病み闇ファンタスマゴリー

貴船弘海

きみはどうして、タマゴなんか産めるの?

 小学5年生のぼくには、彼女がいる。

 石輪いしわ亜季あきさん。

 夏休み明け、どこからか転校してきた女の子。


 石輪さんは、クラスのどの子とも、雰囲気が違う。

 いわゆる地雷系? 病み闇系なファッション。

 目つきがなんか、ちょっと大人な感じ。


「ねぇ、原田太郎くん。私と付き合わない?」


 転校してきた翌日、ぼくが一人で下校していると、彼女がそう声をかけてきた。


「石輪さん、だっけ? いいけど。どこに行くの?」


「ううん。そうじゃないの」


「そうじゃない?」


「あのね。私の彼氏になってくれないかな?」


「か、彼氏?」


「いいよね? 決定だよね?」


「う、うん……まぁ……なんだかよくわかんないけど……」


「決まった! じゃあ、今日からいっしょに帰ろ。これからとても大切なものを、二人でいっしょにはぐくんでいこうよ」


 そう言って、石輪さんがぼくの腕に手を回してくる。

 石輪さんは、とっても良い匂いがした。


「じゃあ、太郎。太郎は私の彼氏だから、最初に私の秘密を言っておくね」


「う、うん……」


「私ね、ホントは地球人じゃないんだ」


「え?」


「私、じつは金星人なの。地球には、ちょっとした調査で来てる」


「ちょっとした……調査で……」


 石輪さんは、ちょっと変わった子だ。

 でも、たぶん、悪い人じゃないと思う。

 美人だし、スタイル良いし、清潔感あるし。


       〇


 学校が終わると、ぼくと石輪さんはいっしょに下校する。

 歩く時、石輪さんは絶対にぼくと手をつないだ。

 さすがに校内ではしてこないけど、校門を出たらすぐに手をとってくる。

 石輪さんの手は、いつもサラサラとしていた。


「ねぇ、太郎。あれ、何?」


 商店街を歩いていると、石輪さんがふと立ち止まった。

 彼女の視線の先には、和菓子屋さんが見える。


 店先に飾られた、団子だんご入りの小さなプラスチックケース。

 中には5、6個の白団子が積まれ、そのてっぺんに、1個の黄色い団子が乗せてある。


「月見団子だよ。石輪さん、見たことない?」


「初めて見た。あれは、何? ちょっとプラモデル、的な?」


「食べ物だ。団子っていう名前」


「あれ、いつもは無いよね?」


「うん。あれはね、十五夜の時、月を見ながら食べるんだ。たしかその年の収穫しゅうかくに感謝するためのものだよ」


「その年の収穫に感謝する……地球人は情緒じょうちょにあふれてるね。なんか、かわいい」


「かわいい?」


「あれは、その、お金で買えるものなのかな? レリジャスな物であれば、お金をからめるのは冒涜ぼうとくのような気もするけど……」


「言ってることはよくわかんないけど、あれは買えるよ」


「か、買えるの? じゃあ、買おう!」


 石輪さんが、ぼくを店の前まで引っぱっていく。

 目の前に並んだ団子たちを、あこがれの視線で見つめた。


「み、見事な球体だ……これはなにかしらインダストリアルな製法を使っているのかな?」


「作り方についてだったら……たぶん、これは手作りだよ。このお店の職人さんが作ったんだ」


「これが……手作り……素晴らしいね、太郎……地球人は、本当に素晴らしいよ……」


「本当に買うの、石輪さん?」


「買えるのであれば、ぜひ購入したい」


