異能バトルの閑話休題を、私と少しだけドラマチックに

樟阿木夫

第1話 テレポーターと、閑話休題 ~序章~

 私――冤枉えんおうという仰々しい名前を持った少女がこの状況に至るまでの経緯を、どうしても最初に説明する必要がある。

 こんなことをすると物語のペースが悪くなって、スラスラと読みにくくなってしまうということは、私も重々承知の上だ。

 第1話なのにそんな、読者が離れるようなことを冒頭にするのは自殺行為だということもまた、私は重々承知の上だ。


 だが――しかし、それでも私は。

 現在、私を取り巻くこの状況を打破するためにも、やはりここで、今に至るまでの様々な出来事とその経緯を説明しなければならなかった。


「だれかー! ここに変態がぁー!」

「キャー! 嫌ッ、こっち来ないでぇ!」

「は、早く警察呼んで! 早く!!」


 ……いや、だってこの状況、どう考えても犯罪的だしさぁ!

 最初に弁明しないと、清楚な私のイメージが変態で固定されちゃうじゃん!!


 というか根本からおかしい! おかしいんだよ!

 なんで第1話がこんな状況から始まるんだよ!

 この小説の作者は、構成とか気にしないで小説書くタイプなの!?

 それとももう、構成るだけで飽きちゃって、あとは惰性だせいで書いてるの!?


 ……とか。そんなこと気にしてても、まぁこの状況はどうしようもないわけで。

 なので取りえず改まって、というよりかはもう諦めて、ここに至るまでの経緯を説明しようという、そういうことだ。

 なので、私には決して、この後警察に捕まって事情聴取されたときの予行演習をしておこうとか、そんな思惑は一切無いのである。


 閑話休題。

 ……というよりかは、今から語ること自体が閑話休題みたいなものなんだけれども。

 しかしとりあえずは、まずここに至るまでの経緯を、私の身の上の説明も含めて、少し語ってみることにしよう。


 語り始めは無難に――そう。

 あれは私が今日、幸せそうな笑顔を浮かべながら、数年ぶりのスイーツビュッフェにいそしんでいた時のことだった――……


 〇 〇 〇 〇 〇


「――冤枉! 貴様を連行する!」


 ビュッフェ会場中に響くような大声で、そんな言葉をかけてきたのは、右目に眼帯をめている全身黒ずくめの中学生だった。

 私の机の前で仁王立ちしている彼は、真夏だというのに黒い海軍型の制服を着て、さらにその上には黒のマフラー。

 中二病をこじらせているのか、右手にはこれまたベッタベタな巻き方の包帯。

 顔にはまだ幼さが残っているものの、早く大人になれよと言ってやりたくなるような風貌をしていた。


「あのさ……自分の世界に入ってるところ申し訳ないんだけどさ。そういうのは、自分の世界の中で完結させた方が良いと思うよ……?」


 窓際の特等席で、夏季限定スイカパフェを口に運ぼうとしていた私は、声を潜めてまだ名も知らぬ彼に言う。


「――ッ! か、勘違いするな! この格好は、僕――我の所属する組織の正装なのだ! 別に好きで着ているワケでは無い!」

「あー、はいはい、そういう設定ね。……で、何が元ネタなの?」

「だ! か! ら! これは正装で、仕方なく……ッ!」


 少年は目元を羞恥に染めながら、しかしそれでもめげずに、


「そ、それを言うなら貴様もそうだろう! なんだその格好は!」


 と、私にキッと目を向けて、指差ししながら言ってくる。


「何って……金髪オッドアイの少女がゴスロリ衣装を着ているだけだが?」

「なんでそんな自信満々に、しかもなろう系の代表みたいな面してるくせに、やけに元ネタがネットでヒットしづらい台詞をもじった言葉で返してくるんだ?!」


 おっと、この少年、なかなかツッコミが上手いじゃないか。

 正直今まで、その姿を見ただけで舐めていたが、少し見直したぞ。


「でもこの格好、私の趣味だしなぁ……この金髪は染めてるし、このオッドアイはカラコンだし」

「そうなの!?」


 うわ、なんだこの少年、いちいち反応が面白いぞ!

