1ー2


(す……すみ……みと、――統斗すみと


 ……懐かしい声が聞こえる。


 物心ついた時からずっと聞いてた声。

 もう二度と、聞こえなくなったはずの声。


(統斗……目を覚ますんじゃ、統斗や……)


 懐かしい声に導かれるように、俺の意識が暗闇から浮上する。


「……じい、ちゃん」

「おぉ! 目を覚ましたか! 統斗! すまんすまん! まだ力の加減がよく分からんでな! 肩を叩くつもりが、思い切りお前の頭を殴ってしまったわい!」


 そして、最近二度と見れなくなったはずの顔が、目の前にあった。


 ……え?

 ……いやいや。

 ……え?


「どうした統斗! まるで鳩が豆鉄砲で撃ち殺された、みたいな顔をして」

「いや、死んだのはそっちだろ!」


 思わず普通に声を上げてしまったが、状況は全く呑み込めない。


 えっ、なに? ここは死後の世界で、俺、死んだとか?

 一瞬そう思ったが、後頭部と顔面がズキズキと痛み、これは現実だと告げている。


「ほっほっほっ。随分と慌ててるようじゃが、まぁ落ち着いて、こっちを見てみろ」


 生前と全く同じ声、同じ口調で、その祖父らしき声に言われてしまった。


 正直、脳内はいまだ大混乱の極みにあり、パニックもいいところだが、大のおじいちゃん子の悲しい性が、その声に従ってしまう。



 そこには……。



「……なにこれ」


 そこに、俺の目の前に居たのは、ロボだった。


 ……え?

 ……いやいや

 ……え?


 ロボだ。

 しかもなんというか、随分と古臭いロボだ。


 足はキャタピラで、その上に寸胴鍋ずんどうなべみたいなボディが鎮座ちんざして、さらにその上にブラウン管テレビみたいな頭部が乗っかっている。


 じいちゃんの顔は、そのブラウン管テレビに映ってた。


「どうじゃ! 驚いたか! 十文字じゅうもんじ統吉郎とうきちろうここに復活!」

「……いや、そりゃまぁ……、うん」


 テンション高く、おそらく腕なのだろう、ホースみたいな金属製の管を振り回し、その先に付いている、おそらく手だと思われるCの形のパーツをカシャカシャと打ち鳴らしながらこちらに迫る、自称祖父の見た目ポンコツロボットに、思わず全力で引いてしまった。


 脳ミソはこれが現実だと認めたがらず、正直、気絶でもしてしまいたい心境だ。

 

 もう、全部夢ということにして、逃げ出してしまいたい……。

 

 逃避願望から、思わず身体をよじったところで、俺はようやく、自分の今の状況に思い至る。


 何処だ、ここ?


 自分が椅子に座っていることは分かったが、周囲の状況を確認しようにも、俺の手足は、まるで中世の王様が座るような、妙に豪華な椅子に鎖で縛りつけられていて、殆ど動くことができない。


 精々、身体をよじって、周りを少し見ることができる程度だ。


 妙な小躍りをしている、自称祖父のレトロなロボットから目を逸らし、周囲を見渡してみるが、自分とこの椅子の周辺に、芝居ががったスポットライトが当たっているだけで、少し離れた場所は、もう暗闇に沈んで、見ることもできない。


 この場所がどれだけの広さなのかすら、俺にはよく分からなかった。正直、恐い。


「うむうむ。大分混乱しとるようじゃの」


 そりゃそうだ。


 墓参りしてたら、突然後ろから誰かに殴られて、気が付いたら目の前に、その墓参りの相手を名乗るポンコツロボが出てきて、状況を確認したら、どう考えても自分は拉致されたと思い至れば、誰でも混乱する。するはずだ。というか実際してる。してるんだから、間違いない。


「そうじゃのう……、どこから話すか……」


 なんとか逃げ出そうと身体を動かすが、鎖がガチャガチャと音を立てるだけで、拘束された椅子からは動けそうになかった。


 クソッ! 頑丈な鎖だな! だから鎖って嫌いなんだ! 頑丈だから! なんで頑丈なんだよ、鎖!


