の機体は、装甲を取り外した素体の出来の粗悪さに絶句したものだ。

 例えば足の機能では、『歩く機能』『走る機能』『方向転換する機能』の三種類しかない。速さは注ぎ込む魔力の量に比例するとは言え。

 機兵は確かに高価なもので、量産すればする程に機能を制限していくのは当然の理屈ではあった。

 機能の簡略化は大切だが、してはいけない範囲を簡略化してはいないだろうか。

 特別製という触れ込みの機体でこれだ。通常の量産機がこれ以下であることは想像に難くない。


『それで、ボクの作業は見ていて楽しいかい?』

「……それはもう」


 アルが作業している後ろでは、オリガがじいっと作業を見ていた。

 彼女は寡黙ではあるが、情熱を内に秘めるタイプのようだ。


「アルカシードはすごく素敵。本当はその機体みたいに解体して、余すことなく分析してみたいけれど」

『それは流石に困るかなあ』

「残念」


 作業をしながらの会話だが、アルの動きには遅滞がない。

 オリガも拒否されると分かっていたのか、言葉ほど残念がってはいないようだった。


「アルはルローを戦いの場に送りたいの?」

『いや。出来る事なら安全な場所でのんびりして欲しいと思っているよ』

「なら、どうしてルローの機兵を作っているの?」

『アルカシードは現在長期メンテナンス中だからね。マスターが自分の身を護る為には必要だと思っている』

「身を護る?」

『捕虜を返還したという事は、マスターが王機兵の乗り手であると帝国に知られたって事だからね。あの王子がマスターの懐柔にかかると思うかい?』

「しないと思う」

『という訳さ。まあ、安易に暗殺なんて手は使わないと思うけれど、用心しておく必要はある。何より、アルカシードがメンテナンスを必要としているなんて事実は最大限に隠しておかなくちゃ』

「なるほど。手伝う事はある?」

『お、興味持った?』

「研究室に入ろうかなと思って。機兵のメンテナンスや設計とかしたいかな」

『前向きなのはいい事だと思うよ』

「いつか機兵を平和に利用出来る世界にしたいね。土木作業とか」

『そうだね。技術というのは、本当はそういう方向に使うべきだ』


 アルはアルカシードの異空間にアクセスすると、中から一冊の本を取り出した。

 異空間に保管していた為に、劣化は殆どない。


『君にこの本を貸してあげよう』

「何、この本」

『ボク達を造った人が遺した本さ。と思ってね』


 装丁はシンプルで、題名も書かれていない。出版されたのではなく、ただ一冊だけ手書きで記されたものだ。


『今の時代の技術では再現できないものも多々あるけど、今の技術でどこまで近づけられるかを探る事は出来るはずだよ』

「ありがとう。後で読んでみる」


 オリガは装丁の表裏とひっくり返して見た後、持ってきていた鞄にしまい込む。

 アルは小さく頷くと、作業を再開させた。






「では殿下。吉報をお待ちください」

「ああ、頼む。エネスレイクに王機兵が渡ってしまった現状、トラヴィートとエネスレイクの関係を崩さなくては我が国の南進計画は完全に白紙となる」


 レオス帝国には三人の皇子が居る。

 まずは皇太子のイージエルド。機兵の扱いに長け、最前線で指揮を執る様に英雄と称賛する者も多い。

 次子のアルズベック。人材狂い・王機兵狂いと呼ばれる一方、最も皇族らしき皇子とも言われている。

 最後が末子のサンドリウス。穏やかな気質であり、皇位継承権を公式に返上している為か、父である皇帝や二人の兄から最も可愛がられている。

 イージエルドとアルズベックの仲も決して悪くはない。母を同じくし、政務に苦心する父の姿を同じく見て育った二人は、互いにどちらかと言えば皇位を持たない気楽な立場を求めるような気質であったからだ。

 困難な任務に向かう部下達を見送ってから、イージエルドは斜め後ろに控える弟に声をかけた。


「アルズベック。エネスレイクと公国の走狗トラヴィートが反発し合うと思うか?」

「仕込み次第といった所かな。『エネスレイクが我々に召喚陣を貸した』事実は当然エネスレイク側の方からも伝わっているだろう。終戦に向けた交渉が始まった事も事実だ。だが、王機兵の存在まで伝えたとは思えん」

「トラヴィートが王機兵を借り受けて反攻に転じる可能性はないと?」

「エネスレイクはトラヴィートほどグロウィリアに情も義理もないからな。知らせればあの血の気の多い国王の事だ、貸せと騒ぎ立てるのは目に見えているが」


 トラヴィート王国は国土の広さで言うとエネスレイクの六割程度しかない。

 国内の産業も親戚国であるエネスレイクからの技術供与や、海路で隣接するグロウィリアとの貿易によるものが殆どだ。

 権威主義的なところのあるトラヴィートの王族は、グロウィリアの大公を統一王朝の正統と認めている。それでいて不思議なことに、エネスレイクとは親戚であるからか対等の国家であると思っているのだ。


