第11話

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「明香姉。どうするんだい?」

 田上市内のとある建物の中で、いつもと変わらぬ口調で喋る黒髪に茶色の瞳を持つ少年、篠瀬侑摩しのせゆうまが柱にもたれて言った。

「何がさ?」

 侑摩の言葉に言承けしたのは紫色のロングヘアーで薄紫の瞳をして、まだ少女のあどけなさが残る顔立ちをしていながらもそれとは裏腹に声音は大人のような響きを持つ少女、沼隈明香ぬまくまさやかだ。

「次はいつ攻めるんだい?」

「さあな。だが、後数週間であいつらの体育祭だと聞いた。そこを狙えば…………」

「なるほど。さすがは明香姉。楽しみにしてるよ」

 侑摩は満足そうに歩き去っていった。その背中を見ていた明香は不敵な笑みを浮かべて呟いた。

「侑摩だって保険をかけてるだろうに」




 成基は学校が終わると、放課後の体育祭の準備を、体調が優れないから、と欠席し制服のまま途中の駅で降り、そのまま曖昧な記憶の糸を手繰り寄せながら美紗と翔治の家に向かった。

 何とか家に到着すると早速チャイムを鳴らす。

「入って」

 間髪いれずインターフォン越しに美紗の声が聞こえてくる。

 今日美紗は風邪ということで学校を休んでいたが、本当は翔治の傍にいたいというのが理由だ。

 そのことに関しては成基も何も言うまい。彼も同じように様子を心配し、美紗の家の扉を開けて入っていく。

「おじゃまします」

「こっち」

 美紗の声がしたのは玄関から上がってすぐにある扉の向こうからだ。成基は部屋と廊下を隔たるその扉を開く。

 そこにいたのは美しい美貌の持ち主の美紗ともう一人、昨夜重傷を負って意識を失っていた整った顔立ちをして美少年と言うに相応しい容姿の翔治がベッドの上で上体を起こして待ち構えていた。

「翔治! 大丈夫なのか?」

「ああ、心配かけたな」

 成基は翔治の意外に素直な態度に少し驚きはしたがすぐに切り替える。

「ならよかったけど」

 部屋の中を見回した時に昨日は気付かなかった写真たてを見つけた。写真たてに飾られている写真は三十代から四十代の男性六人と小学生くらいの少年と少女が晴れ渡った青空を背景に写っている。

「この写真は?」

 ゆっくりと写真の側へ歩み寄ってじっくり眺める。

「それは四年前に起こった第一次大戦の時の光のセルヴァーだ」

 体が治りつつあるがまだほとんど動けない翔治が答え、成基は振り替えって翔治を向く。

「どうしてそんなものがここに?」

「その時の神の遣いが俺の父だからな」

「えっ?」

 別に聞き逃したわけでも理解できなかったわけでもないが驚いた成基は写真と翔治を交互に見ながら思わず聞き返した。

「じゃあこの写真に写ってる子供二人は…………?」

「俺と美紗だ」

 淡々と答え続ける翔治に成基は驚きを隠せなかった。大方予想はついていたがこう本人に言われると驚嘆してしまった。

 翔治と美紗の二人は二年前からもうセルヴァーに関わっていたのだ。そして翔治は父の後を継いだということになる。

「懐かしいな……小宮貞文さだふみ達のいた頃が」

 翔治がぼそっと洩らした呟きにまたしても驚愕した。普段何を考えている翔治の言葉にではない。翔治が口にした《小宮貞文》という名前にだ。

「何で俺の父さんの名前が出てくるんだ!?」

「父さん? …………………なるほど。そういうことか。お前の父だったか」

 最初は首を傾げた翔治だったがすぐに理解したらしく、納得した様子で続けた。

「お前の父、小宮貞文は第一次大戦中光のセルヴァーとして戦っていた。この世界を守るために」

「俺の父さんが…………光の、セルヴァー…………?」

「あぁ。彼はセルヴァーの中で一番強く、彼の活躍のお陰で光陣は第一次大戦に勝利した」

「ちょっと待てよ、俺の父さんは二年前に病死したんだ! おかしいだろ!」

 確かにそのはずだ。二年前に病死したと病院から電話が入り、成基もしっかりその遺体も見た。貞文は死んでいるはずだ。

「それは違うな。お前の父は最後、闇の遣いが自爆し、それに俺の父も含めて光のセルヴァー全員が巻き込まれ、結局は相討ちとなったのだ」

 尚も淡々と告げられる事実に成基は新たな疑問を浮かべるだけだった。彼は解らないことに対して少しずつ感情的になっていく。

「じゃあ病院からの電話は何だったんだ! ちゃんと遺体も見た!」

「それは光のセルヴァーの協力者だ。建物も病院を装っただけのものだ。遺体に関しては傷をある程度治した上で成基に見せた」

「そんな…………」

「彼は最後に言い残してた。息子にはこのことを伝えないでほしい。普通に生きさせてほしい。って」

 美紗の伝えた貞文の遺言を聞いて成基は感慨にひたった。最後の最後まで自分の息子のことを想ってくれていた。

「翔治と北条はお前らの父さんの意思を継いでるんだよな?」

「ああ」

 翔治ははっきりと答え、美紗は無言で頷く。

 成基は病死と伝えられただけで何も知らずに逝った貞文の真の理由と、最後まで貫き通していた意志を知ることが出来て少しばかり嬉しかった。

 自分もその意志を継ぎたいと思った。

 現に今、目の前の成基の同級生はそのために死ぬ気で、翔治のように大怪我を負ってまで父の無念を成し遂げようと努力している。

 ならば自分もそうしたい。

 彼は切にそう思った。

「だったら俺も父さんの意志を継ぐさ。父さんがやろうとして出来なかったことをやり遂げる!」

「ふっ、その意気だ」

 セルヴァーとして先輩らしく、新米を見届けるように少し上から翔治が言った。

 その後もう一度成基が写真を覗き込むと、新たな疑問が浮かんだ。

「そう言えば第一次大戦の時のセルヴァーってみんな大人だったんだな」

 写真に写っているのは成基の父の貞文 ――とは言うものの成基の記憶に残っている貞文ではないためにどれか判らないが―― や、翔治の父の彰人を始めとする成人男性ばかりが写っている。

