VRMMO経済をぶっ壊します!〜だめだよお姉ちゃん金卵をそんな使い方しちゃ〜

風見ひなた(TS団大首領)

第1話「捕獲成功率は0%だが小数点以下の確率で以下略」

 高レベル帯の冒険者がこぞって稼ぎに篭るグレイシア大渓谷と、中堅レベル帯の稼ぎのメッカとされるヌッカポッカ湿原の間の、ごく狭いエリア。

 ちょうど出現するモンスターが切り替わる境界線上の小さな丘に、ひっそりとそのエリアはあった。


 丘の上には一本の巨木が生えていて、それ以外には何もない。

 だから大抵のプレイヤーはこんなところに何かあるとは気づかないで、素通りしてしまうだろう。

 しかし実はこの小さなエリアには、東西のどちらのエリアでもない独自のモンスター出現テーブルが設定されている。そして、その中にはごくまれにワールド中でも非常にレアなモンスターが混ざっていた。


 その名を“ゴールデン・ドーン・ドラゴン”。


 このモンスターは装備品を確定でレベルアップするアイテムの合成素材を落とすため、発見されたときにはめちゃめちゃ祭りになった。

 何しろ戦闘職メインのプレイヤーにとっちゃいくらでも欲しい合成素材だ。そして、戦闘職に需要があるということは、彼らに巨額の高値で売りつけられるということでもある。

 そんなわけで、当時は戦闘職も普段戦わないプレイヤーも、件のレア素材“ゴールデンエッグ”を求めてこの狭いエリアに詰めかけた。

 なにせ狭いエリアだし一度に出現するゴールデン・ドーン・ドラゴン(長いので以下プレイヤーのスラングに準じて『金丼』とする)は1体だけだしで、当時は往古のMMORPGのように順番待ちになるし、横殴りしようとしたパーティ同士のPKは起きるしで、大混乱になったものだ。


 だが、発見から数か月も経った現在では、このエリアも静かなものである。

 何故かというと、あまりにもドロップ率が低すぎたからである。

 この金丼さん、なんとたった0.1%の確率でしかゴールデンエッグを落とさないのだ。何時間も順番待ちして、10分間の死闘を繰り広げて、そのうえで0.1%のドロップ率ときた。

 確かに武器を確定強化できる素材は貴重だが、あまりにも入手できる見込みがなさすぎる。このドロップ率が公式アナウンスで明かされた時点で、戦闘メインのパーティは狩りから撤退した。同じ時間を使うなら、高レベル帯の狩場でレア掘りやLV上げした方がマシだと判断したのである。


 とはいえ、ゴールデンエッグは欲しい。少しでも自分たちの武器は強化したい。

 ならどうする? そうだ、運よくドロップした暇人から買い取ろう!

 こうして市場原理に基づいて、ゴールデンエッグの価格は高騰した。


 その相場たるや、実に1億ディール。

 高レベル帯の戦闘クランのプレイヤーにとっては全財産の1/10くらい。

 低レベル帯の生産職プレイヤーにとっては1日がかりで作る武器の2万本くらい。

 驚異の格差社会……!!