「トラヴィートはエネスレイクという保護者が居なければ立ち行かない事実に気付いていないというからな。ディナス王も大変だろう」

「今回の交渉に合意しなければ、トラヴィートに生き延びる道はない。エネスレイクにはそれが見えていて、トラヴィートにはそれが見えていないというだけさ」

「わざわざお前が王機兵の件を伝えろと言う訳だ。不和の種としては十分な大きさだとも」

「せっかくの王機兵を持って行かれてしまったんだ、これくらいしなくては元が取れないからなあ」


 額を押さえるアルズベックに、イージエルドは気遣わしげな表情を見せた。

 王機兵を持ち帰れなかった点はどうしても口さがない者の指摘を受ける事になるが、元々は王機兵に関わる人材の確保が父からの命令だった。アルズベックはその命を遺漏なく果たしたのだ。誰からも非難される謂れなど無い。

 しかしその功績も、王機兵がエネスレイクに渡ってしまった事で霞んでしまった。

 皇位継承者であるイージエルドに擦り寄り、アルズベックとその派閥を追い落とそうと目論む俗人には何ともちょうど良い攻撃材料となった訳だ。

 イージエルドもまた、そう言った者達からの讒言に辟易していたし、父に告げられるのはその層倍だと同情もしていた。


「焦るなよ、アルズベック。お前のお陰で残り二体の王機兵も動き出す兆しが見えたと言うじゃないか。事態は最善ではないが良い方向に進んでいる、そうだろ?」

「兄上。おそらく我が国の王機兵は本来の性能を発揮していない」

「あの『精霊』の話か? そんなもの、噂に過ぎないさ。お前とクルツィアは前線に出す訳にいかないから仕方ないが、二体の片方が動くようになったら一度南進軍に参加させればすぐに分かる」

「済まない兄上。ありがとう」

「いいさ。ところでアルズベック、エネスレイクの王機兵とその乗り手を調略する事は出来ないだろうか」

「調略か」

「意外だな、アルズベック。お前の事だ、真っ先にそれを考えると思っていたぞ」


 心底意外そうな兄に対し、アルズベックは返す言葉を持たなかった。

 陽与を得た事について後ろ暗いと思う心はない。しかし、『王機兵の乗り手』を懐柔する場合、その心に最も訴えかける材料が彼女であると理解していた彼にとって、その言葉を口にするのが憚られたのだ。

 数秒の逡巡の後、その口から語られたのは、


「先日処断した部下が、その男を殺そうとしたようでね」

「成程、単純な利益を提示した程度では動きそうにないか」


 真実の一部を示した言葉である。確かに嘘はついていないのだが、最も重要な事を口にしてはいなかった。

 イージエルドは納得したようで頷くと、ならばと事もなげに口にした。


「最悪、エネスレイクと事を構える前にはならないな」

「ああ、そうだな」


 アルズベックは心の底からそう呟いた。






 王都リエネス、宰相府。

 王城に最も近いエイジ・エント・グランニール邸は、当人以外の国民からそう呼ばれている。

 事実、使用人の殆どは王城への出入りを許可された役人で占められており、内政官にとっては城内で仕事をしている者よりも『宰相府』での職務を許された者の方が格上として扱われてすらいる。

