ことことさん

七瀬モカᕱ⑅ᕱ

 ︎︎

 うちの使われていない部屋には、『ことことさん』というのが住んでいるらしい。死んだばあちゃんが私が小さい頃、中々寝ない私や小さい兄弟達を早く寝かせるためによく話していた。


『ことことさんに好かれてしまったら...朝でも夜でも昼間でもずっと後ろをついてあるかれてまうで...。そのときにな、絶対に後ろを振り返っては行かんよ.....もし振り返ったら.....』


 いつもこの辺りで、ばあちゃんの話の怖さに耐えきれず布団に潜り込む。振り返った先の話は、いつも聞けずじまいだった。


 ✱✱✱


「ただいまー」


 あれから、随分と時間が経った。小さかった兄弟達も地元を出て別の場所で生活をしている。そんな中私はというと、今も地元に残って生活をしている。地元が特別好きなわけでもない。私が今でも地元に残っているのは、ばあちゃんに頼まれ事をしたからだ。


「おかえりゆき、ご飯できてるよ」


「ん、後でたべるね、ありがと。あっ、今日何日?」


「十七」


「今日あっちの部屋で寝るね」


 軽く母さんと会話をして、着替えるために自室に籠る。今日はばあちゃんからの、頼まれ事の日だ。


「あー....怖い」


 いくら死に際に頼まれたこととはいえ、なぜ私なのか。家族の誰かがしなければいけないことなら、母さんだっているはずだ。そんなことを、毎月十七日が来る度に思う。


「ん?」


 自室の真上からコトコトと、まるでピンポン玉が跳ねるような音が聞こえる。いつもならこんな早い時間から音なんてしないのに。


「おかしい」


 あの部屋は、私の部屋のちょうど真上にある。いつもなら部屋に入って明かりを消し、てしばらくしてから音が鳴り始めるはずなのに。


「誰か入ったのかな。私以外入っちゃダメなはずなのに...」


 ばあちゃんが亡くなる三日くらい前だったと思う。仕事が早く終わったから、珍しく私一人でばあちゃんのお見舞いに行った。その時にこんなことを言われた。


『ゆきちゃん。ばあちゃんがもしお星様になったら、あの部屋に月に一度だけ入って一晩あの部屋で、過ごしてくれるかなぁ...?』


『ばあちゃんはなぁ、ことことさんと約束したんよ。だからばあちゃんにもしものことがあったときは.....』


 そう言ったばあちゃんの顔が、あまりにも苦しそうだったから私は頷いた。今となっては後悔しているけれど。あの部屋がなぜ開かずの間なのか、もしも間違えて入ってしまったらどうなるのか。全部聞きそびれてしまった。


「なんか、音近づいてきてない?なんかヤバそう」


 私は急いで着替えて、あの部屋の様子を見に行くことにした。


「ごめん母さん、今日ご飯いらない。明日食べるからラップしておいて」


「え?」


 母さんは、私が慌てている様子に驚きながらも夕食の後片付けを始めた。


「おかしいって、おかしい......。前回はこんな音、しなかったのに」


 急いで階段を上がる。その間も、音はどんどん大きくなってこちらに迫ってくる。もちろんものが落ちてくるような感覚もなければ、上がった先で物が散らかっている様子もなさそうだった。


「なんだったんだ今の...」


 変に焦っていたのが馬鹿みたいに、二階はしんとしている。あの部屋は、四月の後半なのにかなりひんやりしている。最近は暑かったから、半袖で上がったことを軽く後悔しつつ部屋の電気をつけた。


「さむ.......」


 いつもと変わらない部屋。いつもと少し違うのは、いつも鳴っているあの音がしないことだった。


 布団を敷いて、電気を消す。いつもは怖くてなかなか眠れないけれど、今回はいつもよりぐっすり眠れた気がする。

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