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「さてさて、まずは、なにから話すかのう」


 昨日は精神的に摩耗し切ってしまい、色々と限界だった俺の、家に帰して欲しいという情けないお願いを、あっさりと聞き入れてくれた祖父ロボは、翌日改めて説明するということで、本当に拍子抜けする程あっさりと、俺を解放してくれた。


 放課後、迎えを寄こすとだけ告げられていたので、俺はてっきり昨日と同じ場所にまた拉致……、もとい、案内されると思っていたのだが、それが突然、日本有数の大企業……、しかも、その本社ビルへと案内されたことに、戸惑っていないと言えば、嘘になる。


「まずはこの会社と、その悪の組織とやらの関係から初めてくれると、俺としては、ありがたいかな……」


 まぁ、そう言ってはみたものの、大体の関係性は、もう想像が付いている。

 社名と組織名とか、そっくりだし。


 だが、それ以外にも、色々と疑問点は存在する。

 まずは、順序立てて話を聞くべきだろう。


「うむ。まぁ、もうおぬしも分っとると思うが、このインペリアルジャパンこそ、我が悪の組織ヴァイスインペリアルの隠れ蓑なんじゃ!」

「正確には、悪の組織を運営するための安定した資金調達源であると同時に、インペリアルジャパンに属する社員全員がそのまま、ヴァイスインペリアルの組織構成員ということになります」

「そしてワシこそが、この会社と組織の創始者、というわけじゃな!」


 けいさんが、まるで秘書のように、祖父ロボの説明を補足してくれた。


 しかし、それはもうなんとなく分かっていた。悪の組織が真面目に働いて資金調達してたというのは意外だったけど。そして、じいちゃんが日本有数の会社組織の創始者というのも、初耳だったけど。


「じいちゃん、こんな大企業のお偉いさんだったのか……」


 祖父の家の豪邸ぶりから、なにか凄い仕事してたんだろうとは思っていたけど。

 まぁ、家族や親類の仕事というのは、存外知らなかったりするものだろう。多分。


「もう随分前に、会社の方は表向き引退したがの」

「表向き? そういえばここ社長室だよな? それじゃ、今の社長は?」


 そう、引退したというなら、今は会社の舵を取ってる人間が、別にいるということになる。


 そしてそれは、俺の父親ではない。俺の親父は普通の公務員である。実の親子なのに妙に仲が悪かった祖父と親父の姿を、俺はなんとなく思い出した。


 インペリアルジャパンは、かなり有名な会社で、そのトップの姿を俺はテレビや新聞で何度か見た記憶がある。そう確か……、かなり苦み走った、ナイスミドルの社長がいたはずだ。


 この会社の社員全てが、悪の組織の構成員だということなら、社長もその息がかかった人間ということになるが……。


「あぁ、今の社長ということになっとるのなら、あれはただのダミー人形じゃ」

「……ダミー人形?」


 組織の言うことをなんでも聞く、形だけの社長という意味かと一瞬思ったが、どうもニュアンスが違う気がする。


「まぁ~、見てもらった方が、早いかもね~」


 俺の顔に浮かんだ疑問符を読み取ったマリーさんが、てくてくと歩き出し、社長室の中央に配置されてる、いかにも社長が使っていますといった感じの机へ向かう。


「よいっしょ~」


 そしてその机の下からずるずると、俺にはどう見ても、人間の成人男性にしか見えないモノを引きずり出した。


「ブッ!」

「驚かなくても、大丈夫ですよ」


 契さんがこちらを安心させるように、優しく肩を叩いてくれたが、俺の目にアレは完全にただの死人にしか見えない。正直、恐いんですが……。


「それでは~、スイッチ、オ~ン!」


 マリーさんがその死体……、いや、人形とやらの首筋辺りを弄る。すると今までぐったりとしていた物体が、それこそまるで操り人形の糸を持ち上げたかのように、素早く起き上った。


