銭湯では何もはじまらない

蓮池キョウ

第1話

 私の住むアパートは、三面を建物に囲まれた日陰にある。一面には八階建てのマンション、もう二面には、二階だか三階建ての民家が建っている。おまけに北向きの部屋ときたもので、朝でも昼でもほの暗い事この上ない。そんな我が家と外界を繋ぐのは、通行を許可されているのかすら怪しい、民家と民家の間、人と人がすれ違うのもやっとできるくらいの小道だ。

 その小道を抜けて角を二つ曲がった先に、それはある。

 私はトートバッグに、フェイスタオルを2枚、トラベル用の化粧水と乳液、小銭入れとスマホを入れて、その小道を勇み歩く。五月も中旬に差し掛かり、夜の風に初夏の気配が混ざるようになった。裸足にサンダルでも寒くない気温になったと思っているうちに、それの灯りが見えてきた。

 銭湯である。そこの前を通っただけでも熱気と石鹸の香りを感じる、昭和の香りもついでに感じる銭湯である。はじめての一人暮らし、引越し初日はガスが使えないからと、ここを利用したのがきっかけで、自宅にガスが開通した今でも、度々ここを訪ねている。

 木札で鍵をかける下駄箱にサンダルをしまい、その先の受付で600円を払って廊下を奥へと進む。女湯は、廊下を突き当たって左にある。

 脱衣所で適当なロッカーを探していると、彼女と目があった。

 「久しぶりじゃん!全然来ないから、引っ越しちゃったのかと思った」

 彼女もついさっき到着した様子で、ロッカーに荷物をしまいながら話しかけてきた。

 「まさか。リナと違って、そんなに頻繁に来ないだけだよ」

 「ウチだって、週三くらいでしか来てないよ?」

 「十分多いでしょ」

 「大浴場って最高じゃ〜ん」

 リナはそう言って、先にツカツカと浴場へと行ってしまった。

 私はのそのそと服を脱いで下着を外しているのに、リナはそのあたりに躊躇いがない。ここで、はじめてリナに会ったときも、遠慮無く年齢を聞かれたのを覚えている。十九です、と応えると

 「若いね〜!」

 いや、若い若いと繰り返してケタケタ笑っていた。二十二歳の彼女曰く、ここは若者の来るところではないが、ここに来る若者は大物になるんだそうだ。

 私は月に二回程度の頻度でしか来ていないが、それでも毎回リナに遭遇している。今日も会えたら、連絡先を交換したいと思っていた。少し年上で、気さくに接してくれる彼女の隣は、とても居心地がよかった。

 体を洗いながら、リナの様子をチラリと伺うと、炭酸風呂で緩みきった顔をしていて笑ってしまった。

 私も早くお湯に浸かろう、足を伸ばして肩までお湯に浸かろうと思うだけで、子どもみたいに胸が弾んでいた。

 

 

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