 これは弄《いじ


「それに実はこの服も、このビュッフェのためだけに仕立ててきたものでね。ほら、なんとなくこの店の雰囲気と、色合いがマッチしてるでしょ?」

「いや、その服はドンキのコスプレコーナーで見たことあるけど……」

「……………………」


 つまんねー、このガキ。

 私がお前に趣味嗜好で、とやかく言われる筋合いはねーんだよ。

 あーもう、えた。こっから先、このガキがちょっとでも私の服装をなそうもんなら……。


 ……いやでも、まて。

 そういえばさっきの会話で、思わぬ収穫があったな。それを使えば……。

 ……さて、大人を怒らせたらどうなるか、教えてあげるとしましょうか……!


「……君さ、ドンキのコスプレコーナーで何を見てたの?」


 ビクッ!

 少年の肩が震えた。


「まさか、何かのアクセサリーとかを見てたわけでもないだろうし……」


 ビクビクッ!


「……そういえばその右手に付けてる、ドクロマークが入った指輪。それ、ドンキのコスプレコーナーにあったような気がするけど……」


 ビクビクビクッ!


「……まぁでも、そんなことはないよね。私のこれは趣味だけど、君のそれは組織の正装、言ってみれば義務みたいなものだろうし。しかも嫌々着ているらしいし。なのにまさか、アクセサリーを買うなんて、そんなことありえないよね?」


「……う」

「う?」

「う……う、うるさい!」


 あ、キレた。


「僕だっていい加減、お洒落くらいしたいんだよ! 毎日こんな服装なんて嫌だけど、それでも着るのは義務だから! だから、指輪くらいの、最低限のお洒落くらいは良いでしょ!? それは分かってくれるでしょ!?」

