18 夜歩く
深夜、私は暗い林の中を歩く。
左手には懐中電灯、右手には弟のバット、そしてかたわらには猫。
……こんな怪しい姿、誰かに見られたら即アウトだ。
さいわい連れはスフィーのみで、他には誰もいない。危険が予想されたため、みんなは呼ばなかった。しかし今はそれが心細い。
……そろそろ日付が変わる頃だろうか。
捜索開始からそれほど時間はたっていないはずなのに、すでに時間の感覚が麻痺してしまっていた。
私とスフィーは静まり返った林の中をただひたすら歩き続けた。かなり暗いが懐中電灯はつけない。相手側に見つからないように、スフィーに目になってもらう。スフィンクスの涙も光が漏れないようハンカチでくるんでおいた。
足元に気を付けながら慎重に進む。正直かなり恐い。寒く感じるのは夜風のせいばかりではないだろう。
「……スフィー、道を指示するばかりじゃなくて何かしゃべってよ」
会話は小声でするよう決めてあった。もっとも気を付けなければならないのは私だけだが。
「……こんな状況で話す事など何もないぞ」
「恐いから、何でもいいからひとりでしゃべり続けてて」
「それではただの変人ではないか。指示も出せぬし注意も散漫になる。だめだ」
まあ確かに気をそらしていては探索の意味がないか。
「ねえ、まさかいきなり襲われたりしないよね? 真っ暗だし、今も近くに誰かひそんでたりして――」
「それは大丈夫だ。わらわがちゃんと目を配っておるし、耳もそばだてておる。そなたが邪魔さえせねばな」
――はいはい、もう黙ってますよ。
……だがそれにしても、こんな所で一体何が起こるんだろう。暗くて人を殺すのさえ難しいと思うけど。――それとも起こるのは何か別の事だろうか?
私は気を引きしめて捜索を続ける。
……しかし気構えもむなしく、ただ時間だけが過ぎて行く。
もう数時間は歩いたような感覚。実際にはせいぜい一時間ほどだと思うが、闇の中でずっと緊張を強いられたためか、なんだかすごく長く感じる。
徐々に神経がすり減り、不安が増す。そんな中、スフィーの指示だけが淡々と続く。
それに耐えきれなくなった頃――。
「……?」
一瞬何か聞こえた。
――風?
鋭く、切るような音――。
「――あっちだ、急げ!」
その叫びで、それが女性の悲鳴だったと気付く。
スフィーの声を頼りに、木にぶつからないよう気を付けながら悲鳴のした方へ急ぐ。足元が不安なため、あまり速度を上げられないのがもどかしい。
「ひねり! 左斜め前方、かなり遠くに誰かおるぞ!」
木を避けつつそちらに目をやると、遠くに小さな明かりらしきものが見えた。どうも懐中電灯の光のようだ。その動かない光を目印に私は駆ける。
「そこにいるのは誰!?」
私は大声で呼びかけた。だがやはり返事はない。
こんな時間にこんな所にいる以上、おそらく話しあえる相手でも用事でもないだろう。
「――みんな、こっちに来て!」
私は打ちあわせ通り、他にも人がいるよう装った。
と、その時静止していた光が浮き上がる。どうやら落ちていた懐中電灯を拾ったようだ。
それがこちらに向く事を怖れたが――。
光が消える。
……いや、背を向けたせいで体に隠れたようだ。
「あやつ、逃げるぞ!」
私は走りやすくするため懐中電灯をつけ、可能な限りペースを上げた。
相手との距離は結構ある。私は何度も転びそうになりながら必死に追いかけた。
だが逃走者の体にさえぎられた光は、ちらちら揺れながら離れて行く。このままでは追いつけそうもない。
「――スフィー、ひとりで追いかけて!」
私に合わせていてはスピードを上げられない。せめて顔だけでも確かめて――。
「だめだ! あやつがひとりとは限らん!」
スフィーは私から離れようとしない。それどころか突然足を止めてしまう。
私だけはなんとか追い続けようとしたが――。
「馬鹿者! 深追いするな!」
「でも――!」
「被害者がまだ生きておるかもしれん、戻るぞ!」
スフィーは問答無用で取って返す。私は仕方なくそれに従った。
通ってきた道はもうわからなくなっていたが、スフィーに先導されて迷わず進む。
「――スフィー、今の誰だかわかった?」
「かなり離れておったのだ、わかるはずなかろう。夜目がきくといっても限度がある。逃げたのが一人だったことぐらいしかわからん」
やはりあれは五月先輩だったのだろうか?
それとも裏の男?
もう誰かを殺してしまったのだろうか?
だとしたら一体誰を――。
「ひねり、すぐそこだぞ。正面を照らせ」
懐中電灯を前方に向けると、見えたのは大きな木。私はその傍で足を止めた。
「ここがさっきの現場?」
「うむ。木をよく見てみろ」
「木? 被害者を捜すんじゃ――」
私は改めて懐中電灯を木に向けた。その光に浮かび上がったのは――。
「――!」
私は叫ぶことすらできなかった。
目の前には、首をつった女子生徒。
……死んでいるのは明らかだった。
「……五月か……」
「えっ、五月先輩?」
思わずまた見そうになり、あわてて視線をそらす。
「おそらくな。だがわらわは写真でしか知らん。おぬしが確認しろ」
もう見たくはなかったが、仕方なく死体に目を向け、顔を確かめる。
……顔がむくんでしまっている上、眼鏡もかけていないのでわかりにくいが……髪型は同じだし、確かに五月先輩のようだ。
「うん……たぶん五月先輩だと思う」
私はそれ以上正視できず、目をそらした。
「……おい、下を照らせ」
スフィーに言われ、地面を照らす。
光に浮かんだのは――人間の両足。
私は驚いて飛びのいた。どうやら誰か倒れているようだ。
光を上体の方にずらしていくと、セーラー服が浮かび上がった。
一瞬いっきや愛子やユイさんを連想し、懐中電灯を持つ手が止まる。
倒れた人は全く動かない。
――もう死んでいるみたいだ。
私は意を決して頭部を照らす。
そこに浮かんだ顔――。
「え……」
それは……南先輩だった。
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