オイリーフィッシュ 悪魔の毒々下痢便ゾンビ

Jが全部で27個、9つで1つの集団とする

第1話

 貧乏大学生の山田哲也は、ぼさぼさの髪に古びたジーンズ姿で、砂浜を歩いていた。

 授業もなく、バイトも見つからず、金も尽きかけている。そんな彼の胸中はため息でいっぱいだった。

「はぁ、バイトも決まらないし、金もない。買い置きの米も尽きた。そもそも、今日の晩飯どうしようかな……。」哲也は、ポケットに手を突っ込み、足元の砂を蹴りながら、思考の迷路に迷い込んでいた。

 ふと、彼は波打ち際に何かが転がっているのに気づいた。そこには、一匹の大きな魚が砂浜に打ち上げられていた。銀色に輝くその魚は、見るからに新鮮そうで、哲也の心を掴んだ。

「おっ、これはラッキー……なのか。見た目がちょっとグロいし、食べられ……るのかどうか判らんが、一応は新鮮そうに見える魚が自分を食えとばかりにこんなところに?」

 彼は魚を拾い上げ、周りを見回した。人影はなく、これは正に天からの自分への贈り物だと確信した。

「ぬう。タダで食料をゲットした。今はこれで食い繋なごう。生では食べたくないが、料金未払でガスは止められている。否応なく、刺し身にでもするしかない」哲也は声に出すと、50センチはある重い魚を、汚そうに抱えて砂浜を離れた。



 電気が料金未払で止められており薄暗い安アパートの一室に帰ると、彼は魚を流しへ持っていき、調理の準備を始めた。出来れば焼き魚にして食べるのが無難そうだが、料金未納でガスが止められている以上、諦めて、生食で行く事に決めた。


「さてと、凄く嫌な作業だが、まずは内臓を取って……」哲也は包丁を手に取り、魚をさばこうとした。だが、突然魚がビクッと飛び跳ねて、尾が哲也の顎を強打。

「パァァァンケイッキッ!!」何処かの噛み付き少年めいた謎の悲鳴を上げる哲也。魚はそのまま床へと落ちた。

「糞っ!まだ生きていたのか?」彼は驚いて声を上げた。

 魚はキッチンの床をバタバタと跳ね回り、床に生臭いヌメリを撒き散らした。

 哲也はそれを捕まえようと必死になった。ヌメリで滑って転びそうになりながらも、ようやく魚を捕まえ、再びシンクに戻した。

「床をヌメヌメにしやがって。ふぅ、しかし、くたばってやっと大人しく……」彼がそう呟いた瞬間、魚が再びビクッと動いた。

「アッサイラムッ!!」低予算、短期間で撮影する低コストB級映画を大量に生産している映画配給会社名めいた悲鳴を上げて驚く哲也。しかしそれは、魚の最後の抵抗だった様だ。

「まさかのフェイント。もう勘弁してくれよ……」哲也は深いため息をつきながら、包丁を持ち直し、引導を渡す様に包丁の切っ先を腹部に突き刺した。もう反応はない。どうやらもう確り死んでいる様だ。

 哲也は慣れぬ手付きで慎重に魚をさばき始めた。彼の手は震えていたが、不器用ながらも少しずつ魚の身を丁寧に切り分けていった。

「寄生虫が居るかも知れんし、生はやはり抵抗があるが……。空腹には逆らえん」哲也は心の中でそう呟きながら、魚の身を適当に薄く切って、皿に積み上げていった。

 卓袱台の上に更を置くと、醤油とわさびを用意して、箸を手に取る。

「正体不明の得体の知れん魚だが、根拠はないがきっと毒はないだろう。ここまで来たら、もう食べるしか道はない。頑張れ、俺の胃。いただきまっす!」哲也は目を瞑ると一切れの刺し身を口に運ぶ。

 その瞬間、口の中に広がる、まったりとした濃厚な味わい。「うっまーいっ!!」哲也は顔を綻ばせた。

「程よく乗った脂身。これは実に大トロめいた味わい。見た目に反して、美味い。美味いぞぉっ。タダで美味いとは、何とありがたい……。だが、もし次があったら、生は怖いから、今度はちゃんと焼いて食べよう……」

 哲也は心の中でそう誓いながら、空腹を満たす為に、幸せそうに生魚を食べ続けた。

 

 

 予想外に美味かった生魚を堪能し、腹も膨れ、哲也は満足感に包まれていた。貧乏生活の中で偶然に手に入った、安全性を抜きにすれば、久しぶりのご馳走は、彼の心と体を癒してくれた。

 しかし、彼が食べたその魚には、実は恐ろしい秘密が隠されていた。当然、哲也はそのことを全く知らなかった。



 夜も更け、照明のない暗い部屋では何も出来ることがないので、哲也はとっとと眠りにつこうとしていた。ところが、突然腹部に走る激しい痛み。

 「うっ……!」畳に寝転がっていた哲也は、呻き声をあげて、飛び起きた。

 冷や汗が額に滲み、全身が震えた。

「……ううううう。なんだ、どうなってる、これは……?」彼は腹を押さえながら、痛みの原因を考えた。

 いや、態々考える必要などない。思い当たる節は凄く在る。節しかない。先ほど食べた生魚、それしかない。やはり、生は不味かったのだ。

 痛みはますます激しさを増し、哲也は耐えられず、床にうずくまった。

「やばい、これはやばい。俺の勘が、警鐘を鳴らしている。命の危機を訴えている。いかん。過去にサルモネラ菌やO157にやられた時も酷かったが、今回はそれ以上。ここまでの痛みは初体験。ヤバ過ぎる……」