完全かんぜん人間にんげん擬態ぎたい人形にんぎょうのマリオ君で~す」


 パンパカパ~ンと自分で効果音を付けながら、マリーさんがそのマリオ君とやらをどこか自慢げに紹介してくれる。ちょっと可愛いかもしれない。しかし……。


「擬態……、人形?」


 そう、マリーさんはその社長を、人形と呼んだ。


 そして俺自身も、そのマリオ君とやらがつい先ほどまで、死体のようにぐったりとしているのも、人形のように不自然に起き上るのも、逐一全て、最初から最後まで、しっかりと見ていた。


 だがそれでも、それでもまた、今俺の目の前に立つ、この企業のトップということになっている人形と呼ばれた男性は、どう見ても、人間にしか見えない。


「おー、これな! これ凄いよなぁ、眼で見るだけだと、本当に普通の人間にしか見えないもんな!」


 千尋ちひろさんが俺に肩を組みながら、目の前のパリっとしたスーツを着こなした社長を小突く。ダンディな社長は表情一つ変えず、ヤジロベーみたいに揺れた。


 しかしそれを見てもまだ、俺にはそのナイスミドルな社長が、人間にしか思えなかった。


「マリーさんが非常に精密に作った、というのもありますが、仕上げに私の魔術で、これを見た人間の認識を改変するようにしていますので」

「契ちゃんの魔術は~、私でもまだ再現不可能なのよね~。ちょっと嫉妬~」

「……魔術、ですか」


 確かに、この目の前の人形は、無機物がどれほど人に近い形をしていても、人間が感じるあの違和感を微塵も感じさせない……、それどころか、直前にあれほど不自然な様子を見せられても、目の前にいる社長を、人間であると認識してしまう。


 だが、それが魔術です、なんて言われて全て納得してしまえるほど、俺は純粋ではなかった。


「魔術というのは、大気中に漂う第五元素、魔素エーテルを操る術のことを言うのですが、体系立てて言葉で説明するよりも、この後お披露目させていただきますので、そこで直接見て認識して頂く方が、言葉で説明されるよりも、統斗すみと様も、納得がしやすいのではないかと思います」


 魔術を使えると主張している張本人の契さんがそういうのだから、今はこれ以上聞いても、あまり意味はないように思う。理解できない問題を後回しにしたいという、ヘタレ心もあるかもしれない。


 だから、今は目の前の事実だけ追っていこう。


「しかし、人形って」

「どうじゃ? 面白いじゃろ」


 祖父ロボがキャラピラをキュラキュラを鳴らしながら、俺に近づいてくる。


「前までは専用リモコンで操作しとったんじゃがな。このスペシャルボディになってからは、そんなもん無くても自在に操れるぞい」


 そう言ったレトロなロボの胸の辺りが、突然ピカピカ光ったかと思ったら、目の前の社長人形と祖父ロボの動きが、完璧にリンクする。ふざけたポーズを決めまくるロボットと、それに追従するダンディな中年男性というのも、なんともシュールな光景だった。


「「音声もこうやって、簡単に同調可能じゃ」」


 祖父ロボが喋ると同時に、社長人形も全く同じ言葉を、しかし全く違う声で喋る。


 つまりこの社長は、まさしく祖父の代わりに表に出るためだけの、その名の通り人形だと言うことだけは分かったのだが……。


「……どうして、こんなものが必要なんだ?」

「そりゃお前、他の組織への目くらましじゃよ。いきなり頭を狙うような、アホな過激派がおらんとも限らんからの」

 

 なるほど、防犯上の理由か。

 まぁ、裏で悪の組織なんてやってれば、そりゃ色々危険なことも……。


 ……ちょっと待て、他の組織? 他の組織って、今言った?


