隣り合わせの剣戟と青春

筆開紙閉

断章①

 西暦千六百四十五年、日本。

 金峰山の霊巌洞は春を迎えてもまだ寒い。二人は日差しの無い日陰の中に居た。


「効かぬ。効かぬのだ、ムサシよ」


 銀髪を後ろで纏めた少女が言った。彼女は乾木霊イヌイ・コダマという名を名乗っていた。

 身なりは武家など富貴の出を思わせるものだったが、使い古され柄も鞘もボロボロの刀を腰に下げていた。もちろん刀自体も名刀の類いではない。


「遠い。例えるならば一つの世界を斬るが如きなり」


 イヌイの対面には、宮本武蔵という老いた剣士が居た。頭髪は白くなり、肉体も全盛期からは衰えている。しかしこの時代のこの世界において間違いなく宮本武蔵は上から数えて有数の剣士だった。

 だが、その男の剣はイヌイを切ることができなかった。

 武蔵は刹那の内にイヌイを四度切った。そして武蔵の刀は砕け散った。刀がイヌイの硬さに負けたのだ。あるいは武蔵が真に剣の頂きへと辿り着いていたのならば。


「ムサシよ」

「なんだ?」

「この決闘は余の負けだ」


 イヌイは刀を抜き、武蔵に斬りかかる。当然のように武蔵はそれを避けた。つまりはそういうことだ。


「分かるだろうムサシよ。余の剣が汝に届くよりも先に汝がくたばる方が早い。せいぜい身体を労わるが良い」

「クソが。鍛え直しだな」


 鍛え直すと武蔵は口にした。それから少しして武蔵は笑った。全盛期を過ぎ、死ぬまでの時を数えるばかりだった武蔵に火が点いた。まだ途中だった。道の果てまで辿り着いてはいなかった。二人は揃って霊巌洞を出た。そして二人は二度と会わなかった。



 

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