甘い雷の見る夢を

PROJECT:DATE 公式

未知数

彼方「…。」


浅い浅い眠りから目を覚ます。

修学旅行の朝は学校に行くよりも早く、

不眠の関係で普段夜中まで

目が覚めているにも関わらず

起きなければいけなかった。

学校とは言え午前は

サボっていることも多々あるので、

尚のこと朝の日差しに

やられてしまいそうだった。


彼方「…1時間半。」


眠った時間と家を出るまでの時間が

等しくあってたまるかと思いながらも

重たい体を起こして布団から這いずり出る。

腹の奥がずきずき痛む。

これから5日間も

家を空けることに対してのストレスだろうと

大方予想はついていた。


これから5日間いないよ、と

大地を起こしてまで

再度伝えるのも気が引けて、

髪をとかし身支度をする。

化粧品やらなんだかんだで

使い所のなさそうな筆記用具まで

詰め込まれたリュックを

玄関まで運ぶ。

衣服等嵩張る荷物は

事前に先週の金曜日に

学校へ置いていくことになっていたから

一見少なく見えるものの、

それでもこれを背負って

方々に行くことを考えれば

それだけで気が重い。

肩が外れてしまいそうだと

まだ背負ってもないのにそう浮かぶ。


彼方「…。」


まだ朝6時30分手前なのに

既に外は明るかった。

冬じゃ考えられないほど

日が伸びてきている。

リビングの天井まで届く

大きな窓から光が漏れ入る。

4月、その窓の麓で

いろはが寝転がっていたのを思い出した。


彼方「…はーぁ。無理すぎ。」


2人でいたって

3人でいたって

この家は大きすぎるのだ。

使っていない部屋がある、

中身がすかすかな大きな冷蔵庫がある。

無駄に広い家だった。

こんな大きな家に1人、

弟の大地を置き去りにすることが

どうしても億劫だった。

ひとりぼっち、置いてけぼりにされるのは

もうごめんでしょ。

そんな悲しいことを

思い出させるような状態にしてまで

うちは修学旅行に行くのか。


当日だけれどいざとなれば「コロナになった」

「体調がすぐれない」等

適当言って休んでしまえばいい。

うちが修学旅行に行くよりも

大地が安全で幸せに

過ごしていることの方が

うちにとって重要なのだから。


大地が起きるまで待っていようと

心の中で密かに決めて準備を終えた時、

まるで狙っていたかのように

大地の部屋の扉が開く音がした。

階段を降りては

つんつんとした寝癖のある頭を

優しく掻きながら

「おはよう」と言ってくれた。


大地「あれ、修学旅行って今日からだよね?」


彼方「そう。早起きじゃん。」


大地「姉ちゃんが家出るの早いって聞いたからお見送りしたかったんだ。」


彼方「優しいね。」


大地「普通だよ。」


照れ隠しするようにそう言う。

他の人であれば「普通だよ」なんて言ったら

多少なりとも苛立つけれど、

大地に限ってはそんなこと全くなかった。

寝起きの彼の頭を撫でる。

毛が程よく手に絡む。


彼方「うち、家にいた方がいいでしょ?1週間もいないの心配じゃない?」


大地「心配…っていうか。物心ついてから長いこと離れるってそんなになかったから緊張するけど…。」


彼方「なら今からでも修学旅行に行かないって連絡するよ。」


大地「ううん、そうじゃなくて。これまで姉ちゃんを縛ってきたように思うから、短い間だけだけど楽しんできて欲しいなって。」


彼方「まず、縛られてきた覚えはないよ。それは違う。」


大地「…うん。」


彼方「それに、大地がそう言ってくれるならうちもちょっと安心した。」


大地「本当?」


彼方「うん。なんだかんだでこうして準備してるし、行く気ではあったと思う。」


大地「良かった。勉強も家事もちゃんとするから安心してね。」


彼方「ご飯は一応冷凍庫にも入れてるけど、足りなかったらコンビニで買ってきて。お金はそこのリビングの机の上に置いてあるから。洗濯の洗剤はどれ使うか付箋貼ってあるから、そのメモの通りに。」


