悪役令嬢に転生しましたが、世界滅亡エンドが確定していたので悪の道を突っ走ります

塩谷歩

まさかこんな方法で私の命を奪おうだなんて

第1話

 バンッ!

 乾いた銃声が響き、男は膝から崩れ落ちる。

 そして私はこう宣言した。


「これで今日から私がここのボスよ」



 ――――。

 夢?

 分からない。

 体が、まるで私のものではないみたいに重い。

 だけど、意識がはっきりするにつれて、その重さは私に馴染んでいく。


「……寝て、た……?」


 目を開けて、まだぼんやりする意識の中、周囲を見渡す。

 目の前には川が流れていて、私は橋の下で足を抱いてうずくまっている。

 私の知らない風景。


「ここは……どこ?」


 ……?

 知らない女性の声。

 だけどどれだけ周囲を見渡しても、私以外に女性はいない。

 訳が分からない。


「一体……」


 また知らない女性の声が……いや、どこかで聞いたことのある声だ。

 確か声優さんの……でもそんなはずはない。

 嫌な予感がした。


「あ……あめんぼあかいなあいうえお。とうきょうとっきょきょかきょく」


 嫌な予感が当たった。

 これは夢だ。そうに違いない。そう思って目を閉じる。

 ……夢じゃないんだろうな。

 頬をつねると痛いし。


 私は諦めて現実を受け入れることにした。その間一分少々。

 次は、私が一体どうなってしまっているのかの確認。

 今私が持っているのはボロ雑巾のようになってしまったドレスと、頭にかぶっている、どこで拾ったのか分からない悪臭のする布。

 そして売ったら高そうな腕輪。

 ……私の知識が正しければ、この腕輪は貴族しか扱えないとても希少な品だ。


「もしもここが、あのゲームの世界だとするならば……」


 鏡があれば早いのだが、そんなものはないので川の水面に自分の顔を映す。

 そこにいたのは端正な顔立ちながら頬がこけてしまった女性。

 私の知る姿とは若干異なるが、間違いないだろう。


 橋の下から出て、私がうずくまっていた場所を確認する。

 それでようやく確信が持てた。


「最悪……」


 ため息をつきながら、そうつぶやく。


 私が目を覚ましたのは、乙女ゲーム【この光に花束を】、通称「ひかたば」または「このにを」の世界だ。

 内容を端的に説明するならば、平民である主人公の【クラリス】には、光の血族と呼ばれる者たちの能力を覚醒させる力がある。

 この力を買われたクラリスが貴族たちの通う聖センテレオ学院に入学し、七人の攻略キャラと親交を深めることで魔王の復活を阻止したり、ルート次第では魔王を打ち滅ぼすという内容だ。

 ADVパート、RPGパート、ミニゲームパートがあり、エンディングは52種類で、しかも好感度次第では同一エンド扱いでも出演するサブキャラが違うため、真の全エンディングパターンは1000を超えていると言われる。

 ちなみにだが、七人全員と恋仲になるエンディングもあるため、主人公のクラリスは”七股娘”の異名を持つ。


 一方の私はクラリスではなく、悪役令嬢【デイリヒータ・マイスニー】に転生してしまったようだ。

 さらに私の服装からして、物語はエンディングに入ってしまっている。


 何故そう言えるのか? それは簡単だ。

 デイリヒータ・マイスニー、愛称【ディータ】はたった一つのエンディングを除き、全てのルートで失脚後すぐに死亡するからだ。

 そんなディータの生存が唯一確認できるエンディング、それが【魔王が来たりて世界が滅ぶ】という世界滅亡バッドエンド。

 このエンディングのスチルの一枚に、橋の下でボロ雑巾のようになりうずくまるディータが描かれている。

 つまりどちらに転んでも、ディータは死ぬのだ。

 ……つまり私は死ぬのだ。


 改めて水面で自分を確認する。

 ……これは本当にディータなの?

 死にたくなくて疑っているわけではない。

 ディータは典型的な金髪縦ロールの高飛車な悪役令嬢だった。

 なのに今の私の髪は、薄汚れた白色なのだ。

 あるいはこんなみすぼらしい服装なのだから、ストレスや絶望感で白くなってしまったのかもしれない。

 ……いや、それが正しい。

 残念なことに、私には私の記憶とデイリヒータ・マイスニーの記憶が同時に存在している。

 しかもその記憶の中には、私の知り得ないディータの記憶も存在しているのだ。

 認めざるを得ない。


 魔王が来たりて世界が滅ぶ。

 エンディングナンバー51。別名エリア51。

 トゥルールートで、とあるイベントに失敗した際に低確率で入れる、最高難易度のバッドエンド。そしてこのエンディングでのみ、ディータの生存が確認できる。

 しかしディータのスチルから世界が滅ぶまで、エンディング中の表記が正しければ猶予はたったの一年しかない。

 このまま絶望し朽ち果てるのも一興だが、残念ながら私は、そしてディータはそんな簡単に諦めるタマではない。


「一年で、バッドエンドを覆す」


 私にはそれなりにオタク知識がある。

 なのでこれがどれほど困難なミッションなのかは承知しているつもりだ。

 どの悪役令嬢ものであっても、世界の修正力は最強の敵として立ちはだかる。

 さらに言えば私は、既に始まっているエンディングを書き換えなければならない。

 普通ならば無理と諦める話だ。

 だが私には武器がある。

 それは【この光に花束を】全52種類のエンディングを踏破し、作中全てのセリフをそらで言える膨大な知識!


「ふふっ、私を選んだのが運の尽きよ」


 そう悪役の笑顔をしてみる。

 だが正直に言って、何から手を付けたものかと頭を抱えてしまっている。

 まずは……私ではなく、ディータの記憶にヒントはないだろうか。


 デイリヒータ・マイスニー。愛称はディータ。

 マイスニー伯爵家の一人娘にして【この光に花束を】の悪役令嬢で、人気投票ではクラリスと人気を二分している。

 なにせ正面から正々堂々と立ちふさがるため、マナー知らずなクラリスに丁度いい試練を与えて成長を促すという立ち回りをしてしまうのだ。

 そんなディータが唯一姑息な手段を使うのが【鮮血の舞踏会】という作中のターニングポイントとなるイベントなのだが、この話は今は必要ない。


 一方彼女の実家であるマイスニー家は、裏社会と手を組み様々な犯罪行為に手を染めている最低最悪の悪徳貴族だ。

 おかげで自前の犯罪組織まで持っていて、前出の【鮮血の舞踏会】が引き金となって両親は共に断頭台へ。

 ……私の中にディータが、この設定に驚いている。

 マイスニー家の不審な動きには気づいていたが、自前で犯罪組織を持っているとまでは思っていなかったようだ。

 とはいえ仕方のない話だとも思う。

 この設定は作中には出ず、続編の発表も兼ねた開発者座談会の動画でだけ語られたもので、かつその動画中で複数の差別発言があり炎上。

 この炎上騒動を受けて動画は削除され、【この光に花束を】の続編も白紙撤回され闇に葬られた。


「闇に葬られた情報……そうか、その手があった。

 ふふっ。捨てたも同然のこの命、精一杯悪役らしく足掻いてやろうじゃない」


 私は悪役令嬢デイリヒータ・マイスニー。

 この手は既に血に濡れている。

 ならば今更正義を語るなど愚の骨頂。

 私は悪の道から、この最高難易度ミッションを成功させてみせる。


 覚悟は決まった。方針も決まった。あとは動くのみ。

 最初の目標は……そうね。


「まずはこの町がどこなのか、確認しないと」


 さあ、行動開始!




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