 それに比べて今のセルヴァーはどうだろう。光に限った話ではない。成基の思い出す限り、この場にいる三人を除いても修平に芽生、是夢、それに闇も侑摩など、ほとんどが成基達と同じぐらいの歳の容姿をしていた。

「それは俺の父が遣いだったからな。決まりとして遣いと同じ歳の人物しかセルヴァーに選べない。そして遣いも光と闇が同じ歳になる。つまり全員歳は同じだ」

「じゃああの明香ってやつもか?」

「確信はないがそのはずだ」

 驚愕で成基は声が出なかった。少なくとも高校生以上だと思っていた。

「その厄介な決まりのせいでセルヴァー探しが難しかった。前の学校で仲の良かった二人、修平と芽生はすぐに協力してくれたがあと二人はそこでは見つからなかった。だからセルヴァーの素質があった是夢に声をかけてみた」

「それでその三人がセルヴァーになったのか?」

 成基の問いに美紗が首を横に振って否定した。

「そうじゃない。是夢は最初断ったの」

「断った?」

「そう。いきなり命を懸けて戦えと言われても普通は無理よ。だから彼はある意味では普通だったの」

「だから俺達はそのまま引き下がった。こんな危険なことに強引に巻き込むことは出来ないからな」

 美紗の言葉を翔治が継いだ。

「じゃあ是夢はどうしてセルヴァーになったんだ?」

「最後まで聞け。それから少し経った時にな、当時まだ光も闇も今より人数が少なかったが、戦闘中に闇のやつによって是夢の家が壊された。幸い家族は無事だったがそれでも被害は甚大で是夢の家族は移住を余儀なくされた。その次の日に是夢が自分から言った。もうこんな思いはしたくない。だから僕も戦う。と」

 本当に怪我をしているのか判らないぐらい長く説明すると、翔治は成基の反応を待った。

「…………セルヴァーはみんな、理由があってなってるんだな」

 少し長めの時間をかけて成基がようやく出した言葉はどちらかと言えば感嘆しながら出た独り言を洩らしたようだった。

「あぁ。少なくとも光のセルヴァーになったやつはみんな意思や目的、目標を持っている。それが例えよくないきっかけでも。だから俺達はそれを叶えるために戦っている。まぁ俺は今こんなんだからしばらくは無理だが…………。でも俺達が苦労して集めたメンバーなら充分戦える」

 翔治の言葉は成基の心を動かしたが、成基の中で一番引っ掛かった単語があった。どうしてもそれを抑えることが出来ずに翔治に問う。

「苦労って……是夢だろ? それに是夢も最終的には自分からなることを選んだんだろ?」

「結果的にはそうだがそれだけで済むと思うか? 学校では俺達に巻き込んでしまわないように関わりをなくさなくてはいけなかったし、それ以外は人数の少ない光のセルヴァーでどこに現れるか判らない闇のセルヴァーを止めないといけないし」

「翔治、お前らもしかして転校してから誰とも関わろうとしなかったのは他の生徒を巻き込まないためか!?」

「そうだ」

 翔治ははっきりと首肯した。

 セルヴァーになるまで成基は翔治と美紗にあまりいい印象を持っていなかった。成基の方から声をかけても無視をされ、近寄りがたいオーラを出している二人だ。クラスメイトと同じように相手にしないということまではしなかったが、成基もその雰囲気にどうすべきなのかを迷いもした。

 だがそれは彼女らの他の無関係な人を巻き込まないようにという優しさ故だったのだ。

 これで成基の美紗と翔治の印象は変わった。実はすごく優しい二人だと。他の人を巻き込まないためには自己をも犠牲にすることが出来るのだと。

 当然それには成基も大賛成だ。もし関わっていたら戦闘に巻き込まれてしまうこともあり得る。偶然とは言え是夢の時のように。

「…………正直お前らがそんなことを考えてるなんて思ってもなかったよ。そんなことなら俺も賛成だ」

「いいのか? お前はそれで」

「当たり前だろ翔治。俺だって他のやつを巻き込むぐらいならどう思われたっても構わない」

 だが成基にはどうしても関わりを絶てない人物がいた。

「でも…………俺は、千花とは関係を絶てない」

「あの夢咲千花さん?」

 美紗の問いに成基は頷いて答える。

「あぁ。俺と千花は幼馴染みでな。相談に乗ってもらったり色々と話したりするんだ。だからあいつとは関係を絶ちたくない」

 美紗と翔治は黙りこんだ。彼らの考えていることは判らないでもない。千花の安全のために成基との接触をなくしたいという気持ちが強いが成基の思いも無視出来ない。

 しばらく悩んだ挙げ句に出た結論は、

「いいだろう。ただ、成基が巻き込まないようにするのが前提条件だ」

 その答えに成基は安堵した。この答えは充分すぎる。

「解った。翔治と北条っていいやつだな」

 成基が素直に述べると、翔治は対照的に照れ隠しのようにして言った。

「巻き込んだら絶対許さんからな!」

「解ってる。絶対しない」

 ああ、何があっても千花は巻き込まない。必ず。

 成基は心中でそう誓いを立てた。

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