ちかをみるひと

けものさん

第一探索『パンの美味さはモチベに繋がる』

第一話(地上)『人類、足元暗し』

 平和の象徴は、いつだって人気になる。

 それが、魔物はびこるダンジョンだとしても、それが事実的に平和に繋がるならば、大盛況なのだ。

「いってらっしゃいませー。はい、でっかいパンをどーぞー」

 今日も私はダンジョン横にある仮設住宅兼職場から攻略に励むお兄さんお姉さん達を見送っていく。

 パン屋さんでは決して無い、武器やアイテムもあるけれど、雑貨屋でもない。

 通称『門番ちゃん』と呼ばれる私は、ダンジョン屋さんとでも呼ぶべきだろうか。


 本名の『ルーネ・トネリコ』なんて名前で呼んでくれる人は少ない、だって友達なんていないし。


「門番ちゃん! 救難信号鳴ってるよ!」

 帰り際の冒険者さんの声に、私は溜息混じりでカバンにパンを一つ詰める。

 武器倉庫からこん棒を一本、腰にぶら下げた私は、職場兼今の実家を出た。


 眼の前には、ダンジョン。


 もとい、元実家。


「もう、お賃金の為だから良いけれど、諦めたら手ぶらで戻れるのになぁ」

「俺みたいにな!」

 顔見知りの冒険者さんが豪快に笑う。

「もう、17階で空腹で倒れかけてたの誰だと思ってるんですか」

 

 門番というのは体裁の良い呼び名なだけで、私はダンジョンに潜ってにっちもさっちもいかなくなっている人を助けるのがお仕事だ。


 『ダンジョン屋さん』

 それが私の、私だけのお仕事。

 というよりも、私が無理やり背負わされた業。


――だってあのダンジョン、私の実家だし。

 

 魔王の存在なんて知られていないのに、どうしてか魔物が自然発生するという事は、数年前までこの世界の常識だった。奴らは急に現れ村々を襲い、人を襲う。

 放置してしまえば繁殖するのは当たり前だけれど、それ以上に、狩っても狩っても絶滅しないのが大問題だった。

 文字通り急に黒いモヤと共に現れるのだ。その生態系は未だに良く分からないまま、歴史書を紐解いても明かされず終いだった。


 だけれど、それを解いてしまった大馬鹿な地質学者がいた。

 私の父である。

 

 彼は魔物の発生原が地下であるという事を解き明かし、私達が住んでいる地上よりもうんと深い地下深くに魔王が存在しているという仮説を打ち立てた。

 ただ、その仮説は仮設に過ぎず、大穴を開けた所で、裏付けなんて出来やしなかった。


、だけれど、それを裏付けてしまった大馬鹿な大魔法使いがいた。

 私の母である。


 彼女は約十年以上蓄えていた膨大な魔力でダンジョンを作り出し、実際に魔物がモヤとしてでは無くその穴から出てくるという事を証明して見せた、魔王がいるかどうかは置いておくとしても、魔物が地下からやってくるという事を裏付けた。


 長年に渡る実験場所は、私の家。幸い父も母も名のある学者であり、魔法使いだったからお金はあった。いい生活をさせてくれた。美味しいパンを沢山食べた。私が冒険者さん達にプレゼントしているパンに敵わないくらいに。


 そうして、あの頃は未だ見ぬ、ダンジョンと名前もついて無い架空の世界についての英才教育を、嫌という程させられた。


 意味があるかは分からなかった。子供だった私にとっては御伽話のようなもの。だけれど実際に、ダンジョンという物は生まれ、世界は私の両親のお陰で大ダンジョン時代へと突入してしまったのだ。

 未踏の地は地下にこそ存在して、魔物は地下で生まれ、同時に地下は魔力で溢れている。


 戦いで生業を立てる人の目標として、勇者として名を馳せたい人の目標として、戦いを求める人全てが、ダンジョンに押し寄せる事となった。


 その第一号が、私の実家だ。ちなみに実感兼ダンジョンが出来て二年、未だに最深部に辿り着いた人はいない。


 だけれど、その二年で大体の法則性が見えてきた。

 ダンジョン化されている空間、魔力渦巻くダンジョンでは、その魔力により魔物と同様にアイテムが生成され、魔法書から武具、特殊な効果がある草や水、しまいには食料まで落ちているときた。

 勿論毒物もあるけれど、大体は使っても大丈夫な物のようで、近年はそのアイテム達を求める商人パーティーなんていうのも増えてきている。


 それらを使い、今やこの世界の勇者ならぬ、冒険者達はせっせとダンジョンに潜り、魔物を倒してアイテムを持ち帰りそれを売ったりして生業にしているのだ。

「ん、地下3階からなんて珍しいな。余程良い物拾ったのかなぁ……」

 良いアイテムは下層に行けば行く程増える。救難信号を出すという事は、それを無事持って帰りたいという事だ。

 法則の一つとして、ダンジョン内で『死ぬ』事は無い。強制的にダンジョンの外に追い出される。拾った物を全部なくし、すかんぴんになる。つまりはその保険として、救助役の私がいるというわけだ。

 ちなみに父と母は最下層であるところの実家で過ごしているらしい。隣に魔王がいるだろうに、胆力がどうかしているとしか思えない。


 というよりも、単純にどうかしている。では何故私だけが此処にいるのかという事だ。

 ダンジョンの英才教育を受けてきた私だけが、社会を見てこいだなんて言われて地上にすっ飛ばされた。


 父から受け継いだのは、知識と立ち回り。武具を扱うという事。彼はいっぱしの戦士でもあった。

 母から受け継いだのは、判断力と技術、それとパン作り。母程の魔法使いの子でありながら、魔法の才能の無い私にでも、魔力漂う場所、つまりダンジョン内で魔法書を読めばその魔法書の存在と引き換えに魔法を発動させられる程度には鍛えてもらった。

 とはいえ、それは努力でなんとかなる話。


 二人が私に、私にだけ色濃く受け継がせたのは、たった一つ。


――それは、二人が作るであろうダンジョンという場所を愛せという事だった。

 だから、私は多少強引にでも、納得してこの一年『門番ちゃん』をやっている。

 

 魔王がなんだ、魔物がなんだ。良く分からない。

 だけれどまぁ、私はダンジョンが好きだ。毎日変わるその複雑性、何百回入ろうが、何千回入ろうが同じ形が見えてこない真実。だけれど私には人には言えないズルい秘密が一つある。


 見えるのだ。魔力が。

 要はアイテムや、魔物の能力、ダンジョン内に限り、それらが見える。

 『識別』という母から与えられた私だけの権能を以てして、私はこの立場にいる。

 解き明かせという事なのだと、勝手に考えながら、それでもこのダンジョンの攻略はままならない。


「だったら解き明かさなきゃね。でも、とりあえずはお賃金か」


 雑なこん棒を腰にぶら下げながら、私は実家に戻る。

 ダンジョンの入口に設置した巨大シャッターの本日の営業は終了しましたという文字を見てから、魔法の鍵でシャッター横の扉を開ける。

「さ、まだたったの数百回、千回目になったって、頑張っちゃおうじゃないの!」


 言いながら私は眼の前のモヤに入り、目を見開いた先にいたプルンプルンの二足歩行のスライムを見て、小さく笑った。

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