このスライムやけに私に懐いてくる

西條セン

第1話

 高潔の魔女と呼ばれるフィリアには何十人もの弟子がいた。


 エドワードはその中の一人で、奴隷商人に商品として売り物にされているときにフィリアが気まぐれで買い付けた人間の子供だった。

 彼はフィリアによく懐き、フィリアから魔法を習って暮らし、いつしか弟子になっていた。


 魔女とまで呼ばれるフィリアに魔法を習いにきた人間は少なくない。その中でもエドワードは群を抜いてフィリアと同じ時間を共にした弟子だった。


 彼が十六の歳になったとき、とある国のとある都市が魔族に攻め込まれて壊滅状態に追い込まれる事件があった。

 その際にフィリアが事件の首謀者として捕えられ、数年を牢の中で過ごしたことがあった。

 フィリアは魔族が攻め込んだ事件とはまったく関係ない。しかしその国の偉い人たちはフィリアの言葉には信憑性がないとして、聞く耳を持たず一方的にフィリアを牢に繋いで罰を下そうとした。


 その国の判断にフィリアの弟子たちは反対してくれたが、このままでは弟子たちも自分と同じように捕まってしまう可能性がある。そう判断したフィリアはこの件に関わるのは止すように、と弟子たちに手紙を送った。

 その手紙を見て弟子たちは声を上げなくなった。師匠がやめろと言ったのだから、素直にその言葉を聞いて従ってくれたのだ。


 しかしそんな中、その言葉に従わなかった弟子もいた。それがエドワードだ。

 彼は牢屋に忍び込み、監視の目をかい潜ってフィリアを外へと逃した。

「私は逃げない」

 そう拒否するフィリアの腕を無理やり掴んで。



 高潔の魔女、フィリア。元々の通り名を混血の魔女フィリアと呼ぶ。

 混血。その言葉の指す通り、フィリアには人間とは他に魔族の血が混じっている。故に、混血の魔女。


 魔族と人類は長年相容れない関係性を保っていた。

 それなのに魔族と人類の両方の血を持つフィリアが生まれた。母親はフィリア出産時に亡くなっており、父親は誰かわからない。

 魔族の血を流しながらも魔法の才に恵まれていたフィリアはその才能を認められ、国に保護されて魔法を学んだ。

 そうして魔女と呼称されるほどに技術を高めたのだが、フィリアに流れる魔族の血はフィリアをただの人間としては生かしてくれなかった。

 人の寿命はそう長くはない。長くても最高記録が九十歳のこの世界で、フィリアの年はゆうに百を超えた。

 見た目も青年期から成長することをやめ、人と呼ぶにはあまりにも長生きし過ぎた。

 だから人々は畏怖の意味も込めて、彼女を混血の魔女と呼ぶようになったのだ。

 それにフィリアは不満を覚えたことはなかった。

 自分が魔族との混血であることは事実で、人よりも随分と長生きなことに自覚はある。

 彼らの言っていることは正しい。私は混血だと。

 混血のせいで時折不遇な扱いを受けることもあったが、フィリアはそんなことたいして気にはしなかった。


 混血の魔女と呼ばれるフィリアの元には弟子を希望する者が現れ、フィリアも自分が力になれるのならと弟子たちに魔法の使い方を惜しみなく伝えた。

 弟子たちが幸せにしてくれていたらそれでよかったのだ。

 けれど、そんな大切な弟子の一人を失ったのは、件の魔族の事件のときだ。

 混血だからという理由で捕えられたフィリアを逃したエドワードは全国的に指名手配され、フィリアと一年に渡る逃亡生活を送った。

 師匠の言葉を無視し、国を敵に回してまでフィリアを守ろうとしたエドワード。

 彼は逃亡中に流行り病に罹り、いとも簡単にその儚い命を落とした。あまりにも短い人生だった。

 私のせいで、と嘆いてもエドワードは帰ってこない。悪夢のような日々が続いた。

 フィリアの無実が証明されたのはそれからすぐのことだった。

 あと数ヶ月はやく無実を証明できていればエドワードは死なずに済んだのかもしれない。フィリアは無実だったとみんなが認める前にエドワードは死んでしまった。


 フィリアによく懐いていたかわいい弟子の最期は、初めて会ったときと変わらない綺麗な笑顔だったことを今でも覚えている。

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