大地「わかった。」


彼方「困ったらうちに言って。もしどうしようもならないことが起きたら、うちからいろはに連絡してここに来てもらうから。いろはなら顔知ってるし安心でしょ?」


大地「うん。」


大地は「心配症だな」「過保護だな」とは

一切言わなかった。

偉い子だからうちの言うことを

うん、うんと聞いてくれた。


大地「時間大丈夫?」


彼方「そろそろ。」


大地「いってらっしゃい。気をつけてね。」


彼方「行ってきます。」


1週間会えないことが惜しい。

心配だ、不安だ。

だけど大地を1度ぎゅっと抱きしめて

家の扉を潜って外に出た。


最近は気温の変化が大きい。

今日に限って寒く足元から冷えてゆく。

けれど、明日の神奈川は

また夏のような日差しに逆戻りするらしい。

その頃にはうちは北海道にいるから

もう知らない話だけど。


夏は嫌いだ。

汗をかいては肌が荒れる。

電気代も高くつく。

金の心配をしなくても良くなったとて

明細をみれば気になるものは気になる。

青春の権化のような

押し付けがましい曲も増える。

暑いせいで苛々して

全てが鬱陶しく見える。

冬は苛々しない。

悲しくなるだけだから。


夏は嫌いだ。

始まりが明確にある分、

終わりも明確にあるから。

終わった、と感じるその時が大嫌いだから。


だから夏は嫌いだ。

そう思いながら曇り空の広がる中

リュックを背負って登校した。


学校に着くと既に何人もの生徒が

班ごとに集まって話をしていた。

まるでうちをのぞいた多くの人に

30分前に集合しておくようにとでも

伝えたのかと思うほど。

適当に時間を潰していればいいかと

バスの並ぶ運動場の隅で

スマホを取り出していじっていると、

遠くから走ってくる影が見えた。

ちらと横目で見てみれば

何故か高田の姿があった。


湊「おっはよん!今日の調子はいかがですかい?」


彼方「は?」


湊「ほら、朝早かったでしょ?うちもう既にねむねむのねむなんだよね。」


彼方「それなー。」


湊「もしかしてー、ワクワクで眠れなかった同士!?」


彼方「不眠症。」


湊「そうだったんだ!じゃあ翌日修学旅行ってこともあって昨日は余計眠れなかったでしょ。」


彼方「何言いに来たの?」


湊「あ、そうそう。班で集まって待っててーってことみたい。人多いけどあっちで待ってようよ?」


彼方「人多いけどってあんたは思わないでしょ。」


湊「へ?ありゃ、うちが何度も東京に遊びに行ってることがこのオーラから漏れて」


彼方「あんたがうちの尺度に合わせる必要ないでしょ。無駄だから。」


耳に響く声で話す彼女を置いて

面倒だけれど人の集まる場所へ向かう。

人が多い場所自体は慣れている。

けれど、嬉々として話している

あの幸福そうな騒音が嫌いだった。

とてとてと高田が隣へ走ってくる。

こいつもその騒音のひとつだから嫌いだ。


湊「無駄じゃないって思うんだなー湊さんは。やっぱりせっかくの修学旅行だからみんなで楽しみたいし。」


彼方「うちはそんなこと望んでない。」


湊「でも、来たってことはそう言うことだと思うんだけど?」


彼方「お前うざい。さっきからずっとああ言えばこう言う。」


湊「もーそんなにカリカリしないでちょ。うちが悪かったよー。」


彼方「思ってもないくせに。」


湊「謝ってて悪いことはないのだぞん。」


彼方「あるだろ。」


湊「まあまあまあ、みんなのところに行きましょうや!ね?」


後ろから肩を掴んでは

「こっちこっち」と押してくる。

この馴れ馴れしさが

心の隙間にちょうど

入ってくるような人間もいれば、

そうでもない人間がいるとわかって

