チェーンソーが刻む復讐の旋律
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死を撒く者
夜の街は、光と影が交錯する混沌の様相を呈していた。
路地や通りは暗く、時折車のライトや街灯の明かりが差し込み、建物や樹木が影を投影している様はまるで舞台照明のようだった。
そんな夜の街を一人の青年がいた。
黒いサマーパーカーに作業ズボンという出で立ち。
少々頼りなさそうな印象があった。
その原因は彼の顔立ちにあったのかもしれない。どちらかと言えば童顔気味な顔つきをしており、体格も細身なので年齢よりも若く見られがちだったが、これでも30歳を手前に控えている立派な成人男性だ。
ただ、その容貌にはどことなく気弱さを感じさせる雰囲気があり、初対面の人間からは10代後半から20代の前半程度に見積もられることが多かった。
顔には柔らかな表情があり、穏やかな雰囲気を醸し出しす。
しかし、その表情の奥には過去の闇を秘めた影が漂っていた。彼の目は深く、時折影がかかったような暗い光を宿していたが、それは決して表に出てこないように注意深く隠されているようだった。
名前は
亮平は70m程先を歩く老人の後をつけていた。
年齢は60代半ばくらい。
背広を着ており、中肉中背といった感じだ。特に目立つ特徴はないが、白髪交じりの頭頂部が少し寂しくなっているところを見ると、見た目よりは年を取っているのだろう。
亮平は老人のことを知らない。
名前も職業も交友関係もだ。
だが、老人が一人の女性を探していることは知っていた。
亮平はポケットから折りたたんだビラを広げる。そこには一人の若い女性の顔写真と共に彼女のプロフィールが書かれていた。
女性の名前は、
家事代行業者・クリンの家政婦だ。
ビラの上部には《探しています》という文字と共に、失踪した日時や服装、足取りが書かれており、情報提供を求めるものであった。
連絡先の携帯番号と、名前に今村
(どういう関係なんだ……)
亮平は歩きながら、横目でちらりとビラの女性の顔を見る。
ビラを手にしたのは一昨日。
老人がビラを通行人にビラを配っているのを手にしたことが切っ掛けで、亮平は老人が美奈子のことを探していることを知った。
美奈子は、素朴な感じの良い顔立ちをしていた。髪はやや茶色みがかっており、肩にかかるくらいの長さだった。化粧はほとんどしていないように見える。
亮平は、美奈子のことを知っていた。
知っているからこそビラを配っていた老人に、彼女のことを伝えなければならないと強く感じていたのだ。
なぜなら、彼女が姿を消した原因を知っているからだ。
「さて。どう切り出したものかな……」
亮平は事情が事情だけに慎重にならざるを得なかった。まずは相手に警戒心を与えないようにしなければならない。
やがて老人は角を曲がり、視界から外れる。
そこでようやく亮平は足を止めた。
そして、ふぅっと息を吐く。
緊張感で体が強張っていたようだ。後をつけ始めたのは、自分ではあるが、これからどうしようかと考える。
正直言って、あまり乗り気ではなかった。できることならば関わりたくないと思っているくらいだ。それでもこうして行動に移してしまった以上、やるしかないだろう。
それが事情を知っている者の責任なのだから。そう自分に言い聞かせて覚悟を決めると、老人が曲がった角まで走って、その先を伺う。
すると、老人が3人の男に絡まれている姿が目に入った。
チンピラ風の男達は、周囲を警戒しつつ老人を路地へと連れ込んだ。
人気のない場所だ。
当然、周囲に人影はない。助けを呼ぶこともできない状況だ。
「やっかいな事になってきたな……」
亮平は思わず、そんな言葉が漏れた。
このまま放っておく訳にもいかないので、亮平は意を決して路地へと向かうことにした。