 実際はエイジが自宅で仕事をするのを好んだ結果、有能な者から邸宅に残る時間が増え、自然と邸内の仕事も行うようになったというのが正しい。

 さて、エイジは一枚の書類に目を落として顔をしかめた。手には同時に届けられた書状が一通。


「まずい、ですね」


 思わず呟く。

 書類を届けに来た兵士は直立して指示を待っている。

 後手に回ってしまっている事を自覚しつつ、彼は書類に必要事項を認めて手渡す。


「至急これを陛下に。私もすぐに城へ向かいます」

「はっ!」


 敬礼ひとつ、指示の緊急性を理解したらしく駆け足で出て行く。

 行儀は悪いが察しは悪くなさそうだ。彼を送り出した上官は良い人物眼を持っている。

 宰相の証である白い上着を纏い、部屋を出る。

 焦りが顔と挙動に出ないように細心の注意を払いつつ、表へ。


「宰相閣下、どちらへ?」

「城に向かいます。緊急ですので今後しばらく連絡は執務室ではなく玉座の間とします」

「了解しました!」


 伝達を済ませると同時に魔術を行使し、体を空に躍らせる。

 見下ろす視界に城へと駆ける馬を見つけると、エイジも城に向かって飛翔した。






 流狼を含めた六名がエネスレイク王国に住み始めてから一月以上が過ぎていた。

 アルが流狼の当面の乗機である機兵を完成させたのが七日前。

 既に自分の中にある設計図を基に造り上げたと言うから不自然な工期ではないと本人は言うが、量産機でもない機兵を単独で造る期間としては著しく短いのは確かであるようだ。

 アルカシードの保存していた資源ではなく、通常の鋼板からの加工であればもっと時間を有したらしいのだが。


「なあ、アル。僕にも機兵を作ってくれよ。ルーロウばかりずるいじゃあないかね」

『サイアー。ボクが君に便宜を図る理由が一つたりともあっただろうか』


 その完成をもって流狼の元に戻ったアルは、ようやく自分の主に王都から出ても構わないと許可を出した。

 流狼自身はまだ身の置き所を決めた訳ではなかったが、他の五名は身の置き所を決めていたのだ。

 クフォンは宰相府への配属を希望したが、この国の法や魔術などを本格的に学ぶ為にまずは城内の内政官達に預けられている。

 サイアーは機兵の乗り手としての才能を持っていた事もあり、軍に参加。

 オリガはアルの推薦もあって研究所の機兵開発部に。

 エリケ・ドは最後まで決めかねていたようだが、研究所の魔術研究部へ。

 フォーリも機兵の乗り手の適性を見せたが、年齢を理由に士官学校に入る事となった。


「つれないね。僕はルーロウと同時にこの世界に招かれた『招かれ人』の同輩だぜ? 少しくらい便宜を図ってくれてもいいじゃないか」

『論理が破綻しているね』

「なあ、ルーロウ。君からも言ってくれよ。僕は数少ない仲間だろ?」

「サイアー、何を持ち場を離れているか!」

「ちっ、いいところで。な、ルーロウ! アル! 考えておいてくれよ!」


 上官から怒鳴りつけられ、慌ててサイアーが自分の持ち場に戻っていく。

 その様子を見送りつつ、流狼は首を捻った。


「ううむ、何がしたいんだ?」

『ああやってマスターと親密であるように周囲にアピールしているのさ』


 ことさらサイアーと親密なやり取りをしてきた覚えはないのだが、と思いながらも、流狼は自分が見るからに特別扱いされている事に居心地の悪さを覚えていた。


「あ、ルウ殿?」

「手伝わせてもらえませんか?」

「は! ありがとうございます! しかし夜営の準備程度、ルウ殿のお手を煩わせる必要性はございません! ルウ殿はアル殿とお待ちください!」


 付近で作業をしている兵士に声をかけても、この通りだ。

 とは言え手持ち無沙汰なのも確かなので、ふらふらと夜営の予定地を歩き回る。

 機兵の数は多くない。しかし機兵が牽く荷車が大きいため、非常に大がかりな一行となっているように見える。

 流狼たちがいるのは街道から少し離れた広場であるが、あらかじめ夜営地として確保されている場所なのだろう、ずいぶん作業も手慣れているようだ。

 荷車にはこれから向かう砦に配備する機兵や物資が積み込まれている。

 流狼は荷車を見上げながら、自分がなぜこの一行に同行する事になったかを思い返すのだった。







「サイアーのお目付け役、ですか」

「ええ。お願い出来ますか」


 エイジの執務室に呼ばれた流狼は、切り出された依頼に首を傾げた。

 彼らがそれぞれの方針を定めたのは聞いていたが、何故サイアーに対してのみそういう対応を求められるのかが分からない。


「いえね、他の方たちはそれなりにしっかり職場に溶け込もうと頑張っておられるのですが」

「もしかして、孤立しているんですか?」

「どちらかと言うと、孤高を気取っているような」

「ああ……」


 言われて何となく納得する。今ある環境に迎合するのではなく、自分を中心に周囲が迎合するように仕向けたくなるというか。

 思い返すのも恥ずかしいが、自分にもそういう頃があったのは確かで。


「南方に輸送任務がありましてね。彼は機兵の操縦には非常に高い適性を持っていましたので、今回の任務に抜擢されたのです」


 適性はあるが、機兵の操縦に習熟してはいない。

 南に長期間歩き続ける任務は、新人が機兵を扱う訓練に最適なのだそうだ。


「今回は気になる事もありますので、少々多めに資材を運ぶ予定でしてね」

「おや、何か事情が?」

『南というと、トラヴィート王国とやらの近くになるのかな』


 特に関心があった訳ではないのだが、ずいぶんと思わせぶりなエイジの言葉に、アルが反応を示した。


「ええ。河を挟んでトラヴィート王国と国境を接する辺りの砦です」

『成程、停戦後を考えての支援物資という名目だね?』

「その通りです」

「その実、何かに備える為の物資にもなる、って話ですかね?」


 アルまで思わせぶりな物言いになって来たので、口を挟む。

 二人ともこちらの意図に気付いたようで、そろって頭を掻いて見せた。


「いや、失礼。ここにはルウ殿とアル殿しかいないと言うのに、つい」

『ごめんよマスター。こういう話ぶりって嫌いじゃなかったから、つい』

「俺はそこまで頭がいい訳ではないので、ざっくりと説明してもらえれば助かります」


 流狼の言葉に少しばかり顔を赤くして、エイジが説明を再開する。


「今回我々は、帝国に協力しました。これはトラヴィート王国への攻勢を止めさせる事が目的で、向こうもそれを条件にしてきています」

「はい」

「もちろん我々は後ろ暗い事はありませんので、トラヴィート王国に今回の件を既に報告しています。それに伴って現在、トラヴィート王国内で帝国と『終戦交渉』が行われています」

「であれば、問題はないのでは」

「このまま進めば、ですが。帝国の目的は話しましたね?」

「ええと。トラヴィート王国との戦争理由は、グロウィリア公国に攻め入る為の軍港の確保だったかと」

「その通りです。帝国は版図を拡げているとは言え、まだまだ大陸の西側に存在する国家の一つに過ぎません。トラヴィートと逆側の戦線に動きがあったかと思って調べたのですが、どうやら東では国家連合が樹立したようです。これは帝国にとっては不利になることはあっても、有利になることは決してないでしょう」