やっていそうなところが一層タチ悪い。


人溜まりに近づくと

最近、修学旅行関連の授業で

やたらと顔を合わせていた

国方茉莉、熊谷未玖、金子千穂が

話しているのが見えた。

皆こぞって朝お早いこと。


湊「こち丸ー!みんなー!全員集合だよん、じゃーん。」


彼方「うるさ。」


未玖「おはよー。」


茉莉「はよー。」


千穂「今日この子のテンションいつもの3倍ぐらい跳ね上がってるから勘弁してあげて。」


湊「通常運転だい!」


千穂「んなことはないでしょ。」


いつもであれば皆

冷めた目線をよこすのに

今日に限ってはそれが少ない。

浮かれているのだろうと

容易に想像できた。

人混みの中にきたとてすることはなく

高田の話題振りに

適当に返事をしながらスマホを眺める。

どうでもいいスキャンダルの

ニュースばかりが流れていく。

そうしている間に生徒は集まり、

先生からの話を終えてバスに乗る。


班の番号的にたまたま

最も後方の数席に座ることになっていた。

1人だけが後ろに

座るような形になるため、

「気を遣われるのがだるいから1人がいい」と

予め伝えたところ、

前から熊谷、国方、

真ん中に高田、金子

そしてうちという並びになった。

世間一般で見るなれば

ひとりぼっちだとか仲間はずれだとか

思われるのかもしれないが、

そう言った世論に

振り回される人間が馬鹿なだけ。

話しかけられないほど楽なことはない。

酔い止めの薬を飲んで

ネットサーフィンをして時間を潰す。


飛行機でも同様。

流石に隣には別の班の

知らない人が座ったけれど、

速攻で眠っていたから楽だった。

家を探したら埃をかぶって出てきた

有線のイヤホンをスマホに挿す。

現代的な音楽よりも

タレントががははも笑っているバラエティよりも

今では偉人と言われるような人々が

作曲したものを聞いている方が

ずっと心が落ち着いた。


空港から降りても

自由という自由時間はまだなく、

さらにバスで移動するらしい。

高田が修学旅行のしおりを片手に

「まだかなまだかな」と言っていた。


バスではあちらこちらで

話をしているのが聞こえた。

2年生の5月にもなれば

話し続けていても苦ではない友人を

見つけている人が多いらしい。

ここにいろはやあいつ、

詩柚がいたらまた違った話が

できたのかもしれないと思うと、

この修学旅行は本当に

楽しいのか疑問が生まれる。

大地に楽しんできてと言われて

心を決めて家を出たものの、

そもそも楽しいがわからないうちにとって

全てが無駄なんじゃないかと思ってきた。


スマホをいじっていると、

前に座っている2人の声が聞こえてきた。


千穂「湊って兄弟いるの?」


湊「いないよん。でもほぼ兄弟っていうか、姉妹みたいに育った人はいるね。」


千穂「幼馴染ってやつ?いいなぁ、憧れる。」


湊「うちは兄弟に憧れるね!こち丸はあれでしょ、お姉ちゃんでしょ。」


千穂「え、話したことあったっけ?」


湊「当たってる?いやぁ、こち丸は姉っぽいんだよね。こう、背中を預けてくれ!どんとこい!感がさ。」


千穂「何言ってるか全然ピンと来ないんだよね。」


湊「弟?妹?」


千穂「弟、弟。しょっちゅう喧嘩してる。」


湊「それ初耳だったなぁ。これまで「喧嘩してさー」みたいなことも言わなかったよねん。」


千穂「まあ愚痴るほど激しくもないからさ。しょうもないことでいっつも言い合いしてんのよ。」


湊「反抗期ってやつ?」


千穂「あー、そろそろだろうね?」


湊「んー、それを越えれば成長を感じる最大の壁っ!」


千穂「子供でも育てたことあんの…?」


湊「ないよーん。そうだ、なっちにも聞いてくる!」