 哲也は呻き声を上げながらもがき、苦しんだ。床の上で体を丸め、痛みに耐える。しかし、それは始まりに過ぎなかった。

 腹部がけたたましくギュルルルルッ! と音を上げた。突如として、激しい下痢が彼を襲った。哲也は慌ててトイレに向かおうとしたが、痛みと痙攣で足腰が立たない。追い打ちを掛ける様に嘔吐感が込み上げる。

「うっ、やばい、もう無理だ……」ボゥオエエエエッ! 口から胃の中の物を吐き出し、ブリブリブリッ! 肛門からも液状の脂ぎった下痢便が噴出する。

 彼はその場で力尽き、床に倒れた。「ヤバい。……これは……救急車……」彼の言葉は途切れ、次の瞬間、彼の体から制御不能な勢いで大量の下痢便が更に噴き出した。

 下痢便が床に広がる。下痢便の強烈な臭いが、部屋中に充満する。

 哲也は自分の体が何が起こっているのか理解できず、恐怖に震えた。

「死ぬ……電話……きゅ、救急車……」哲也は声を絞り出しながら、床でのた打ち回った。下痢便は止まらず、更に嘔吐も止まらず、次々と彼の体から溢れ出て行く。

 部屋の床は見る間に汚物で覆われ、その床に転がった哲也の身体も、汚物に塗れていった。



 哲也は知らなかったが、生食した魚は実は、日本の食品衛生法で販売禁止されている危険な深海魚、バラムツだったのだ。この魚は、ワックスエステルという人体で消化する事が出来ない蝋に近い油脂成分を含んでおり、「白マグロ」と呼ばれ非常に美味だが、食べると下痢や腹痛等の胃腸障害、脱水症状を引き起こす。

 そして何ということだろう。哲也の食べたバラムツは突然変異個体だったらしく、含まれていたワックスエステルすら成分変異を起こしており、災厄は続くもので、それが更に哲也の腸内細菌の突然変異を誘発し、チフス菌とサルモネラ菌と赤痢菌を全部足して2倍した様なO157すら超える最悪の毒性と感染力を持つ、新種の超病原性腸内細菌を誕生させてしまったのだった。コワイ!



 既に哲也の体力は限界に達していた。痛みと下痢便の嵐に耐えながら、彼は朦朧とした意識の中で必死に考える。「で……んわ……しな……」しかし、体は言うことを聞かず、彼はただその場で苦しみ続けるしかなかった。

 床に広がる下痢便の海の中、(ここで意識を手放したら終わる。)哲也は己と戦い続けた。呼吸は荒く、体は痙攣し、痛みが彼を蝕む。何とか動かせる目で電話を探そうとする。それは居間の片隅に転がっていた。遠い。たった2メートル程の距離が、現状の彼にとって永遠の距離に思えた。

 気力で、這いずり進もうとする哲也。だが、彼の体力の限界が訪れる。更に意識が朦朧となる。彼は冷たく汚れた床の上で、下痢便の中にうつ伏せになったまま、もう何度目かすら覚えていないが、更なる嘔吐。押し寄せる無限の吐き気。

「もう……無理……」彼は呟きながら、目を閉じた。痛みと疲労、そして自分の無力さに打ちのめされた彼は、一人寂しく汚く惨めな人生の終焉を迎えかけていた。



 その時、隣の部屋の住人が、哲也の屠殺場の豚が上げる悲鳴めいた異常なうめき声を聞き、不審に思って部屋の様子を覗きに来た。五月蝿いので、ただ騒いているだけなら文句を言ってやればいいが、万が一、病気ででも苦しんでいるなら、放置してそのまま死なれでもすれば目覚めが悪くなる。所詮はその程度の理由だったが、これが哲也を救う事になる。


「今何時だと思ってるだ!」隣の住人である中年男が、施錠されていなかったテツヤの部屋のドアを遠慮なく開ける。途端に、室内から解き放たれる名状し難い異臭。超病原性腸内細菌を大量に含んだ下痢便は、強烈な悪臭を放っていた。

 鼻を殴られる様な刺激を伴う地獄めいた「くさっ」と中年男は悶絶した。意識が遠のき、吐きそうになる。しかし、ぐっと堪えて意識を維持した中年男は、驚きと同時に、倒れる哲也の姿に、心配の声を上げた。「大丈夫か、隣の人!?」

「……すけて……」哲也の悲痛な声は掠れていたが、中年男の耳にはしっかりと届いた。中年男は躊躇わず、直ぐに救急車を呼んでくれた。やがて救急隊が到着し、哲也は下痢便まみれのまま、搬送されることになる。

 病院への道中、哲也は意識が朦朧としていたが、心配してなのかは知らんが、様子を見に来てくれたお隣さんに深く感謝の念を抱きながら、救急隊員に励まされ、不安と痛みに耐えた。

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