 石輪さんにうなづき、ぼくはお店のおばさんを呼んだ。


「この月見団子を一つください」


「はい。これね。ありがとう」


 おばさんが月見団子のプラスチックケースを紙袋に入れてくれる。

 石輪さんがお金を支払い、それを受け取った。

 その時点から、彼女のワクワクが、子どものように止まらない。


「た、太郎! 私、やったよ! 月見団子を手に入れたよ!」


「手に入れたって……買っただけだろ……」


「買った! 買ったよ! 買うって、すごいね! 買うって、すごいよ!」


「あの、ひょっとして石輪さん……団子食べたことないの?」


「ない! これは一体どんな味なんだろう? 楽しみすぎる!」


 すぐそばのベンチに座り、石輪さんが月見団子を袋から出そうとする。

 ぼくは「待って!」と、そんな彼女を止めた。

 石輪さんが、なんだか得意げな顔で、ぼくにほほ笑む。


「心配しなくてもいいよ、太郎。きみにも半分分けてあげるから」


「いや、いらないよ。きみが全部食べればいい」


「え? いいの? こんな素晴らしい物、私だけで食べても?」


「いいよ。それはぜんぜんいい。でも今は食べちゃダメだ」


「今はダメ……どうして?」


「まだその時じゃない」


「どういうこと? やはりこの食べ物は、何かしら宗教的なプロセスが――」


「そうじゃなくて……何て言うか……これは夏が過ぎて涼しくなった、満月の夜に食べる物なんだ」


「満月の夜に……」


「そう。満月を見ながら、団子をもぐもぐと楽しむ。だから月見団子って名前なんだよ」


 ぼくの言葉に、石輪さんが袋の口から手を離す。


「じゃあ、この団子が解禁されるのは、いつ?」


「今夜だね。だから食べたくても、夜まで我慢しなきゃ」


「夜まで……それだったら、なんか待てるような気がする」


「今は夕方の5時くらいだから――あと2、3時間ってとこかな」


「2、3時間……そう考えたら、ヨユーで待てるね」


 ベンチから立ち上がり、ぼくたちは商店街を歩きはじめる。

 何かを思いついたように、石輪さんがぼくに顔を向けた。


「ねぇ、太郎」


「ん?」


「もしよかったら――今日、いっしょに満月を見ない?」


「うーん。でも夜だしなぁ。ぼくたちはまだ小学生だから、暗くなってから外に出るのは、親が許さないかも」


「大丈夫だよ。私を一体誰だと思ってるの?」


「誰って……金星人?」


「うん。そう。わかってるじゃん。じゃあ、今日の夜の8時くらいに。私が太郎を迎えに行くね」


「い、いや、迎えに行くって言われても……」


「玄関についたら電話する。それじゃあ! またあとで!」


 こちらの返事を聞かないうちに、石輪さんがぼくから手を離していく。

 商店街の横の、狭い路地に入っていった。

 石輪さんの家は、あっちなんだろうか?

 よく考えてみれば、ぼくは石輪さんの家がどこにあるのか、いまだに知らない。


       〇


 夜の8時前。

 とりあえずぼくは、外出のために服を着替えた。

 そしてどうしようかと思う。


 この時間、お父さんとお母さんはやっぱり外出を許してくれないだろう。

 石輪さんが迎えに来たとしても、ぼくは出ていけないかもしれない。


 ぼくの頭の中に、めちゃくちゃガッカリする彼女の顔が浮かびあがる。

 その時、ぼくの部屋の窓をコツコツと何かが叩いた。

 え? もしかして石輪さん、2階の窓からウチに来たの?

