第21話

「なんだよあれ……」

 あちこちで次々に上がる炎を唖然として見ながら成基が漏らす。何が起こっているのかは彼らには判らない。だがそれはこの戦いに関係のあるものだろう。平和だったこの住宅街が少しずつ廃墟へと変貌しつつある。

「あれは……ふっなるほど。侑摩ここは遥香に任せて帰るよ」

「明香姉、でも」

「大丈夫さあいつなら」

「…………分かった」

 侑摩はあまり乗り気じゃなさそうに見えたが明香に従い身を翻す。

「おい……」

 それを追いかけるために成基が叫ぼうとしたところで不意に右肩を軽く叩かれために追いかけるのを中断して振り返る。

「何で止めるんだよ!」

 振り返った先に美紗の姿があり、うっと詰まりかけるがどうしても怒りを抑えきれない成基は意思をははっきりと示す。

 しかし感情的になって焦る成基とは対照的に美紗はいつも通り落ち着いた様子で冷静に指を指して言い放つ。

「今は明香達よりあれをどうにかしないと」

 美紗の指が示す先は当然街の至るところで立ち上がる炎。今のその炎は少しずつ増えつつある。

 成基自信も嫌な感じがしていた。明香と同じような力が動いていることに。それにこのままでは街が廃墟と化すのも時間の問題だ。

「分かった」

 他の二人も頷き、四人は何かが起こっている場所へ向かった。


 辺りは少しずつ暗くなり、暑さが和らいできた空を翔ぶ四人に夕食の準備に取りかかる家庭から漂う匂いが空腹を意識させる。しかしそれは彼らにとって苦にならない。それより先にどうしてもしなければならないことがあるのだから。

「あれだ」

 焦燥する四人の前にようやく人影が見えた。その人物から何か光が窺える。正確には手に持っている物から。近付くにつれてその様子がはっきり見えて剣から炎が出ていることを視認した。

 その人物の前に立ちはだかる人影がさらに一つ。その人物は外傷こそ負っていないように見えるが見るからに体力的には限界が近いのだろう。

「是夢!」

 両手の拳を強く握り締め、成基はその人物の名を叫んで残りの距離を一息に詰めた。

「成基! ちょっと落ち着きなさいよ! ……もう!」

 芽生が少し愚痴を洩らし、他の二人は無言で後を追う。


 成基は遥香を牽制しようと弓を実体化させた。

 しかし自分が今弓を引くことが出来ない状況であることを思い出して、自分が何も出来ないもどかしさに血が滲みそうなぐらい強く唇を噛み締めて是夢と遥香の間に入り込む。

「是夢大丈夫か!」

 思わぬ乱入者に是夢は目を大きく開いて驚愕する。

「成基!?」

「だけじゃないわよ」

 さらに他の声が聞こえてきたことにさらに驚く。

「芽生、みんな!」

「これはどうなってるんだ。遥香は何をした?」

 翔治が剣に炎を宿して無表情で冷酷な姿の遥香を横目に見て訊ねる。

「これは遥香の、《希望の一撃レゾリューション・ブロウ》だ。急にあいつが覚醒しやがった。あいつの一撃はすごく重くて攻撃を防げないし、躱すと今度は火を飛ばして街を破壊される。どうしようもないんだ!」

 成基達が話している間にも遥香はどこかを見据えるようにして立っている。その様子からは感情の欠片も窺えない。殺人兵器にしか見えないその姿は恐怖すらも与える。

 そんな彼女を見て成基は考える。

 攻撃は重くて弾くことは不可能。だからといって躱せば街を破壊させてしまう。この状況を打破するためには何が必要なのか。何をするべきなのか。どうすればいいのか。

「やるしかない」

 成基の出した答えは………。

「数的有利を最大限利用して遥香が剣を振れないように連続で攻撃する!」

 成基の判断に美紗、翔治、芽生が頷く。そして体力的に限界が近いであろう是夢も力強くゆっくりと頷く。

「行くぞ!」

 五人の中で一番指揮を執る側である翔治の合図で五人が同時に動いた。

 まず先陣を切ったのは翔治。右から水平斬りを繰り出してからその勢いに乗ったまま回転斬りをする。それも避けられると両手で握っていた剣を右手に持ち変えてもう一度回転し、そのまま遥香に突き出す。

 遥香が少し後退したところで今度はその背後から芽生が斬りかかる。しかし遥香は背後から来ることが分かっていたかのように反転して剣を弾く。

 一連の攻撃が終わる直前に遥香の上から是夢と芽生が同時に剣を振りかざす。だが遥香はすぐさま振り向いて剣を強く振って返り討ちにする。

「うわあぁぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁぁ!」

 飛ばされた二人が悲鳴をあげる。問題はそれだけではない。遥香が剣を振った拍子に炎が凄まじい勢いで空中に放たれた。幸い今回は地上に向けて振られたわけではなかったために被害は出なかったが、一歩間違えれば街の壊滅を進めてしまう。