「他の組織ってなんだよ!」

「他の組織は、他の組織じゃよ。他の悪の組織ってことじゃ」


 なんだか突然、驚愕の真実を告げられた気がする。


「悪の組織って、そんなに沢山あるもんなのか?」


 思わず取り乱してしまった俺に向かって、祖父ロボは頭部であるブラウン管テレビみたいな画面に、なにやら慈愛じみた表情を映し出しながら、実に人生の先達せんだつらしく諭しだした。


「まぁ、まだ学生のお前では計り知れぬ、大人の世界の話じゃからな。知らなくても仕方ないぞ」


 うわ、なんかむかつく。


「社会にまだ出たことのないお前は、知らんじゃろうがな、この社会でのし上がっとる企業というやつは、無論全てとは言わんが、大なり小なり悪の組織としても活動しとるところも多いんじゃ。まっ、ダーティな裏の顔ってやつじゃな。人間社会ってやつは、綺麗事だけでは回らないんじゃぞ?」

「いや、いくらなんでもダーティすぎるだろ!」


 悪の組織が、まるで常識みたいに言うなよ!


「社会というのは、お前が考えるより。もっと深いもんなんじゃよ、統斗。最近もポコポコと新興の悪の組織が出て来とるし、逆に何代も続いとる、伝統ある悪の組織なんてのもある」

「そういう意味では、私たちの組織は、そこまで歴史が深いというわけではありませんね。統吉郎とうきちろう様が、一代でおこされた組織ですので」

「うむうむ、若い時は本当に苦労したわい」


 契さんの言葉に、涙ぐみながら……、まぁ、ブラウン管の中にそういう画像が表示されているだけなのだが、涙ぐみながら頷く祖父ロボには悪いが、俺は色々と受け入れられない。この社会に生きる者として、そんな常識は、勘弁して欲しい。


「ワタシたちの組織は~、確かにかなり大きいけど~、まだこの国で、一番ってわけじゃないのよね~、国内で有数の悪の組織ではあるけれど~」

「色んな悪の組織が、自分たちこそ一番! としのぎを削ってるからな! 群雄割拠ぐんゆうかっきょってヤツだぜ!」


 マリーさんと千尋さんが、それぞれ俺を説得するように説明を続けてくれる。

 千尋さんは俺と肩を組んでいるので、吐息が耳にかかって、こそばゆい。


「鎬を削るって、一体なにを?」

「そりゃまぁ、悪の組織じゃし? 自分たちの組織を大きくするためとか、相手を蹴落とすことには、手段を選ばんというか、具体的には……」

「ごめん、もういい」


 なにやら物騒なことを言い出しそうな祖父ロボを、慌てて遮る。

 なんだろう……、聞いたらもう、戻れない気がする……。


「いやでも、この社会には悪の組織が溢れてて、しかもそれが、それぞれ裏で汚いことしながら、表では会社を運営してるって、にわかには信じられないというか、経済はもっと健全に回るものだと思うというか……」

「なぁに、ビジネスは戦争だっていうじゃろ?」

「そのままの意味でかよ!」

「経済は自由競争ですから」

「自由すぎる!」


 社会は俺が思うより、ルール無用の残虐ファイトだった。


「さて、そろそろ場所を移すかの」


 社会の厳しさに戦慄していた俺に向かって、祖父ロボがあっさりと移動を告げる。


 それと同時に社長室の机が上昇した。


「……へっ?」


 茫然とする俺の目の前で、社長室の机がグングンと持ち上がり、エレベーターの入り口らしきものが出現する。


 なんだよこれ! ちょっと秘密基地みたいで格好良いじゃん!


「行くってどこへ?」


 内心マジで驚いていたが、思わず虚勢きょせいを張って余裕ぶる俺は、やっぱり子供なのかもしれない。


「そりゃ、決まってるじゃろ。ワシらの組織の本拠地じゃよ」


 こちらは本当に余裕の表情で、ニヤリと笑って見せる祖父ロボの顔が、本当に生前の祖父そのままで、なんだか安心してしまった自分が嫌だった。


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