◆
老人・今村豊は3人組の一人に頬を殴られ、その場に倒れこんだ。
「な、何だ。あんたら……」
3人の一人が倒れた豊の胸倉を掴んで持ち上げる。
「お前。この女の何だ、こいつは今どこにいやがるんだ?」
そう言って、男は写真をちらつかせた。そこに写っているのは、美奈子の写真であった。
男の問いに、豊は答えることができない。それは自分が探している女性だからであり、なぜ殴られたのか理解できなかったからだ。
豊は混乱していた。突然現れたこの連中に殴られ、何が何だか分からない状態だ。
ただ、一つだけ分かったことがある。
この男達は自分の持っている情報を聞き出す為に暴力を振るったのだということだ。
「……美奈子に何の用だ。お前らこそ何者なんだ!」
その言葉に、男の一人が脚を上げる。
蹴りが豊の顔面に入った。
鈍い音がする。
豊は鼻骨が折れ鼻血が出て、口の中に血の味が広がるのを感じた。
思わず咳き込む。
口の中も切ったのだろう、鉄の味がする。
それを見て、男の仲間の二人が笑う。
彼らは愉快で仕方がないといった様子だった。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のような笑い方だ。実際にその通りなのだろう。彼らにとっては老人である豊を痛めつけることが楽しいことであり、目的の為の余興であった。
「聞いてのはこっちだ。久保の兄貴達が今、どこに居るのか教えろ」
男が再び豊を蹴り飛ばした。
今度は腹を蹴られ、内臓が破裂したかのような激痛が走る。吐き気が込み上げてきた。
胃の中のものが逆流してくるような感覚を覚える。口から酸っぱい液体が溢れ出てきた。そこには血も混じっていた。
豊は地面にうずくまり、苦しそうにえずく。
「やめろ!」
そこに亮平が飛び込んだ。
路地の入口に立つ彼の姿を見た男達は、一瞬驚くもののすぐに笑顔に戻る。
細身で童顔な亮平に恐怖心を抱くことなく、弱そうな奴が来た。
そう思ったのだ。
案の定、リーダー格の男が言った言葉はこうだった。
「正義の味方気取りか? 殺されたくなきゃ引っ込んでろよ! それともお前をボコボコにしてやろうか?」
その台詞を聞いて、周囲の男たちが爆笑しだす。中には手を叩いている者もいた。
(完全に舐められてるなぁ……)
亮平は、そんなことを考えつつも、表面上では冷静さを保っていた。
だが内心では少し苛立っていたのも事実だった。
亮平は
亮平は歩み、豊と男達の間に立つ。
それは、邪魔をするという意味でしかない。
「邪魔だ。どけ」
先ほど、蹴った方の男ともう一人が前に出る。どうやらこの男が2番手らしい。手にはナイフを持っていた。
相手が殺意を持って向かって来るならば、こちらも容赦はしない。それが亮平のスタンスだからだ。
男がナイフで亮平の頬を叩こうとした瞬間、ナイフが落ちた。
いや、落としたというべきだった。
なぜなら男の人差し指に鋭い痛みが走ったからだ。何かが刺さっているような感触があると同時に血が流れ出したのである。
(痛っ!?)
アスファルト見るとナイフと共に、1個何かが転がっていた。
1本というべきか。
長さ6cm程の長さの血を垂れ流すイモムシのような存在が転がっているのが見えた。
続いて自分の手を見て、それが何であるかを理解する。
男は自分の人差し指が失われおり、血が噴き出していることを認識したのだ。
遅れて痛みが襲ってきた。
指があった箇所が熱く感じるが、それも一瞬で消え去るほどの強烈な痛みだった。
亮平の右手には、全長25cm程の大型のナイフらしきものが握られていた。
それはナイフではなく、アウトドア用のキッチンバサミだ。
ブレードの根元部分が弧を描いているので素材をしっかり掴み、しかも半月型のブレードが軽い力でも硬い素材に食い込んでいき、力の弱い女性でも楽に鳥の肉を骨ごと切断できるばかりか、先端部が鋭利になっているので、ナイフのように刺すこともできる。
