トライ・ゴティック

Athhissya

第1章 パラドキシカル・オヴァチュア

もうすぐ私たちも3年生になるんだね。

「もうすぐ私たちも3年生になるんだねぇ」


そうだな。来年はいよいよ受験生だな。

「そうだな 来年はいよいよ受験生だな」


修学旅行楽しみだね。

「修学旅行楽しみだよね~!」


受験勉強も頑張らないとな。

「受験勉強も頑張らないとな」


もー、さっきから受験受験うるさいなー。

「も~、さっきから受験受験ってうるさいなぁもう!」


教室の真ん中で2人の女子が話してるのを、私は耳だけ向けて盗み聞きしてた。後期の通知表を取りに行った先生を待つだけで時間が過ぎていく、この生温い雰囲気のHRの中で繰り広げられるその会話を、怖いくらいに覚えてる。ほとんど1字1句違えずに。


あの子たちの緩くて軽い澄んだ響きの声も、薄緑の厚手なカーテンが紫い橙色に染まるのも、開けっ放しの窓からカーテンを吹き上げる春風も、その春風が教室に運び込んだ今朝の雨の匂いも、ざらざらした机に人差し指の腹を走らせたのも、口の中の唾液が焦りと不安で粘ってくることも、そのすべてを、なにもかもを、私は覚えてる。


もうすぐ私たちも3年生だね。

私たちは3年生にはなれない。


そうだな。来年はいよいよ受験生だな。

私たちは受験生になれない。


修学旅行楽しみだね。

私たちは修学旅行に行けない。


受験勉強も頑張らないとな。

私たちは受験勉強を頑張れない。


もー、さっきから受験受験うるさいなー。

それは、そう。


恵美えみってば!」

「え、真未まみ、どうしたの?」

「どうしたの?はコッチの台詞じゃん。さっきから名前呼んでたのに。」

「え、ごめん、考え事してた。」

「最近ボーッとしてること多いけど、大丈夫?何か悩んでるの?」

「ううん、そういうのじゃなくて、ただ、なんというか―」


私はそこで言葉を探した。真未は細長くてきめ細かい綺麗な首を傾げて私の続きを待った。


「なんというか、2年生も終わっちゃうんだなあって。」

「なぁにそれ、3年生になることがそんなに不安?」


ちがうの。が口を付いて出そうになって、引っ込んだ。3年生になれないことが不安でたまらないの。だなんて、言ったところでどう説明すれば良いの?もしかしたら私、2年生をループしてるかもしれないって。間違いなくループしてるんだよって。そんなの馬鹿じゃん。


「そんな感じかな?」

「なんで疑問形?まあ、心配しなくても、一緒に頑張れば大丈夫でしょ!」


うん、大丈夫。、ね。あーあ、今度こそは修学旅行に行きたかったのになぁ・・・。

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