 しかし1億ディールも資金があれば、低レベル帯から成り上がるきっかけには十分とも言える。


 そんなわけで中堅プレイヤーの中には、なんとかレアドロップで一山当てて成り上がろうと、ここでドロップ率との戦いに精を出す者もいたのである。



 ちょうど今、金丼さんと戦っている彼らがそうだ。



「カズハちゃん、ブレスポーション! 早くバリア貼って!」


「あわわわわ……! は、はいぃ!」



 前衛のファイターの少女の悲鳴にも似た指示に合わせて、後衛に立つ幼げな顔立ちの少年があわあわとアイテムボックスからポーションを取り出し、空中に放り投げる。

 するとポーション瓶の中からもくもくと青い煙が周囲に立ち込め、その直後にまるでレーザービームのような金色のブレスがパーティ全員を薙ぎ払った。


 しかし金丼さんの吐いたレーザーブレスは青い煙に阻まれ、中にいたパーティは蒸発の憂き目を免れる。



「か、間一髪ぅ!」


「このっ、相変わらずのバ火力なんだから!!」



 パーティメンバーの猫獣人が、金色に輝くマスケット銃を構え、金丼さんに狙いをつける。



「【マネーチャージ:1万ディール】! ええいもう、これでまたドロップスカったら大赤字だよっ!」



 商人クラスの猫獣人が、メインで使っているマスケット銃のスキルを発動させる。

 同時にチャリリーン☆と音を立てて猫獣人のお財布から1万ディールが消滅し、金色の弾丸となって金丼さんに放たれた。

 名前からして言わずもがな、所持金を消費することで敵に大ダメージを与える商人限定装備の武器スキルである。


 弾丸の着弾によって金丼さんのHPの1割が消し飛び、グガアアアアアアアッと怒りの咆哮がぶち上がった。



「よ、よぉし! ガルちゃん、【アタック】だよ! お姉ちゃんに続いて!」



 カズハと呼ばれた少年の命令に応えて、彼の横にいた狼型のモンスターがガルルと吠える。



「カズハちゃん、やめて! きみは攻撃しなくていいから、アイテムでのサポートに備えてて!」


「え、でも……」


「どうせそんな弱いモンスターじゃ、ロクなダメージ出ないでしょ!」


「……ガルちゃん、ステイ」



 ファイターから制止されて、カズハはしょぼんとした顔でテイムモンスターへの命令を撤回した。狼モンスターはくぅーんと鳴き、すごすごとカズハの横に座り込む。


 実際、ファイターの少女の言う通りだった。カズハがメインで使っているバウバウウルフはマイナー弱小レベルのモンスターで、比較的頻繁に目にする種類だ。

 頻繁に目にするということは、要するにレア度が低いということで、レア度の低いモンスターはぶっちゃけ弱い。カズハは秋田犬のような見た目が可愛いと気に入ってテイムしたが、正直こんなレアモンスターのドラゴン相手に太刀打ちできる性能ではなかった。


 金丼さんとかいうふざけた略称をされてはいるが、ゴールデン・ドーン・ドラゴンは決して弱いモンスターではない。そもそもドラゴンという時点で強いに決まってる。しかも金色やで、金色。高レベルの戦闘クランならともかく、零細もいいとこの商人クランでしかない彼らが戦うには、かなりキツい部類のモンスターなのだ。



「レッカ、悪いけどちょっと前衛で壁をよろしく。マネーチャージあと9発ぶち込んで仕留める!」


「ラジャー! アタシへのギャラまでブっ込まないでよね!」


「こっちは本職の商人だよ、銭勘定を間違えると思う?」


「ふふっ。クロード、支援と回復は切らさないでね! カズハちゃんも!」


「問題ない」


「が、頑張りますぅ!」



 魔法クラスのクロードと、テイマークラスのカズハが返事を返す。

 レッカは大剣を構え直しながら、さてどうかなと心の中で呟く。



(クロードとは組んで長いから心配してないけど、カズハは大丈夫かね……)



 商人クランとはいえ、レッカとクロードは正式なメンバーではない。正確にはクランマスターである猫商人のエコ猫に雇われてクランに所属している傭兵プレイヤーだ。

 今日の金丼さん狩りも、エコ猫からギャラを支払われて同行している。


 エコ猫は戦闘でも冷静で、戦闘クランに所属していたとしても活躍できただろうと思われる腕前だが、彼女の弟だというカズハが結構まずい。

 テイマークラス自体があまり強いという評価をされていないうえに、本人の性格がとにかく臆病で、すぐパニックになってしまう。かなりのコミュ障なのか会話どころか目すらも合わせようとしないし、どうフォローすればいいのかわからない。


 とりあえずアイテム係としてアイテムでの支援に専念してもらっているが、勝手な行動をしないか目を光らせておく必要があった。



(悪い子じゃないんだろうけど、さ……!)



「2発目行くよっ! 【マネーチャージ:1万ディール】!」


「【ブランディッシュ】! ほらっ、ヘイトはこっちに寄越せ!」


「命中率デバフが切れそうだな……。【ダークフォッグ】!」



 エコ猫がダメージを与え、レッカがヘイトコントロールして、クロードがデバフ魔法で支援する。

 これまでの戦闘をしっかりと乗り越えてきた、3人の連携は今日もバッチリだ。

 問題は……。



「えっと、ボクは、ボクは……」



 することがないカズハはおろおろと周囲を見渡すが、パーティメンバーはみんな自分の行動に手いっぱいで彼に指示を出すどころではない。

 つまり指示があるまで待機してろということなのだが、経験が浅いカズハは自分だけ何もしないのはまずい、何かしてパーティに貢献しよう……と考えてしまった。


 前衛のレッカにダメージが入っているから、回復してあげた方が良さそうかな……。



「え、えっと……。ピーちゃん、【ナースコール】だ!」


「ぴいっ!」



 カズハの命令に応え、彼の頭上に出現した鳥型のモンスター・ナイチンゲールがピヨヨヨと鳴き声を上げる。同時にレッカのHPゲージが回復し、彼女は青い顔で舌打ちした。



「ば……バカっ! なんてことを!」



 テイマークラスが強くないと言われる理由は主に2つ。

 1つは強いモンスターをテイムできないと戦力にならないこと。

 もう1つは、モンスターが使用するスキルの癖が強すぎること。


 特に先ほどカズハが使った【ナースコール】は致命的だ。

 確かにHPを回復させる効果はある。だが、このスキルは使用を命じたテイマーに強烈なヘイトを発生させるのだ。使った次の瞬間には、テイマーが一撃でぶっ飛ばされて床を舐める羽目になる。