「指は10本あるんだ。1本無くなったくらいで騒ぐなよ」
亮平が男を睨みつける、その瞳は冷たく鋭かった。口元に笑みが浮かぶ。
しかし目は全く笑っていない。
冷たい怒りを宿した瞳だった。
そんな亮平の視線を受けて、男は青ざめ後退りした。
人体を傷つけるならまだしも、欠損させることを平然行える者がいるとは思わなかったからだ。しかも、相手は平然とそれを実行しているのだから恐ろしいことだとしか言いようがないだろう。
男が怯えたところを狙って、亮平は顔面に拳を叩き込む。
1人目。
「テメエ!」
別の男が威勢のいい啖呵をきるが、その男に対して、亮平は大型ナイフを振るう。
遠慮のない刺突は男の右股を突いた。
肉を貫く感触が伝わってくる。
動脈は、あえて避けてやった。このままでは出血が少なすぎると思った亮平は、そのまま捻って傷口を広げる。すると、面白いくらい血液が流れ出た。男は悲鳴を上げて倒れる。
2人目。
瞬く間に仲間がやられたことにリーダー格の男は、懐から9x19mmパラベラム弾、8発を装填できる
亮平に銃口を向ける。
すると、亮平は笑った。
「な、何がおかしい」
男は問う。
その笑いの意味が分からなかったからだ。
この男は、この状況を楽しんでいるのではないか? そんな風に思えたのだ。それともエアガンかモデルガンとでも思ったのだろうか? これは本物なのだ。いずれにしても銃を向けられて笑っているなど普通ではないのは確かだろう。
「お前に僕は殺せない」
亮平は両腕を広げて見せ、無防備な姿を晒す。
本物のS&W M39であるにも関わらずに。
男は怒りに任せ
だが、銃声が轟かない。
その時には、男は右肩に亮平の持つキッチンバサミが突き刺さっていた。
男は暴力沙汰には慣れているようだが、拳銃の扱いはアマチュア以下だ。
拳銃を手にしても扱いができないチンピラやヤクザは、弾丸が出ないミスは当たり前。訓練も無しでは眼の前の目標に当てることすらできない。
その為、暴力団は構成員を東南アジア等で射撃訓練をさせるのだ。
男が
亮平はキッチンバサミを抜くという行為にあたり、手で引き抜くのではなく近間から男の腹を蹴った方が早いと判断した。
そして男の右腕を掴むと同時に手首を捻り上げるようにして引っ張る。それにより、男の肩を外した。
――つもりだったが嫌な音がしたので、もしかしたら骨折したかも知れない。
だが、それはどうでもいいことだった。
亮平は、反撃に備えS&W M39の
呻く男に亮平は顔を近づけ訊く。
「さて、僕の質問に答えるんだ」
男は脂汗を流していたが、目は反抗的だった。負けを認めていないのだろうと思われる態度だった。
「誰が言うか。口が裂けても言わねえぞ!」
すると亮平は男の口の中にキッチンバサミを突っ込むと、男の右頬をためらいなく断ち切った。
男は自分の身に起こった現実を実感し、叫んで恐怖した。眼の前の青年は、まるで虫の脚や羽根でもむしるように人間の頬を切ったのだから当然の反応だろう。
亮平はそのまま刃先を上にして包丁を持つようにハサミを持ち変えると、左頬も同じように切り裂く。
今度は叫ぶ間もなく両頬が分断された。もはや男は痛みすら感じない状態だ。男は血だらけの顔で涙を流しながら命乞いをした。
「安い覚悟だな」
男に向かって、亮平は言った。
彼の瞳はどこまでも冷たく、殺意に満ちていた。
5分程もすると、亮平は男から離れ、豊の元に寄った。
豊は鼻血を抑えながら亮平の所業に震えていた。人間の指を切断し、頬を切断する青年に恐怖を覚えたのだ。同時に、この青年が助けてくれなければ自分は死んでいただろうと確信できた。
だから、感謝するしかなかったのだが……。
(それにしても、この男の強さは何なんだ?)