 つまり、先日の私の予測は間違っていた事になりますね、と。

 最初に出会った時に、そう言えばそんなような事を言っていたような。


「さて、そうなると帝国の採る手段は限られてきます。グロウィリア公国への侵攻を諦めるか、真正面からグロウィリア公国を打ち破る戦力を整えるか、搦め手を使うか」

『王機兵の乗り手を求めたということは、真正面から打ち破りたかったのかな。考えが甘すぎる気もするけど』

「私も同意見です。間違いなく搦め手を使ってくるでしょう。この場合」

「離間の計ってやつかな。エネスレイクとトラヴィート王国の仲を悪くする計略」

『だろうね。この場合は向こうの国王に、エネスレイクが必要以上に力を得たと伝えて唆すのが定番だね』

「トラヴィート王国のふりをして略奪を仕掛けるという手もあるな。ああ、だから今のうちに物資を運び込んでおくのか」

「その通りです。もちろん『こちらがトラヴィート王国と戦うつもりだ』などと勘違いされないよう、細心の注意は払っていますから、安心してください」


 支援物資にもなるが、同時に交戦状態になった時にも使えるようにしてある訳だ。


「トラヴィート王国と戦争状態になる場合、我々は帝国側に与したと他の国からは思われるでしょう。まさか物資を運び込む前後に戦争状態になる事はないと思いますが」


 最悪それもあり得るので気をつけて欲しいという事もあるのだろうが、エイジはその可能性を先んじて予測しているようだった。


「分かりました。サイアーが功を焦って妙な行動に出ないよう、目を光らせておきますよ」

「頼みます。ついでにエネスレイク王国がどういう国かを観光されるのもお勧めですよ。南方は穀倉地帯ですので、美味しい穀物がたくさんありますから」


 と、片目を瞑って笑うエイジに、流狼とアルは顔を見合わせるのだった。






「……まあ、あの調子じゃなあ」


 サイアーは、人柄は決して悪くないのだが常に一言多く、ついでに人の感情の機微が読めないタイプだ。

 そういう部分は今までにも少なからず見てきたし、最初にぶつけられた遠慮のない言葉に自分の心がささくれ立ったのも事実だ。

 人付き合いが空回っているようにしか見えないのだが、本人は気付いていないのか開き直っているのか、直す様子は微塵も見えない。

 一方で機兵の動かし方には才能があるようで、サイアーには辛辣なアルもそれだけは『一種の天才だね』と評価している。


『ボクはあの世の中を舐めたような態度が気に入らないんだけどね』

「言うなよ」


 本人達の前では流石に言わないが、どうやら方々で『自分の方が流狼よりも王機兵の乗り手として相応しい』と言い歩いているようだ。

 流狼としては殆ど成り行きで乗り手になった訳で、相応しいかどうかなど考えた事もなかったわけで。


「そもそも、俺はアルカシードじゃなかったら、まともに機兵なんて動かせる気がしないんだけどな」

『まあ、それは認める』


 アルが用意したという流狼の専用機は、ありがたいことにアルカシードと操縦周りが一緒だった。

 出入り口がなく、出入りには短距離転移の魔術を使う必要がある。その際に生体認証を行う為に流狼とアル以外が乗り込む事は出来ないのだとか。


『マスターが変にこちらに慣れて、アルカシードを動かすときに変な癖がついたら困るし』

「そうだな」


 と、点呼が始まったのが聞こえてきた。

 どうやら夜営の準備が整ったらしい。ウィッジと言ったか、世話役につけられた兵士に迷惑がかからないよう、戻っておく事にする。

 一行が目指す先は南方のスーデリオン砦都さいと

 まだ到着まではしばらくかかるようだ。







 王城リエネス、玉座の間。

 エイジからの報告にディナスは頭を抱えていた。


「あの馬鹿が!」

「どうされますか、陛下」


 届けられた書状は、トラヴィート国王からのものだ。

 報告書には、トラヴィート王国が国境付近で軍を動かしつつある様子が記されている。


「まずいぞ、エイジ。あの馬鹿、我が国を恫喝するつもりだ」

「馬鹿だ馬鹿だと思ってはいましたが」


 トラヴィート国王は血の気が多い。往々に激昂して判断を誤るタイプであると評されている人物で、今回の戦端を開いてしまったのも彼が度重なる挑発に我慢しきれなかった為だ。

