まだ恋を知らないのは私だけかもしれない

望月遥

第1話 部長と副部長

「どういうことですか、先輩」

 三日前と同じ場所に日向崇史ひゆうがたかふみはまた呼び出されていた。呼び出してきた相手は三日前とは別人で、同じ部活の後輩、信濃美紅しなのみくである。

 美紅はこっちを睨みつけ、いまにも噛みつきそうなオーラを放っている。普段部活で一生懸命に練習に励んでいる姿とはまるで別人だ。 

「どういうことって?」

「聞きましたよ。先輩が梓のこと振ったって」

「あー…」

 崇史は気まずそうに頭を掻いた。

「うん。彼女には悪かったけど、断らせてもらった」

「どうしてですか。すごくいい子なのに」

「そう言われても…」

「今彼女いないって言ってましたよね。だったらとりあえず付き合ってみるとかあったんじゃないですか」

「いやそれは」

 ないないと頭を振って、嚙んで含めるように説明を始める。

「忘れてないかな。俺、今三年生。で、一応大学受験するつもり」

 あっ、と美紅が口に手を当てた。毎日のように部活で会っているので意識していなかったが、そういえばそうだった。

「しかもこれから部活が忙しくなってくる。定期演奏会に地元のイベントもあるだろ。これからの土日は全部練習やリハーサルで埋まってる。そうこうしてるうちにあっという間にコンクール。終わったらすぐ引退して受験の用意。遅れを取り戻すために夏期講習詰め込まれるから、もし付き合ったとしても遊びに行ったりできない」

 指を立てて数えながら行事を挙げていく崇史の説明は至極尤もである。

「というのが一つ目の理由」

「一つ目?」

「そう。断った理由はもう一つあって」

 言いにくそうに目をそらして、それから崇史は思い切ったように口を開いた。

「俺は今確かに決まった彼女はいない。でも、ずっと気になってる子がいる。そんな状態で付きあったら相手に失礼になる。それが二つ目の理由」

「え」

「受験終わったら、告白してみようかと思ってる」

 全く予想していなかった言葉に面食らう美紅の反応をどこか楽しそうに眺め

「ま、部のみんなには内緒にしといてくれな」

これで話は終わりだとばかりに崇史は片手を上げて、美紅の横を足早に通り過ぎた。

「え、ちょ、ま、えええええ~~~っ!?」

 残された後輩の声を背に校舎へ戻る階段を崇史が降りると、廊下に友人が待っていた。

「どやった?」

「ん、お前が心配してるようなことじゃなかった」

「よかった~」

 大げさにため息をついて、笑いかけてきたのは同じクラスの伊勢純哉いせじゅんやである。二人は共に吹奏楽部の三年生であり、呼び出してきた美紅は後輩の二年生だった。

 グレーの眼鏡にネクタイをきっちり首元で締め、細い眉も凛々しくいかにも優等生然とした崇史と、優しげな下がり眉に緩めたネクタイ、明るく染めた髪を流行りに合わせ長めに伸ばしている純哉とは見た目からして正反対である。しかし二人はよく気が合い、男子の少ない部活動で厳しい練習を共に乗り越えた戦友といってよい仲だった。口調も相まってお調子者に見られがちな純哉が実は人一倍真面目であることを崇史はよく理解していて、女子の多い部活の人間関係に細やかに気を配る部長の純哉を副部長である崇史がよく支えフォローしている。

「また辞めたいって相談かと思ってどきどきしたわ」

「あの子は大丈夫だろ」

「わからんで~。女子の多い部活はそんだけ揉め事も多いし。だいたい、なんでいっつもそういう相談は部長の俺やなくてお前んとこ先いくねん。そんなに俺は信用ないんかっちゅーの」

 部長は部長なりに一生懸命頑張っているだけにそこが最大の不満らしい。

「ほんならなんの用やったん? また告られたんか?」

 崇史が女子に人気があることを理解している親友は、三日前の出来事も知っている。

「いや」

「ふーん」

 否定以上の返答がないことに腑に落ちない顔をしながらも

「まあ、もし後輩と付き合うこととかになったら教えてや。部内の恋愛事情は把握しときたいしな」

恋愛ごとで部内がごたごたするんだけは勘弁や、と呟く声に予鈴が重なる。急いで二人は教室へ戻った。

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