みちのえきプロレス

冬野こおろぎ

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「おいおい……あそこにいるの、『バイカー川名』じゃねえか」

 

 社有車で出張中、休憩のために立ち寄った道の駅で、先輩が驚いた様子で声を上げた。


「バイカーですか?」

「ほら、あのロードバイクのそばに立っているイカツイ兄さん。あれ、バイカー川名だろ?」


 先輩が指さす方向に視線を向けると、駐輪スペースのあたりに、ロードバイクと共に立つ、デカくて強面の男性が立っていた。身体に密着したサイクリングウェアを着ているために、はちきれんばかりの胸板が強調されており、只者ではないオーラを醸し出している。


「自転車乗りって、バイカーじゃなく、サイクリストって言うんじゃ?」

「そうなのか? いや、そんなことはともかくだ。『炎と氷の金網デスマッチ』で一躍有名になったプロレスラーのバイカー川名を、お前は知らねえのか?」

「すみません、プロレスには疎くて……」


 僕が申し訳なさげに言うと、先輩は頭をかきながら、「そっかー、知らないかー」と残念そうな顔をした。


「その、バイカー川名でしたっけ。あの人は、どのようなプロレスラーなんです?」

「一言でいうと悪役だな。フランケンシュタイナーが得意技で、マウントをとってから相手を徹底的に蹂躙するスタイルなんだ」


 聞けば、対戦相手の首を両足で挟み込み、そのまま宙返りをして相手を頭からマットに叩きつけた後、そのまま相手にまたがり、顔を情け容赦なく殴るのだという。


「うわあ、それはエグイですね」

「だろ? 暴れ出したら止まらないってことで、『ノーブレーキ』のバイカー川名って呼ばれているんだ」


 せっかくだし、サインを貰いに行ってはどうですというと、先輩はとても悩まし気な顔をした。


「俺も出来ればそうしたいところなんだけどなあ。下手すると、凶器攻撃を喰らいそうじゃん」

「どこに凶器があるんです?」

「すぐ近くにあるじゃないか。あのロードバイクだよ」


 彼のすぐそばに、赤色のロードバイクがある。とても大切に手入れされているのだろう、フレームがピカピカに磨かれ、輝いて見える。


「自分の愛車で人を殴るなんてことは無いと思いますが」

「彼は愛車の『牢怒倍苦ろうどばいく』を凶器に使用するんだ。デビューしたての頃は、『川名信治』ってリングネームだったが、愛車を凶器に使いだしてからは悪の道に目覚め、地獄からやってきた自転車乗り『バイカー川名』として転生したんだぜ」

「転生って……どういう設定なのかがいまいちピンとこないのですが、自転車乗りはバイカーではないですよ」


 プライベートでファンに攻撃を仕掛ける悪役プロレスラーはいないと思うし、いたとしたらそれは悪役を超えて犯罪者なのだが……まあ、先輩も本気で心配しているわけではないのだろう、多分。


 その筋には有名らしいプロレスラーを眺めていると、道の駅の売店から、バイカー川名と同様にガッチリとした体格の男性が現れた。彼もバイカー川名と同じく、サイクリングウェアを着ている。その姿を見るや、先輩の興奮はさらにヒートアップした。


「うっわ、マジかよ! ここで、ベビーフェイスの『エモーショナル小雪』がリングインかよ!」

「ここはリングではなく道の駅ですが……あの人もプロレスラーですか?」

「もちろん。バイカー川名と死闘を繰り広げる、いわゆる宿敵同士だな!」


 エモーショナル小雪なるプロレスラーは、ご当地ソフトクリームをぺろぺろとなめながら、「川名君。このソフトクリーム、なかなかエモいよ!」なんて言っている。


「……エモいの使い方、あれであっていますかね?」

「そんなことよりもだ。エモーショナル小雪は、プロレスファンの間じゃあ名勝負製造機として有名なんだぜ。試合が終わった後のインタビューで、『今日もまた一つ、エモい勝負を生み出してしまった』って呟くのがお約束なんだ」

「それは名勝負製造と言ってよいのでしょうかね?」

「宿敵同士のプロレスラーが、こうして仲良くしているところを見られるなんて……なんつうか、すっごくエモいよな!」


 残念ながら、プロレスに全く詳しくない僕には、先輩と同じ感動を味わえないのだけれど、意外なところで自分が知っている有名人に出くわしたら、少なくとも得をした気分にはなるだろう。


「バイカーの方が怖いなら、エモーショナルの方はどうです? 別に怖そうな雰囲気の人じゃないですし、サイン、してもらえそうですよ?」

「いいや。なおさらサインなんて貰いにいけねえよ」


 どうしてかと尋ねる前に、バイカー川名とエモーショナル小雪は、それぞれのロードバイクに乗って、颯爽と道の駅を出てしまった。


「せっかくの機会だったのに、本当に良かったのですか?」

「二人が仲良くプライベートを満喫しているところに、ファンが勝手にプロレスを持ちこんじゃあ台無しだろ? あっちの世界じゃあ、二人は宿敵同士だからな」

 

 なるほど、そんなものなのかもしれない。

 休憩を終えた僕たちは、道の駅を後にした。

 

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