足音の静かな掃除屋

多田七究

第1話 出会い

 これは、普通の掃除屋そうじやの物語である。

 普通に掃除機そうじきをかけている。彼の名はハジメ。ただし、足音が静か。

 ハジメが紺色こんいろ掃除機そうじき介護準備室かいごじゅんびしつにしまい、水分補給すいぶんほきゅうをするために歩いた。黒い水筒すいとうが置いてあるたなまでやってくる。

「ちょっと。足音。足音立ててよ」

「すみません」

 職場のおばちゃんに、いつのまにかうしろにいることを驚かれたハジメ。

 彼は、足音の静かな掃除屋そうじや


 ハジメには、秘密がない。

 彼は、ウソをつかないから。

 ハジメには、特技もない。

 とくに人にほこれることがなかった。突出とっしゅつした能力はない、と、自分では思っている。

 ハジメには、彼女もいない。

 今日も一人で帰路についた。


 まちを歩くハジメ。

 桜の花が咲いている。朝晩はまだ肌寒い。季節は春。

 そのとき、前を歩く人物が空き缶をポイ捨てした。すこしイラっとした様子のハジメ。殺気さっきれてしまう。

 ハジメは、人並み外れた殺気さっきの持ち主なのだ。

「ちょ、ちょっと、いいですか!」

 不意に声をかけられ、ハジメは一瞬だけ殺気を向けてしまった。声の主に。

 しまったと思ってももう遅い。できるだけ平静をよそおって声を返す。

「あ。はい」

 声をかけてきた少女の様子がおかしい。いまにも悶絶しそうに身もだえて、ツインテールが揺れた。さすがのハジメも、年下に見える女性には優しい。態度にそれが現れていた。

大丈夫だいじょうぶです。大丈夫だいじょうぶですから」

「本当に?」

大丈夫だいじょうぶですっ!」

 これ以上食い下がっても仕方がない。大丈夫だいじょうぶと言う彼女を残し、ハジメはその場をあとにした。


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