キジン師匠の裏祓い+α

朝霧 陽月

第1話 キジンはよく分からない場所で寝がち

 住みたくない住居ランキング(俺)個人部門堂々の一位。

 出来れば立ち入るのすらゴメンだし、着く前から既に帰りたい。それでもあそこへ行かないわけにはいかないんだよな。

 はぁ、なんでわざわざ学校帰りに……。


「来ましたよ、いますかー?」


 古めかしい木製の扉を開くと、ぼんやりと薄暗いながらも、高い天井を持つ部屋が広がる。建築様式は一見古民家のようだが、やや洋風に感じる部分もある、何となく明治や大正に建てられたような雰囲気のする内装。

 部屋の中には妙なものが詰まった棚に、雑多に積まれたよくわからない品々。

 なんと形容すべきなのか迷う所だが、しいていうのであれば、骨董品店や何かしらの研究者の部屋だろうか。当然枕詞には、整理が出来ないが付くだろうが。


 しかし、普通の椅子やソファーには、あの人の姿が見当たらないな……となるとあそこか?


 そんな部屋の広間的なぽっかり物がない空間の頭上、部屋の大柱から大柱に掛かるように、太いはりが通っているのだが……やはりその上にいた。

 その人物は、よりにもよってわざわざ梁の上で横になっていた。

 いつも思うんだが、なんでそんなところで横になるんだよ……猫じゃあるまいし。

 いや、ある意味、猫よりも遥かに不可解で理解しがたい存在ではあるから仕方ないか。


 そう、この人は常人の理解を超える存在なのだ。何しろ人間ではないのだから。

 今までの経験から、少なくとも俺自身はそう判断した。


「いるなら、返事くらいして下さいって師匠……」

「シキか?悪いな、聞こえなかった」


 微塵も悪いと思ってなさそうな口調でそうのたまうと師匠は、3mは上にある梁のうえから着地音すらさせず、軽々と飛び降りて来た。


「毎回言ってますが、俺の名前はシキじゃなくて識人しきひとです」

「いいではないか、シキの方が呼びやすい」

「よくないから、一々訂正しているのですが……」


 俺の前に立ったその人物は、すらりと身長の高いいわゆるモデル体型で、俺よりもう少し背の高い170cm後半くらいに見える。臙脂えんじの着物に、はかまの色は紺鼠こんねず、そこへ薄鼠うすねずの羽織を纒っている。

 頭の高い位置に結えた長い黒髪は、その動きに合わせてサラリと揺れる。


 やや古風な装いだが、それ自体は別にいい。それ以上に奇妙なのが、目に当たる位置へ黒色の細い帯をぐるぐると巻き付けている部分だ。

 ターバンの巻く位置を間違えてしまっているみたいに見えるその様子で、まるで問題などないように俺の場所を正確に把握している。

 ほらな、色々おかしいだろ。


 ちなみに最初に言った、俺の声が聞こえなかったというのは、間違いなく嘘だろう。この人は広い部屋で針が落ちる音すら聞き逃さないほどの聴力を持っているからだ。

 うん、ますます人間じゃない。


 だが、この人が人間ではないと判断した一番の理由は、それではない。



「さてと無駄話はそこそこにして、まずは報告から聞こう。自主訓練の方は捗ってるか」

「はい、そこそこには……」

「もう少し具体的に」

「……この数日間、不意の出来事の一度を除いて、一度も霊が見えないようにコントロール出来ました」

「うむ、今までで一番いい調子じゃないか」


 そう見えなくなったのだ。他でもないこの人の力と助言によって。

 物心ついた時からガンガンに見えていた、いわゆる幽霊と言われるものの類が。

 正確にコントロールできるようになった、という方が正しいが、これは俺の人生の中でも驚異的な出来事だった。まさしく人間業ではない。


 分かるだろうか。実体がないとはいえ、血まみれの人間や、身体がズタズタの人間が、日常的に視界に入ってくる状況が。普通に外出するだけで形容しがたいグロテスクな化け物を、頻繁に見かけるストレスが。見えてると気付かれると執拗に、奴らから付け回される恐怖が。

 日常生活が常にホラーゲーム状態と言えよう。しかもやたら生々しいという、嬉しくないオマケ付きである。本当に最悪だった……。


 ただ諸事情により、現状を手放しで喜べない状況ではあるが。


「それで不意の出来事というのは?」

「親しい友人にべったりむしが憑いてしまったみたいで、その気配に驚いてしまいまして……」


 幽霊が見える……霊感体質と言ってもどう感じるかは様々だが、自分の場合は気配も感じるタイプのようで、見える方を遮断しても、ある程度の存在が近くにいると分かってしまうらしい。

 結果、うっかり見る方のピントも合わせてしまい、友達に纏わりついている蟲の大群と対面してしまったというわけだ。いや、だってすぐ近くで何かが動いてる気配がしたら、誰だって気になるじゃん……!!