「これこれ、無暗むやみに暴れるでない」


 目の前のポンコツロボが、なにやら言ってるが、正直知ったことではない。今はここから逃げることが先決だ。


 だから、無視だ無視。こんなよく分からないロボは、無視です。無視。


 しかしチクショウ! なんだこの鎖! 錆のせいでもろくなってます。みたいなチャームポイントはないのかよ! 使えない鎖だな、クソ!


「落ち着かんか、統斗」


 記憶の中のじいちゃんそのままの声で、記憶の中のじいちゃんそのままの、呆れたような表情で、何かほざいてるロボが視界にチラチラと入ってる気がするが、これは気のせいです。幻覚です。幻想です。妖精です。


 これが終わったら、病院に行こうと、心に誓う。


 メンタルケア、大事。


「ええから、落ち着け。こっち見ろ」


 最早一刻の猶予ゆうよもならぬと、必死で、それこそ割とマジで死ぬ気で、なんとか拘束を解こうと暴れる俺の頭をその手……、手だと思われるCの形のパーツでガッチと抑え込む祖父ロボ。


 まるで万力だ。俺の頭がスイカみたいに割れる映像が、ギリギリと締め上げられた脳裏に、非常に鮮明に浮かんでしまう。


 まずい。殺られる。


 生命の危機を感じた俺は、一瞬で動きを止めた。

 いやだ。しにたくありません。


「よしよし、落ち着いたようじゃな」


 正直、全く落ち着いてなかった。


 だが、目の前の存在が、こちらの生命を容易たやすく刈取れると俺の脳ミソが認識してしまったので、残念なことに、もう身体は動いてくれない。


 俺はただ、無言で頷くだけだ。


「うむうむ、それではまずは、状況確認から始めてやるとするかの」


 律儀にブラウン管の頭部ごと動いて、大袈裟に頷いている祖父の映像を見ながら、俺もコクコクと頭を上下に振る。


「まずワシ、そうじゃな、あえて生身のワシと呼ぶか。生身のワシであるところの、十文字統吉郎が死んだことは知っておるな」


 俺は、黙って頷く。

 それは、もう十分に知ってる。だから、もう許してもらいたい。


「生身のワシは、確かに死んだ。本当なら、もうちょっと生身でいたかったが、こればかりは仕方ない。突然の不幸というやつじゃな、生身のワシはあっさりと、ぽっくりと、死んでしまった」


 俺は、黙って頷く。


「しかし、用心深いワシは、こういった不測の事態も考慮しておった。世の中なにが起こるか分からんからな。転ばぬ先の杖、と言うやつじゃ」


 俺は、黙って頷く。下手に相手を刺激するのは、危険だ。


「生身のワシは常に、これまで生きてきてつちかった全ての記憶のバックアップを取っておった。そして、いざ死んでしまった時のために、緊急用の器として、この超高性能メカボディも、同時に用意しとったというわけじゃ」


 俺は、黙って頷く。正直、頭がおかしくなりそうだったが、頷く。


「目的を達成するまで、ワシは死ぬ訳にはいかんかったからの。そして生身のワシが死んだ、その瞬間! 心臓が止まった、まさにその時! あらかじめ仕込んでおいた最後の緊急措置が発動し、天に召される直前じゃったワシの魂は、このハイパーメカボディに吸い込まれた! というわけじゃ」


 なに言ってんだこの暴走ロボぶっ壊れてるんじゃねぇか。


 と思ったが、俺は、黙って頷く。


「まぁ、魂とボディのすり合わせなど、諸々もろもろの問題で、再起動まで一か月もかかってしまったが、こうしてワシは、見事に蘇ったのじゃ!」


 オーバーリアクションを繰り返しながらポーズを決める、自称祖父の生まれ変わりロボの様子をうかがいながら、俺は、黙って頷く。


「そう! 全ては我が命! 我が人生! 我が悪の組織! ヴァイスインペリアルの悪魔と獣と英知の力によって! ジークヴァイス!」


 俺は黙って……、頷けなかった。


「はぁ? 悪の組織?」


 遂に脳ミソの許容量を超えた、とも言う。


 俺のまぬけな声は思った以上に、馬鹿みたいに広い空間内に、まぬけに響いた。


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