勇者オレ、50年の眠りから覚めたら親友に全ての功績を奪われてました。〜土下座を求めて三千里〜

しまわさび

第1話 裏切り

「よし…あと1発…!」


眼前には、オレが放った聖剣の一撃によって、息も絶え絶えとなっている魔王の姿。


「最後は任せたわよ、シノ!決めちゃいなさい!」


「いいぞー…」


そして、これまでの旅路を支えてくれた仲間達の信頼を背中に受け続けている。


貴族の出なのに、平民のオレなんかを勇者と認めてくれた、親友のサンジェリド。


種族の垣根を越えて、オレに大地の力を託してくれた妖精族のハルフレア。


2人の声援に押されて、どこまでも戦い続けられそうだった。


そう。オレは高揚感に支配されていた。あとたったの一撃で、世に平穏をもたらすことができるという確信。

様々な人と結んだ、平和の約束をついに果たすことが出来る喜び。


だからなのだろう。サンジェリドが浮かべていた意味ありげな含み笑いを、オレは「勝利を確信した笑み」と解釈してしまったのだ。

気付いた時にはもう手遅れで。

鈍色に輝く剣先が、背後からオレの心臓を真っ直ぐに貫いていた。


「悪く思うなよ」


上擦った声。それの主がサンジェリドであるということは、抜き出た剣身に施された貴族の紋章が証明していた。


胸の異物が抜き取られる感覚。全身から汗が噴出するのと同時に、魔王城の床へと崩れ落ちてしまう。


そこからの記憶は、断片的だった。


「は?え?ちょ、ちょっとサンジェリド!?!?なななな何してんのよアン…ギャーッ!」


長く伸ばした桃色の髪ごと、背を斬られるハルフレア。


オレの腕から抜け落ちた聖剣を手に取り、瀕死の魔王にトドメを刺すサンジェリド。


そして。


「じゃあな…」


城全体を切り裂く、サンジェリドの剣戟。

凶行を止めることも叶わず、崩落する壁と共に奪われていく意識。


最期に脳裏が映し出したのは、故郷を発つ時に「待ってる」と言ってくれた幼馴染の、屈託のない弾けるような笑顔だった。









跳ね起きて、斬られたハルフレアを助けようと周囲を見渡す。だが、そこには丸太作りの小屋が広がっているだけだった。


そして、全身を包む柔らかい感触。自分はベッドに寝かされていたらしい。

頭が冴えてくるに連れて、大量の疑念が心中に浮かび上がってきた。


なぜ、自分は生きているのだろうか。心臓を一突きにされたのは確かなことなのに。

それに、ここはどこなのか。


そして………サンジェリドは本当に、オレ達を…。


その時。ガチャリ、と戸の開く音と共に見慣れた姿が目に飛び込んできた。


長かった桃色の髪は、受ける印象が変わるほどに変化しているものの、それを彩る黄金の装飾品、そして白を基調にした神聖み溢れる装いは変わることがない。


「ハル!!無事だったのか!!!」


「どバカーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」


頬に激しい衝撃。それでも、彼女の攻撃は止まらない。ポカポカと、涙混じりにオレの頭を軽く叩き続けている。


「アンタッ、全然起きなくて!心配かけて!心臓刺されたくらいで眠りこけてんじゃねえわよッ!」


「ごめんなさ痛っ、痛いやめて」


だが、一見無茶なだけなその言葉は、あの出来事が夢とかそういう類のものでは無かったということも示唆していた。


「そうか…本当に…刺されたんだ、オレ…」


「…そうよ。隠してもしょうがないから言うけど、サンジェリドにね」


「何かの間違いとかでもなく?」


「あたしのこの傷跡が証拠よ、ほら」


ベッド脇で翻り、背中を見せてくれるハルフレア。

肩から斜めに痛々しく刻まれた傷跡に沿って、桃色に透ける髪がバッサリと切り落とされていた。


「ひどいでしょー!?2度と生えてこないっつうのにぃ…!」


魔王城への道中、ハルフレアから聞いた話を思い出す。彼女達妖精族は生まれた姿が完成体なので、髪や爪を失ったら2度とは生えない性質を持っているらしい。


「長いのもすごい似合ってたもんな…。でもひとまず、ハルが無事でよかった」


「…はあ、そういえばアンタそういう恥ずかしい感じのこと平気で言ってくるタイプだったわね。助けなきゃよかったかも」


「やっぱり…不思議だったんだ。なんで崩落する魔王城のど真ん中にいたのに、オレがこうして生きているのか。ハルのおかげだったんだな、ありがとう」


「あーうるさいうるさい!だまれだまれ!適当に魔術でちょちょっとやっただけよ!」


「やっぱりハルの腕前はすごいな!ありがとう!」


「だまれ!!!!!!!!!!!!!」


全てを壊す勢いで猛るハルフレア。本当にすごいんだから素直に受け取ればいいのに、いつも謙遜がすぎる。

…でも、気心知れた仲間と変わらないやり取りが出来るということに、日常に戻って来たという安心感を覚えていた。

そこで、更なる疑念が心に浮かぶ。


「ハル、オレは心臓を真っ直ぐに貫かれたはずなんだ。これも君が治してくれたのか?」


「ふん、そうよ。仮死状態のアンタを魔術の膜で包んで、ゆっくりじっくりとね。おかげで…その?ちょーっと時間がかかっちゃったけど」


「時間?1年とか?」


「そのね?言いづらいんだけどね。50年かかっちゃった」








「何よ!起きたら50年経ってたってくらいで沈んじゃって!あたしなんて2度寝して起きたら100年後だったこともあんのよ!」


「ご長寿基準で語らないで欲しいな!でも治療してくれたのはありがとうねっ!

