嘘のスキャンダルで僕をアイドル引退まで追いやった週刊誌記者に復讐する
塩孝司
第1話 事務所をクビになる
僕、青島(あおしま)ヒロは男性アイドルグループ『アクアナイツ』の一員だ。
自分でいうのもなんだがかなりの人気である。大きな会場を押さえても常に満席だし、グッズだって飛ぶように売れる。いま日本でもっとも注目されているアイドルのひとり、といっても過言ではないかもしれない。
私生活のほうも順調だ。売れてつい調子に乗っておちゃらける、ということはなく。品性方向に充実とした時間を送っていた。
仕事に苦労とやりがいを感じながら、仲間たちと切磋琢磨する日々。そんな真面目な姿勢には付け入る隙もないかのように思えた。
しかしたとえそうであっても、世の中にはどうにかして人の足を引っ張りたいと考える連中がいるのも事実であって。いままさにその被害を被っているところだった。
『文夏砲(ぶんかほう)』
ゴシップ誌と悪名高い、週刊文夏(しゅうかんぶんか)から嘘のスキャンダルをもろに食らったのだ。
記事の内容を簡潔にまとめると、僕が一般女性とホテルで一夜を共にした。しかもあろうことか性的合意なしに、一方的に身体の関係を迫ったというのだ。
無論でっち上げである。
たしかに写真に映っている女性とビジネスホテルに入ったのは、紛れもない事実だ。けれどそれはやむにやまれぬ事情があってのことだし、何よりもアイドルのタブーを犯すようなことは誓ってしていない。性的合意の有無以前の話である。
それらのことをまずはきちんと事務所の社長に説明する必要があるだろう。事務所『ランクアップ芸能事務所』から呼び出しを受けたというのもあるし、ちょうど良い機会なので一から十まで弁明するつもりだった。
事務所には家からタクシーで向かった。車内で流れるラジオも、街中にあるモニターでも話題はそのガセスクープのことで持ちきりだ。冤罪をかけられた身としては尋常じゃないストレスだったし、一刻も早く世間に真相を知ってもらわなければと焦った。
焦りでついタクシー運転手に無茶をいってしまった。
「あの、すみません。できるかぎり飛ばしてもらえますか」
「はぁ。いちおう法定速度があるんで……」
運転手は非常に煙たそうにいった。
けれどさすがはプロのドライバーだった。スピードこそ上げないものの、近道や抜け道などを駆使しおそらく最短距離で目的地に到着した。
僕はチップ代わりに大目に支払って、飛び出すようにタクシーから降りた。
「運転手さんありがとうございます」
それから事務所の階段を駆け上がっていった。
中に入ると、そのまま社長室の敷居をまたいだ。事務所の社長、藤田(ふじた)“ニコリー”純子(じゅんこ)はすでに待ち構えていた。ふかふかの背もたれに寄りかかって険しい顔つきをしていた。
軽く社長のことにも触れておくと。名前でもわかるとおりうちは女社長だ。歳は40半ばで、かちっとスーツで決めたキャリアウーマンふうの出で立ちだ。ラテンの血が入っているらしく、ハーフ顔でほりが深いのが特徴だろうか。以上。
純子社長は僕の姿を認めるなりこういった。
「なんで事務所に呼び出されたのかはいうまでもないわね」
「スキャンダルのことですよね」
僕は社長室にあるソファに腰を下ろした。
「先にいっておくと、あの記事はでまかせです」
「まぁ青島くんのことだから。きっとそうでしょうねとは思っていたけれど」
どうやら信用してくれていたらしい。これも日頃の行いがよかったということだろう。
「でもいちおう、どうして女性とホテルに入る流れになったのかを聞かせてもらえるかしら」
「どうしても僕にお礼がしたいといわれたんです」
先程のやむにやまれぬ事情とやらを説明した。
「彼女は余命宣告されるほどの病気と闘っていたらしいです。でもそれが先日奇跡的に回復したとのことで。科学的にどうこうはわかりませんが、コンサートで歌って踊る僕の姿を動画で見て、それが励みになったとか」
「だから断ろうにも断れなかったわけね」