そう思うのも無理はない。いくら相手が武器を持っていたとはいえ、ナイフや拳銃を持った3人を相手に一方的に勝つなど尋常ではない強さだからだ。
亮平は豊に告げる。
「奴らの目的が分かりました。それと、あなたの探している藤原美奈子について僕が知っていることをお話しなければなりません」
それは豊にとって絶望でしかない言葉だったが、変えることのできない現実に彼は耳を傾けることしかできなかった。
◆
冷たい静寂と薄暗い雰囲気が漂う。
そこは冷たいステンレスの冷凍庫が壁一面に並んだ部屋。その外観は冷たさと無機質さを感じさせたのは遺体安置用の部屋だったからだ。
表社会とは違い、裏社会に生きる者の遺体は病院に運ぶことはできない。そんな場所に運び込まれた死体がどうなるかといえば、もちろんロクなことにはならない。つまりここは墓場でありゴミ捨て場なのだ。
そんな場所で豊は、美奈子と対面した。
探していた美奈子は、頭を割られた無惨な姿と変わり果てていた。
事情は、こうだ。
4人の男達に殺された美奈子を発見したのが、亮平だった。事情は知らないままに、亮平は男達を殺した。一人の女性を囲んで殺害するなど、どう考えてもまともな人間の仕業ではなかったからだ。
アウトローの世界に入った以上、美奈子の死を警察に連絡することはできなかった。そこで亮平は美奈子の遺体を安置していたのだ。ようやく引取人が見つかったのは良いが、それで終わりではなかった。
「どうして孫の美奈子は殺されなければ、いけなかったんですか?」
豊は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくりながら訊いた。豊と美奈子の関係は母方の祖父と孫との関係だった。
亮平は淡々と答える。
「奴らは建設会社朝異の暴力集団です。地方公共団体が行う公共工事に関し、これを確実に受注するには入札価格を知っておく必要がありました。藤原美奈子は家政婦として県庁の課長宅に出入りしていた。そこを奴らは利用しようとしたが、彼女は断ったために殺されました。情報漏洩を防ぐために。
そして、あなたが狙われたのは、藤原美奈子を拉致した男達が行方不明になったことによる捜索です。藤原美奈子を拉致した後に、全員が行方不明になっている。僕が全員殺したんですから当然ですが、幹部クラスの男が混じっていたことで組織として捜索しない訳にはいかなかった。そこで藤原美奈子を探していた、あなたから何らかの事情を聞き出そうとしていたんです」
亮平の説明を聞き豊は、遺体安置所の床を殴り続けた。怒りで身体が震えてくる。だが、それは自分の無力さと情けなさに対するものだった。
美奈子は両親を事故で失っていた。
そこで、豊は孫を引き取り親代わりになって育ててきたのだ。仕事の関係でなかなか構ってやれなかったものの、それでも一生懸命育てたつもりだったのだ。なのに金の亡者共によって殺されてしまうとは……。
悔しさのあまり嗚咽を漏らした。
そんな時である。
不意に声がしたのだ。
それは悪魔の囁きだったかも知れない。
「殺してやろうか」
その声は確かにそう聞こえた。
いや、幻聴かも知れない。だが、そんなことはどうでもよかった。もう豊に失うものはないのだから。
豊は、傍らに立つ優しい容貌をした悪魔に頷いた。
「儂の全財産を出す」
豊は怨嗟の言葉を吐きながら土下座をして額を床に擦りつけた。
「なら、あんたは俺の客だ」
亮平は、その姿を見ることなく答えた。彼の亮平の言葉は冷たかった。それは豊の心を見透かしているかのように冷たく言い放ったものだった。
だが、その言葉を聞いた途端、豊は別の涙が溢れ出た。悲しみではなく喜びでもなく、ただ感謝の気持ちが溢れ出たのだ。
もう何も要らないと思った時に初めて手に入れたもの……。
それが復讐だったのだと悟ったのだ。
◆
先日の3人の男達は生かしておいた。亮平の顔はバラしておいたので、発見されることは予想通りだ。
加えて奴らの探す久保という男達を殺したことの情報を流しておいた。
尾行されていることを分かった上で軽自動車に乗って街を流せば、4台のセダンが後を追ってきた。
逃げるようにアクセルを踏む、セダン達は追いつこうとスピードを上げてくる。
完全に釣れたようだ。
