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@Theo_0

隔離

 この国には地域に応じた特色がある。

 元々小さな丸のような形をした内陸の小国であった。宇宙戦争が始まった数十年前。兵器開発に革命を起こし、周囲の国々を取り込んで肥大していった歴史を持つ。

 宇宙人と秘密裏に繋がっていて兵器が流れているというような陰謀論の類は現代でも健在だ。然しながら国民達の大半はその答えを知らず、特に気に留める事もなく数十年と続く戦をも日常にして各々暮らしている。

 さて……他国に勝利した後、敗戦国の大半はこの国に併合されている。

 地域に新しい名前を付けただけ、その上歴史も浅い。文化を守る為に特別な活動をせずとも、今でも元・国家の特色は色濃く残っている。

 区という形に切り分けられても尚、一枚の生地に複数の味が同居するピザのように……。


「気持ちが悪い……」


 ネルは見知らぬ路地にしゃがみこんでいた。

 もう長い事何も食べていない──乞食のようにずっと飢えていたわけではない。ついこの前までは家族でピザの出前を取ったり、飲食店で買い食いしたり。時折自分で軽い料理を作ったりなんかしていたはずだ。

 学校に通えて、家族がいて、家がある。飢餓なんかとは程遠い生活を送っていたはずだ。普通に生きていれば一生縁の無い苦痛だったと思う。

 なのに何故、本来知らなくていい苦しみの中に落ちてしまったかと言えば……宇宙人の所為である。それは国民の通称で、ニュースなどでは上位生命体と呼ばれているこの国の戦争相手だ。

 それがたまたま、偶然……ネルが暮らしていた地域一帯に「襲撃」を行った日から生活は一変した。

 戦争と言われてイメージするものは空爆や銃撃戦であろうか。

 人間の国同士であればそれは今尚健在だが、宇宙人相手となるとそうではない。襲撃の夜はネルも家族も気付かないほど静かな夜だった。


 家族が家を留守にした夜。ネルはテレビを付けて初めて自分の住む地域が襲撃に遭っていることを知った。

 マンションのベランダから空を見下ろしても戦闘機は無いし、地上に歩兵も見当たらない。「国」が発した避難勧告を上書きするようにして放送された「区」の待機指示に従い、家族に電話をかけつつ素直に待機などしていたのがいけなかった。

 ネルの住む地域一帯は区から封鎖区域に指定され、安全性が確認されるまでの期間出入りが禁止されたのだ。

 ここで話が先ほどの地域の特色に戻ってくる。区によって封鎖や、封鎖区域の住民の扱いというものは異なるのだが……ネルの住む地域を統治する組織は「隔離」で有名な地域であった。そもそも襲撃されること自体が少ないからこそ、誰も普段は気に留めていないリスクではある。気にしていたらそもそもこんな場所には住めないし、簡単に引っ越す訳にもいかない。そうして運悪く、いざ自分の身に事が起きた時に住民はこの区の特色と向き合う羽目になる。


 誰もが当然、食料を買い溜めてなどいない。ネルの家も運悪く数日分の食料しか置いていなかった。となれば当然──外出の必要が出てくるわけだが、マンションのエントランスには同様に空腹を訴える住民達が役人から足止めを食らっていた。

 それだけで諦めるわけにもいかず抜け道を探したり、役人の目を盗んで逃げだす事も考えたが……彼らが住民を警棒で動かなくなるまで殴りつける現場を目の当たりにして、ネルはいよいよ動けなくなってしまった。


 役人と揉める住人達に混ざる気力も体力も無くふらふらと来た道を変える最中、見つけたのがこの通路だった。

 本当に自室に戻るつもりだったというのに……。

 エレベーターに乗って自宅があるフロアまでやってきた際、ネルを出迎えたのは見覚えのないフロアだった。

 このマンションの住居スペース以外の壁や床の大半は茶色なのだが、今日に限っては床も壁も真っ白な空間であった。普段飾られている観賞植物の鉢植えの類も無ければ照明もない。ただ一本道が続いているだけの「階」が目の前にあった。

 私の知らないフロアなんてもうこのマンションにはないはずだけど。

 人の姿も無く、音もしない。4階のボタンが点灯しているため、押し間違いで異なるフロアに辿り着いたということもない──そもそも生まれてから17歳の今日まで、ネルはこのマンションの構造を遊びの過程で知り尽くしてきたのだ。知らないフロアがあるとすれば管理人室ぐらいのものである。

 ネルは腹痛を伴う空腹感に思わず腹部に触れてみた。自分の空腹感も倦怠感も相変わらずで、 ここが現実であることは嫌でも実感する。


「食べ物があるといいんだけどなあ……」


 こうした非常事態にこのような発想が出るというのは人の心が無いのかもしれないが……。この先に食料、または出口に関する手がかりが有るというのなら一番乗りで乗り込んでしまった方がいいだろう。

 備蓄があったとしてこういう施設に全員分の食料というものは大抵無くて揉めるのが定番だ──これはパニック映画の観すぎだろうか?

 ネルは空腹で回らない頭を掻きながら覚束ない足取りでエレベーターから通路へ踏み出す。思えばこれだけ扉の前で立ち止まっていたというのにエレベーターは微動だにしない。完全に通路に出てからこちらが降りるのを待っていたかのように漸く扉が閉まった。

 このフロアの出口が消失したわけでもないのだから、もしこの先に何も無ければまたここへ戻ってくればいい。そもそも部屋に残っていたところで、この調子でいれば餓死を待つだけなのだから。今は行動すべき。

 ネルは一度エレベーターを振り返ると再び前方に向き直り、通路の先にある光に向けて歩き出した。

 

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