 今回も帝国から故意に『エネスレイクが王機兵を手に入れた事』を流された結果だろう。直情的で即断する性格は、王として考えるならば美徳ではなく悪徳の類だと言えた。

 嫡子である王太子は反面思慮深く、エネスレイクはおろかグロウィリア公国からも早く位を継いで欲しいと遠回しに圧力がかかっていた程だ。


「それで、書状にはなんと?」

「王機兵と乗り手を得たことを隠していた点への糾弾と、同時に反攻作戦を開始するから王機兵を戦線に参加させろとさ」

「それはまた。何と言いますか」


 現状、トラヴィート王国の戦線は二割ほど領土を奪われた状態で拮抗している。

 その結果、帝国領から河を渡ってエネスレイクへ侵入することが可能となっており、商都スーデリオンは慌てて周囲の防壁を増築し、砦に改装する事態となってしまっていた。


「馬鹿の言い分は?」

「我々の言い分を聞いて終戦交渉をしてきたが、グロウィリア公国は現在も戦争を継続中だ。今こそ戦力を集中し、帝国を撃破する好機だと考えると」

「今なおグロウィリアに報われぬ忠義を尽くしますか。いや、この場合は恋慕ですかね」

「慕情を拗らせた結果が体よく防波堤として使われているというのもな。うちも大差ないが」


 自嘲気味に笑うディナスに、だがエイジは固い表情を崩さない。

 常々グロウィリア公国を持ち上げ、種々の支援をしてきたエネスレイクを下に扱うトラヴィート王には不満を抱いていたからだ。


「王太子と連絡を取りたいところですね。彼は馬鹿と比べて物の道理が見えています」

「ううむ。ケオストスか、あいつ潔癖過ぎて苦手」

「言っている場合ですか!」

「分かったよ。それで、帝国はどう動くと予想するね?」

「トラヴィート軍が河沿いに布陣した辺りで動くでしょう。スーデリオンに少数で奇襲をかけ、これ見よがしにトラヴィート軍と分かる証拠を残す」


 その言葉で、漸くディナスはエイジが物々しい雰囲気を出している理由に辿り着いた。

 顔を青くしながら、念の為に確認する。


「現在、王都からスーデリオンに『救援物資』を輸送中だよな?」

「ええ。サイアー・エストラが機兵の乗り手として従軍しています」

「俺の記憶が確かならば、あの奇矯な男を監視する為と行軍の士気向上に、事もあろうにルウ殿とアル殿にも同行を依頼した覚えがあるんだが」

「私がお願いして、快諾していただきましたね」


 わなわなと震え始めるディナスに、エイジも頬を思い切り引き攣らせる。


「どぉすんだよぉぉぉっ!?  大ごとだぞぉぉっ!!」

「だから最初っからそう言っているんでしょうが兄上ぇぇっ!!」


 今から援軍を出しても間に合わない。まさか帝国がこれ程早くに動き出すとは。

 流狼とサイアーは期せずして最前線に赴く羽目になっていたのだ。

 最良なのは、物資の輸送が終わり、流狼達がこちらへの帰路についてから状況が動く事である、が。


「ぶ、物資の送り届けが終わったら、近くの転移陣で戻らせるしかないだろうな」

「まだスーデリオンに転移陣は設置されていませんよ。少し前まで交易都市だったのですから」

「なっ」

「今から援軍を差し向けても、多分間に合いませんからね」


 ディナスは心を鎮める為に瞳を閉じて二度ほど深呼吸をした。

 思考を纏めて瞳を開いた時には、その顔は冷厳な王のものとなっていた。


「エイジ。まずはケオストスと話をする。いざとなれば父を討って国を護れと告げるぞ」

「はい、陛下」

「スーデリオンへの援軍を組織せよ。オルギオを指揮官とする事」

「数は」

「オルギオに任せろ。転移陣の使用も許可する。最寄りだと南西港になるか」

「スーデリオンへは三日はかかりますが」

「ケオストスの態度次第ではトラヴィート王国と我が国は千年の友誼を終わらせる事となるだろう。その場合、三日は丁度良い時間差になるだろうな」

「挟撃せよと」

「スーデリオンの司令部はまだ通信機材を設置していないな? ひとまず長距離転移で伝令を送れ。王都への帰還は砦の戦況が落ち着いてからで構わん」

「伝令内容は」

「一つ、帝国の謀略あり、厳戒態勢を取れ。二つ、トラヴィートとの友誼が終わる恐れあり。三つ、オルギオ・ザッファを送る。有事の際は頼ること。以上だ」

「御意」


 伝えるべきを終えたディナスは席を立ち、通信室へと向かい歩き出す。

 エイジも足早に玉座の間を後にする。オルギオの元へ向かうのだろう。

 ディナスは歩きながら、ぼそりと呟いた。


「……馬鹿野郎が。甥に義弟を殺せなんて言わせるんじゃねえよ」







 更に四日をかけて、一行はスーデリオン砦都へと辿り着いた。

 が、様子がおかしい。

 流狼は街中に広がる緊張感に眉を寄せた。

 この街がトラヴィート王国とレオス帝国との戦争の煽りを受けて要塞化した元商業都市である事は聞いていた。

 それにしても、空気が重々しいのだ。これはまるで戦争でも始まりそうな。


「ウィッジさん」

「はっ! どうされましたか、ルウ殿!」

「街の様子がおかしいように感じるのだけど」

「そうでしょうか? 今は治まっていますが、機兵で一日も南に歩けば戦地です。特に問題があるようには思いません」

「そういうものかな」


 流狼の母国は戦争など半世紀以上してこなかったのだ。ウィッジの言を覆せるような言葉を持ち合わせている訳でもなく、それ以上を言う事無く留める。

 と、アルが流狼の肩から口を挟んだ。


『マスター。残念ながらその感覚は正しい。街中でたくさんの兵士や機兵が動き回っているみたいだ。これはエイジ殿の予想が的中したんじゃないかな、悪い方向に』

