カナリーイエローのワンピース

片隅シズカ

カナリーイエローのワンピース

 赤、青、水色、緑、黄緑、黄色、橙、桃色、紫、茶色、黄土色、黒、灰色、白。


 小さい頃、クレヨンに14色しかないのが不思議で仕方ありませんでした。

 幼稚園ではお絵描きの時間があって、ある日、好きな場所の絵を描いてみましょうと言われたんですけど、描けるわけがないと思いました。


 この世には、同じ色なんて一つもありません。


 同じ晴れの空でも【ベビーブルー】の日もあれば【アクアブルー】の日もあります。葉っぱだって、光の当たり方次第で【エバーグリーン】から【フォレストグリーン】に変化するのです。一枚一枚、色が違うのです。


 でも、周りはみんな【水色】とか【緑】としか言いませんでした。たった14色のクレヨンで、思い思いに好きな場所の絵を描いていました。


 僕には、たった14色で絵を描くなんて無理でした。色が少なすぎました。

 そう伝えても、先生も幼稚園のクラスメイトも、ただ首を傾げるだけでした。帰ってから親に伝えても、全く同じ反応でした。



 昔から、僕は色に敏感なんです。



 周りには不思議がられましたが、僕からしたら疑問を抱くまでもない、当たり前の感覚で……あ、自画自賛とかじゃなくて!


 どんな人でも必ず服を着るじゃないですか。それと同じです。

 だからこそ、クレヨンの色が少ないことを分かってもらえなくてショックでした。幼いながらに、孤独を感じました。


 もしかして、自分の伝え方が悪いのか。

 色の名前が分からないから、上手く伝わらないのではないか。そう考えて、図書館やネットなどで色事典なるものを手当たり次第に漁りました。


 でも、変わりませんでした。

 色の名前を覚えても、意味もなく『細かい』と苦笑いされるばかりでした。


 僕からしたら、一括りに【黄色】などと言う方がどうかしてると思います。


 世界はこんなにも色で溢れているのに、それを限られた色でまとめてしまえることが、子どもの頃からずっと、気持ち悪くて仕方がない。


 だけど僕には、周りの言葉や環境に抗う強さなんてありません。

 孤立することを恐れて、次第に、色のことを指摘しなくなりました。みんなと同じように【黄色】と一括りにするようになりました。



 好きな色、ですか?


 子どもの頃から変わりなく、ずっと【カナリーイエロー】一筋です。



 小学五年生の夏休み、テレビで見たカナリアの羽に心を奪われました。その日は40度越えの猛暑だったことまでよく覚えています。


 それくらい、衝撃的でした。

 柔らかな色合いの中に、太陽の輝きを閉じ込めたその色の美しさは、色に敏感な子供には青天の霹靂だったんです。


 それ以来、僕は【カナリーイエロー】の物を欲しがるようになりました。


 当時は10歳の小学生です。親には「もっと男の子っぽい色にしたら?」と苦笑され、周りの子たちにも「女みたいでキモイ」と笑われました。


 好きな色すら選べないのかと、落胆しました。


 それでも、程なくしてみんなが好むような色を、さながら僕自身も好んでいるかのように振舞うようになりました。誰からも馬鹿にされなくなりましたし、両親に至っては、僕が変なことを言わなくなったと安堵すらしました。


 僕自身も、このままみんなと同じことを続ければ、色の違いなんて気にならなくなると信じるようになりました。


 だけど、僕は変わらなかった。

 むしろ、同調すればするほど、周りへの不満が増していくばかりでした。


 僕もみんなと同じように、好きな色があるだけなのに。みんながそれを【黄色】と言ってしまうのだって、我慢しているのに。

 それとも、みんなが言うように僕が細かすぎるだけなのだろうか。【カナリーイエロー】が好きな僕は、女みたいなのだろうか。



 僕が、おかしいのだろうか――――と。



 そんな灰色の毎日を変えたのは、中学二年生の子供の日でした。

 ゴールデンウイークの最中でしたが、僕は一人で散歩していました。両親は稼ぎ時だし、友人たちは全員予定があって、人と出かける予定がなかったんです。


 周りから同情されましたけど、むしろ一人になれると内心喜んでいました。


 当時、僕は一人の時間が好きだったんです。

 特に、一人きりの散歩は、僕の数少ないストレス発散法でした。目の前に広がる色たちを、心置きなく堪能することができますから。


 だから、背後で突然電子音が鳴り響いた時は、それはもう驚きました。

 反射的に振り返って、僕は信じられないものを目にしました。


『あ、もしもしー?』


 スマホを耳に当てて、軽快に話す女性がいました。溌剌としていて、洗練されていて、一目で勝ち組なんだろうと分かる出で立ちでした。


 顔は、覚えていませんでした。

 僕の目に留まったのは、女性がまとうワンピースの色だったんです。


 イエロー系のチェック模様が全体を彩り、白いレースが施されたワンピースでした。お洒落だけど、全体的にシンプルなデザインでした。


 人が見たら【黄色いチェックのワンピース】としか思わないでしょう。

 確かにイエロー系でしたが、実際には十数の色で彩られています。


 その中で、一際キラリと輝く色がありました。


 柔らかな色合いに太陽の光を閉じ込めた、カナリアの羽の色。

 幼い頃に心を奪われ、今でも愛して止まない【カナリーイエロー】。


 でも、それは僕の知らない【カナリーイエロー】でした。かつてテレビで釘付けになった【カナリーイエロー】も、今まで見てきたどの【カナリーイエロー】も、あれには及びませんでした。



 至高。その一言に尽きました。



 あの【カナリーイエロー】の輝きは、柔らかさは、唯一無二の存在でした。


 最初に話したように、この世に同じ色は一つたりともありません。

 だから、ここで【カナリーイエロー】と言っているのも、便宜上そう表現しているだけです。全部、違う色です。


 さっき、好きな色をお聞きになりましたが、正確には【中学二年生の子供の日に見たカナリーイエロー】なんです。


 奇跡でした。ただの散歩で【至高のカナリーイエロー】に出会えたのです。ずっと、この時のために生きてきたのだとすら感じました。


 生きていてよかった。

 こんな充実感は、生まれて初めてでした。

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