人の趣味は甘い蜜

桜桃

足りない

発作

 ただ、興味を持っただけ。


 好きだと思ったから、女性の制服を着てみた。


 可愛いと思ったから、ピンクのウィッグを付けてみた。


 似合うと思ったから、オレンジ色のカラーコンタクトを付けてみた。


 鏡の前に立ち、スカートを揺らしポーズをする。


 今の”僕”は、”私”だ。


 誰も、”私”が”僕”であることは気づかない。

 女性の制服を着て外に出ても、女性のような口調で話しても。


 誰も”僕”に気づかない。


 みんな、”可愛い”と言ってくれる。

 それが嬉しくて、快感で。


 だから、大事な友達にも伝えた。

 女装してみたと、可愛いかと。


 ただ、その時”僕”は思い上がっていたと気付かされた。


 元々、男性が女性の服を着て外に出るなどありえない。

 女装をして楽しむなど、ありえない。


 その”普通”が、僕にはわからなかった。


『お前、気持ち悪いな』


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「わぁぁぁぁぁああ!!!!」


 はぁ、はぁ…………。


 ゆ、夢? 夢? 

 い、今のは、夢で、良いの?


 胸が痛い、パジャマとして着ていたアマリアの白衣が、体に張り付いて気持ち悪い。


「はぁ、はぁ…………」


 汗が、流れ落ちる。

 額を拭うと、びっちゃりと、手の甲に汗が付いた。


「はぁ、はぁ…………。あ、アマリア、アマリアは、どこ…………」


 早く、アマリアに会わないと。

 見つけないと。早く、早く……。


 ベッドから降り、立つ。

 周りを見回しても、いつもの光景しか映らない。


 壁側に立つ白い棚には何も置かれておらず、扉はボロボロ。

 壁紙が剥がれていたり、赤黒い何かが付着している。


 地面には、赤く染まっている包帯や、飲めるのかわからない薬などが瓶の中で転がっていた。


 いつもと変わない部屋の中を歩き、廊下へと向かう。


 早く、早くアマリアを見つけないと。

 アマリア、お願い。どこ?


「はぁ……はぁ」


 息が苦しいの、辛いの。早く、僕の事を抱きしめて。


 早く、いつものように頭を撫でて。

 早く、僕を見つけて。


 早く、早く。

 はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく……。


 ――――キィィィイイイイ


 刃物や拘束具など。

 様々な道具が転がっている廊下の先にある扉が、音を立て開かれた。


 姿を現したのは、僕が待ち望んでいた人物。


 水色の髪を揺らし、赤色と緑色の瞳を僕に向ける男性。

 今は寝起きなのか髪はボサボサで、欠伸を零していた。


「どうしたの、クロ。まだ、朝方じゃん。さすがにまだ眠いよ……」


 ふわぁと、欠伸を零して、いつものようにマイペースにそんなことを言っている。


 でも、今はそんなこと気にしていられない。


 すぐに走り、アマリアに抱き着く。

 すると、抗う事が出来ず、後ろへと倒れてしまった。


 ――――ゴツン!!


「いったぁぁぁ!! ちょっ! いきなりなんなのさ!!」


 アマリアが怒っているけど、今はどうでもいい。


 アマリアの体温、声、心臓の音。すべてが僕の心を落ち着かせてくれる。


 でも、足りない。まだ、足りないよ。


 アマリアのよれよれの黒いスーツを掴み、上から避けない。


「あー、もしかして。また夢を見たの?」


 小さく頷くと、やっと事態を把握してくれたのか。

 アマリアは「そうかい」と、頭を撫でてくれた。


 優しい、温かい。

 嬉しい、もっと撫でてほしい。


 今は幸せ、心も落ち着き、冷静になる。


 でも、この温もりも永遠には感じられない。

 アマリアの温もりを、永遠と僕は感じる事が出来ない。


 ずっと、ずっと頭を撫でてほしいのに。ずっと、抱きしめてほしいのに。


 それは物理的に出来ない。

 求めても、求めても、それは出来ない。


「アマリア、アマリア…………」

「はいはい、僕はここにいるから。安心してよ」


 安心、出来るわけがない。

 僕は、これだけじゃ足りないんだから――……。

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