「もう終わりか」

 二人が飛ばされている様子を最後まで見届けずに遥香はつまらなさそうに呟いた。

「まだだ!」

 彼女の死角から成基が飛び出すと止まることなく矢を放つ。

 彼の弓は夕闇に一閃してすぐに消えた。その様子から矢は遥香を射抜いたかに思えた。

 強い光で眩んでいた目が回復するとそこにいたはずの遥香の姿はなかった。

「嘘だろ!?」

 彼は不思議と右腕の痛みは微々たりとも感じなかった。つい先程弓を引けないことを意識したのにもうそのことを忘れ、遥香を倒すことだけに集中している。

 その目的の人物の姿が見えなくなり、直感で避けられたと判断したが、念のため彼は射抜いて遥香が落ちている可能性を確かめるために下を見た。しかしそこには予想通り遥香の姿はなかった。

「どこだ……?」

 遥香を見失ったのは成基だけではなく彼の仲間全員が同じらしく、辺りをキョロキョロとしている。

 成基も周囲を見回したがどこにも遥香の姿は見当たらない。どうしようか考えていたその時、彼の中にある考えが閃いた。

 空は暗くなりつつある。だから遥香の剣に纏った炎は目立つはず。それが見えないということはあまり近くにはいないということだ。つまり、僅かに赤く光る場所に遥香がいる。

 成基は一度目を閉じて集中力を高め、ふうっと息を吐いて目を開ける。そしてその目を細め、広範囲が見えるようにする。

 そのまま十数秒後、少し上方から赤く小さな光が見えた。

「来る……」

 成基の武器が剣ではなく弓であるため簡単には敵の攻撃を防ぐことはできない。だから彼は弓を横に持ち、両端を握って真ん中で斬撃を受けれるように持ち変えた。

 彼が身構えた瞬間閃光のごとく遥香が迫ってきた。みるみる姿は大きくなる。

 しかしここで彼は異変に気付く。無表情で常に正面を見据える遥香の視線が成基に向いていない。つまり狙いは彼ではなく他の四人のうちの誰か。

 よく見ると遥香が狙っているのは彼の右上にいる人物。その視線を追って成基が顔を向けると標的にされていたのは美紗だ。

 だが、その本人含め、他の四人の仲間もそのことに気付かない。

「美紗! 危ない!」

 成基が叫ぶがその声は届かない。

 もう目前まで遥香が迫り後数秒美紗に剣を振り下ろそうというところまで来た時、成基は叫ぶよりも先に体が動いた。

 寸前のところで美紗を庇うように彼女の前に入り、振り下ろされる剣に合わせて弓を上に出す。

 火花が散り、受け止めたと思ったのも束の間、すぐに上から強い重力で押されたかのように物凄い勢いで落下した。

 一瞬全員が驚愕に染まり動けなかった。目と口が開き呆然としている。

 その沈黙を破ったのは真っ先に我に返った美紗だ。

「成基!」

 彼女が叫んだ時には既に、成基は地面に落とされて土煙をあげていた。

 美紗以外何が起こったか分からず、誰も行動をとれずにいる状況の中、その土煙が晴れるよりも先に土煙が僅かに風に吹かれたかのように動いた。しかし今風は微塵も吹いてない。

 直後、土煙の中から一筋の光が土煙を割り遥香に向かって飛来した。

「何……!?」

 珍しく遥香が焦りの表情を見せた。そしてすぐに回避しようとしたが行動が遅れ左肩を掠めて血が流れる。

「成基大丈夫!?」

 いつの間にか自分を取り戻していた芽生が叫ぶ。

「ああ、大丈夫だ。なんとかブレーキが間に合った。それより一つわかったことがある」

 美紗や翔治達のいる場所まで戻ってから遥香には聞こえない程度の声の大きさで続ける。

「あいつの剣の火は消える。剣を受け止めたときに火が空気抵抗で少し小さくなった」

「遥香の剣の火を消せればもう大したことはない」

 先程まで遥香と戦っていた是夢が体験談を簡単に話す。

「遥香の《希望の一撃》は《火》なんだ。火が消えれば《希望の一撃》ではなくなる。素に戻った遥香は強くない」

「でもさ……」

 話を聞いていた芽生が言いづらそうに切り出した。

「どうやって火を消すつもり? この辺に水なんてないわよ?」

「うっ……」

 ここは街中の住宅街であるために当然海や池、川のような水の多くある場所はない。感じたことを何も考えずに言った成基は答えにつまってしまう。

 そんな彼に美紗が助け船を出した。

「それなら問題ない」

「えっ? 火を消す方法があるのか?」

「粉塵爆発を起こすの。粉塵爆発の勢いであの炎は消えるはず」

「粉塵爆発ってどうやって? 小麦粉とか砂糖みたいなものは無いぞ?」

「大丈夫。小麦粉とかじゃなくてもアルミニウム粉で出来るから」

 さすがの秀才ぶりを発揮して成基達を感嘆させる。

「成基、公園からアルミ缶を取ってきて」

 成基に指示を出した美紗はこれ以上被害を増やさないために遥香の気を引いて時間稼ぎに出た。

 逆に指示された成基はいつもの公園に向かって下降した。

 その途中彼は家の近くまで帰っている千花の姿を見た。もうここまで帰ると後は安全だなと安堵して公園に降り立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る