意味不明小説集『羊の匣』

黑野羊

今日も誰かの誕生日だった

〈……おはようございます。本日の天気は、晴れ。最高気温は18度、最低気温は13度です〉


 朝、目覚めると、だいぶ古くはなったが、未だ現役で動き続けるスマートスピーカーが、丁寧な口調で喋り出す。

 その声を聞きながら僕はベッドの上で伸びをして、脳みそがゆっくりと起動するのを感じた。


〈……本日は、──様のお誕生日です〉


 ああ、そういえば、そんなヤツもいたな。

 小学校の時に仲の良かった友人で、中学あたりまでは一緒につるんでいたっけ。


 優秀なスマートスピーカーは、僕のアカウントに紐付けされたクラウド上のアドレス帳や、SNS、スケジュールカレンダーから情報を引っ張ってきて、今日の予定や誕生日を迎える友人の名前を告げてくれるのだ。

 もう交流はない人でも、勿体ない性格も災いして、なんとなく消さないでいたためか、毎日のようにこうして誕生日の誰かを思い出させてくれる。


 せっかくだ。

 今日は仕事帰りに、アイツの墓を参ってこよう。

 頭に浮かんだ彼が、数年前にひき逃げに遭って死んでしまっていたことも思い出したからだ。


〈……おはようございます。本日の天気は、晴れ。最高気温は19度、最低気温は13度です〉


〈……本日は、──様のお誕生日です〉


 ああ、確か彼女は、随分前に勤めていた会社の後輩だ。

 彼女のお墓の場所は知らないが、ニュースで報道されるとほどに大規模な、マンション火災で亡くなったのだった。

 跡地は公園になっていて、一画に慰霊碑があったけ。


 せっかくだ。

 今日は仕事帰りに花でも買って参ってこよう。


〈……おはようございます。本日の天気は、晴れ。最高気温は17度、最低気温は12度です〉


〈……本日は、──様のお誕生日です〉


 僕は毎日、スマートスピーカーが教えてくれる誕生日だった誰かのお墓や、亡くなった場所を訪れる。


 時々、随分と遠い場所や、人里離れた場所もあるけれど、半ば日課のようになっていた。


 未だに行方不明者扱いだったり、埋葬されていない人もいる。

 それでも毎日、僕は誕生日だった彼らが最期を迎えた場所に逢いに行く。


〈……おはようございます。本日の天気は、曇り。最高気温は18度、最低気温は14度です〉


〈……本日は、──様のお誕生日です〉


 ああ確かコイツは、高校生の時に僕をいじめていたヤツだったっけ。

 でもまぁ、今は昔の話だ。


 何年前だったか、コイツは鋭利な刃物で身体中をメッタ刺しにされて、ある山の中腹辺りに埋まっている。

 随分と深くに埋められたから、遺体は未だ発見されておらず、行方不明者扱いのままだ。

 あの山は斜面が結構急になっているから、登山靴で行かないととだな。


 僕はそんなことを考えながら、仕事へと出かけた。

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