重王機の章

第四十六話:王たる機兵は真なる主を選び

 ラトリバードはちょう王機おうきエトスライアの中で、敵陣の最前線で暴れ回る機兵をじいっと見つめていた。

 似ているのだ。

 意匠を似せたというだけではない。分厚い装甲と、突進の重さと威力。明らかにエトスライアに似せている。

 こちらが持っていない、巨大なハンマーを振るって近づく機兵を薙ぎ払う様子を見て、ラトリバードは直感した。


「あれは俺のものだ!」


 機体の大きさに比べて、ハンマーは更に一回り大きく見える。

 エトスライアに似せているだけあって、大型の機兵ではあるのだが、やはりエトスライアよりも機体自体は小さいのだ。

 となれば。


「あれに乗っている奴を殺せば、俺がこの機兵の正式な乗り手になる……そうに違いない!」


 ラトリバードは堪えきれずに笑みを漏らした。

 その予測に根拠はない。しかし、否定するものがいなければそれは彼にとっての真実である。

 たとえそれが、虚像でしかなかったとしても。


「どけえ、貴様ら! あれは俺の獲物だ!」


 エトスライアを駆けさせる。震動が自らの体をも揺するが、ラトリバードは魔術によって自分の肉体を強化することでその衝撃に耐える。


「さあ、俺の手で死ね!」


 浸透衝撃。

 ラトリバードは突進の勢いのまま、特注の巨大杖をその機兵に叩きつけた。


『……不躾な殿方ですね。名乗りもせずに浸透衝撃とは』



 杖の一撃は、ハンマーの柄によって阻まれる。

 同時に発動したはずの浸透衝撃は、しかし乗り手に届いていないようだ。


「浸透衝撃が……?」

『魔術の理論さえ分かれば、対応は出来るのだそうですよ?』

「何を馬鹿な」

『まあ、いいでしょう』


 機兵から放たれた女の声。凛とした声。美しい声。


『私の名はエナ・ブルヴォーニ・エトスリオ。今は無きエトスリオ領の遺児にして重王機エトスライアの正統なる乗り手。邪法にて操られるエトスライアを、今この場にて返していただきましょう!』