千穂「なっち?」


突如斜め前に座っていた高田が席を立ち

何故かうちの隣に来て座った。


湊「ででん、突然ですが質問です!」


千穂「何そのCMみたいな導入。」


湊「なっちには…んーむむむ…お兄さんがいますか!」


彼方「いない。」


湊「じゃあ」


彼方「弟。」


湊「先越された!?もしや…未来予知の能力が」


彼方「なっちって何。」


湊「ん?あだ名だよん。彼方ちゃん、かなた、なっちゃん、なっち!」


彼方「呼ばれたことない。」


千穂「わかる。あだ名のセンス独特だよね。理由と経緯を聞けば分からなくもないけど。」


湊「才能が光ると言ってくれい!ちなみにこち丸はかねこちほだから間とってこち丸ね。」


千穂「はいはい。今じゃ気に入ってるからいいよ。」


湊「ほら、レビューもいい感じ。どうかな、なっちって。」


彼方「うちのこと最初は美人ちゃんって呼んでたもんね。」


湊「そのままなのも寂しいじゃん?」


彼方「きしょい、却下。」


湊「えーっやだやだ、なっちがいい!」


腰に手を回して頬擦りしてきそうな高田を

肘で押さえて近づかせなかった。

その間に金子の横には

また別の班の誰かが座って

話し始めていた。

移動しているバスの中

そんなに自由に動き回っていいものなのか。


湊「いやあ楽しみだね。ホテルでみんなで寝泊まりするのも明日以降の日程も!」


彼方「あっそ。」


湊「あと、なんと言ってもご飯が美味しそうなんだよ!海鮮丼とか羊のお肉とか!」


彼方「へえ。」


湊「あ、食べられなかったらうちにちょうだい、全部平らげるから。」


彼方「それは助かる。」


湊「えへへ、どんときたまえ。」


高田はまだ自分の席に

戻ることができないからか、

隣でバスに揺られてふらんふらんと

慣性に則って揺れている。

さっさといなくならないかと思っていても

たとえ口に出したとしても

戻らなさそうなことが目に見えた。


湊「あれだね、4月の時はみんなで寝泊まりって感じじゃなかったしね。」


彼方「人狼否定派さん。」


湊「なんだいなんだい。いいやろがい!」


彼方「何も言ってないけど。」


湊「そいえばあの時なっちは誰と一緒にいることが多かった?集合とか食事以外であんまり見かけた記憶なくって。」


彼方「いろはくらいじゃない?あんま覚えてない。あとは1人音楽室。」


湊「そうだったんだ!あ、廊下にちょっとだけ聞こえてたのってそれかな?」


彼方「音漏れしてたんだ。」


湊「んー、めたんこ近づいたらわかるくらい?音楽好きなの?」


彼方「クラシックは。」


湊「ほえー、高尚な趣味をお持ちで!」


彼方「誰だって楽しんでいいでしょうに。」


湊「あはは、確かに確かに。うちはそういう系あんま聞かないからさ。童謡ばっかり聞いてるの!楽しいよ、あれ。」


彼方「子供っぽ。」


湊「なんでだろ、それよく言われる!おまつりんにもむかーし言われたんだよ。」


彼方「何で今その名前が出るわけ?」


湊「え?話の流れってやつさー。」


彼方「だる。」


湊「でもでも、おまつりんの話になっちゃうんだけどさ、今日なっちが来てくれてほっとしたって言ってたよ。」


彼方「あそ。告げ口どうも。」


湊「告げ口っていうか、ポジティブに捉えられるような…良いと思ったことに関しては本人に伝えても良いと思うけどねん。」


彼方「どこまで聞いたの。」


湊「え?来てくれてほっとしたってことしか聞いてないよん。特に深い理由があるのかーとかは何も知らないからわかんないけど、冬あたりと比べておまつりんとそこまでバチバチしてない感じ、少し見方を変えてもいいなと思える何かあったのかなとは感じてるよん。よかったね。」