 そう思ってカーテンを開け、ぼくはその音を理解した。


 ――雨だ。

 いきなり、ケッコー激しい雨が降りはじめている。


「これじゃ、さすがの石輪さんもあきらめるだろうな……」


 そう思い、ぼくがパジャマに着替えようとすると――机の上のケータイが震えた。

 着信画面を見る。

 石輪さんだった。


「も、もしもし」


『太郎? 私。迎えに来たよ』


「い、石輪さん。あ、あのね……」


『来る途中、月見団子を食べるのにうってつけの場所を見つけたんだ。今すぐ出てきて』


「いや、でも、やっぱり、もう遅いし……」


『大丈夫。太郎のお父さんとお母さんなら、さっきウタタさせといた。今から1時間くらい、二人は深い眠りの中にある』


「ウ、ウタタ寝させといたって……」


『リビングで二人が寝てるのを確認したら、すぐに出てきてよ』


 そう言って、石輪さんが電話を切る。

 一階に下り、ぼくはリビングのドアをそっと開けてみた。


 たしかに――お父さんとお母さんは、テレビをつけたまま、ソファーの上で目を閉じている。

 大きないびきが、部屋中にひびいていた。

 二人は今、深い眠りの中にある。


「こんばんは、太郎」


 玄関のドアを開けると、そこには石輪さんが立っていた。

 彼女はやっぱり病み闇系の服装で、差している黒い傘はなんだかとってもオシャレだ。


「こ、こんばんは」


「さ、行こ。私、月見団子を食べたくて、ずっとウズウズしてたんだ」


「で、でも、こんなに雨が降ってるし……」


「ん? 雨が降ってたら、ダメなの?」


「だって雨が降ってたら、月が見えないだろ?」


 ぼくたちは、夜空を見上げる。

 暗い、ボンヤリとした黒。

 今夜は、わずかな月の光も見えない。


「ダメだな、今日は。十五夜と言っても、これじゃ月見ができない」


「太郎には、月が確認できないの?」


「うん。だって見えないじゃないか」


「太郎には、見えない……」


 石輪さんが、ちょっと心配になるくらいのレベルで、ガッカリと肩を落とす。

 月見団子が入った袋をギュッと握りしめているのが見えた。

 それを見て、ぼくは少し可哀想だと思う。


「でも――月見団子はいっしょに食べよっか。満月は見れないけど、雰囲気だけは楽しもう」


「い、いいの?」


「うん。その、月見団子を食べるのにうってつけの場所に案内してよ」


 ぼくは傘を取り、玄関を出る。

 二人で、雨の夜道を並んで歩いた。


 彼女がぼくを案内してくれたのは――学校だった。

 もちろん校門は閉じられていたけれど、ぼくたち子どもは、大人が知らない出入口を知っている。


 石輪さんは、ぼくを体育館の入口に案内した。

 なるほど。

 ここなら雨はしのげるし、夜空もよく見える。

 だけど――やっぱりこの雨じゃあ、月は見えない。


「さぁ、食べよう。私、もう、限界だよ」


 ポケットからウェットティッシュを取り出し、彼女が一枚を差し出してくる。

 ぼくたちは手を拭き、紙袋から月見団子を取り出した。


「これは、何か、こぉ……食べる前に宣言的な、通過儀礼があったりするのかな?」


「い、いや、そんなのはないけど……」


「どうしたの、太郎? もしかして、ノリ気じゃない?」


「そうじゃないよ。でも何て言うか……初めて石輪さんと月見団子を食べるわけだろう?」


「うん」


「だったら……満月を見ながら食べたかったなって」


「太郎!」


 いきなり、石輪さんがぼくの腕にギュッとしがみついてくる。

 ビックリして、ぼくは月見団子を落としそうになった。


「な、何だよ! ビックリしたぁ!」


「ごめん。でも太郎がそんなこと言ってくれたから、うれしくて」


「う、うん……ま、まぁ……」


「じゃあ……今日は特別だよ。私と太郎、二人だけの月を見ながら、いっしょに団子を食べよう」


「二人だけの、月?」


「前を向いていて。後ろは、絶対に振り返っちゃダメ」


 石輪さんが立ち上がり、ぼくの背中の後ろに回っていく。

 暗闇の中、ぼくの背後で、カサカサと衣擦きぬずれの音が聞こえた。


「ほら、見て」


 となりに戻ってきた石輪さんが、両の手で大事そうに何かを見せてくる。

 それは一個の――タマゴだった。


「タマゴ……」


「私たちが付き合いはじめた日のことを覚えてる?」


「う、うん。覚えてるけど……」


「あの時、私言ったよね。『これからとても大切なものを、二人でいっしょにはぐくんでいこうよ』って」


「い、言ったね」


「それが、これ。もうこんなに大きくなったんだ」


 彼女の手から、ふわりとタマゴが浮き上がっていく。

 まるでマジックショーのように。

 宙に昇ったタマゴは、運動場の上空まで飛んでいき、ピタリとその場に止まった。

 月のように、ボンヤリと輝きはじめる。


「あ、あれ……何?」


「私たちが育てた、何か」


「ぼくたちが育てた、何か……」


「綺麗でしょ?」


「き、綺麗だけど……あれ、どうしたの?」


「たった今、私が産んだの」


「き、きみが……産んだ……」


「大丈夫。あとでちゃんと元に戻すから。今は二人で、あれを見よう。はい。月見団子」


「う、うん……」


 月見団子を受け取り、ぼくは運動場の上のタマゴの月を見つめた。

 味なんかわからない。

 だけど石輪さんは、とてもおいしそうに食べていた。


 雨は降り続けていたけれど、ぼくと彼女のタマゴは、その中で輝き続けている。

 団子を食べ終わると、石輪さんがぼくに寄りかかってきた。

 ぼくたちはしばらくの間、夜の体育館で、その不思議なタマゴの月を見つめていた。


       〇


「おはよう、太郎」


 翌朝――待ち合わせの場所に行くと、石輪さんが笑顔で言った。

 すぐさま、ぼくの腕にしがみついてくる。


「い、石輪さん。と、登校中にそういうのは……」


「30秒だけ! 30秒だけ、いいでしょ?」


「ま、まぁ……」


「ねぇ、太郎。昨夜の月見は楽しかったね」


「う、うん、まぁ、ちょっと不思議だったけど……」


「あのね、太郎」


「ん?」


「これからも……私に地球のことを教えてね」


「あ、あぁ。も、もちろんだよ」


「じゃ、急ご! もう時間ギリギリ!」


 石輪さんに手を引っぱられ、ぼくたちは通学路を走る。


 ぼくの彼女は――金星人だ。

 現在、地球の調査に来ている。


 彼女はとても良い匂いがする。

 ちょっと変わってるけど、悪い人じゃない。

 美人だし、スタイル良いし、清潔感あるし。

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