黒狼の血

甘栗ののね

第1話 小説を書く息抜きで書きました。

 薄れ行く意識の中で五木黒男は自分の心の中に激しい怒りが燃え始めているのを感じていた。


「……あいつの、せいだ」


 過去を振り返る。走馬灯だ。今までの20年にも満たない自分の人生を黒男は思い返していた。


 小学生の頃両親が事故で死んだ。熱を出し意識を失った黒男を病院に車で連れて行く途中、トラックに追突されて黒男だけ生き残った。


 それから親戚の家に預けられた。そこではまるでいない者のように扱われ、肩身の狭い思いをし続けた。


 中学校ではいじめられていた。ただ、良い先生に巡り合えて、どうにか不登校にならずにすんだ。


 高校でも若干いじめられ気味だった。友達は一人もできなかった。けれど中学の時の先生がいろいろと相談にのってくれた。


 高校を卒業してからすぐに黒男は家を出た。奨学金を借り、いくつものバイトを掛け持ちし、何とか一人で生活していた。


 そんな中、黒男はゲームを買った。親戚の家に預けられた黒男はゲームすら買ってもらえず、友達の輪に入ることもできずにずっと寂しい思いをしていた。

 

 そんな黒男は自分で働いたお金でゲームを買った。そして、休日に初めてその電源を入れた。


 そのゲームは今、手元にある。けれど、それをやる気力はない。


 体が動かない。腹が減った。喉が渇いた。熱い、苦しい。けれど、誰も助けてはくれない。


 黒男は死にそうだった。死の淵にいた。


 黒男は自分をそんな状況に追いやったクソ野郎の姿を思い出していた。


「あー、一年以内にこいつを殺せ」


 休日、黒男はゲームの電源を入れた。それと同時に黒男は光に包まれた。


 目を開けると黒男は知らない場所にいた。そこはどこかの遺跡のような場所だった。


「こいつを殺せたら神候補として迎えてやるよ」


 目の前には『神』がいた。神としか形容できない何かがいた。


 黒男の周囲には六人の男女がいた。男が三人、女が三人。全員知らない者たちだった。


 その六人の一人、いかにも主人公顔をしたイケメンが声を発した。


「もう一度確認したい。俺たちはここに『神候補』として呼ばれたんだな?」

「そうだ」

「条件はここにいる男を殺すこと」

「そう言っただろ?」

「期限は一年。それが達成できなかった場合は?」

「全員この世界から消滅する」


 何を言っているのかさっぱりわからなかった。状況が理解できなかった。


 そんな困惑する黒男を無視して話が進んでいった。


「冗談じゃねえ! さっさと元の場所に戻しやがれ!」


 いかにも不良と言った若者が神に怒鳴り散らしていた。


「こいつを殺すことができたら元の世界に戻してやる」

「ふざけないで! 冗談じゃないわ!」


 いかにも生徒会長と言った風貌の少女が神に抗議の声を上げていた。


「ぎゃーぎゃー騒ぐな。こいつが死んだら全員元の世界に戻してるよ」

「ほ、本当か?」

「ああ。こいつを殺した奴を神候補に、それ以外は全員元の世界に帰してやる」


 全員の視線が黒男に集まる。


「一年以内に殺せたら、な」


 神がニヤニヤと笑っている。


「じゃあ、お前たちが戦う世界に転移させる。これ以後、こちらから一切手出ししないからそのつもりで」


 状況がわからない。言っていることが理解できない。

 

 だが、ひとつだけ理解できたことがあった。


 このままでは殺される。


「あー、ただし、神の候補者として相応しくないと判断されたらその時点でアウトだ。気を付けるようにな」


 あたりが光に包まれる。


「ま、待ってくれ! なんで、なんでボクが」

「あー、うるせえな。運が悪かったんだよ。たまたまだ、たまたま」


 たまたま。たまたまで、殺されなくちゃならないのか。


 黒男は声を上げようとした。しかし、その声は神の力で押さえ込まれた。


「ま、こいつらのいい障害になってくれよ」


 光が視界を覆い隠す。黒男の全身を浮遊感が包み込む。


 そして、目を開ける。


 そこは荒野だった。乾いた大地と草の一本も生えていない岩山しかない不毛の大地が延々と続いていた。


「なん、だよ……」


 何が起こったのかわからなかった。夢でも見ているんじゃないかと黒男は思った。


 しかし、夢ではなかった。それは現実だった。照り付ける暴力的な太陽も、体の水分を容赦なく奪っていく乾いた風も、何もかもが現実だった。


 黒男はさ迷い歩いた。助けを呼びながら、その声が誰かに届くと信じながら、声を上げて歩き続けた。


 けれど声は届かなかった。それでも黒男は歩き続けた。飲まず食わずで黒男は何日も歩き続けた。


 歩き続け、倒れた。


 限界だった。飢えと渇きと熱さが黒男の命を奪おうとしていた。


 どうしてこんなことになったんだろう。どうしてこんな目に合わなきゃならないんだろう。


 黒男は何度も何度も同じことを考えた。そして、いつも同じ結論に辿り着いた。


 あいつが悪い。あいつのせいさ。あいつが、あいつが、あいつが。


 あのクソ神が。


「グルルルルルル……」


 何かが黒男を見下ろしていた。しかし黒男はそれに気が付かなかった。気が付かないほどの激しい怒りと憎しみに黒男は支配され始めていた。


「殺してやる……」


 黒男はゲーム機を握りしめる。その液晶画面にバキリとヒビが入る。


「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる――」


 黒男は力を振り絞り体を起こす。そして、自分を見下ろしている化け物を見上げる。


 それは狼と蛇とワシの頭を持つ見上げるほどの化け物だった。


「お前も、あいつの、あいつの……」


 怒りと憎しみが黒男の意識を覆い隠した。


 復讐が始まった。

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