05
「ねぇ、それちょうだい?」
ピンク色の髪、真っ青な目。かわいらしい女の子が上目遣いでねだってくる。ふわふわした白い服を着ている、まるで人形のように可愛い女の子。ローラちゃん、かなぁ?何をねだっているのだろう。
「ねぇ、お姉さん。そんなに大切なの?」
指さされたのは握りしめた両の拳。はて、私は何を握っていたのだろうと開いてみたら色とりどりの綺麗な、ビー玉ほどの大きさの飴がたくさんあった。目にしただけで大切なもの、という感情がこみあげる。私の、私だけの大切な。
「ねぇ、お姉さん。飴ちょうだい?」
「うーん、これ、お姉さんの大切なものなんだけど……」
飴、は。全部大切な、人にあげてはいけない、自分で持っていないくてはいけない……
「飴食べたいの」
可愛らしく、言われる。私は基本的に小さい子供は好きだ。飴の一つや二つ、あげても良いだろうになんでこんなにあげたくないんだろう。……変なの。
「お嬢ちゃん、お腹減ってるの?」
「んー。空いちゃった」
「一個、飴なめたら我慢できるかな?」
「我慢する!飴ちょうだい!」
一個だけ、なら仕方がないかな。あげちゃいけないような。あげたくないような。でも、そうだね。あげるって言ったのならあげないとね。嘘は、よくない。
「何色のが欲しい?」
「んーとね、そのピンク色の!」
言われて、ピンク色の飴玉をつまむ。
「じゃあ、はい。これ一つ、あなたにあげるわ」
差し出したら、女の子は嬉しそうに笑ってそれを受け取った。ひょいっと口に含んで、美味しい!と声を上げる。自分のでは、なくなってしまった。きっと彼女の口の中で溶けてなくなっていくのだろう。もう二度と、手に入らないのに。残念だなぁ。でも、そう。渡してしまったのだから仕方ない。
「美味しい?」
「うん!すっごく甘くて、美味しい!ありがとね、お兄さん!」
「それだけ喜んでくれたならこっちも嬉しいよ。どういたしまして」
もぞもぞと腕の中で何かが動いた。あれ、と目を開けると年季の入った木の机が目に入る。ん?あぁ、酒場か。顔を上げると何人か、机に向かって食事をとったり酒を飲んだりしている。何かをなくしたような……でも自分で何かを持っていたわけでもないし、気のせいだな。
「起きたか、ノーチェ」
「ヴィー……寝ていた?」
「ぐっすり。ローラと一緒に寝てたぞ」
おやおや。子供体温が温かくて気持ち良かったような気はする。というか寝ていたとは思わなかった。イース少年がバイオリンの演奏を始めたところまでは記憶にある。そこで寝てしまったのか。気がつけば日は落ちかけ、宿屋の中のランタンには明りが灯されている。ゆらゆら揺れる光と人々の低い声での会話がいい感じの雰囲気だ。
腕の中のローラがひょい、と顔を上げる。ははっ、眠そうな顔だな。こすりながら開けた瞳の色は綺麗な紫。……あれ?なんとなく、青じゃないかって気がしてたんだが。なんでだろうな?まぁいいか。あくびを一度元気にして、目が合う。どこかひるんだような顔になった。
「ローラ?」
「あー、寝起きにその顔があると驚くよな?」
「……」
「あ、いや、悪ぃ。別にお前の顔がダメだって言ってるわけじゃないぞ?」
「おじさん、おにいちゃんのことイジメちゃだめよ?」
「いじめてねぇ。あとおじさんでもねぇ。……ノーチェ、俺が言いたかったのは、お前の顔綺麗だからな。無表情だと迫力あるんだよ」
ああ。なるほど。確かに子供を相手にするときに一番気をつけなくちゃいけない表情はそのままだったかもなぁ。でもローラとヴィーの会話は微笑ましい、と思ったがほほ笑むほどじゃない気がする。困った……と少しばかり悩んでいると痛みをこらえるような顔をしたヴィーにぽん、と頭を撫でられた。
膝から下りたローラはたたっと走って厨房に行った。おばさんに抱きあげられて二階にいく。もう少し抱っこしていても良かったかもな。
「ノーチェ様、お目覚めでしたか」
「アルド」
「荷物は先に屋敷に運ばせました。夕食はどうなさいますか?」
「……?」
「先ほどイグザ様と連絡をとりまして。こちらの酒場で夕食も済ませる許可は頂きましたから……」
「アルド?」
「いえ、失礼しました。どうですか、夕食はもう入りそうですか?」
思いっきり頷く。うん、昼にあんなに食べたのが嘘みたいに腹減ってるな。
「注文してくる」
「え、アルドに任せて……」
「行ってくる」
かつかつと、厨房に向かって歩く。
「こんばんは」
「おう、あー……うちの娘が失礼しました」
「無理にかしこまった態度をとる必要はありません」
頑固オヤジ風のおっさんに言ってみる。たぶんイース少年やローラちゃんのお父さんなんだろうなぁ。この酒場の主人か。
「……。そう言うわけにも……たぁ思うが。丁寧な言葉ってのは性に合わん。気にしないでくれるんならこのまんまでいくぞ」
「ええ、お願いします」
「ローラが迷惑かけたな」
「いえいえ。かわいらしいお嬢さんで」
「……いくら愛し子様でもお前にはやらん」
「頂く予定もないです」
妙な沈黙。いや、おっさんは微妙な顔をしながらも料理を作る手は休めてないんだけど。
「そう、そうか。いや、悪いな。愛し子様とまともに話すのは初めてでな」
「……そうですか」
「まあ、ありがとうよ。イースのバイオリンも直してくれたんだろう」
「音楽を聞きたかったので。大したことではありませんから」
「んで、あんた…いや、愛し子様」
「ああ、ノーチェ、と呼んでください。名前です」
「……」
「……どうかしましたか」
「いや、良いのか?」
「何か問題でも?」
「わかったよ。存外良い性格だな。ノーチェ様」
良い性格ってのはほめ言葉ってわけじゃないよな?なんか変なこと言ったか……?やっぱり愛し子関連の常識は団長さんに習ったほうが良いみたいだな。団長さんは愛し子なんだから、自分と周りの違いを良く意識してるだろ。こっちとしても、エスター先生の教えてくれる知識だけじゃなくて、愛し子としての特性をきちんと理解しないとこの世界で生きにくそうだ。できれば一人立ちもしたいしな。一般的に愛し子がどんな仕事をするのかとか、やっぱわかんねぇもん。自分で自分の食いぶちは稼ぎたいし。
が、そう言った諸々は後で考えよう。今はこの空腹感をどうにかしたい。
「夕食の注文をしても?昼のように色々と作って出してもらいたいのですが」
「……あれだけ食っといて腹減ったのか」
「そうですね。昼と同じぐらいは食べると思います」
「……流石に忙しいんでな。特別なもんは作れないが周りと同じなら……手づかみでもの食った事あんのか?」
「何事も挑戦でしょう。昼食は美味しかったですよ、夕食も期待しています」
まかせろ、と頷いてくれたので上機嫌で心配そうなヴィーとアルドの待つ席に戻った。よっしゃ!夜も食べるぞー!
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