隣の家の女神様

樟木

プロローグ

 隣の家に学園の女神様が引っ越してきた。


 そのような状況に陥った時、この学園に在籍している生徒たちはどのような反応をするのだろうか。


 男子からは揺るぎない人気で支持され、女子からはマスコット的人気がありつつも羨望の眼差しを向けられている。そんな女神様は性別関係なく誰にでも平等に接して、清楚で慎ましく時にお茶目な一面を晒すも、常に優しい面差しを他人に向けている。


 学園の生徒たちから女神様と呼ばれ慕われている彼女──姫野一希ひめのかずきは今、俺の目の前で曇った表情を浮かべ、佇んでいる。手で押さえたスカートの裾を弄りながら、話し始めるそぶりをしては押し黙る。そんな所作を何回も繰り返している。


 学園に備え付けられたテラスが、赤い夕焼け色に染まる。夕日の光が地面の木目調のタイルに反射して輝いて見えた。最終下校時刻が迫ると同時に太陽が沈んでいく。


 いつの日か、あいつが親の帰りが遅いからと珍しく不貞腐れた日に、夜更かしして一緒に見た深夜アニメを思い出した。そのアニメでは隣の家に引っ越してきたヒロインの少女と、いくつもの試練を乗り越えた紆余曲折の後、物語の主人公はそのヒロインに呼び出され、今この瞬間のように、夕日に照らされながら告白されるらしい。


 あいつはそれを青春だと言っていた。輝かしい日々だと。輝かしい日々とはなんなのだろうか。家が隣同士の幼馴染がいて、仲のいい友人がいて、可愛らしい恋人がいる。それが青春なのだろうか。


 この状況を青春と呼ぶのだろうか。答えは否である。俺には幼馴染も友人も恋人もいないし、目の前の言葉を発し始めた少女は、〝女神〟ではないから。



「──じ、実はそのぉ〜…………」



「ぼ、ぼく……ほ、本当は……──」




「──……おっ、男の子なんだぁぁぁ!!」




 少女が勇気を振り絞り、自分の内に秘めたものを吐露するように叫ぶ。それを聞いて、俺は自分の胸の中でつっかかっていた何かが溢れ落ちたような気がした。



 ──ああ、そうか……俺はずっと……────



 赤く染まった空を見ながら思う。


 あの輝かしい青春は、何色だったんだろうか。


 その青春はもう、終わっているのに。


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