…そうだ!世界はどうなってるんだ!?」


50年…人が老いるには、十分すぎる時間だ。外はもう、自分の知る世界ではなくなっているかもしれない。そんな恐怖に、押し潰されそうだった。


「一応だけど…平和にはなったわよ。サンジェリドがアンタの聖剣奪って魔王にトドメ刺したから」


「よかった…。じゃあファニは!?今どうしてるんだ!?必ず帰るって約束したんだ!」


「えっ幼馴染のあの娘?サンジェリドと結婚して王妃やってるわよ」







「なんでそんな凹んでんのよ!」


「好きだったんだよ!!!!!!!!!!」


「えっ」


うつぶせで枕を濡らすオレに向けて、素っ頓狂な声をあげるハルフレア。


「うおぉ〜〜〜ん!なんだよ目覚めたら好きな子が親友と結婚してるって!あんまりだよぉぉ〜〜〜〜〜ん!」


「あのごめんね?その、知らなくて…無神経に…」


「王妃ってなんだよ〜〜〜〜〜!王なのかよアイツサンジェリド〜〜〜〜〜〜〜!」


「過去一取り乱してるじゃない…。そーよ、アイツ、魔王討伐を自分だけの功績にして王位継承の足掛かりにしたのよ」


「ずるい〜〜〜〜!正直オレだって、ファニや村の人に『頑張ったね』って褒めて欲しかった〜〜〜!」


「慎ましっ…」


2人で摘みに行った、川沿いの花畑。修行の後に作ってくれた、暖かいじゃがいものスープ。そんな光景が浮かんでは消えていく。

大失恋だった。


意気消沈して突っ伏すオレを気遣いつつ、ハルフレアはたくさんのことを教えてくれた。


まず、ここは人里から遠く離れた位置にある空き家を改装した場所だということ。


そして、表向きには『苛烈な攻撃で倒れた仲間達の意志と聖剣を継いでサンジェリドが魔王討伐を果たした』とされているので、オレ達は死人扱いされているということ。


そして、即位したサンジェリドの宮殿で、オレの使っていた聖剣が厳重に管理されているということ。


そこでようやく、人生初の失恋に打ちひしがれている場合ではないほど、事態がまずい方向へ動いていることが分かった。


「聖剣…。あれとサンジェリドとの相性が悪かったなら最悪なことになるんじゃないのか?」


しがない村人にすぎなかったオレが、勇者としての道を歩むきっかけとなった一振りの剣。

ハルフレア達、大地妖精の一族が管理していた聖剣をオレが握ることになったのは、単純に剣との相性がよかったからだ。


だが、聖剣との相性が未知数のサンジェリドが剣を奪い、瀕死の魔王に使った。

つまり、正しく魔王をトドメを刺せていない可能性があるということになる。


「お察しの通りよ。最近、魔族の活動が活発になってる。魔王が復活したと見て間違いないでしょうね」


「やっぱりか…。よし!ハル、本当に世話になった。治療の数々感謝のしようもない。いつか必ず報いるから待っててくれ」


ベッドから身を起こし、ハルフレアの脇を過ぎて外へと出ようとした瞬間、彼女の手に引き止められた。


「どこに行く気?」


「サンジェリドに会うんだ」


「正気!?アイツ、今は王になってるから会えっこないし…。そもそも!あたし達が生きてるってことが知られればどうな目に遭うか分かったもんじゃないわ!」


「それでも、会わないわけにはいかない」


サンジェリドの管理する聖剣をもう一度手にして、魔王を今度こそ討ち果たさなければならない。


そして、あの時。オレ達を斬った時の心境を聞きたい。もしかしたら、何か真意染みたものがサンジェリドの中に隠されているのかもしれない。

彼を信じるという微かな希望にしがみ付きたい気分だ。


そして、何より…。


「ファニを奪われたから、悔しいんでしょ」


聞こえないような声量で吐き出された、重たい言葉。主であるハルフレアは、オレの腕を掴んだまま、伏し目がちに俯いていた。


「…そうだな。悔しくないと言えば嘘になる。もしファニを幸せにしてなかったらぶん殴ってやるつもりだ。でも」


それ以上に。


「ハルフレアの背中に傷をつけたこと、土下座してちゃんと謝らせないといけないだろ」


瞬間、腕を締め付けていた感覚が少し緩み、眼前のハルフレアはおかしさを耐えきれなくなったように吹き出していた。


「ふふ、あはは!アンタ、ほんとバカね。自分のことで怒らない辺りがほんとバカ。

…はあ、あたしもついて行ったげるわよ。聖剣は元々妖精族のものだしね」


試練を終え、オレに聖剣を受け渡してくれたあの時のような、ハルフレアの笑顔。


あの出来事が50年も前ということと、あの場にいた3人が2人になってしまったということがどうしても胸を刺すけど、変わらないものもあるというのがたまらなく嬉しい。


サンジェリドに土下座をさせる旅は、こうして始まったのだった。







「ちょっと待ってオレめっちゃ白髪になってるじゃん!!!!!」


出発の直前、窓ガラスに映った自身の姿を見て絶叫してしまった。中途半端の長さの黒髪に、白銀のストライプが入りまくっている。


「あー気付いちゃった…?なんかね、治療してる内に白くなっちゃって…ごめんね…?」


「『シノの黒髪、綺麗だね』ってファニが褒めてくれたのに!!!!!!!あっでもファニはもう人妻で!!!!うわーーーーーっ!!!!」


「悲惨すぎる…」

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