「そりゃ悪い知らせだ」


 流狼は天を仰いで息をついた。

 彼自身はここで戦争状態になったとしても、軍属でない自分が出しゃばる筋合いではないと思っていた。しかし、サイアーはどうだろうか。

 サイアーの監視を仰せつかっている以上、自分一人が街を抜け出す訳にもいかないだろう。

 願わくば輸送部隊が帰るまで戦争状態にならないで欲しいところだが、現状はどうなのか。


「司令官殿に会いたいな」

「は! では今すぐ伝えます!」

「時間が空いた時で構いませんから、と伝えてください」

「分かりました!」


 本当に分かっているのか、ウィッジは勇んで走り去って行った。

 何だか無理に時間を空けさせそうで怖いな、と思いながら流狼とアルはひとまず街並を観察する事にした。

 隊伍から離れなければ大丈夫だろうと、歩を進めながら。






 リエネス王城、通信室。

 ケオストスは急病として通信を拒否されてから三日。漸く彼が通信先に現れる事となった。

 どうやら軟禁されていたらしく――つまり、トラヴィート王の方針にケオストスが反対した事を意味する――、周囲を信頼出来る兵に囲ませていた。


『伯父上、申し訳ありません。抜け出すのに少々かかりまして』

「やはりか。済まぬがこちらは準備を進めている。帝国に与するつもりは今後もないが、まさかスーデリオンを包囲などすまいな?」

『申し上げにくい事ですが、父の事です、やりかねません』

「そこまで奴は愚かか!」


 思わず口を開いたのは、後ろに控えていたエイジだ。

 現トラヴィート国王レフ・トラヴィートにはディナスとエイジの妹であるイーシャが嫁いでいる。ケオストスの母だ。

 彼らにとってはレフは義弟であり、度々グロウィリア公国とエネスレイクを天秤にかけてグロウィリア公国を優遇する彼に苦々しい思いをしてきたものだ。


「失礼した、ケオストス王子。我々が王機兵を所有している事は貴国は既にご存知か」

『はい。十日前になりますか。交渉が終わった後に報告がありまして。父は帝国を押し返す好機であると』

「何をどうすればそうなるのだ」

『グロウィリア公国は現在も帝国と交戦中です。父は公国の負担を減らす為に開戦したつもりになっております。つまり、この状況で戦を終えれば』

「公国から見限られる、と? ケオストス。私は聞いておきたいのだが、『公国の女狐』は貴国に何名の援軍を送ったのかね?」

『っ』


 ディナスの、口調は優しくも冷徹な問いに、ケオストスの顔が歪む。

 だが、言わない訳にはいかないと、苦渋に満ちた表情で言葉を絞り出す。


『後方支援として、五百名……です』

「我が国は機兵を三百、兵を千名ほど出しているのだが。これでもなお、我が国よりも公国を盟友と選ぶと。トラヴィート王国はそう思っていると捉えて良いのだな?」

『め、滅相もない!』


 グロウィリア公国は女性上位の国だ。大公こそ男性ではあるが、大公家に生まれる公女は最低でも一人が王機兵の乗り手になる為、政治的にも軍事的にも大きな発言力を持つ。

 ディナスの言う所の『女狐』は、先代の王機兵の乗り手であり、レフが若い時分に恋い焦がれた相手である事もこの場に居る全員が知っている事実だった。

 真っ青になる甥に、ディナスは柔らかく、次なる言葉の刃を振りかざす。


「ところでケオストス。私は無論あの女ぎつ……もとい、ルナルドーレ殿とも知らぬ仲ではないのだが」

『は、はい』

「昨日彼女と話した所によると、我が国が帝国と結ばない事を理解してくれた上で、帝国の謀略に何度となく踊らされるトラヴィート王国に盟友たる価値はなく、真なる盟友たるエネスレイクの国土保全の為に力を貸すも吝かではない、との言だ」

『な、なぁッ!?』

「さし当たって千の機兵と二千の兵士を援軍として送るから、トラヴィート王国に向かわせた五百の支援兵を安全に帰国させて欲しいとな」

『ば、馬鹿な!?』


 この言は純然たる事実だった。

 豊富な資源を持つエネスレイクは、海路にてトラヴィート王国だけでなくグロウィリア公国とも繋がりを持つ。

 その交易による互いの利益は、トラヴィート王国がグロウィリア公国と行う交易の十倍を超えている。

 何しろ機兵の材料となる鉱石を売っているのはエネスレイクなのだ。

 経済的に見ても、道義的に見ても、グロウィリア公国がエネスレイクとトラヴィート王国を比較した場合、エネスレイクを取るのは当然と言えた。

 それに、恐るべきことにグロウィリア公国は帝国との戦線で戦力の損耗が存在していない。王機兵一機で攻め寄せる敵機兵を全て打ち払っているのだ。

 帝国が東方を主戦場としているのもそれが最大の理由であり、大陸の盟主を自認する公国との決戦については今の時点で考えていない。

 帝国が損耗覚悟でグロウィリア公国との戦線を維持しているのは王機兵に東進の後背を突かれないようにするという理由だけなのだ。


『で、では!』

「このまま事が進めば、トラヴィート王国は完全に孤立する。三方に敵を抱える事になるな」

『なんてことだッ!』


 蒼白な表情で項垂れるケオストス。無理もない。

 レフ王がグロウィリア公国の為にと振りかざした剣は、自国の兵に損耗を強いた挙句、当の公国からは微塵の感謝もされていないのだから。

 それに、当の帝国がトラヴィート王国を併呑したとしても、隣国であるエネスレイクが鉱石を輸出しなくなった場合、瞬く間に戦力が低下を始める。今でも随分と絞られているから、帝国としては東の鉱山地帯を押さえようと必死だ。