山間を走る廃道に入ると、セダンから銃撃が始まった。
銃弾が車体に当たり火花が散り、リアウンドには穴が開き一瞬にして蜘蛛の巣のようなひび割れが走る。
(そろそろだな)
亮平が、そう思った矢先、前方に3階建ての建物が見えてきた。
廃墟になったラブホテルだ。
この建物に入るように見せかけて、車を止めると亮平は車を降りると地下駐車場へと走った。
地下駐車場の出入り口を塞ぐようにセダンは次々と停車し、次々と男達が車から降りてくる。手にはS&W、コルト、ブローニングといった拳銃を持っている。
全部で10人。
「久保の兄貴達を殺った奴はどこだ!」
1人が叫んだが誰も答えない。
いや答えられなかったというのが正しいだろう。
なぜなら、彼らは亮平の姿を見失っていたからだ。
地下駐車場は明り取りの小窓が壁の上部にあったが、照明を点けていない状態なので薄暗く視界が悪い状況だった。
建物を支える角柱や放置車両や瓦礫が散乱しており見通しが悪くなっていたため、追跡者は亮平を見失ってしまった。
10人は拳銃を構え周囲を見回すが、亮平の姿は見つからない。
「おい! 出てきやがれ!」
怒鳴る声だけが虚しく響くだけだった。
そんな時だった。
先頭を進んでいた男は、振り返ると。
人数が少なくなっている事に気づく。
10人も居たので、瞬間的に正確な数は分からなかったが、明らかに人数が少なくなっている。
いや正確に言えば消えたのではなく、近くの廃車の陰に両足が見える。足首の向きからうつ伏せになっている。
「おい。誰か殺られたぞ」
男の示す方向を見て、全員が振り返り駆け寄る。
全員が黒背広を着ていただけに、誰が倒れているのか分からなかった。死んではいないようで、うめき声を漏らしている。
「おい。奴はどこだ!」
一人が訊く。
すると、倒れていた男は入口に近い場所にある柱を指差す。
入口からの逆光で顔は分からなかったが、よろめく人影があった。
全員が銃口を向ける。
その瞬間、銃声が響いたかと思うと一斉に全員が撃ち始めた。無数の弾丸が飛び交いコンクリートの柱に命中する度に柱の表面が削られると共に、人影が踊った。
静寂が訪れる中、誰もが亮平を殺したと確信した。
「やったぜ」
誰かが言い、2人が死体に確認に向かった。
男達は蜂の巣になった男の顔を見て驚愕する。その様子は、離れていた男達にも伝わった。
「どうした?」
一人が叫ぶ。
すると、死体の確認をした男達が答えた。
「違う」
「こいつは大田だ。奴じゃない」
2人の男が答える中、車の陰に倒れていた男が、車の下からチェーンソーを引っ張り出しながら立ち上がる。
その男の姿を見たとき、その場にいた全員に戦慄が走った。
背広こそ男達のものであったが、それを着ていたのは亮平であった。
スターターロープを引くとエンジンがかかる。
排気量52ccの2サイクル単気筒エンジンは快調な音を立てて回り始める。スロットルレバーを引くと全長490mmのガイドバーの周囲をソーチェーンが回転して、エンジンの出力を伝えた。
暖気運転と威嚇を兼ねて、二度程エンジンを吹かす。
亮平はニヤリと笑った。
その表情は鬼のように歪み、目は血走っていた。
殺戮劇の始まりだ。
亮平は手近な男に対し、いきなり斬りかかる。
男は悲鳴を上げると持っていた拳銃を放り出して逃げようとした。
だが、それを亮平は許さない。
亮平の振り上げたチェーンソーの刃先は男の後頭部を捕らえた。
そのまま振り下ろす。
鈍い音と共に男の頭部が割れたスイカの如く砕け散った。血と脳漿が噴き出し周囲に飛び散る。飛び散った血液が亮平の顔に掛かり化粧を施す。
1人目。
いや、ここまでのお膳立てで、亮平はキッチンバサミを使い、すでに2人の男をあの世送りにし、もう1人の喉を潰して半殺しにしていた。
天井に張り付いていた亮平は男達をやり過ごし、影の様に背後から一人一人を排除。服装を奪って騙したのだ。ロンドン警視庁の総力を挙げて捜査するも、あざむき逮捕されることなく捜査の打ち切りで連続殺人事件を終焉させるしかなかった《彼》ならではの行為だ。
喉を潰した男は、仲間達の銃撃で死んだので、これで実質的には4人目になる。
つまり敵の残りは6人ということだ。
銃弾を射ち尽くすまで拳銃を使ってしまった為、男達は武器を持っているのに使えなかった。
