義妹とはじめる苦(ク)エスト

桜井正宗

第1話 スキマバイトアプリ『苦エスト』

【――スキマバイトアプリ『苦エスト』がリリースされました】


 義妹の早癒さゆのスマホに映し出されているアプリ。今流行りのスキマバイトのアプリだった。

 新しく公開され、話題となっているらしい。俺は初めて知った。



「これで稼ぎましょ、葉月」



 大きな瞳をパッチリさせながら、早癒はそう勧めてきた。

 正直、ありがたすぎる情報だった。


 俺の両親は数年前……正確に言えば三年前に海外へ行ったっきり帰ってこなかった。ろくに連絡も寄越さず、なぜか電話番号も変えられて繋がらなかった。

 最後のメールがあったくらいだ。


 世界を一周してくる――と。


 せめて連絡くらいしろよ……!

 生活費くらいくれよ……! 


 だが、父も母も俺との連絡を絶った。……なんでやッ!


 詳しい事情を知りたかったが、連絡が取れないでは仕方ない。せめて手紙くらい寄越せと思ったが、その気配もないし……。


 ああ、そうだ。

 それよりも生活費を稼がなきゃだった。


 もう赤字が続いて借金も膨らんできた。このままではヤバい。明日食べるものも買えるかどうか……。ていうか、手持ちがあと550円しかない。

 牛丼の並なら一杯食えるけど、それだけだ。


 しばらくモヤシ生活をしても厳しいぞ、これは。


 だったら、早癒の教えてくれたアプリを試すしかない。

 学生だと働けるバイトなんて少ないから、こういうスキマバイトアプリを頼るしかない。


「へ、へえ……“苦エスト”か。でも、なんか苦しそうなアプリだな」

「その代わり高収入なんだって。ちょっと闇バイトっぽい~?」


 それダメだろ。

 闇バイトなんてやったら普通に逮捕されるからな。だから諦めようとしたが、苦エストを見てみると内容はそれほど激務というわけでもないようだ。


 まるでゲームのように、いくつもの“クエスト”があった。



 1.大手企業B社に箱を運ぶ 報酬:2万円/交通費支給

 2.【女性限定】巫女さんのコスプレ・写真撮影あり 報酬:3万円/交通費支給

 3.最恐廃墟スポットで一泊 報酬:1.5万円/交通費5,000円

 4.在宅ワーク・AVモザイク編集 報酬:1万円/交通費なし

 5.特殊清掃員 報酬:5万円/交通費支給

 6.社長の同行のみ 報酬:10万円/交通費含む

 7.【大至急!!】実験台(命の保証たぶんあり) 報酬:7万円/交通費なし

 8.汁男優 報酬:1万円/交通費なし

 9.有名人を車で送迎 報酬:2万円/交通費3000円

 10.廃墟の草刈り 報酬:1万円/交通費300円



 と、なかなか特殊なバイトがあった。

 なんか闇バイトに近いものもあるが……贅沢は言えないか。

 報酬はかなり高い。

 確かに、普通のスキマバイトアプリよりは高収入だ。



「良いアプリを見つけてくれた、早癒!」

「えっへん。すごいでしょ~」

「ああ、よくやってくれた。さっそく何か初めてみよう」


 せめて女子高生である早癒だけでも幸せにしてやりたい。美味しいものを食べさせてやりたい。

 両親が頼れない以上、俺ががんばるしかないのだ。


 命を削ってでもな!


