戦場の『駒使い』は、完全勝利するまで何度でも繰り返す

くろぬか

1章

第1話 敗北の記憶


『各員、報告せよ』


 落ち着いた“駒使こまづかい”の声が、耳元から響く。

 思わず舌打ちを溢してしまいそうな状況下で、彼の声は魔道具のイヤリングから私たちの部隊全員に届いた。


「報告せよ、じゃねぇんだよ! どうすんだコレ! おい、“駒使い”! 早く次の指示を出せ!」


 隊員の一人が叫んだ瞬間、仲間がまた一人炎に呑まれた。

 もうすぐそこまで敵が迫っている、猶予などありはしない。

 だからこそどうにか生き延びながら、“敵を倒さないと”いけない訳だが。


「二時方向から魔術攻撃! 数が多い! このままじゃ不味いよ、手数でも武器の性能でも負け――」


 叫んだ彼女の胸を、飛来して来た剣が貫いた。

 投擲用の武器なのだろうか? やけにねじ曲がった様な、おかしな形の剣。

 そんな物に貫かれ、先程まで喋っていた仲間の一人がだらりと脱力してからその場に倒れ伏す。

 何が起こったのかと、誰もが混乱する中。


「十時方向! 近接部隊の御一行だ! また違う所の奴等か? お前ら建物の影に隠れ……」


 また一人、声を上げている途中で犠牲になった。

 遠方から放たれる攻撃魔術の餌食となり、パタッと静かな音を立てながら地面に赤い染みを拡げていく。

 こんなはずじゃなかった。

 今まで、ずっと上手くやって来た筈なのに。

 だというのに、今回に限って……何故?


「答えて下さい、“駒使い”。何故ですか? 何故今回だけは、これ程までに……」


 イヤリングに手を当てながら、涙を溢して呟いてみれば。


『すまない』


 ただただ冷淡な、短い言葉が返って来た。

 まるで、この状況を致し方ないモノだと悟っている様な。

 もはや諦めている様な声で。

 こんな事は、一度も無かったのに。


「ふざけないでください! 私たちは、貴方だからこそ命を預けた! だと言うのに、なんですかこの状況は! もはや部隊は全滅寸前、早く次の指示を下さい!」


「ソーナ! 伏せてっ!」


 仲間の一人が、急に私の体を押し倒した。

 そして、地面に寝転がったまま上空を見上げてみれば。

 いくつもの攻撃がすぐ上を通過していった。

 仲間に助けてもらわなければ、つい先ほどの攻撃で私の体など消し飛んでいた事だろう。

 思わずゾッと背筋を冷やし、助けてくれた相手に礼を伝えようと半身を起してみれば。

 私に覆いかぶさるように倒れていたその子もまた、随分と静かになっていた。

 どうやら一緒に回避した訳ではなく、その身を盾にしてまで私の事を守ってくれたらしい。

 思わず奥歯を噛みしめ、相手の事を睨んでみれば……何やら、巨大な魔法陣が展開されていた。

 本来なら相手の魔術が発動する前に仕留める、それが鉄則。

 だというのに、今動ける隊員は……私の他には見当たらなかった。


「あ、あはは……こんなの、私だけじゃどうしようもないじゃないですか」


 乾いた笑い声を洩らしている内に、敵側の魔術が行使される。

 上空に現れた巨大な魔法陣と、此方に降って来る攻撃魔術。

 赤黒く染まった雲に数多くの穴を開けるかの様な勢いで、大きな氷柱の雨が降って来る。


「こんな魔術を使う相手に、私達“こま”だけでどうにかしろって言うんですか? 無理です、無理ですよ……武器も、人数も、魔力量だって違い過ぎる。やっぱり私達は、“捨て駒”としてここに招集されたんですか? 答えて下さい……“駒使い”」


 広範囲殲滅魔法。

 あんなの、放たれてしまったからには……もはや祈るしかない。

 “どうか生き残れますように”、と。

 どう見ても私達に向けて放たれた大魔法。

 何故か周り全てから狙われている私達。

 こんな祈り、神様だって聞き届けてくれはしないだろうが。


『すまない……次は上手くやる』


「なんなんですか、次って……私たちに、次はありませんよ! 皆、皆居なくなりました! 残ってるのは私だけ、たった一人しか残っていないんです! これで何が“次”なんですか!? 貴方はずっと私達の予想を超える指示を、未来予測でもしているのかという程の指揮を見せて来た! だと言うのに……何でですか、“駒使い”。私達は、皆……貴方を信じていたのに……」


 耳元から響く声に、感情を吐き出すかのように答えてみれば。

 彼は……“駒使い”は言い放つのだ。

 いつも通りに、淡々と。


『次は、誰も殺させない。お前達全員を生きて帰してみせる』


「ほんと、意味分かんない……嫌いです、貴方みたいな人は……」


 次の瞬間、私達の周囲に氷の雨が降り注いだ。

 大地を抉る程の威力だ。

 見えない所で誰か残っていたとしても、これで全部お終い。

 “全滅”。

 その言葉以外浮かばない状況で、私は全身から悶える程の苦痛を感じる。

 体がバラバラになるかのような感覚と、燃え盛る炎によって骨の髄まで焼かれているかの様な激痛。

 あぁ、くそ。

 私達は結局“駒”に過ぎない。

 だからこそ“彼”からの指示に従う道具。

 でも、あの人なら。

 私たちの新しい“駒使い”なら、どうにかしてくれるって……そう思っていたのに。


「うそつき……」


 その言葉を最後に、私達は地上から消滅する。

 跡形も無く、塵も残らない程の勢いで。


『無駄にはしない、次に繋げる。いくら恨まれようと、それが俺の仕事だからな』


 戦場の片隅に落ちたイヤリングから、そんな声が静かに響き渡るのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る