 なのでついたあだ名は『死神コール』。中堅帯までのテイマーの誰もが封印する、とんでもない地雷技であった。


 せっかくレッカが与えた量を軽くぶっちぎる勢いでヘイトが高まり、金丼さんがギロリとカズハを睨み付ける。



「あ、わ、わ……」



 軽く家ほどもある巨体で、カズハを睨み付ける金丼さんの恐ろしい双眸。

 それに威圧されたカズハは、ぷるぷると震えて身動きが取れなくなった。



「カズハちゃん!?」


「ええい、世話が焼ける……! 【ブランディッシュ】! こっちだよ、こっち向きなったら!」


「いかん、カズハ! ブレスが来るぞ、ブレスポーションを焚け!」



 仲間たちが悲鳴を上げる中、パニックに陥ったカズハはあわあわとアイテムボックスをひっくり返し、とにかくクロードの言う通りにアイテムを取り出そうとする。

 しかし焦ったカズハは、間違ってその隣にあったアイテムを触ってしまった。



「こ、このーーっ!」


「ちょ……それテイムボールじゃん!?」



 それは何の変哲もない、最下級の捕獲用アイテム。

 何の特殊効果も付与されておらず、捕獲率上昇の効果もない。

 最下級の雑魚モンスターでも捕まるかどうかという、お粗末なアイテムだった。



「ああもう、無茶苦茶だよぉ!」



 レッカが頭を抱えて天を仰ぐ。


 当然こんなものが激レアモンスターである金丼さんに効くわけがない。

 そもそもレアモンスターはテイム自体が不可能で、これまで検証勢が何十万回と試したが捕獲に成功したことはただの一度もない。捕獲成功率がそもそも0%なのだ。


 そんなテイムボールはぽーんと無造作に金丼さんに飛んでいく。

 金丼さんはもちろん、こんなもの避けるまでもないという風に無視してブレスを吐こうとして……。

 にょにょにょという音と共に、捕獲エフェクトが発生した。



『えっ』



 仲間たちがぽかんと見ている前で、テイムボールから放たれた光が金丼さんを包み込み……そのまま金丼さんはボールに吸い込まれ、カズハの足元にころころと転がってくる。


 うにゅん。うにゅん。ぴたっ!



≪おめでとう! ゴールデン・ドーン・ドラゴンのテイムに成功しました!≫



 システムメッセージの表示と共に流れ出す明るいファンファーレ。

 強敵との戦闘BGMが収まり、通常フィールドのBGMへと切り替わる。

 それはとりもなおさず、戦闘が終了したことを意味していた。


 ぽかんとした顔で、カズハはテイムボールを拾い上げる。



「ちょ……ウソでしょ!? テイムできちゃったの、金丼!?」


「レアモンスターはテイムできないはずだが……!? どうなっている!?」


「カズハちゃんすごーい! こんなの初めて聞いたよ! 知ってたの!?」



 集まってきた仲間に囲まれ、カズハはおろおろと首を横に振る。



「ううん、ボクもこんなの知らない。間違って投げたら、なんか入っちゃっただけで……」



 そして、カズハを取り囲んだのは仲間たちだけではなかった。



「キミ、今のはなんだ!? どうやった!?」


「金丼を捕獲したよね? 捕獲できないって知ってるよね? まさかチート使ってんの?」


「おいGM、どうなってんだよ! こいつチーターだぞ!! 早く来いよ!!」


「私は攻略Wikiのライターをしている者です。さっきのテイムについて、少々お話をうかがえませんか?」


「ちょ、ちょっとお前! 俺は戦闘クラン<シャイニングゼロ>のモンだ。ウチのクランの本部まで来いよ。悪いようにはしねえからよ!」



 近くにいたプレイヤーたちが全力でカズハを取り囲み、やいのやいのと彼から情報を得ようと取り囲む。



「あなたたち、【ステルスネーム】になにするのよ! 離れなさい!!」


「なんだお前は? 俺たちはこっちの彼に用があるんだ!」


「きゃっ……!」



 慌ててカズハをかばおうとしたエコ猫が、群衆の一人に突き飛ばされて転ぶ。

 そんな彼らのギラギラとした目つきにさらされたカズハは、恐怖に息を呑んだ。



「ぴいっ」




≪【ステルスネーム】がログアウトしました≫




「あっ……」


「逃げた……!!」

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