 実際、今まで参戦してこなかったエネスレイクが南進すれば、トラヴィートの軍港を利用するどころではない。

 帝国はトラヴィート王国をカードとして、実際はエネスレイクとグロウィリア公国との関係を拗らせようと躍起なのだ。

 それが読めないディナスとエイジ、ルナルドーレではなく、それが読めないのがレフだったのである。


「さて、ケオストス。私はそなたにとても苦い言葉を告げなくてはならない」

『伯父上。私、私がっ!』


 顔を上げた甥の表情に、目元を僅かに歪めるディナス。

 全てを理解し、全てを覚悟した表情だ。吹き上がる憤怒と、抑えきれない悲しみに涙さえ湛えながら。


「私はまだ、オルギオを送り出してはいない。ルナルドーレも止めてある」

『感謝、感謝致します伯父上! 最期に願います。私がよもや逆賊の手にかかり、その命を散らすことあらば! トラヴィート王国をエネスレイク王国の領土として、御安堵いただけませんか!』

「その覚悟あらば、私はオルギオを安心して送り出せる」

『……え?』

「新王ケオストス・トラヴィート陛下。エネスレイク王国は親戚として、陛下の心胆を脅かす逆賊を討ち果たすご助力を致します」

『エイジ伯父上、それでは!』

「今すぐ終戦交渉を終えられよ。然る後に逆賊を討伐する軍を出されるが良い」

『ご厚情に感謝致します!』


 怒りなのか、悲しみなのか、喜びなのか。顔をぐちゃぐちゃに歪めたケオストスは頭を一つ下げて、その場から去って行った。

 付き従う者達も同様の表情をしていたから、これで問題はなくなるだろう。

 通信を終えて、ディナスは背もたれにもたれかかって一つ息をついた。


「これで救援物資がその通りに活用されるな。やれやれ」

「お疲れ様でした、兄上」

「ああ。……次はルナルドーレか」

「あの方も変わりませんね」


 肩の荷が一つ下りたからか、エイジがくすりと笑みを漏らす。


「言う事を聞いたのだから兄上の元に輿入れしたい、と言っていましたが?」

「レフが討たれるのであれば、断る理由はないだろうな」


 女狐ことルナルドーレは公国内では一定以上の発言力を持っているが、既に『元』王機兵の乗り手である事もあり、立場は決して安泰ではない。公国内で彼女を擁立する派閥などが出てきては、トラヴィート王国を笑えない。

 彼女の今回の打診は多分に私情が含まれていたが、母国である公国の為には決して悪い方法ではなかった。


「今更側室が一人くらい増えても、問題などないでしょうに」

「お前、あいつがどういう人間か知っててそういう事を言うんだろうな?」


 視線を逸らすエイジ。

 ディナスとレフ、ルナルドーレはまだ王位など関係ない程の幼い時分、グロウィリア公国の学舎で共に学んだ仲だ。

 当時はまだ帝国はグロウィリアと国境を接しておらず、穏やかな日々を過ごしていたものだ。

 レフはルナルドーレに恋い焦がれ、ルナルドーレはディナス一筋で今も独身であるのだから、当時の三角関係が現在の状況を作っているとも言えた。

 思えば、レフがエネスレイクを軽んじるのもそれが原因の一つであったのかもしれない。

 結局、ディナスは王位を継がねばならず、ルナルドーレも王機兵の乗り手に選ばれたから二人は結ばれる事はなかった。

 ルナルドーレの姪が新しい王機兵の乗り手となった直後、レフはルナルドーレに求婚しているが、真っ向から拒否されている。同時にルナルドーレからは再びディナスに度々求愛されているが、レフと義兄弟になっていたディナスもそれを断っていた。


「よく考えたら、ルナルドーレのやつ」

「どうしました?」

「まさか、レフを上手い事排除しようとか考えていたりはしないよな」

「ま、まさかあ」

「そ、そうだよな?」

「ええまあ。では、私は通信を繋いだら出ていますオルギオに命令を下してきますので」


 縋るようなディナスの視線を受け止めることなく、エイジは手早く次の連絡先へと通信を繋ぐ。


「あ、エイジ! お前!」

「――お待ちしていましたわ、ディナス様」

「お、おう。ルナ、連日済まないな」


 満面の笑顔が映る。ディナスと同世代の筈が、まだ二十代前半と言われても可笑しくない美貌である。

 ルナルドーレ・グロウィリア。その視線が向けられる前に、エイジは通信室を後にした。







「何だって、トラヴィート王国の軍が河向こうに布陣している?」

「残念ながら。今のところ『王機兵と乗り手をこちらに貸し出せ』の一点張りでございまして」


 緊急でスーデリオン砦都に用意された司令部は、元々が商業都市だった事もあってすぐには司令官を用意出来ず、やむなく軍属経験のある警備隊長が代行していた。

 ようやく重責から解放される訳だが、顔つきは暗い。彼としては街が戦場になる可能性を考えているのだろう。

 意見を聞きたいと同席を許されていた流狼だったが、首を横に振って向けられた視線に応える。


「王機兵は王都近郊で修復作業中だからどちらにしろ出られませんよ。それに、俺が向こうに行ったとして何をするのでしょう。帝国と終戦交渉をしているのではなかったのですかね?」