戦闘における極度の緊張に銃声や反動が加わる事で冷静な判断力を失い、最初の目標に対して執拗に射撃を続ける。弾を撃ち尽くした後もひたすら引き金を引き続けることを、トリガーハッピーと呼ぶが、これになると、上官の指示を聞けなくなったり、味方と連携ができなくなったりと不都合が多いので、早い段階で訓練により矯正を行う必要があるが、男達は銃器の扱いはできても精神は未熟だった。
亮平は鬼の様な雄叫びを上げながら突進した。
男の頸部に狙いを定めると袈裟懸けに斬る。首筋から噴き出す鮮血を浴びながらも、返す刀で隣に居た男の胸に横薙ぎの一閃を浴びせた。頸動脈や肺動脈から大量の血液が流れ出て、辺り一面血の海となる。
5人目、6人目。
続いて、背後に居る男の腹部に前蹴りを入れると、前のめりになった。
顔面を真っ二つに斬った。
7人目。
亮平は3人目が絶命したことを確認すると、残りの3人に視線を向ける。
その時には、男達は
一番大柄な男が、拳銃を乱射する。
銃身から放たれる9mmパラベラム弾が次々と襲い掛かってくるが、亮平それを避けようともせずに突っ込んでいく。始めはヒットしなかったが、仲間が銃撃に加わると亮平は銃弾を受けて身体のあちこちに風穴が開いてゆくのが分かる。身体の中で銃弾の衝撃を感じるたびに骨や内臓から伝わってくる激痛が走るのだが、それでも止まることなく前進を続けたのだった。
男の肩にチェーンソーを食い込ませ、鎖骨から肋骨を次々と切断してゆく。
男は切断される振動で、四肢が踊った。
8人目。
念入りな切断は亮平の動きが止まることを意味し、そこを狙って一発の銃弾が亮平の額に黒点を生じさせた。
狙った訳ではなかったが、頭部への銃撃・ヘッドショットとなったのだ。人体の先端に位置する頭部を狙うことは非常に難しく、基本的に動きを止めていたり、目標がこちらに気づいていない無防備な状態を狙って行われることが多い。
亮平は糸が切れた人形のように、仰向けに倒れた。
「な、何だ。この化け物は……」
男の一人が、殺戮撃の終焉に息を震わせて呟いた。
「……知るか。それよりどう報告するんだ。俺達以外やられちまったぞ」
8人が殺された事実に動揺していた。
「――寂しがるな。お前らも送ってやるよ。地獄にな」
誰かも分からない声が下から聞こえた。
男達の目が集まる。
死んだと思われた亮平の上半身が、糸で吊ったように起き上がったのだ。
それは異様な光景だった。
身体ばかりか頭を射たれにも関わらず亮平は笑っていた。
高速回転する刃が火花を飛ばし、横に薙がれると男達の脚を一本捉え、それぞれ膝から下を刎ね飛ばした。残った片方の脚では立つことが出来ず、男は床に転がるしかなかった。
亮平は立ち上がると男の首を踏みつけ脛骨を砕いた。
9人目。
そして、亮平は最後に残った男に向き直る。
チェーンソーを手に血と肉片にまみれた亮平の姿は、まさに死神そのものだった。
「ど、どうして、お前は死なないんだ。体だけじゃなく頭も射ち抜かれてるのに!」
男は怯えていた。
恐怖のあまり失禁している事にも気付かないほどだった。
そんな男に亮平は言った。
まるで、世間話でもするような軽い口調で。
しかし、その声は地獄の底から響いてくるような恐ろしい響きがあった。
「俺は前世で人を殺し過ぎた。女性ばかりを殺す。ただ殺すだけじゃなく、遺体も解体し子宮を取り出し腎臓を食った殺人鬼・
亮平は、それだけ言うとチェーンソーを振り上げる。
その時初めて男は悲鳴を上げた。
だがそれも一瞬の事であり、すぐに聞こえなくなった。
チェーンソーの唸りを上げるエンジンと排気音は断末魔の叫びをかき消し、男は脳天をカチ割った。
10人目。
地下駐車場には静寂が訪れた。
10人の死体だけが転がっていた。
「終わったな」
亮平はチェーンソーのエンジンを停止させる。辺りには濃厚な血の臭いが立ち込めている。
だが、思い出す。
「――いや。まだこいつらの元締めが残っていたな」
亮平は最後のターゲットを求めて歩き出していた。
人を殺すという許されざる行為によって得られた快楽に酔いながら……。
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