 しかし、楽そうなものもあれば……明らかに怪しいものまである。これ本当に大丈夫なのかな。


 少々心配だけど、まずは試してみるか。


 この中で初心者向けっぽいのが【10.廃墟の草刈り 報酬:1万円/交通費300円】だった。距離も近い。直観でこの苦エストを選択した。


 アカウント登録と応募を済ませた。


 明日の午前十時に廃墟へ向かえばいいらしい。



「簡単に登録とかできるんだね」

「早癒もなにかやってみるか? ほら、巫女さんのコスプレとかあるし」

「えー…。なんか襲われそうで怖い」

「そ、それもそうか」


 現役女子高生である早癒をひとりきりで行かせるのも不安だ。過激な写真とか撮られたらたまったものではない。


 今回は俺がひとりでバイトに励むことにした。



 ――次の日。



 予定通り家を出て時間に間に合うよう廃墟へ。


 自転車を必死に漕ぎ、ようやく到着。

 一時間も掛かってしまった。


 廃墟は山に近い場所にあり、なかなか不気味。朝にも関わらず、薄暗くて不気味だった。……うわ、マジもんの廃墟だ。


 もともと屋敷のようだった。


 立ち尽くしていると、横から声を掛けられて俺はビビった。



「すみません」

「うわっ!?」


「驚かせてしまいましたね」



 横に立っていたのは黒い服を着た女性だった。

 若くて綺麗だけど……妙に暗い。でも黒髪と赤みのかかった瞳が美しい。スタイル抜群で巨乳っぽい……つい見惚れそうになったが、俺は同時に寒気もした。


「ま、まさか幽霊じゃないですよね」

「違います」


「そうですよね。ごめんなさい」

「いいのです。それより申し遅れました。私はまきと申します。この屋敷をリフォームしたく、整備を進めているところなのです」


 そういうことだったのか。納得。


「俺はいぬづか づきといいます。大学生で健康体です」

「優しそうな男の人で良かったです」

「草刈りをすればいいんですよね? 本当に一万円貰えるんですか?」

「もちろんです。労働時間は任せますが、庭を綺麗にしていただけると嬉しいです」


「そんな適当でいいんです?」

「ええ。それが『苦エスト』ですからね」

「……?」


 どこが“苦しい”のだろうか。

 草刈りくらい楽勝なものだけどな。



 軍手や草刈り、ゴミ袋などの道具は貸して貰えた。



 廃墟の庭は草が広範囲に生い茂っており、酷い有様だった。ゴミもたくさん落ちているし、単に草を刈るだけではダメだ。

 それに石もあっちこっちに転がっている。こりゃ思ったより大変かも。


 まずは適当な場所から草刈りを始めていく。


 鎌でザクザクと雑草を刈り取る。気持ちいほどに草はバラバラになり、思ったより楽しかった。だが、その楽しいもたったの三十分で終わりを告げた。


 お……思ったより疲れる。


 水分補給をしながら草刈りをするが、腰を曲げて作業をしているせいか疲労が溜まっていた。


「大丈夫ですか、犬塚さん」

「あ、牧野さん。はい……なんとか。これではまだまだですよね」

「この庭はかなり広いので。ひとりでは大変かもしれませんが、お願いします」



 こりゃ参ったな。

 でも、やると決めた以上はやるしかない。一万円の為に!


 俺はなんだかんだ言いながらも、一日の作業を終えた。

 適当に終わって良いと言っていたので十七時に切り上げることに。



「――ふぅ」



 労働時間的には短かったが、それでも庭はずいぶん綺麗になった。



「お疲れ様です。思った以上でした」

「褒めてもらえて嬉しいです」


「では報酬です。どうぞ」


 手渡される封筒。

 やっと労働の対価を得られる瞬間。たまらんな!



 中身を見てみると一万円が…………え?



 一万円札が……


 一枚、二枚、三枚……四枚、ご、五枚!?



「えっ……!? ええッ!? 五万って……!」



 驚いていると牧野さんは、はじめてクスクス笑った。



「犬塚さん。あなたは真面目に働いてくれましたし、その姿に心を打たれました。ゴミ拾いや石拾いまでしてくださったお礼です」


「マジですか!」


「はい。苦エストとは苦しいバイトという意味ではなく“苦しい人を助ける為のアプリ”なのです。だから特別報酬が出る場合もあるんです」



 えっ、そういう意味だったのか!?

 だとしたら、凄いアプリじゃないか……!

 こんなことってあるんだな。


 今日真面目に働いてて良かった――!!



「ありがとうございます。牧野さん」

「草刈りご苦労様でした。また募集をするかもしれません。その時はよろしくお願いしますね」

「はい。こちらこそ」



 牧野さんと別れ、俺は家へ帰った。

 いい人だったなぁ。

 あんな軽作業なら喜んで毎日やるんだけどな。牧野さんの事情もあり、毎日募集しているわけではないらしい。

 明日は違うバイトをしてみるか。


 だけど、その前にせっかく得た五万円でパ~っとやるか!



▼△ ▼△ ▼△



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