 その後は勿論、また見えないようにしたものの、ずっと感じる蟲の気配にゾワゾワしながら過ごすことになってしまった……いや、分からなかったとしても、それはそれで気持ち悪いけどね。



「ということは、お前はそれに気付いたせいで、その蟲を憑けられたのだな?」

「え……」


 そう言って師匠が俺の肩へ手を伸ばす。するとさっきまではそこに居なかった、でっかい羽虫がぱっと現れて、それをそのまま鷲掴みにした。

 ひぇ!?

 反射的に後ずさる俺だったが、そんなこと気にせずに、手に持った虫を見ながら言った。


「ふむ、術を見抜いた者への防御機構兼、偵察用といったところか。認識阻害は掛かっていたが十段階評価で下から二番目程度だな」


 に、認識阻害……初めて聞いた時にも思ったが、元々見えない存在のくせに、それを更に見えなくするとか頭おかしいだろ!!存在として迷惑すぎるだろ!!


「まったく、こんなもの連れてきて貰っては困る。早く自分で対処出来るようになってくれ」


 師匠がそんなことをいうと同時に、手の中の羽虫は青い炎に包まれて消えてしまった。

 サラッと手から妙な色の火を出すところも、地味に人外ポイントですね。


「しかし、この蟲を使役してる者は人間ではなさそうだな……」

「え、そうなんですか?」

「纏ってる邪気や、術式の系統的に人が扱えるものではない」


 なにそれ気になる。ついでに本体の方もどうにかして下さいお願いします。あんなの居たら日常生活がしづらくてたまらない。アイツの席、丁度俺の斜め後ろなんですよ……。


 そんな俺の心中まで見抜いたのか、師匠は呆れたように笑う。


「手出しはせんぞ。どうにかしたければ自力で頑張るんだな」


 じ、自力でって、簡単に言ってくれるな……実際、この人にとっては簡単なことなのだろう。だからこそ変なルールで縛ってないで、ぱぱっとどうにかして欲しい。


「それよりもだ」


 今までの空気を変えるように、師匠はパンッと一拍手を叩く。

 あ……嫌な予感が。


「お前が来たら連れて行こうと思っていた、本命の仕事があるのだ」


 そんな言葉と共に師匠はニヤリと邪悪な笑みを浮かべたのだった。


 ひ、久々に来てしまったか。

 実はこの場所には師匠に指定された、法則性が分からないランダムな数日置きに来ているのだが、そのうち何回かに一回に外へ連れ出される時があるのだ。それが師匠がいう本命の仕事というやつで……。


「さあ、本来現世うつしよに関わる資格のない者が、わざわざ禁を破り、弱者を食いものにするためやって来た。これは滅するしかあるまいな!」


 はい、そんな感じらしいです。確かに自分も良くないことだとは思いますが、とても師匠のように盛り上がれません。だって弱いので。


 ちなみに師匠は、この師匠のために、この世じゃない場所から出向するような形で、ここにいるとのことです。凄いですよね、ぜひ頑張って欲しいですよね。俺抜きで。


 余談ですが、俺が普段見ているような、グロい幽霊たちは退治の対象外だそうです。解せぬ。

 いや、一応理由は聞いたけど、なんでも必要悪的な、程々に存在してた方が現世に利する部分があるらしい。ただし生者などの現世に所属する者がどうにかする分には自由だから、その辺は勝手にしろとのことだ。

 どうにかできるならしてるわ……。


「そもそも、俺は何も出来ないし、一緒行く必要ないですよね?」

「その場にいるだけでも意味がある」

「それに俺、対抗手段は勿論、防御手段も持ち合わせていないんですが?」

「いつも通り大怪我だけは防ぐから、その他は自力で頑張るんだな」

「まず、その他があるのはおかしいのでは……?」


 一応、以前に弟子らしく『なんか技とかを教えて下さい』って言ったら『まだ時ではない』とか言われました。

 その時は一体いつ来るんですかね!?もう二、三ヶ月は経ちますが、基礎訓練期間ってそんなにあるものか。


 いや、それでもね、何も出来ない俺を連れて行くなら、責任を持って大怪我以外からも守って欲しいんだよな。

 だってアレ、マジで洒落にならないくらいの身の危険を感じるからな?

 例えば、もしアレか、台風の真っ只中で数時間持久走するか選べと言われたら、喜んで後者を選ぶレベルだ。

 嫌だな……行きたくないな……。


「まぁそう嫌そうにするな。これが終わったら、例の蟲の件の助言くらいはしてやろう」


 それとこれとは話が別では……?

 でも、結局俺には行く以外の選択肢がない。だって以前全力で拒否したら、怪我自体は避けて、可能な限り人間に苦痛を与える方法を教えて貰うことになったからな……俺自身を教材して。

 ま、普段だったら、気まぐれにしかくれない助言を、確約してくれるだけ有り難いと思っておこう。

 …………嫌だけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る