「ふ……」


 一瞬、それに納得してしまいそうになる。それ程に確信に満ちた言葉だった。

 だが、ラトリバードはそう思ってしまいかけた自分に激発した。


「ふざけるなぁぁぁっ!」

『品のない』


 鋭く振り抜かれたハンマーが、機体に直撃する。


「ぐぁっ!?」


 凄まじい衝撃が全身を襲う。機体が浮き上がり、傾ぐ。

 倒れそうになるのを何とか立て直し、杖を叩きつける。ハンマーに当てたから駄目だったのだ。ならば機体に直撃させれば。


『させねえよ、バァカ』

「何だ!?」


 死角から撃ち込まれた魔術が、杖ごと腕を跳ね上げる。

 見ると、緑色に染め上げられた機兵がこちらに走り込んで来ている。


『ラケスの緑獣、エトスリオ機士団団長、ティモン・アウ・ラケスだ。とっととお嬢に機体を明け渡しやがれ』

「貴様もかぁっ!」


 狙いを変えて振り抜かれる杖を滑らかな動きで躱しながら、短剣を関節部に突き入れてくる。


『硬いな……! お嬢、こっちの出力じゃ駄目だ』

『予想の範囲です。タイミングを合わせなさい!』

『了解っ』


 一旦少しだけ距離を置き、じりじりと動く二体の機兵。

 見れば、他の機兵もこちらを包囲し始めている。

 こちらを手伝おうとする者がいないのは、王機兵への信頼か、それとも自分への隔意か。


「上等だ、てめえら」


 ならばこそ、示さなくてはならない。


「全員、ただの血だまりにしてやるぁ!」


 エトスライアが杖を上段に振り上げ、そのまま振り下ろす。


『っ!? ティモン、跳びなさい!』

『お嬢!?』


 気付いたのは二機、しかも最も厄介な二機だ。

 が、委細構わずラトリバードは魔術を発動する。


「大浸透衝撃!」


 地面に魔術の効果が伝播し、周囲に迸る。

 吹き上がる魔力の塊は、絶望的な破壊をその範囲に振りまいた。


『ぐぱっ』

『がぽっ』


 声ではない、音が響く。

 エトスライアを攻囲していた機兵たちの内部から放たれたその音は、浸透衝撃による生体の破壊に他ならない。


『何てことを……』


 ぐらぐらと地面も揺れて、機兵たちが力なく倒れ伏す。

 ラトリバードは杖を肩に担ぐと、衝動のままに笑い声を上げた。


「がはははははっ! そうだ、これだ! これでいいんだ!」


 そうだ。自分は見下ろす側なのだ。踏みにじる側なのだ。こうでなくては。


「俺の名はラトリバード! 女、貴様を殺してエトスライアの正統な乗り手となり、この世に英雄として名を遺す者だ!」

『……成程、招かれ人というのもそれぞれなのですね』


 ラトリバードの名乗りに、エナと名乗った女はぽつりとそう呟いた。


「ふん? 怖気付いたか?」

『いいえ。ルゥロ様と比べると、随分と品性が足りていないようですから』

「あぁ!?」

『我が国におられる、拳王機の乗り手様はあなたと同じ招かれ人ですけれど……』


 ふっ、と鼻で笑う音。


『人品爽やかにして世人に愛され、何をしなくとも英雄の器を示しておられます。行動などで証明なさらなければ認められないような『えいゆうさま』とは、残念ながら格が違いましてよ?』

