四境村の怪
千織
墓荒らし
大学近くの喫茶店によく行き、そこで働く同い年の
その日も穂波は喫茶店にいて、本を読んでいた。
弥彦はいつものコーヒーを淹れて、穂波に出した。
そして言った。
「穂波君、相談があるんだけどいいかな」
「なんだよ折り入って。僕で相談に乗れることならいいけど」
他に客がいないことをいいことに、弥彦は穂波の向かいに座った。
「正直に言うと、誰に相談したらいいかわからないような話なんだ。俺が知ってる人の中で一番頭がいいのが穂波君だから、何かわかるかなと思って。とりあえず話だけでも聞いてくれないかな?」
「はあ。何を基準に頭がいいと言うかわからないが、聞く分には構わないよ」
穂波の言葉を聞いて、弥彦は相談事を話し始めた。
「俺は、ど片田舎の村出身なんだけど、その村で一生を過ごすのは嫌だと思って、都会に出たんだ。両親はもういなくて、村には三歳年下の妹が残っていた。でも、先月の大雨の土砂崩れに巻き込まれてしまって……その妹も亡くしてしまったんだよ」
「ああ、そうだったね。悲しい話だった」
「それだけでも俺は辛いんだけど、一昨日、墓荒らしがあって、妹の遺体が盗まれてしまったんだ」
「なんだって? それは災難だ……。故人や遺族の気持ちを踏み躙るなんて、信じられないね」
「ああ。村は土葬で、だからといって、金目の物は入れてないのに。一体、誰が何のために……と思うと、気味が悪いし悲しいし……。村の人は、化け物の仕業じゃないかと言って、まともに調べる気がないんだ。そんな迷信を信じ切っている村の雰囲気も嫌で、俺は都会に出たんだけど……。まあ、俺の話はいいとして、なんとか、妹の遺体を取り戻したいんだ。穂波君に協力してもらえないだろうか」
「気の毒だとは思うが、僕にできることがあるかな。何をすればいいんだい?」
「一緒に調べてほしいんだ。俺一人でやっても気づかないところが多いと思うから」
穂波は考えた。
弥彦のことは本当に可哀想に思う。
今は大学も夏休みで、弥彦に付き合う時間はある。
自分ごときが何をしたところで、事件の真相がわかるとは思えないが、このまま何もしないままでは、弥彦の気が晴れないだろうと思った。
「わかった。協力しよう」
「ありがとう、恩にきるよ」
弥彦は相好を崩した。
「まず、何から調べようか?」
「悪いけど村に一緒に来て、見てくれないだろうか」
現場百遍か。
翌日、弥彦の故郷へ行くことにした。
♢♢♢
弥彦の故郷は
列車を乗り継ぎ、さらに一日に三本くらいしかないバスに乗る。
実に不便。
都会生まれ、都会育ちの穂波にはちょっとした冒険だった。
宿は、弥彦の親戚の家に泊まることになっていた。
出迎えたのは弥彦の叔母だった。
「こげなへんぴなどごさよぐぎだなっす。入ってけら。都会の人さ、やっぱふんいぎがちげな。まあ、なんもねぇどごだげんども、自然だげはいっぺあるすけ、ゆっくりしでけで」
訛りはあったが、穂波にも意味がわからないわけではなかった。
二人は荷物を置くと、早速墓地に向かった。
早朝に出発したのに着いたのは昼下がりで、もたもたしていると夕暮れが迫ってしまう。
共同墓地に着くと、野田家の墓があり、墓石はどかされたままで、土は被せられていた。
二人はスコップで土を掘った。
「土葬の時はよ、遺体を屈めで座らせるようにしてさあ、桶に入れるのさあ」
弥彦が言った。
「…………弥彦、田舎に来たら、訛るんだな…………」
弥彦は口を尖らせた。
「まさが、この村で気取った言葉を使うわげにはいがねのさ。知り合いに聞がれだら恥ずかしいべ」
そういうものか。
「喫茶店では、料理人で優男の弥彦が訛りが入るとたくましく感じるのはなぜだろうね」
「……訛りば、粗暴な男のイメージだべ。食って、働いで、寝る。コーヒーの繊細な味の違いなんざ全くわがらね。生きる意味だの、人間の本質だの、そったら高尚な話なんざねぇ。ただ、生活して、
そう言いながら、弥彦は手を動かした。
たしかに弥彦は、穂波の大学の話や本の話に強い興味を持ち、特に哲学を面白く感じていたようだった。
それにしても……訛りが入るだけで、弥彦が別人のように感じる。
いつもの、客に対する爽やかな笑顔や口ぶりはどこへ行ってしまったのか。
弥彦の妹―マイ―が眠っていた桶の上部を露出させた。
蓋を開けると、もちろん中は空だった。
穂波は、中を懐中電灯で照らした。
「……何も変わったところは無さそうだな……」
「んだな……」
弥彦も中をまじまじと見たが、何も見つけられなかった。
穂波は、蓋をひっくり返した。
蓋は木でできているのだが、無数の引っ掻き傷がある。
「弥彦、この蓋の傷は何だい?」
「……さあ。何となく、新しい傷のよんたな……」
「傷は……大きくも深くもない。まるで……爪で引っ掻いたような……」
「……マイは、生ぎでたんだべか」
弥彦はつぶやいた。
「まさか! 病気で急に倒れたならまだ可能性はあるが、土砂崩れで一週間近く埋まっていたという話だったじゃないか。それで生きてるか死んでるかを間違えるなんてありえないよ」
穂波は弥彦の顔を見た。
悲痛な表情で桶を見つめている。
あれだけ迷信を信じる故郷が嫌だと言っていたのに、自分の妹のこととなると急に非科学的なことを言い始める。
よっぽど、精神的にこたえてるのだろう。
頭がおかしくならなければいいが……。
穂波はそう思った。
(続)
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