異世界食人記 ―ピンチの魔王が召喚したのは異世界の食人鬼でしたー

さくしあ

序章

「初めの大窮地」

――カツン、僕は床の魔法陣を描き終え、準備のすべてが整う。


「魔王様、完成しました……ですが、やはり……」


もじもじとしていると、彼が僕の頭を、ゴツゴツとした鎧の手で、撫でおろす。


「大丈夫だ、カルマンテ。この魔法が成功すれば、救世主が現れるのだろう?」

「……はい、僕たちの窮地を救ってくれる筈です」

「それなら、致し方ない犠牲だ。我の身体くらい、くれてやろう」


彼は覚悟の返事を返した。

今は窮地、最後の魔王軍隊がやられ、一時間後この魔王城に勇者たちがやってくる。

魔王軍は全て葬り去られた、残ったのはたったの二人。


「魔王様……」


山の様に大きな巨体、何物も通さない。

銀の魔甲の鎧は、美しさと力強さを悠々に表している。

僕よりも巨大な大剣を縦横無人に振り回す。

人々は魔王「魔甲のシュヴァリエ」と恐れられる魔王様。


そして、エルフの癖に小さくて、他と違い褐色肌。

老人のような白い髪、赤い瞳、周りのエルフとは全然違う容姿なのに、

勇気も無ければ、力もないし、武器も扱えない。

ただ運がよかっただけの男、僕、カルマンテだけだ。


「カルマンテよ、鎧の準備も、我の準備も出来ているぞ」

「……わかりました!やってみます!」


僕は、魔術の言葉を紡ぐ。

紡ぐ言葉と同時に、魔法陣が光始め、稲妻が溢れ出す。


 

この魔術は、転移の魔術、

異世界と呼ばれる場所から、強き魂を呼び込む、

つまり死んだ者の魂を呼び込む魔術。

膨大な魔力を使い、僕の身体がギリギリになるまで魔力を込めれば使える魔術。

ただ、この魔術には、ある重すぎる代償がある。それは――


言葉を紡ぐごとに、彼の鎧がガクガクと震える。

そして隙間から青い粉が、ボロボロと溢れていく、

その光景を見つめながら、僕は最後の一節を唱えた。

唱えた瞬間、閃光が魔法陣から溢れる。

その光に目がくらみ、目の前が真っ白になった。



「……魔王様ッ!!」



――代償は、強き者の「肉体」、つまり、魔王様の「肉体」なのだ。


視界が戻る、閃光は止み、そこには先ほどと、同じポーズの彼だけが残っていた。

もしや……失敗してしまったのか!?


「ま、魔王様っ……!」

「……ん、ぐっ」

 

彼がそう声を上げた瞬間、彼は膝から崩れ落ちる。

僕は彼に駆け寄り、肩を支えた。

支えた瞬間、異変に気が付く、

『軽い』先ほど撫でてもらった硬さはあるが、あの重みは無くなっているのだ。


「魔王様…僕は、僕は……」


大粒の涙をながしながら、後悔の念に包まれる。

だが彼は、空っぽの鎧を『動かして』僕の頭を撫でてくれた。


「いいのだカルマンテ、お前のおかげで、魂だけでもこの鎧に宿せたのだから」

「ぐすっ……魔王様……!」


そう代償は、強き者の『肉体』

異世界から魂を呼び寄せ、強き者の肉体を犠牲に、新たな肉体を作る。

つまり『魂』は要らないのだ。魂だけでもと、鎧に細工をしていた。

つまり今の魔王様の肉体と呼べるのは、この鎧なのだ。


「僕が、もっと、この魔術を改良出来ていれば……」

「よいのだ、この様な魔術、連発出来ては良くない、

 それに成功したのだ、問題はない」

「えっ?」


彼は、その銀色の鎧の手で、自分の兜を外す。

僕はその行動をじっと見つめていたが、

その中身に、甲高い声を上げてしまった。



 その中身、それは魔王様の顔ではなく、女性の顔だった。

黒色で長く艶やかな髪、卵の様に真っ白で艶やかな肌、

目は閉じているがまつ毛が長く上へと向いている。

艶っぽいピンク色の唇と、しゅんとした鼻筋はエルフの僕から見ても、

美しいと思えた。


「しっかりと居るであろう?」

「は、はい!魔王様じゃない……女性が居ます」

「むぐっ……女性なのか!早く出してくれ!恥ずかしい!」


女性と分かった瞬間、落ち着き払っていた彼が、慌てふためく。

彼は奥手だったのを思い出す……。


「と、ともかく鎧を外すから、出してくれ!」


そう言って、彼は胸の鎧を外す。

彼に言われた通り、中に入った女性を取り出そうとするが、

その姿に、僕は顔を背けてしまった。


「わわっ……!!」

「ど、どうしたカルマンテ?もしや……顔だけしか出来ていなかったか?」

「い……いやっそのっ……あのっ……!」


僕は目を手で隠しながら、ちらちらと見つめる。

鎧を外して出てきたのは、女性にしかついていない「アレ」……

――裸だったのだ。


「あのっ……服までは作れてなくて……」

「なにっ、つまり裸か!?」


その事実を知った彼は、大慌てで、取り出そうとしている。

だが、どう触っていいのだろうかと、迷っていた。


「カルマンテ!手伝ってくれ!早く!」

「で、でもぉ……」

「女子なんて触ったことない!一緒に出してくれ!!」


僕は顔を真っ赤にして仕方なく、なるべく直視しない様に、鎧から引き抜く。

ずるりと腕や足が鎧から現れる、そのどれもが、卵の様に美しく艶やかだった。


「ど、どこに置けばいいですか!?」

「とにかくどこでもいい!」


どこでも、と言われたが、裸の女性を、そのままの床に落とすのは良くない。

僕は近場にあった布を持ってきて、床に敷いてその上に、二人で女性を寝かせた。


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