「……殺す」


 殺意は最初からあった。だが。

 視界が赤く染まり始める。怒りと憎しみが殺意を補填していく。


『あんまり挑発がすぎると危ないっすよ、お嬢』

『あら、挑発などしていませんわ?』

『……あぁ、そっすね。そういや、ずっと本当のことしか言ってなかった』


 ラトリバードの内部で、すべてが弾けた。






 王都リエネスの訓練場から、シエド・トゥオクスは修理工場へと移送された。

 シエド・トゥオクスは両腕と両足を損失し、動くことはできそうにない。

 報告を終えて手の空いてしまったサイアーは、ひとまず診察を受けるべく診療室に向かって歩いていた。

 流狼がいなければ死んでいた。そう思うと、何やら背筋が寒くなる。


「そういえば師匠ルーロウに助けてもらったのはこれで二度目か。……何だか出撃するたび助けてもらっている気がするなあ」


 それにしても、強い機兵だった。姿を消したシエド・トゥオクスを音と視線だけで察知するなど、エネスレイクの誰もできなかったことだ。

 流狼とは知り合いだったようだし、あるいはあの乗り手は帝国に渡ったという彼の親戚だったのかもしれない。

 それにしても、流狼といい親戚といい、彼の元居た世界というのはああいった人間の巣窟なのだろうか。


「サイアー!」

「エリケ・ド!」


 診療室の前まできたところで、サイアーは考えるのを中断した。走ってきたのがエリケ・ドだったからだ。


「どうしたんだい、エリケ・ド? そんなに慌てて」

「だって……。あなたの機体が、あんな姿で」


 どうやら回収されたシエド・トゥオクスを見たらしい。無惨に破壊された機体を見てしまえば、乗り手が心配になるのも無理はない。


「心配いらないよ、エリケ・ド。ルーロウが助けてくれた。僕は無事だけど……念の為に検査をと言われてね」

「そうなのね、良かった……本当に」


 つう、と涙を溢れさせるエリケ・ド。この世界に来た当初は何かあるたびに涙を流していた彼女だったが、最近ではほとんど涙を見ることはなかった。

 何となく懐かしくなりながら、サイアーはエリケ・ドの頬を撫でて涙をぬぐう。


「心配しないで欲しい。エリケ・ド、僕は君を遺していなくなったりはしないよ」

「……うん。信じているわ、サイアー」


 ふたり、じっと見つめあう。

 自然と顔が近づいていく、が。


「あのさ。入口の前でそういうことをされるのはちょっと困るんだよね」

「……あっ!」


 二人が触れ合うことは残念ながらなかった。

 じっとりと粘着質な視線で、診療室の窓からこちらを見る人物が声をかけてきたからだ。


「す、すまないねアースリン先生。連絡は来ていると思うんだが」

「聞いてるよ。悪いけど急いでくれるかい。これから忙しくなるんでね」


 気恥ずかしさに顔を赤くしながらサイアーが告げると、アースリンと呼ばれた医師はぶっきらぼうに答える。


「忙しく? でも、戦況はまだ――」

「聞いていないかい? 例の帝国の王機兵の乗り手。正気を失っているようでね、しばらくここで面倒を見ることになっているんだ」

「牢屋に入れるとかじゃなくて、かい?」

「あのねえ。そしたらアタシが毎日牢屋に通わなきゃならないじゃないか」

「ああ、成程……」

「それに、あれは師匠の命を狙った敵だろう? 牢屋なんて密閉された空間でそんなのと二人にされた日にゃ、アタシゃそいつをどうしてしまうかわからないぞ」


 王都リエネスには元々流狼のファンを公言する者は多いが、特に城勤めや軍属はその傾向が強い。

 軍医であるアースリンは、流狼のファンというだけでなくサイアーの妹弟子でもある。

 王機兵の乗り手である以上、エネスレイクという国にしてみれば人質としての側面も見逃せないポイントだ。

 帝国との戦争の理由が流狼であることもあって、王国内の帝国憎し・帝国の王機兵憎しの機運は極めて高かった。


「他の連中が言うのはともかく、先生がそれを言ってどうするのさ」

「ま、それは冗談としてもだ。ただでさえ目を焼かれて何も見えなくなって、そこからずっと恐慌状態らしい。……っと、ほら。聞こえてきたろ」


 何やら遠くからぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえてくる。

 サイアーが視線をそちらにやっている間に、アースリンがこちらに手をかざしてくる。


「……ふむ。氣の乱れも魔力の乱れも血流の乱れもないね。正常正常。じゃ、本当に悪いがアタシゃあれの相手をしなきゃならんのよ。これ、診断書な」

「あ、ああ。ありがとう先生」


 疲れたような溜息をつくアースリンから書類を受け取り、サイアーはエリケ・ドに声をかけた。


「エリケ・ド。行こうか」

「……うそ」

「エリケ・ド?」


 エリケ・ドはサイアーの声が耳に入っていないようだった。顔を声の方向に向けて、何やら小刻みに体を震わせている。

 声は段々と近づいてくる。角を曲がって、何かを運ぶ一団が見えた。担架だ。


「……何で、何であのひとがここに」

「ヒィィィィッ!? やめろ、やめろ! 俺をどこに連れて行くつもりだ!? 嫌だまだ死にたくない、死にたくないいっ!」


 担架に縛り付けられ、あらん限りの声で騒ぐ男。

 力の限りに暴れている横では、魔術師が眉をひそめながら魔術を行使している。

 おそらく眠りか沈静の魔術なのだろうが、効いているようには見えない。


「まったく、うるさいなあ……。ちょっとダダイン! どうして遮音の魔術を使わないんだい!?」

「済まないね、先生! 遮音を使ってこれなんだよ!」

「はぁ!?」


 サイアーはちらりとサングラスをずらして魔力の動きを見る。

 確かに魔術は発動している。だが、男の口から放たれる魔力がそれを押し流していた。


「迷惑だなあ。……こいつ、声が魔術になってる」

「ああ……そういう。ダダイン! 魔術を封じてごらん!」


 わずらわしげに片耳を押さえながら、アースリンが吼える。成程、声が段々と大きくなっているように感じるのは近づいてきているからだけではないらしい。

 ダダインと呼ばれた青年が頷いて魔術を変えると、途端に声が小さくなった。封印の魔術を使ったせいで遮音の魔術は効果を終えたらしく、小さくなったとはいえ騒ぐ声が聞こえてくるのは難点だが。


「ふう、落ち着いたね。エリケ・ド、行こう?」

「……シー・グ」


 ぽつりとエリケ・ドが呟いた。

 王機兵に乗っている招かれ人であるならば、知り合いだったとしても不思議はないが。

 と、男がぴたりと動きを止めた。

 濁った白の瞳をこちらに向けて、満面に笑みを浮かべる。


「エリケ・ドぉ。お前もこの世界に招かれていたんだな」

「あ、う……ああっ」


 サイアーが振り返ると、エリケ・ドは両目から涙を溢れさせていた。

 

