『無敵』と云う名の……

わたくし

HMS インヴィンシブル

「高台の見張り所より報告! 敵艦隊が我が基地に接近しつつあり!」

「至急、出撃されたし!」


「給炭作業中止! 出港用意!」

「準備の出来た艦から順次出港せよ!」

「隊列は沖合に出てから編制する!」


 次々と出港する軍艦達、その中でも一際大きな艦が二隻ある。

 大英帝国海軍巡洋戦艦『インヴィンシブル』と『インフレキシブル』だ。

 俺は『インヴィンシブル』のマスト上の見張り場より双眼鏡で見つめる。

 視界にはまだ水平線しか見当たらなかった。


「先行巡洋艦より報告、敵艦隊は装甲巡洋艦二、小型巡洋艦三、当方を発見して反転・逃走を開始した」

「我が艦隊の方が優速だ、じきに追い付く」

「全艦、港外へ出たら最大戦速へ!」

「各艦の了解を確認!」


 みるみるうちに艦の速度が上がっていく、艦首に白波を蹴立て二隻の大型艦が先頭で行く。

 俺は双眼鏡を覗いている。すると水平線から一筋、二筋と黒い煙の筋が立ち上ってくる。黒い筋の次は小枝の様なマストの先端が見えてくる。

 やがて、艦の形が明確に浮かび上がる。

 この瞬間がたまらく好きだ!

「敵艦見ゆ! 前方二万五千メートル!」

「敵装甲巡洋艦は『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』と思われます!」

 俺は艦橋へ報告をする。


 さぁ、この艦の実力を発揮する時が来た!


 この艦『インヴィンシブル』は世界最初の巡洋戦艦Battlecruiserだ。

 同時期に竣工した戦艦 Battleship『ドレットノート』はそれまでの戦艦より圧倒的に強力であった。

 これまで、二砲塔四門だった主砲が、倍以上の五砲塔・十門になった。

 またそれまで砲塔個別で行っていた照準を、砲戦指揮所で統一して照準し、同時射撃(斉射)をして着弾観測・照準修正を行い命中率が各段に向上した。

 速度も他の旧式艦より速く、敵艦より自由に砲戦距離を維持できた。

『ドレットノート』の登場以後、世界の海軍は一斉に弩級艦 Dreadnoughtの建造を始めた。


 我が大英帝国海軍は『ドレットノート』を基にして、新たな艦を考え出した。

 それは、「戦艦 Battleshipと同じ主砲を持ち」、「巡洋艦 Cruiser並みの速力を持つ艦」すなわち、巡洋戦艦Battlecruiserである。

 防御力は戦艦より劣るが、その圧倒的な速さと攻撃力で他のどの艦より優れていた。

『インヴィンシブル』は正に“ Invincible無敵”だったのだ。


「敵艦隊は小型巡洋艦を先へ逃がし、装甲巡洋艦はこちらへ向かって来ます!」

「巡洋艦戦隊は敵小型巡洋艦を補足・撃滅せよ」

「装甲巡洋艦は我々巡洋戦艦で始末する」


「まもなく距離一万五千メートル、砲戦距離に入ります!」

「よし、撃ち方始め!」

 轟音と振動を起こして、砲門が火を放つ。

 良く見ると、鉛筆の芯の様な物体が飛んで行くのが分かる。

 やがて敵艦の近くに水柱が上がる。

「弾着! 僅かに遠!」

 俺は報告する。

 また轟音が轟く。

「弾着! 僅かに近!」

 二度・三度の斉射で照準が定まってゆく。

「弾着! 夾叉きょうさ!」

 敵艦の周囲に水柱が建ち、見えなくなる。

 こうなれば、命中まであと一歩だ。

「弾着! 夾叉命中!」

 敵艦に火柱が上がる。

 我々の艦は速度を活かして敵艦の射程距離外から一方的に砲撃する。

「弾着! 敵艦が沈みます!」

 遂に、独逸帝国東洋艦隊の旗艦『シャルンホルスト』は沈んだ。

 司令官シュペー提督は艦と運命を共にした……

 海戦後、敵艦隊で残っていたのは逃走した小型巡洋艦一隻だけであった。


 正に我が艦『インヴィンシブル』は『無敵』だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る