ペンギン仕掛けの目覚まし時計 10

織風 羊

第1話

ペンギン仕掛けの目覚まし時計 10−1


 宇宙は広い。

あまりにも広すぎて、人類には理解不可能な出来事、解明できない理論に満ち溢れている。

そんな星々の中のたった一つの惑星が今夜も小さく消えそうになりながら瞬いている。

その小さな星で夜空を眺めている異星人が居る。


「然しやぁ、こうやってゆっくり夜空を見上げるのもええもんやねぇ」


 ボンボンベッドのような簡易ベッドに寝そべって、シングルモルトを飲んでいる一匹のペンギンが居る。


「ですね、統括教授」


「まぁ、ゆっくり出来るんも、最近は悩み事や悲しみのない人間が増えてきてくれたからなんやけどな」


 統括教授の横で同じように簡易ベッドの上で寝そべっているペンギンが頷くとも否定するともなく答える、


「そうでしょうか? もしかしたら、夜空を眺める余裕も無くなってきただけではないのでしょうか」


「そうかもしれんね、悲しみも苦しみも、夢や希望がないと、ゆっくりと星空なんか見てられへんわな」


「どんな時にも心に余裕を、ですか?」


「せやねぇ、譬へばやで? 夢とか希望ってさ? 苦しみの始まりでもあると思わへん? それさえなかったら現実をそのまま受け入れて、苦しみも悲しみもなくなるやん」


「言っていることは分かりますが、その先を聞きたいですね」


「タッタリア、お前、なんで宇宙医学の道を選んだん? 難しい道やで。そいでもってな、教授にまで上り詰めるって並大抵の道やなかったと思うねん」


「ええ、自分から言うのも気恥ずかしいですが、簡単ではなかったですね」


「そこに答えが有るんちゃうかな」


「そこにですか?」


「誰もが、山登りを、そんなしんどくて危険なことせんでもええやん、何が楽しいてやってるん?って言うやん?」


「そうですね」


「何処に結果を求めるのかは知らん。山の頂上かて、そこが天国でもなければ極楽でもない。でも、そこを目指す者いうのんは、どれだけ素晴らしいものが有るかではなくて、そこへ辿り着くことが目的なんやないやろか?」


「希望、ですか」


「お前は、どうやったん?」


「夢とか、希望ではありませんでしたね。目指した限りには、そこへ到達できるように努力をする、それだけでしたね」


「結果っていうもんは、多分無いんやないやろか? 辿り着いた所から始まる、その連続やと思うねん。その時々、その場所、挫折や成功、そしてまた、そこから何度でも始まる、それを知った時が結果やと思うねん」


 その時、タッタリア宇宙医学教授のセカンドバックの中で呼び出し音が鳴った。


「はい、タッタリアです、え?、はい、居ますよ。はい、代わります」


 そう言って、タッタリアは携帯電話を渡す。


「おい、マルセリーノ、携帯電話は常に持ち歩け、言うとるやろが」


「はい、済みません、所長」


「まぁ電話で何やけどな、指令や」


「はい? 今頃? 何ですか?」


「うん、君の大好きな地球からやねんけどな、殺してくれ、って」


「ええ? それは、私に殺人者になれと?」


「君ねぇ、馬鹿じゃないの? 人の命に関わるような願いには携わらない、これ、鉄則だよねぇ?」


「はい、では?」


「行って来い」


「え?」


「自分でなんとかしてこい」


「あ、切れた」


「殺すとか殺さないとか?」


 マルセリーノから電話を受け取りながらタッタリアが言った。


「うん、殺して欲しいねんて」


「で?」


「うん、死にたい奴が殺してくれって願わんわな。ほんまに死にたい奴って殺してくれって言う前に自分で処理するやろ?」


「どうしますか?」


「生きたいかどうかは据え置きにしといて、死にたいくらいに辛い、言うことは事実やと思うねん」


「作戦は?」


「せやね、さっき言うた、山登り作戦、ってどうよ?」


「具体的に?」


「辛いのは当たり前の時もある。そこでやめたら失敗やし、続けられたら、そこからが始まりの再出発や、そんな出来事があるんやって言うこと、身をもって経験してもらうか」


「上手くいけそうですか?」


「分からんのも作戦、途中で変わるのも作戦、変化に対応できひんのは、元々悪しき作戦」


「分かりました。では、行ってらっしゃいませ、マルセリーノ宇宙理論物理学教授」

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