「知り合いかい、エリケ・ド?」

「エリケ・ド、どうした?」


 シー・グと呼ばれた男が、優しく声をかける。

 サイアーはエリケ・ドの腕を優しく掴んだ。そうでないと、彼女が崩れ落ちてしまいそうだったからだ。


「す、すみません……シー・グ」


 エリケ・ドは確かに涙を流していた。

 恐怖に凍りついた表情で。


「様はどうした、この愚図が」

「シー・グ、様」


 歪み切った笑みを浮かべたシー・グが、そのまま命じる。


「ならば主人として俺が命じるぞエリケ・ド。この縄を解いて、俺を解放しろ!」

「そんな……そんなこと」

「奴隷がぁ! 主人に異を唱えていいと思っているのかぁ!?」

「ヒッ!?」


 びくりと身を竦ませるエリケ・ド。これではまるで最初に会った時のようだ。

 彼女が絶えず涙を流していた理由を、世を諦めていたように見えた理由を。サイアーはこの瞬間に理解したのだった。


「黙んなよ」


 エリケ・ドを守ったのは、サイアーではなくアースリンの方だった。

 シー・グの顔面に掌を叩きつけて、魔術を撃ち込む。


「うがっ!?」


 気絶した様子のシー・グをひと睨みしてから、アースリンはサイアーに目配せしてきた。

 サイアーは頷いて、エリケ・ドの手を優しく握る。


「行くよ、エリケ・ド」

「……ぁ……サイアー?」

「うん。……行こう」

「で、でも……」

「いいんだ。大丈夫」

「……うん」


 この場では何を聞く必要もなく、何を言うつもりもない。サイアーは無理にならない程度にエリケ・ドの手を引いて、この場を後にするのだった。






 流狼が目を覚ました時、その全身に感じられたのは浮遊感だった。

 まるでジェットコースターに乗った時のような。どこかから落下しているのかと体が誤認して、全身に思わず力が入る。


「うっ!?」

『マスター、起きたかい?』

「アル!? ……俺は気絶していたのか?」


 周囲を見回せば、見慣れたアカグマの操縦席の中だった。

 アルは流狼の前をふわふわと横切った。浮いている。


「状況は!? 俺たちは負けたのか?」

『負けた……といえばそうかもしれないね』


 アルが困ったように腕を組む。後ろからラナが流狼の前にやってくる。こちらもアルと同じように浮いている。


『クルツィアに乗っていた帝国の皇子が使ったのは、送還陣……相手を元の世界に放り出す魔術よ』

「送還陣……でもそれは」

『この世界の魔術師が作ったやつだよ。欠陥があったのが確認されたので、資料も含めてすべて破棄された。でも、間違いない。これは当時存在していた送還の魔術だ。唯一データが残っているのはボクたちのメモリーの中だけ……のはずだった』