彼方「何が。」


湊「仲直りとか友達とまでは行かずとも、そこそこになって。」


彼方「仲良し主義でしょあんたは。」


湊「まあ仲良しってことに越したことはないけどさ。バチバチしなければ多少は相手の意見を聞く余裕出てきそうじゃん?それがちょうど良さげって感じ。」


彼方「頭いいんだか悪いんだか。」


湊「留年してるし悪いよりではあるか!」


彼方「そうなんだ?」


湊「あれ、言ってなかったっけ?うち留年してるから実は1歳年上。お姉ちゃんって言ってくれてもいいんだから!」


彼方「ふーん。」


湊「やーんつんつんされるとてーれーちゃーうー。」


高田は自分の頬に両手をあてて

漫画のように照れを表現していた。

ただうるさいだけの彼女に

そのような過去があるなんて知らなかったし

人狼で個人個人の秘密情報が

開示される時、

もしかしたらこれだったのかとも思う。

が、本人がこんなに口軽く言っているのだから

割と周知の事実なのだろう。

なら秘密でも何でもないか。


これまで別世界の人間だと思っていた分、

そのようなハンデともなり得る過去が

ありそうなことを知って

自然と興味が湧いた。

もしかしたら仲間なのかもとすら

淡く無駄な期待を持ってしまう。


彼方「てか何で留年?出席日数?」


湊「いいや、結構ちゃんと毎日行ってたよん!成績だね!」


彼方「馬鹿なんだ。」


湊「いーや?そんなことないですけどね!」


彼方「成山受かってんなら相応には学力あるとは思うけど。」


湊「見事に置いてかれました!」


彼方「今季のテスト修学旅行後にあるけど。」


湊「1、2週間くらいは余裕あるでしょ?だから修学旅行でたくさん遊んでその後たっくさん勉強する。新生湊さんだからね!」


彼方「留年の理由、それだけ?」


湊「ん?勉強サボったなーくらい?」


彼方「バイト?部活?」


湊「両方かな?何ですか何ですか、去年の湊さんの事情が気になってきちゃいましたか!」


彼方「そ。」


湊「へ?…あはー、そんなに素直ななっちが見れると照れちゃうね。」


彼方「何で?」


湊「じゃ、まぁ…これ、内緒のお話しねん?」


そう言って高田は声を抑えた。

隣を見る。

前の座席の背を見つめる高田がいた。

けれど、それがやけに不自然に見えた。

内緒の話ならこんなに人が

大勢いる中でしないだろう。

メッセージでも電話でも、

人気のない場所でもいい、

とにかく人目に触れないところで話すはず。

ましてや高田の性格だ。

まるで明るくしていることだけが

正しいと言わんばかりの彼女だ。


刹那、高田に対して期待していたものの

その期待も興味も意味のないことだと

咄嗟に感じてしまった。


湊「実はね、自分で銀行口座1個作ってさ、ずっと貯金してたの。ほぼ毎日バイト!2つか3つ掛け持ちしてさ。だから昼は寝てた。」


彼方「ふーん。」


湊「まあ、それとちょっとした親への嫌がらせ?確かに今暮らせているのは親のおかげ。金銭面もそう。それは感謝してる。けど、過保護すぎたんだよね。それでうち自身の生活が狭められることもあってさ。だから少しだけ嫌がらせをしたんだ。子供みたいでしょ。」