「でも私は、君とは違って、他人に迷惑掛けたりしないから」

「……ひっく……」


 予想通りというか、計画通りというか。恥ずかしそうにうずくまる少年。

 ……あーあ、泣いちゃったよ。

 誰だ? こんな可愛らしい男の子を、しかも初対面で――ショタだけに、初対面ショタいめん。激ウマギャクだ――泣かせた人は。

 彼にも彼なりの成長の方法があるというのに、酷いことをする人もいるものだ。

 しかも平日昼間のスイーツビュッフェという、店員しかいないような、声の響く空間で泣かせるなんて。あーあ、可哀そうに。

 まぁ、大勢の人がいるところで泣かされるよりはマシか。

 ……とか、そんなことをつらつらと思っていると。


「……冤枉! 貴様を連行する!」


 あ、仕切り直された。

 まぁ、しょうがない。いつまでもこんな掛け合いをしているわけにもいかないし、今度はちゃんと答えてあげよう。


「連行って……私、別に悪いことはしてないはずだけど……」

「何を言うか! 貴様――殺戮さつりくの女帝の二つ名を持つ、かの冤枉の悪行を知らぬ人間は、我ら異能力者の中には居ない!」


 と、彼は、勇気を振り絞ったかのように言って――。

 ……ああ、なるほどな。

 私は完璧に事情を察した。


「なるほど、君は異能力者なのか。どうりで私の名前を知っているわけだ」


 私は一転、不気味な雰囲気を身にまとわせて、目の前の少年を見つめる。

 一瞬にして、この場の空気が張り詰める。

 極度の緊張感からか、少年の頬を、一筋の汗が伝ってゆく。


 ――遅ればせながら、ここで私の自己紹介をしよう。

 私の名前は冤枉。金髪ゴスロリのオッドアイ少女のコスプレをした、極度のスイーツビュッフェマニア……ではなく、不老不死の怪物だ。

 人間の少女ような姿をしている私だが、正確には人間ではない。

 不老不死の怪物――正確に言えば私は、鬼と人間の混血ハーフである。

 人間のような機能を持ち、人間のような五感を有し、人間のような感情も持ち合わせている――が、しかし正確には人間ではない。

 傷では死なず、毒でも死なず、飢餓でも死なず、年を取ることがないゆえに、加齢で死ぬこともない。

 私はそういう生き物――化け物なのだ。


「しかし、君は本当に空気が読めないね。私は今、数年ぶりのスイーツビュッフェを楽しんでいたって、それだけなのにさ……」


 いわく、人類を一夜にして滅ぼすほどの力を持つ。

 曰く、人の不幸を眺めることを至上の喜びとする。

 曰く、異能を持つ者の血肉を食事としている。

 千年以上の時を生きる、厄災。

 無謬むびゅうの憎悪を抱えて生きる、不死身の女王、殺戮の女帝――冤枉。

 それが、私の通り名だった。


「……でも、私を退治するのに君一人っていうのは……少し舐めすぎだと思うよ?」


 私は不敵な笑みを顔に浮かべて、目の前の少年を値踏みするように観察する。

 少年は警戒を解かない。

 恐怖と覚悟をはらんだ目線が、私をするどく射返している。


 彼ら、異能力者――自然法則を無視した、超常の力を有する人間達の多くは、そういった人智を超越した生き物を、駆除、管理することを生業なりわいとして生きている。

 そして、例に漏れず私もその対象――駆除対象に、それもどうやら、最重要危険人物的なものに指定されているらしいということを、私はここ数百年で学んだ。


 ――だから、私は威嚇する。


「これが最後の通告だ。……今の私は機嫌が良い。だから、君が今すぐこの場から逃げるのなら、特別に見逃してやってもいいんだ」


 曰く、人類を一夜にして滅ぼすほどの力を持つ。

 ――嘘だ。

 私は死なないし老けないだけの、何の力も持たない半人間の少女だ。


 曰く、人の不幸を眺めることを至上の喜びとする。

 ――嘘だ。

 私は平穏で変わらない日常を愛する、博愛主義者だ。


 曰く、異能を持つ者の血肉を食事としている。

 ――嘘だ。

 私はご飯よりパン、パンよりケーキ派の、大の甘党だ。


 私に戦闘能力は――ない。皆無だ。

 だからこそ、ここで捕らえられたら最後、半世紀以上は彼の所属する組織とやらの持つ施設に、幽閉され続けることになる。

 だから――だから。

 だから、私は威嚇する。

 何百年もそうやって、逃れ続けてきたその方法で。


 ……しかし。


「はっ、見逃すだって? 残虐なことで有名なお前が、そんなことするわけ無いだろう。そりゃもちろん、貴様と正面から戦闘をすれば、我は必ず負けるだろう。そんなことは分かっている」

「ああ、その通りだ。よく分かっているじゃないか。なら、大人しく……」

「――ならばそもそも、戦闘をしなければ良いだけだ!」


 そう言い終わるなり彼は、包帯を巻いた腕を地面に突き立てて――。


「我は、極東異能力者管理機構F・E・E・M・O転移使いテレポーター神崎かんざきレン! これからお前を、我らが機構の牢に連行する!」


 ――そしてその腕から、青白い光とともに、超常の力があふれ出す。 


 ……そうだ。そうだった。

 異能力者の中には、物体を転移させるという能力を持つ奴がいる。

 その能力を使えば、戦闘もせずに私を捕らえることができるじゃないか……!

 久しぶりのスイーツビュッフェで、完全に気が緩んでいた。

 そんな可能性もあるということを、完全に忘却していた!

 これは、まずい……っ!


「能力制限解除! 長距離転移ロングテレポート――ッ!!」


 油断した。完全に私のミスだ。

 あーあ、次にビュッフェに来られるのは、いったい何十年後になるんだろうか。

 せめて今度のビュッフェまでに、世界が滅んでないといいなぁ……。

 そんなことを考えながら、そうして私の視界は白に包まれ――……


 ……そして、今まさに絶賛お着換え中の、どこかの女子更衣室に転移したのだった。

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