 王機兵の誰かが裏切った、とはアルも言わなかったし、流狼もそこは疑っていなかった。

 アルは言葉を続けることなく、操縦席の外壁に触れた。


『マスター、びっくりしないようにね。気密とかは完璧だから』


 と、周囲の景色が目に映る。


「あれは……」


 遠くに見える、青い星。

 上下左右、黒ときらめく光。


「ここは、宇宙か……」

『うん。マスターが寝ている間に随分と流されたけど、たぶんマスターが召喚された地点の辺り』

「宇宙にいた覚えはないんだけどな」

『マスターが招かれた時、マスターの母星はその位置にあったんだよ』

「こりゃ確かに大欠陥だなぁ……」


 送還陣の欠陥がどういうものかを、身をもって理解させられたわけだ。

 と、アルが流狼の眼前にやってきた。それと同時に、映っていた周囲の様子が消える。


『それでね、マスター』

「ま、あの星のことは今はいい。アル、戻る方法は?」

『え?』


 アルの言葉を遮って、流狼はアルに問う。その意味を間違って理解したとは思えない。だが、予想外だったのだろう。


『マスター、あそこにはマスターの星があるんだよ』

「……違うよ、アル」

『え?』

「あそこは確かに俺の生まれた星かもしれない」


 瞳を閉じて、思い浮かべる。生まれてから十六までを過ごした日々を。

 今もって蘇る、色鮮やかな思い出。しかし、今の流狼にとって、より大切なのは故郷の景色ではなかった。


「だが、俺が戻るべき場所は、今はもうあの星じゃない。みんなが、俺の為に戦ってくれているんだ。俺たちはエネスレイクに戻らないと」

『……ほらね、アル。あなたのマスターなんだもの、こう言うに決まっているじゃない』

『でもさ、ラナ』

『それに、分かってるでしょ。アルカシードならともかく、アカグマの出力であの星に追いつくには出力が絶対的に足りないわよ』

『ボクのボディに残存しているエネルギーと、星の重力に引かれた小惑星あたりを捕まえられれば……』

『それでも、よ。到達する前にルロウさんの命が燃え尽きてしまうわ』

『うぐ』


 アルが言葉に詰まる。

 流狼は苦笑を浮かべると、何やら恥ずかしそうにしているアルに確認する。


「で、俺は何をすればいい?」

『取り敢えず、マスターはしばらく休んでいて。感応波のある限り呼吸は問題ないけど、体力の消費まではどうにもならないから』

「ああ、分かった」

『ラナ、ボク達は魔術の痕跡を確認しよう。出来るだけ早く戻らないと』

『そうね。誤差が出ないようにしないと』


 どうやら出来ることはないらしい。流狼は小さく息を吐くと、瞳を閉じた。


『アル。観測する限り十五時間以内にアカグマに直撃する小惑星は存在しないわ』

『そっか。取り付ければ魔術陣の展開も出来ただろうに、残念だね』

『ええ。魔術の痕跡はどう?』

『ちょっと待ってね……よし、捉えた。あとはこれを追跡していけば』







 王都リエネスにある、士官学校にフォーリ・セロはいた。

 未来の士官を目指す少年少女とともに、フォーリは勉強と訓練を続けていた。

 一年以上経った今では、彼は不幸な招かれ人などではなく、既に一人の士官候補生だった。


「おい、スーデリオンの話、知っているか?」

「勝ったんだって? セロ、ユギヌヌ先生が立てた作戦が当たったらしいぞ、異界の戦術というのはすごいんだな」

「ぼくに言われても困るよ、ユーク、レギット。前にも言ったと思うけど、元の世界ではスラムの孤児だったんだ。ルローさんやクフォンさんみたいに特殊な技能があるわけじゃない」

「くうっ! ルウ様を名前で呼べるだけでも特別なんだよ、このっこのっ!」


 気心の知れた仲間も出来た。

 エネスレイクで暮らす日々は、食べることにも難儀していた元の世界の頃と比べれば天国のようだ。仲間もいたにはいたが、権力から身を守るためには平然と互いを売るような関係だった。こちらで出来た仲間たちは、心から背中を預けることができる。

 帝国の連中が、元の世界で幅を利かせていた権力者たちと同じように見えたから、フォーリはエネスレイクを選んだ。

 その選択は間違っていなかったと、今だからこそ言える。


「ほら、騒ぐのはそこまでだ。ユーク候補生、その情報は機密だったはずだが?」

「教官殿!? いえ、あのですね……」

「おおかた兄上殿からの情報だろう。いかんぞユーク候補生、誰から流された情報かすぐに分かってしまうようでは」

「いっ」


 入ってきた教官が、苦笑いしながらユークを叱る。

 周囲も笑いを漏らすが、講義が始まると誰もが自然と表情を引き締めた。


「ユーク候補生からの情報もあった通り、先日のスーデリオンで我が軍は大きな勝利を上げた。しかし、ユギヌヌ特別戦術顧問から、この戦術は良くない戦術だったからしっかりとその問題点を教えるようにと伝達が来ている。今日はちょうど良いからその辺りから――」


 と、窓の外から強い風が吹き込んできた。同時に、表から悲鳴じみた声が聞こえてくる。


「何だ!?」


 教官が誰よりも早く窓に取りつく。風は止んでおらず、生徒たちは教科書を押さえたり教官と同様に窓に向かったりと思い思いに対応している。

 フォーリは窓に向かった一人だった。


――我が主たる資格を持つ者よ。


 その耳に、叩きつけられる強烈な声。

 思わず耳を押さえるが、周囲は騒ぐばかりで声が聞こえた様子はない。

 校庭から巻き上がる砂煙のせいで、向こうの様子はほとんど見えない。機兵だという叫び声が聞こえているが、いったい何が起きているのか。


――我が名はクルツィア。我が名を呼べ。我の主たる証を示すのだ。


「クル……ツィア? クルツィアっていったらたしか、帝国の」


――我が名を呼んだな、我が主よ。


「えっ」


――今度はそちらが私に名を示せ。契約だ。王機兵が一、翼王機クルツィアは真なる主を求める!


「真なる、主……」


――そうだ、主よ。帝国の奴ばらは我が主たる資格を持たぬ。この大地で我が主はたった一人。さあ!


「僕の名を教えれば、君は仲間たちを……この国を守る力となってくれるのか」

「お、おい……セロ?」


 突然独り言を言い始めたフォーリに、隣にいたレギットが声をかけてくる。

 だが、フォーリはそちらに答えている余裕はなかった。


――主が心からそれを望むならば。


「……分かったよ、クルツィア。僕の名はフォーリ。フォーリ・セロだ! 僕に力を貸してくれ!」


――承った、我が主よ。


 瞬間、フォーリの体が光に包まれる。

 校庭から吹く風が止み、フォーリに向けて緑色の光が差し込んできたのだ。

 強い光に思わず目を閉じる。


「あれは……機兵!」

「翼があるぞ、空を飛んできたってのか!?」

「翼のある機兵だって!? まさか、あれは――」


――契約は交わされた。我が主フォーリ。私のことはルッツと呼んでくれたまえ。


「分かったよ、ルッツ!」

「セロ!」


 レギットの声が聞こえた。

 フォーリが目を開くと、そこは見知った教室の中ではなく。


――ようこそ、我が主フォーリ。さあ、君だけの特別を始めよう。


 自分が乗り込んだことのある機兵の操縦席とは似ても似つかない、しかし操縦席であると分かる空間の中だった。

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