「同盟国である我が国が王機兵を得た事で、帝国を押し返す算段がついたとでも思ったのでは。どうもあそこの国は我が国を軽んじる気風があります」


 部隊長が丁寧語を使う事で、どうやら周囲も流狼が王機兵の乗り手である事を信じたらしい。視線に尊敬やら憧憬やらの色が混じる。


『あちらに協力するとなると、帝国と敵対する事になる訳だね。陛下はそこまでの許可を?』

「出す訳がありません!」

『だよね。終戦交渉が終わった訳でもないようだし、そんな最中に軍を出してこちらを恫喝するなんて。あそこの国王は何がしたいんだろう』


 肩に乗ったアルが言葉を発するだけで、周囲からおぉ、と声が上がる。

 王機兵の精霊たるアルにも同種の視線が向けられたが、表情がある訳でもないアルがどう思っているかは推し量れなかった。


「まあ、いくら何でも突然攻撃をしてくる事はないと思います。終戦交渉が終わる前にこちらと戦端を開く筈が」

『こちらを恫喝して反応を探っているのかな。帝国寄りなのか判断するって名目で』

「馬鹿馬鹿しい」

『とは言え、そうなると帝国が動かない理由もないね。十中八九、戦端を開かせにかかるはず』


 アルの言葉に、考え込む一同。

 と、何かに気付いたのか警備隊長が顔を上げた。


「トラヴィート王国を装ってここに何かを仕掛けてくると!?」

『心当たりが?』

「あります。数日前からトラヴィート王国の商隊を名乗る一団が入国したのですが」


 警備隊長の説明では、その一団は効率的な仕入れの為にバラバラに宿を取り、それぞれに護衛役として機兵を連れているという。

 確かに仕入れも行ってはいるようだが、効率的な仕入れと言うには長々と逗留しているのが気にかかるとも。


「だが、それだけの数では大した騒ぎは起こせないだろう」

『別の騒ぎを起こす連中も居るんじゃないかな。或いは、まだ到着していないか』


 何らかの事情で始動が遅れているのかもしれない。

 となると、街の警備隊は更なる緊張を強いられる事となる。


「分かりました。オルギオ様が援軍として見えるとのこと、それまでは我々輸送部隊が機兵を使って砦の周囲を哨戒する事にします」

『え』


 予想外、という声を上げたのはアルだ。

 部隊長は分かっていますとばかりに鷹揚に頷いてみせた。


「大丈夫です。ルウ殿とアル殿にご出陣を願うような事は致しません。ですが、今すぐお戻りを願ってもこの状況では逆に危ない。オルギオ様がお見えになるまで司令部近くでお休みください」

『あ、いや――』

「では急ぎ、部隊内で哨戒任務に当たる者を選抜しなくてはなりません。警備隊長殿、こちらのお二方に出来る限り快適な一室をご用意願いたい」

「もちろんです、お任せください。残念ながら景観は悪くなってしまいましたが、商都と呼ばれたスーデリオンです。最高の環境とご歓待を約束致しますとも」

「や、こういう状況ですので、お構いなく」


 流狼としてもそんな扱いをされては気が咎める。遠慮がちに断りを入れるが、


「流石にルウ殿は状況をよくお分かりでおられます。しかし、ご遠慮なさいますな。たった三晩ほどもロクな供応が出来ないなど、我々の沽券に関わりますゆえ」


 警備隊長は笑顔であるが、目が笑っていない。

 王機兵の乗り手を『戦時下だから』と無碍に扱ったと聞けば、他の商業都市からは物笑いの種になると言う。

 鬼気迫るその笑顔に押し切られ、流狼は頭を下げた。


「せめて、お手柔らかに」


 道場育ちの彼は、贅沢な扱いを受ける事につくづく慣れていないのであった。







「なるほど、容易には行かんか」


 林の陰から、男がぼそりと呟いた。

 砦の周囲を哨戒し始めた機兵達。二機ずつが等間隔に砦の外壁周りを見て回っている。

 夕刻が近づき、少々の動きでは捉えられなくなってきた時点で、彼は周囲に潜む部下達に声をかけた。


「今夜決行する」

「了解。しかし、大丈夫なのですか?」

「さあな。だが我々は与えられた役目を果たすまで」


 頷く気配に満足して、指示を出す。


「夜間用の迷彩を施しておけ。こちらの機兵が鹵獲されるのは避けなくてはならん」

「壁の爆破はドスの役目だったな? 間違えて俺達まで巻き込まないでくれよ?」

「そ、そんな事しない」

「ああ。頼んだぞ、ドス」

「う、うん。隊長。俺、頑張る」

「では各自、時間までしっかり準備と休息を取っておけよ」


 会話が夕刻の静寂に溶けていく。

 樹上で砦を観察する男の下には、小柄な機兵が長く生えた草木の中に伏せているのが見える。

 しかし色合いは風景に混じり、余程近づかなくては気付かれないような状態だ。


「『迷彩変更』」


 男が呟くと、機兵の色が紫がかった色に変わっていく。

 程なく日は暮れ、今度は夜の闇に機兵が同化してしまった。


「夜照星も隠れているな。益々良い」


 男達は夜が更ける迄、静寂にその身を溶かして時を待つのだった。


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