彼方「それ、どこまでが嘘?」


湊「へ?何で今ここで嘘の話をする必要があるんだい?」


彼方「知らない。けど、なんか…きもい。」


湊「ちょーいちょいちょい!ただの悪口じゃーん!」


彼方「きもいものはきもい。感覚の話。」


湊「もしかして…犬以上に嗅覚が強いとか!嘘の味がする…とかそういう!?」


彼方「だる。」


湊「やーんそんな顔しないでーん。」


彼方「きも。くんな。」


湊「多分ね、なっちの周りにうちみたいなタイプの人間ってあんまいなかったんじゃないかなーって思うんだよ!」


彼方「はぁ。」


湊「あってる?」


彼方「いないっちゃいない。こんな奇天烈なやつ。」


湊「だれが珍獣じゃい!」


彼方「あながち間違いじゃない。」


湊「周りにいなかったから頭の中のデータにないだけだと思うんだよ。だから、うちの隠れ目標ひとつ!なっちに高田湊を知ってもらうこと!」


彼方「今言うなら隠れてない。」


湊「それもそう!鋭いですなー。」


彼方「席戻れよ。」


湊「もうちょっこしだけ話そ!この後行くさー」


高田は自分の席から

修学旅行のしおりを持ってきて

日程表を指差しながら

あれが楽しみ、これが楽しみと語った。


確かに彼女の言う通り

うちの周りにはいないタイプだ。

楽しみで溢れている人生なんて

遠いにも程がある。

だから理解できないのはそうなのだが、

それにしても拭えない何かがあった。

まるで窓にこびりついた汚れのよう。

どれだけ洗っても落ちやしないような

頑固汚れの如く脳内では引っかかっていた。

それも彼女のいう

「高田湊を知る」ことで解消するなら

それはそれでいいけれど。


けれど、他人を知るほど

面倒で悪いことはない。

突っ込んでしまったが最後、

相手に背負わせる権利はあるはずだ。

反面、背負わされる権利も。

ならうちはうちのことだけ背負っていたい。

それで済むのなら人生軽いもんだ。

横で目を輝かせながら話す

高田の話をほとんど無視して

窓の外を眺めた。


初日はほぼ移動で終わった。

途中小さな動物園のような箇所に寄って

ヤギに触ったり2人乗りの自転車を

漕いだりして遊んでいる生徒を見かけた。

けたけた笑っていたけど

何が楽しいのだろうと遠目で見ていた。

結局高田を軸に振り回されて

班でいろいろ見て回ったけれど。


ホテルに着いて食事や風呂を終えて

自分らの部屋番号に戻る。

それだけでどっと疲れていたことが

体の重さから不意にわかった。

眠くもないけれど疲労を理由に

1番奥の布団を占領し、

背を向けて寝転がる。

少ししてまた高田を中心に

きゃいきゃい騒ぎ出した。


湊「ねねね見てよこち丸!じゃじゃーん。みくぴもみくぴも!」


千穂「ちょっと、本当に持ってきたの?」


湊「もちろん!飛行場での検査がめたんこ怖かったけど、無事!」


未玖「小型のプラネタリウム!?よく先生にもバレなかったね。」


湊「先生の目に入らないように順番調節してたからねん。」


茉莉「悪い子だー。」


湊「いいんだよーん、一生に一回じゃんね。なっちもおいでー。」


彼方「…。」


未玖「なっち?」


湊「彼方ちゃんのあだ名。いい感じっしょ!」


千穂「寝てるんじゃない?」


湊「ありゃま。じゃあ悪いことしちゃったね。」


不眠だと話したのに

それをもう忘れているのか、

それとも気を遣ったのか

高田らは少し声を抑えて

「説明書が」と話し出した。

その時、と、と、と

枕元から足音がした。

何かと思いつつも動かないままでいると、

とんとんと肩を叩かれる。

ゆっくり顔を上げると、国方がいた。


茉莉「起きてんじゃん。」


彼方「寝てた。」


茉莉「えー、嘘寝じゃなくて?」


彼方「ノンデリが。で、何。」


茉莉「プラネタリウム見るだけ見よってお誘い。」


彼方「んなことする人間じゃないでしょ。」


茉莉「ま、顔だけあげてようよ。」


そう言った途端、

消灯時間にはまだまだ早いのに

ぱち、と部屋の電気が消された。

たった今別の部屋の生徒や

先生が見回りに来たら

多少たじろぐことだろう。


そんなことを思っていると次の瞬間。

かち、とコードを刺したような音がした。

そして。


千穂「うわっ、すご!」


未玖「プラネタリウムだ…!」


湊「いい感じでしょー?また全壁網羅って感じじゃないけどねん。」


千穂「めっちゃ綺麗!やば、テンションあがる。」


刹那、ぶわっと青い光が充満していた。

視界が穏やかなオーロラの流れる

煌めく星空で埋め尽くされている。

壁や天井に反映されたそれが

目に入り、頬や腕に

青が落ちているのが想像できる。

不意に綺麗だと思ってしまった。


国方は壁際に座って

ぼうっと天井を眺めていた。

その瞳にも星空が映っている。


茉莉「室内プラネタリウムめっちゃいいじゃん。」


彼方「…。」


茉莉「ねー、写真撮っていいー?」


湊「おけよん!あ、でもSNSは駄目だぞん!うちがこういうことしてるって学校側に伝ったら大変だからねん。」


茉莉「おっけおっけ、眠らせとく。」


湊「たまには見返してあげてよー?」


千穂「うちも撮りたい!」


湊「これね、実はまだまだモードがあるのだよ!」


未玖「え、まだあるの?」


湊「いい反応してくれるねー!ここをこうするとねー」


国方も皆のいる方に混ざっていき、

4人は騒ぎながら夜空を何度も

切り替えては楽しそうに笑っていた。

目がチカチカしたにはしたけれど、

綺麗なものを摂取できる分には

悪い気はしなかった。

布団から顔を出して

頬杖をつきながら眺める。


こういう時にどうしても考えてしまうのは

大地のことだった。

今何をしているのかな。

1人で不安じゃないかな。

ちゃんとご飯食べたかな。

お土産買っていきたいな。

そう思った時に、

何かこういうことをしたという話が

ひとつでもいい、できればいいな。

ふとスマホを手に取る。

そして壁に映されたオーロラと星空を

静かに写真に封じ込める。

同じ班の人が危険を犯して

馬鹿して遊んでた、と伝えてあげよう。


写真の中の4人は

満面の笑みを浮かべていた。

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