僕はうなずいた。
「アイドルだから。マスコミの目には気をつけなければ、と常日頃から思ってたんですが、僕もひとりの人間ですからね。情に流されることもあるわけです」
それに、と続ける。
「ラウンジでコーヒー一杯ご馳走になるくらいなら、と甘く考えてたところもあるかもしれません」
ところがそれが仇となった。
実際はラウンジでお茶しただけなのだが。ホテルに宿泊してないと証明することができないのだ。
ホテルにも個人情報の守秘義務がある。警察の調べが入れば開示しなければならないのだろうが、ガセであることがわかっている以上、一般女性側から被害届が出されることはない。つまり警察は動かない、証明もできないというわけだ。
僕からしたらほとんど泣き寝入りに等しい状況だ。それでも違うものは違うと世間に対して訴えていくしかなかった。
全員が全員とはいかないだろうが、少なくとも純子社長はこういってくれた。
「ううん、青島くんに落ち度はないわ。真に責められるべきは足を引っ張ろうとした、人を不幸に陥れようとした週刊文夏」
シンプルにうれしかった。口では自分に甘さがあったといったけれど、もし味方である社長から咎められたらどうしようと思っていたのだ。
伊達にデビュー時から一蓮托生でやってきたわけではない。きっとこれから記事のことでたくさんの苦難が待ち受けているのだろうが、この深い絆があれば乗り越えていける。そう信じて疑わなかった。
だから切り捨てられたときは、まさかと思った。人はそんなあっさりと裏切られるのかと恐怖を感じた。
純子社長は「でもね」と怖い顔で続ける。
「写真を押さえられてしまったのも事実。ごめんなさい、の一言で済む話ではないのは重々承知だけど、青島くんにはここを去ってもらうわ」
僕はかすれた声でいった。
「要するにクビ、ということですか」
それにははっきりとした回答を得られなかった。が、何もいわないということは否定しないということなのだろう。
僕は顔面から血の気が引いた。
「スタートから地道にやってきて。グループに貢献したにもかかわらず。こんなときに事務所は守ってくれないんですか。見捨てるんですか」
純子社長は非常にばつの悪そうだ。付き合いはそれなりに長いが初めて見る表情だった。
「薄情で最低なのはわかってる。だけどもうどうしようもないの。社長という立場からして、現メンバーを守るためにはもうそれしか……」
ここでまたしても初めてだ。初めて純子社長が涙を流すところを見た。
オリコン一位を獲ったとき。コンサートを大成功に収めたとき。うれし涙のようなものはあったかもしれないが。それとは別種のものを見るのは間違いなく初めてだった。
純子社長にとっても苦渋の選択だったということか。気持ちが伝わったような気がする。
ならば僕ももう責められない。事務所から追放されて憤る気持ちはあるが、彼女の意を汲んでやらねばならなかった。
僕は腰を上げた。果たして頭を下げる必要はあるのだろうか、一瞬ためらったが、事務所の世話になったのはたしかだし、そのぶんはきっちり返そうと礼をいった。
「社長、いままでありがとうございました」
純子社長はそれに必死に応えようとしていた。だがうまく言葉にならないようだった。
これ以上辛い思いをさせたくないし、僕もそうしたくない。返事を待つことなく、その場から立ち去った。
べつに恨みはなかった。非情ではあるけれど、彼女は彼女の務めを果たしたのだ。仕方ないと割り切ることもできる。
しかしどうにも許せないものがある。それは嘘のスキャンダルを記事にして、僕、いや僕たちを不幸に陥れた週刊文夏だ。
人の不幸を飯の種にして、自分たちはのうのうと日常生活を送っている。それに対して怒りがこみ上げてこないはずがなかった。
彼らのようなマスゴミには何がなんでも一泡吹かせてやりたい。
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