第3話 アテナ王国とザッカーバーグ帝国

ここはアテナ王国の首都、サニーベール。


シリコンバレーと呼ばれる地域のほぼ中央に位置する、首都にしては小さな街だ。アテナ王国はここサニーベールの他にいくつかの小さな町や村からなる小さな王国で、最近までは平和でのどかな国だった。だがここ数年、隣国ザッカーバーグ帝国からの侵略に苦しめられているらしい。牧歌的な生活を謳歌していた国境付近の村々が、ザッカーバーグ帝国の部隊兵から襲撃を受ける事件が頻発するようになってきたという。


そうした隣国の脅威に立ち向かうため、アテナ王国でも様々な変化が起こった。まず、王が代わった。新しい国王の名はクリス。先代から王位を受け継いでまだ1年半の、若い王様だ。若き国王は隣国の脅威に対抗するため、様々な改革に乗り出した。その対策の1つで最近組織されたのが、ヤンが率いる情報システム通信部隊だ。


ザッカーバーグ帝国の台頭は、情報技術の革新が大きな要因だという。国民にIDを振り、実名を登録させて管理し、与える情報を統制する巨大なシステムを構築することで帝国中枢に権力を集中させた。そうしたシステム構築を一手に担ったのが天才魔法使いと謳われた、現皇帝マイク・ザッカーバーグだ。


マイクは、魔法を火の玉を投げつけたり雷を落として敵を焼き払うような戦争のための技術から、情報を媒介し、保管し、通信するための技術へと転用した。それまでも魔法技術を用いた通信は行われていた。テレパシーと呼ばれたその古い技術は遠隔でも1対1で意思の疎通ができるという、昔ながらの通信手段だった。しかしテレパシーには限界があった。1対1の同期的な通信が基本であり、多数の人へ一気に思念を伝えるには莫大な魔力が必要になった。例えば大きな大隊に属する多数の兵士に、一気に命令を下すことができるのは、一部の大魔道士にしかできない芸当だった。そのため、その魔道士が討たれると部隊は混乱を極めてしまう。


そこで、人と人との思念をつなぐ新しい手法が開発された。テレパシーを1人の魔道士が全体に向けて発信するという中央集権的なシステムから、網の目のように複数の人々が繋がり合い、どこかの線が切れても別の線が補うというネットワーク構成だ。まるで蜘蛛の巣のように広がるその仕組みは「ウェブ」と呼ばれ、一気に帝国内に広まった。


アテナ王国でもそうした動きを受けて情報革新が始まった。しかし、新しい魔法技術の応用は困難を極めた。技術者が不足していたのだ。これまで魔法学校で長老を努めていた魔法使い達は高齢で、新しい技術への応用力に欠けていた。急遽新しい技術の開発に積極的だったヤンが部隊を結成して、数人の若者を育てたのだが、それもザッカーバーグ帝国からの引き抜きヘッドハントにあったらしい。


そうしてヤンと、インターフェース部分のデザインを担当していたチラリズムだけが、情報システム通信部隊に残された。途方に暮れたヤンは、当時研究中だった新しい技術SEOを駆使して、新たな人材の開発に乗り出したのだ。


「なるほどですねー」


話を聞いていなかったことを悟られないよう、曖昧な返事を返した。話が長すぎてほとんど寝ていたが、チラリズムも同様だったようだ。上半身がゆらゆら揺れるのにつられてまた膝が開き、またピンクのパンツが見えている。


「しかし、どうやって俺がいた世界に求人出せたんですか。そんな技術があるなら、他にもいくらだってやりようがあったでしょう。」

「いや、SEOだけが私達に残された技術ノウハウだったからね。ザッカーバーグ帝国に引き抜かれてしまったんだが、前任者のペイジはすごい技術者だったんだよ。」

「ペイジ、どこかで聞いたことあるような...」

「彼はこれまでの常識を覆し、ページランクという新たな魔法を開発したんだ。それはもう画期的でねぇ、グラフ理論を応用してウェブ上のノードとエッジを有向グラフと考え、ハイパーリンクで...」

「ああー、もういいです!ありがとうございます!」


長くなりそうだったので本題に入ることにした。ヤンの隣で船を漕いでいるうら若き女性は、開脚角度の上昇によりモロリズムへと進化を遂げようとしていたからだ。


「それで、俺には何をやらせたいんですか?」

「よくぞ聞いてくれた!私達にはビジョンがあるんだ。若きクリス国王の掲げたビジョンがね。」


そうしてヤンは再び語り出した。ザッカーバーグ帝国の生み出した管理社会の象徴的存在であるウェブを、自由な言論空間へと変えていこうという壮大な野望を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る