(完結)天体望遠鏡

ちくわ天。

第1話 小学生ってこんなことあるよね

「今日もオリオン座が綺麗に見えるね」


 小型の天体望遠鏡をカリカリと動かしながら、そいつは俺に話かけてくる。

 夜空に吐く息が白く見える。

 そのセリフは鮮明に憶えているのだけれども、その声も顔も俺は思い出すことができない。


 冬のオリオン座は見つけやすく、三連星が特に綺麗だ。


 俺がそいつと友達になったのも、何だかはっきりしないんだ。


 俺は小4の頃から、星を見ることにハマってた。

 親から図鑑を買ってもらったのが、キッカケかもしれない。


 オリオン座のベテルギウスやおおいぬ座のシリウスの写真が、あまりに綺麗で、俺は飽きもせずにそれを眺めてた。

 本当にこんなに綺麗なのかよって。

 その疑惑は、オリオン座が見える冬までずっと続いていた。


 そして、12月、ついにその日がやってきた。

 夕方、どうせたいしたことないんだろと斜めに構えていた俺は、浅はかだった。


 写真の美しさは本当だった。


 いや、自分が思っていたよりも星空は美しく輝いていた。

 俺ん家のまわりに光が少なくて、星の1つ1つが、すぐそこにありそうな感じがしたな。

 ま、ぶっちゃけ、田舎だったからな。


 その日から、晴れた日は1時間も2時間も星を眺めてた。

 そんな自分を不憫に思ったのか、両親は反射式の天体望遠鏡を買ってくれた。

 これは、かなり嬉しかった。


 赤道儀もモータードライブもついていなかったけれど、それが良かった。

 俺は、その天体望遠鏡を担ぎながら、えっちらおっちら光が少ない場所を探まわっていた。

 少しでも綺麗な世界を見たかったからな。


 初めて見た月のクレーターは、心底、感動した。

 月の世界がそこにあるような気がした。

 ゆらゆらと揺れる視界の向こうに、確かにそれは存在した。

 ムーンフィルター越しの世界は、俺を宇宙に引き寄せるには十分な美しさだった。


 それから1年間、飽きもせず星を眺めていた俺は、その日も望遠鏡を担いで近くの駐車場に向かっていた。

 役所の裏だけど、田舎のため、夜になると誰もいなかった。

 絶好の観測場所になったってわけだ。


 そこに、そいつがいたんだ。


 赤道儀付きの屈折式望遠鏡を操作しているそいつに、俺はすぐ気付いた。

 考えてもらいたいんだけど、田舎の駐車場に天体望遠鏡が2つ並ぶって、事件だと思わないか?

 でも、事実だったんだ。


 その日、俺はそいつに何も話しかけず、すぐに天体観測を終了した。

 俺はシャイボーイだったし、そいつがどこの誰なのか、わからなかったからね。

 そいつだって、こっちに寄ってくることはなかったよ。


 次の日、俺はまた同じ場所に行くと、誰もいなかった。

 だから、安心して天体観測を始めたんだ。

 と言っても、冬の観測はすぐに手足が冷たくなる。

 星が綺麗なのは嬉しいが、すぐに撤収することになる。


 オリオン座のM42を観察していた俺は、冷えてきたことを理由に家に帰ろうとした。

 そこに、そいつがまた現れたんだ。


「何、見てるの?」


 と尋ねてきたからには、答えないといけない。


「オリオン座のM42」


「ふうん」


 そう言うと、見ていいかと聞いてきたので、見せてやった。


「へえ」


 そいつは飽きもしないで、望遠鏡の接眼レンズを眺めてたんだ。

 赤ピンク色のM42散光星雲は、肉眼だって見える。

 そこから無数の星々が生まれているなんてロマンでしかない。


「お前、望遠鏡はどうした?」


 聞いて見ると、そいつは目をレンズに当てたまま、


「今日は、持ってこなかった」


 と、答える。


「じゃあ、明日の夜8時。一緒に星、見るか?」


「うん」


 それが、一緒に星を見ることになったキッカケだった。


 次の日、夜8時きっかりにその場に行くと、そいつは父親と一緒にそこに立っていた。

 父親は挨拶をして、すぐにいなくなった。


「よ」


「こんばんは」


 そう言いながら、まずは月を見ることにした。

 そいつは、望遠鏡を買ってもらったばかりらしく、見る対象を視界内に入れるのにも苦労していた。

 だから、もっぱら俺の望遠鏡のレンズを覗いて楽しんでいた。


 俺もこの出会いは嬉しかった。

 一人で見る夜空も綺麗だ。

 でも、夜に友達と活動できるっていうのは、何となく普通の遊びよりもドキドキする。


 相手も星好きのため、いくら話しても飽きなかった。

 まあ、ほとんど星に関係する話ばっかりだったけどね。

 しかも、俺が一方的に話すことが多かった気がする。

 

「そう言えば、お前、名前何て言うの?」


「……サキって言うんだ」


 ふうん、サキね。


「あ、俺はケンジ。よろしくね」


「うん」


 俺はサキと呼ぶことはなくて、なぜかサキくんと、君付けしていた。

 何でなんだろう。

 ちなみにサキくんは、俺と同じ5年生だった。


 でも、同じ学校に通っていない。


「え? 何で?」


 サキくんは附属小学校に通っていると教えてくれた。


「へえ」


 俺は附属小学校がどんなところか分からなかった。

 でも、両親から頭がいい人達が行く学校なんだよって教えてもらった。

 俺は、たいして頭の出来は良くなかったけど、その時は何も気にせずに遊んでいた。


 放課後も遊べたらいいのに。

 でも、時がたつにつれ、なぜ夜しか遊べないのか分かってきた。

 塾があるみたいなんだ。

 家に帰ってくるのは、だいたい午後7時を過ぎていることが多いと教えてくれた。


 土曜日・日曜日はピアノだって。

 凄えな!

 男でピアノもかっこいいな。


 だから、サキくんと会うのは夜だけだったんだ。


 ---------


 星のガイド①


 M42(オリオン座大星雲)

 ピンク色で蝶が羽根を広げたような星雲。真ん中にトラペジウムと呼ばれる4つの星が寄り添うように輝いている。オリオンの3つ星の下にぼんやりと輝いている様子が肉眼でも見られる。

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